第五十五話 暴走
見慣れた天井。嗅ぎなれたこの匂い。そうだ、この場所は来たことがある。貴田財団だ。自分の以前の記憶まで次々と戻りつつあることに驚きつつ、状況を把握する。
だが、混ざり合った記憶は誰の記憶なのかまでは完全に理解出来ない。もっと、誰か特定できる事があれば……!!
そして、俺は立ち上がり、歩いた。
「プロメテウス計画、五人目を作るらしいな」
そう話しかけてくる相手は、あの烈王さんだ。となると、希那さんと雅姫さんかのどっちか……?
「人間の脳を利用して創った化物まで出来たらしいです。俺達も要らなくなるんすかね?」
この声は弘成だ。
「俺達や愛莉、それに希那まで居るのに凄いな暁の爺ちゃんは」
「これからループ装置を稼働するんですよね。その世界で怪物との戦いになるかもしれません。負ける事は無いと思いますが、もし数が多かった場合は何とか生き残りましょう」
「ああ」
そう言って、地下室へ降りていった。自分達が掃除していた地下室には隠し部屋があった。二人してそこに入ると、その先には巨大な機械とが三人が待っていた。
「俺達が世界を変えるんだ」
* * *
実際には、一秒も経たない事が、鮮明に脳に流れ込む。それだけで体感時間が何億倍にもなっていく。
弘成と愛莉の関係。それは、余りにも重すぎるものだった。記憶を失った弘成を騙し、二人で逃げ出す。そして、色々な所に旅をする。所謂デートをして最終日に必ず殺す。そして、弘成は記憶を失う。こんなことをずっと繰り返していた。
希那さんと雅姫さんは今までに一度も死んでいない。だからこそ、二人の思いが、死への恐怖が積み重なっていく。
後はだいたい同じだ。必ず死んで、死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで……。
何十回も殺された記憶が繰り返され、何も変化のないその日々を消費していく。
そしてその記憶が伝染する。一人一人の持ち主へ還っていく。俺は全てを知った。この空白に取り残された俺は元の世界に戻る事を願うのみ。
二分経っても私以外に起きる気配は無い。忍者女の攻撃は単調だが、触れる度幻覚を見せられてしまうのが面倒だ。負ける事は無いだろうが、これじゃ埒が明かない。
「さっさと夢に逃げなよ! よく粘れるねえ!」
女の声が耳に響く。女の投げるクナイを能力で防いでいるが、間接的に女の能力が繰り返される。何度も何度も。
「ごめんな」
煩いなあ。
「ごめんな」
ウザいなあ。
「ごめんな」
……しつこいなぁ。
「ごめん――」
だから!
「邪魔なんだよおおッ!!」
その瞬間、私は解放された気がした。
「かかったね」
「ッ!」
急激に距離を縮めてきた女に顔を斬られた。血が垂れてくる感触が頬を伝う。いや、何かがおかしい。
「悪夢を見ていない……!?」
忍者女が動揺している。今、この女を仕留めるしかない。全身に光を纏って女に目がけて放出する。
「風光!」
「そんなの当たるわけ――眩しっ!」
女の目前で膨らみ発光する。その隙に女の背後に回る。
「トドメだああッ!!」
右腕に全てを注ぎ、もう一度打ち込んだ。
「道連れにしてあげる……」
女の手から何かが投げられた。一体なんだ――
「危ないね」
誰かの声が聞こえ、空中でその物は弾かれた。
そして、それは空中で爆発した。
「目をさましたのね!」
「まさか、健人!?」
「ごめんね、私は代理」
私と雅姫さんは喜んだ。その声は間違いなく健人。だが口調も違うし雰囲気もいつもと違う。
「貴方が怪物ね」
「……そういう事。彼を悪夢から目覚めさせるまでの間、私が代わって戦う。二人で彼女を倒そう」
「……雅姫。貴方も必ず私が守るわ。だから、少し離れていて」
「分かった。健人を、よろしくね」
「……こちらこそ」
二人で戦えば、この敵だって倒せる。そして、皆なら夢から覚める事なんか出来る。そしてこの現実も終わらせる事ができる。
「行くよ」
怪物は健人の身体を器用に操り、突然空中に飛び出した。これも能力の応用だろうか。健人よりも何倍も使いこなしていた。
「今の行動全てが健人の経験値に成っていく。今から圧倒的な力で貴方を倒すけどいい?」
「くっ……やれるもんなら」
忍者は焦りの混じったニヤケ顔でそう言った。
* * *
「ハァ……ハァ……」
「凄い……これなら勝てる……」
怪物の力が圧倒的で、忍者は既に勝てないと察したような顔で下を向いている。
「まだ……終わってない……」
「……」
怪物の手が止まった。健人が目を覚ますのを待っているのか?
「……まずい。陽向ちゃん、彼が記憶を取り戻しつつあるわ」
「え!? それって良いことじゃないですか!」
「……それが、この場の全員の記憶を手に入れてしまった。直ぐに君も、雅姫も、この女も、眠っている全員の記憶までもが戻りだす。健人は、戻ってこないかもしれない。その時は……二人で……とめ」
怪物は沈黙する。
「な、なんじゃあ?」
「雅姫さん! 健人を!」
「……分かった」
* * *
…………なんだ、この記憶。これが、本当の俺なのか。愛莉……。
こんな所に、俺は居られない。愛莉も、烈王さんもまだ救えてないじゃないか。そして……あの時出会った少年も。
「こんなのどうでもいい」
* * *
…………そうだよな。何で急に思い出せたのかは分からない。でも、今までの15回とも、陽向とは仲直り出来てなかった。今が一番上手くいってるんだ。だったら、こんな狭い世界でただ居続ける必要何てない。
「こんな世界、どうでもいいよ」
* * *
兄のいない世界。そんなの、一度も考えた事が無かった。でも、私はそれをずっと耐えてきた。ここに用は無い。
兄のいない世界に用はない。
「私、どうしてここに居るんだろう」
そう呟き、気が付くと目の前の女は崩れ去っていた。
「……ここは、現実?」
戻って来た。私は。絶対に、兄を取り戻す。その為なら全てを犠牲にする。だから、この記憶だけを信じて生きるしかない。
貴田財団を敵に回しても。




