第四十六話 花蘇芳
「俊樹、一回話し合おう……」
「いやだね! 愛莉と一緒にここまで逃げ出したのを、職員室から見てたぞ!」
初めから見られていた。俺は何も否定できず、ただ黙っていた。
「アンタこそ一人で抜け出したくせに。私は弘成が居たからここまで来たの!」
「そ、それは……そもそもさっきまで寝てた奴を連れ出す事が普通だと思わねーから! 俺は、お前達を――」
「喧嘩は……やめて」
気が付くと女が、俺の足を掴んでいた。近くで見るその顔は、大量の掠り傷が痛々しく見えるが、やはりあの人に似ていた。
「……って、意識失ってる! 悪いけどそれどころじゃ」
「……もういい。弘成を、信じようとしてた事が良くなかったんだ。俺は……弘成の事が大嫌いだ」
そう言いながら俊樹は右拳で俺を殴った。普段の力よりも強かった。俺は初めて俊樹に殴られた衝撃と、定期的に訪れる痛みが重なって、記憶が溺れていくのを感じる。
「弘成……」
愛莉の声が遠退いていく。二人の争う声も次第に聞こえなくなった。
「この花見たことあるー?」
一度途切れたはずの愛莉の声が聞こえた。周りは全てぼやけて見えるが、一度訪れた事のある場所だとなんとなく分かった。そして、彼女が指差している花は、3mの木に咲いたピンク色の花だ。この花が何なのかは直ぐに分かった。
「この花は――花蘇芳。花言葉は……まあいいや」
「貰うぜ、沢山」
俺はその花を全て毟りとった。愛莉の顔は見なかった。
* * *
「……あれ、ここは何処だ」
「ここは学校、また記憶失ったんじゃないだろうな」
目の前には魔莢が居た。そして、ここはピアノが中央に置かれている、音楽室だ。
「愛莉と俊樹は何処に……それにあの女の人も」
「……何してたんだ? あの二人と何か会ったのか? それに……あの人が来た時は起きてたんだっけ?」
「あの……人?」
「ああ、あの烈王さんの妹って言ってる人だよ! 一時間前くらいに唐突にここに来てさあ……ってどうした? 額から汗出まくってるぞ、体調が悪いのか?」
「その人は今どこに……」
「今は多分烈王さんの元にいるよ。だから、職員室」
「ありがとう! じゃあ、また!」
俺は立ち上がり、部屋から飛び出て行った。俺はあの人と話さないと行けない。謝らないといけないことが……あったんだ。
軽く息を切らしながら、職員室の前に立ち塞がった。そう言えば健人や明人も生き返ったのかも気になり始めた。それに、愛莉と俊樹はどうなったのか。この扉を開けば分かることだろう。俺は、扉を開き、中に入った。
「…………」
その女は、黙々と壁に持たれて死んでいる烈王さんの手を握りつつ、彼の顔をじっと見つめていた。
「あの……!」
「……」
女は俺に気付いたようだ。
「希那さん、なんで貴方があんな場所に居たんですか」
それだけを聞きたかった。でも、聞きたい理由は記憶が無くて分からない。
「君は……誰だい?」
「俺は、弘成です。思い出す事はありませんか?」
「何もないよ。そもそも、君とは今初めて会ったんだし」
外での記憶も無いようで、何をしていたかも分からなそうだ。
「そうですか……」
「なんで君は私の名前を知っているの? まだ誰でも言ってなかったのに」
「過去に会ったことがあるんですよ。いつかは……覚えてないけど」
沈黙に耐えかねて部屋から出ていこうとした時、俺の服のポケットから、名刺サイズの一枚の紙が出てきた。
それを拾い上げて読み上げた。
「イッシュウカンゴニシュウゲキ。コウドウシロ」
『一週間後に襲撃。行動しろ』? 俺はいつからこれを持っていたんだ?
「……兄は生き返るの?」
今の言葉を聞いて不安になったのか、希那さんが俺に聞いてきた。
「今日中に生き返ります。逃げるかどうかは話し合って決めましょう」
「……分かりました」
それから、烈王さんが生き返るまでずっと職員室に残り続けた。
* * *
ガチャッ。扉の開く音に反応して俺は目を覚ました。ここ最近は眠ってばかりだ。気を付けようと決意しながら、俺は誰が来たか確認の為立ち上がった。
「雅姫さんと明人!」
「何とか生き返ったよ」
「弘成クン久しぶり! ……! 本当に希那生きてたんだぁ…………本当に……良かった」
雅姫さんは希那さんに気付いて涙ぐんている。どうやら希那さんが妹である事は間違いないようだ。
「雅姫さん、良かったですね。後は三人が生き返ったら完璧ですね」
「……あのさ、二人に先伝えとこうと思ったんだけど」
「何?」「何だ?」
「……これ、何だけど」
俺はさっきの紙を二人に見せた。二人は驚いたが、直ぐに俺を信じてくれた。
「じゃあ、これからの一週間は大切にしていこう」
「え?」
「俺達なら負けないさ。健人だっているし知音もいる。勿論真凛だって能力手に入れたし陽向も強くなったらしいから烈王さんも加えたら俺ら最強じゃん。大丈夫さ」
「……そっか」
「……皆さ、変化しようって、頑張ってるらしいぜ?
真凛は能力に慣れようと努力してたし、陽向も親の事を完璧に克服した。健人も何だかんだ能力に向き合おうとしてるし、俊樹も喧嘩ばっかのあの陽向と仲直りしようとしてる位だぜ? まあ、利名子も能力持ってない事辛そうだけど、それは俺らが支えればいい事だ」
「皆すごいな」
「俺も……陽向と双子の兄妹として、仲直りしようと思ってる……あ、この事は陽向には内緒な! 恥ずいだろこういうの」
「そんな事ないと思うよ! あの子根は凄く優しいからお互い笑い合えるようになれるよ! 大丈夫!」
「そ、そうですかねえ」
雅姫さんのフォローに明人は顔を少し赤くし、照れていた。
俺も変わらないと。そう思って夕食を腹に流し込んだ。
そして、三時間後。三人が目を覚ます時間になった。
「そろそろ生き返りそうだな! えーっと、希那さん? 良かったですね!」
「うん、今凄く嬉しいよ。早く生き返って欲しいな」
ガタッ。死体が揺れた。知音だ! 先に死んでしまった知音から生き返った。
「こ、ここ何処だ?」
「学校! 生き返ったんだ! 敵も全員倒した!」
「うお、明人か。て事は本当に勝てたんだな」
流石知音。納得が速い。後は二人。先に烈王さんから生き返るので知音を加えて六人でそれを待つ。
「……あ」
息を吸う音が聞こえた。死体だった人からだ。
「おかえり、二人とも」
雅姫さんの落ち着いた声に対し、希那さんは感極まり、半分泣きながら烈王さんに抱き着いた。
「……希那……生きてたんだな……良かった」
烈王さんはその声と感覚で希那さんだと気付いたようだ。彼は抱き締め返す。そして、雅姫さんも抱き寄せ、三人で涙していた。
「……何、これ」
隣で生き返ったばかりの陽向が困惑するのは無理も無い。こっちは俺と知音と明人で喜び合った。
「ひ、陽向。俺陽向が生き返って、う、嬉しいよ」
軽く照れながら話す明人に、陽向は悲しそうに言葉を返した。
「いや、私こそ間違えて殺したの、ごめん」
陽向が頭を下げた。陽向が顔を上げ目を合わせて、笑い合った。自分達の行動が普段と違う事をしていると分かったからだろう。知音はこの二人の様子を見て嬉しそうに笑っていた。
思い返せば、愛莉との事は全部夢だったのかもしれない。ずっと、学校に居て記憶が副作用のせいで付け加えられたんだ。愛莉とは、何も無かったんだ。
数分が過ぎ、五人が落ち着き出した頃にまたさっきの紙を見せようと思い、しまっていたポケットから出そうとする。手で紙を掴んだとき、俺は違和感に気付いた。それは、文字が書かれている表ではなく、まだ見ていない裏面に変な感覚がある事だ。俺は紙を裏返した。
「これは……花蘇芳」
花蘇芳の小さな花が、ベッタリと数え切れない程付着していた。




