第七十二話
「……っ、なんで、思い出せない……」
頭を抱えて考えたが、分からない。全員が苦しんでいる様を笑うように軽屋は俺達を指差した。
「残念だねえ……健人以外、覚えていないみたいだ」
「烈王って……だ、誰……?」
雅姫さんは唇を震わせ、おどおどと話す。
「く、くくくっ……」
「ハハハハッ! くフッ! お前が愛した男じゃないのかよ」
軽屋は涎を垂らしながら、雅姫を指差した。
その表情に、これ以上のない怒りを俺は顕にしてしまっていた。
「……もういい、話すな。もう黙っててくれ、いや、出来ないだろうから黙らせるしかないか」
「ちょちょ待って! 皆、本当に忘れたの? くそっ、知音携帯貸せ。鞄漁るぞ?」
俺の苛立ちとは別に健人が焦りながら知音の鞄を弄る音が聞こえる。
そうだ……軽屋だけじゃない。本当に警戒すべきはあの突然現れた目の前の男だ。さっきから軽屋が話してばかりでこの男の声はまだ一度も聞いていない。
「皆思い出せよ!」
その言葉を聞いたと同時に、前と同じように記憶後なだれ込んでくる。
初めて出会った記憶。俺達と共に生き、戦ってきた人でもあり、お互いを認め助け合った人。そんな二人の記憶が、見えた。
「…………! な、なんでれ、烈王さんだけじゃなくて……き、希那さん……まで?」
苦しみと絶望感が俺達を襲う。流れてきた記憶の意味も、なんで二人の記憶が流れたのかも理解は出来ないが何となく察する事が出来た。当然、同じ様に皆も苦しんでいる事が分かった。
「……健人くんのそれが残酷な真実を、俺より先に伝えるなんてね」
「ど、どういう事だ……!? おい弘成、どうしたんだ?」
健人が俺に聞いてくる。健人自体は記憶を一度失っていないから察する事ができないのだろう。これが何を示すのか。
「可哀想に。君の友達は答えてくれないようだ。代わりに答えよう。間兄妹は消えたのだよ」
……消えた。それが、俺の中で。俺のどこかでただ繰り返していく。言葉も記憶もただ同じように繰り返していく。今までの怪物からの逃亡も、怪物との戦闘もただ一場面として消費されていく。健人に補完された記憶も存在する。崩れることのない地獄が……そうか、この世界は――地獄だったんだ。
「チ レ !」
男の叫びが、俺の体に染みることはなく、ただただ過ぎ去っていった。最早俺の頭脳は大して回ってない。考えるのも……億劫だ。
……荒れ狂う波に拐われた俺達の体は宙に浮き、吹き飛ばされた。
――でも、何もしなかった。誰もが沈黙していた。誰にも恐怖心なんて残っていないかもしれない。
心が安らぐ、もし俺達が怪物になったら、この空に溶けることが出来たのだろうか。もしそうなら、幸福だった。
* * *
男の攻撃に俺以外は抵抗もせずにただ飛ばされた。確かに俺も飛ばされたが能力で軽減したつもり……だったが防御出来ずに貫通した。この敵ははっきり言って今までとはレベルが違う。トラバネですらあんなに強かったがそれを対象に出来ない程の強さだ。
「……ッ」
抵抗も虚しく、俺は落っこちていく。俺の近くに飛ばされたのは、陽向と雅姫さんの二人。この二人も抵抗も、落ちる恐怖心も無さそうだ。気が付くとあっという間に景色は逆さまになり、地面が近付いてくる。俺は逆さまのまま思考を巡らす。二人を助ける為には、能力で救うしかない。考えられる時間も短いので、瞬間的に発動する。落ちる二人を支え、ビルの硝子を割って二人の体を投げ込んだ。できる限りダメージを抑える為、普段よりも厚い壁を作ったからか自分まで動かす力が残っていなかった。
だから……ただ落ちていく。あの時を繰り返すように。全身を影で包み込んだ。前とは違う。自分か、それ以外かを選んできた自分は存在しない。
どちらも守る。もう自分を捨てる選択肢に入れない。離れていくハザマ達を指差すつもりで空に指を指した。
* * *
私は無理矢理引っ張られて意識を取り戻した。落ちているから服が揺れているわけじゃなく引っ張られている。頭を上げると私よりも先に落ちる知音がいた。近くには利名子もいる。利名子は気絶するように落ちているからか、容易に硝子を突き破っていった。
「後はマリン……!!」
「――私は、戦う」
「!?」
知音が驚いた表情を見せた。けど、誰かが上に戻ってアイツを止めないと行けない。戻れるのは誰? 少なくとも能力で戻れそうなのは弘成と愛莉くらいだ。弘成は特に様子がおかしかった、最悪の場合は誰も相手にならないことだ。まだ私は戦える。
アイツは今までとは格が違うなんてわかってる、ただそれでも誰かが挑まないといけない。ここで私が逃げたら……きっと一生後悔する。
「私は、生きる!」
羽を生やして飛び立った。知音から離れていく。だが……気付いた。
知音はきっと私達だけを助けるつもりだった。その体は捨てようとしていた。――私はできる事をやる。支え合って生きていくって決めたから。
鳥は知音を掴んだ。三匹の鳥が知音をビルの中に入れた。
それを一瞬見届けてから即座に飛んだ方向に向き返った。
――――と同時に私は再度吹き飛ばされる。羽は刻まれ全身に擦り傷が生まれた。血が滲み始めた。
これがこの男の能力。一つだけじゃない。無限にある能力でしかないそれをくらった。
男の目を見る。鋭い目つきで私を睨む。その目は烈王さんに似た目付きで、それが間兄妹の成れの果てだと認める他なかった。
――もし救いが残っているなら。服に滲む血を洗い流すように消せるなら、まだ私は手を伸ばす。それを掴むのが私達の存在証明だから。
四人は助けられ、二人は仲間を助けた。一方は落ち、一方は昇る。
真実に目を背けている余裕なんて、ない。




