第四十四話 杜鵑草
あれからしばらく経った。真凛は隣で寝ている。お腹も空いてきた。掛け時計を見ると既に12時を過ぎていた。もしかしたら、今向かえば昼食を取れるんじゃないか? そう思い、まず室内を見渡した。すぐに探していた物は見つかった。
「良かった、二人分の普段着置いててくれたんだな」
感謝の言葉が思わず漏れ出る。最近、独り言が多くなった気がする。
とりあえず自分の名前のある服を来て外へ出る。扉を開けると、懐かしい景色が広がっていた。
* * *
すぐに皆を見つられ、一緒に昼食をした。今日は蕎麦だった。自由時間が設けられ、各々で色んな場所に訪れる。ただ、学校の敷地外は如何なっているかほとんど分からない為、敷地内でという規則付きだが。時間はまだ13時。健人達が死亡したのは大体14〜15時なので、まだまだ余裕がある。俺は足を音楽室に向かわせた。
音楽室に近づく度にピアノを弾く音が大きくなる。綺麗な音だ。誰が弾いているんだろう。その事が気になり、次第に早歩きになっていた。
遠目からでも窓越しに誰が演奏しているのかがはっきりと分かった。愛莉だった。俺はそっと扉を開けて、室内に入る。
「……あ、弘成ごめんね、待ちきれなくて」
俺と目があった瞬間に愛莉は演奏をピタリと止めた。
「凄いよ! 愛莉ってピアノ弾けるんだ、初知り」
「最近練習し直したから……小さい頃はピアノ弾いてたんだけどね」
「それでも凄いよ! さっきのは何を弾いてたの?」
「……!! さっきはね、軽い音出し? みたいな感じで曲ではないかな」
「そっか……」
「ま、待って! 落ち込まなくていいよ、今から三曲弾くつもりだから!」
「よっしゃあ! 嬉しいよ」
「一曲目は『革命のエチュード』。ショパンが作曲した曲でね、テーマは怒りって考えてもらいたいな」
「怒り……」
「まぁ、私が決めた訳じゃないけど、そう何処かで聞いたんだ」
そう言って愛莉は鍵盤と向き合った。
「楽譜は……?」
「勿論、用意してあるとも」
何処からか楽譜を出して譜面板に並べた。そして、愛莉の表情が一瞬にして切り替わる。俺は椅子に座って曲を聞く事にした。
衝撃的な始まり。彼女が声を上げず、音で訴えているようにも感じられた。
気が付くとその音色に俺は魅了されていた。
「――ふぅ」
「……指の動きも速かったし、感情? って言うのかな、鳥肌が立ったよ」
「そっか、嬉しいな、ありがとう」
「――では二曲目。曲名は『英雄ポロネーズ』。作曲者はさっきと同じショパン。これはさっきの曲より聞いたことがあるんじゃないかな」
「なるほど」
「とりあえず弾いてみるよ。後さっきよりも長いから寝ないでよ? なんてね」
また、表情が変わり集中し始める。俺はついつい愛莉が可愛いと思ってしまった。
革命のエチュードと比較すると、リズムがガラリと変わり、様々な感情が溢れ出すのを感じた。滑らかな指。手はそこまで大きくはないのに、一つ一つを確実に弾いていく。
これも気が付くと曲が終わっていた。
「次がラストね。多分次のが一番聞いたことがあるかもしれないね。曲名は『エリーゼのために』。作曲者はベートーヴェン。この曲は、私にとってお気に入りの曲なの。だから、最後までしっかりと聞いてほしいな」
「ああ、分かってるよ」
「良かった」
「――ああそうだ、1つ花言葉を言ってもいいよね。この曲に合う花があるの」
そう言って愛莉はまた何処からか花を出した。花には斑点模様がある変わった花だ。
「それ、なんて言う花?」
「これはね、杜鵑草。花言葉は――」
「『秘めた意志』」
「……」
俺はその花を受け取り、机に置く。
「では、弾きます」
音色があまりに綺麗で、自分の悩みを完全に浄化していった。この音色は学校中に響き渡り、全員が心を癒やされたであろう。そしてもう直に彼らも目を覚ますだろう。この福音と共に。




