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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

天高く、梅沁みる夜 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 うーん、あまーい。最近の梅酒、また甘くする方向に舵を切り始めたのかねえ。これはもはや梅ジュースの領域じゃないか?

 子供とかに出しても、違和感なく酔っぱらえちまいそうだ。

 知らず知らずのうちに、酩酊状態になる。結構、おいしい……げふんげふん。えぐいシチュエーションにもあり得るな。

 だが飲みやすさってのは、何も客商売ばかりで重視されるとは限らん。さりげなく摂取してもらうには、マイルドに包み込むことも必要ってことだ。時には、本質さえもひた隠しにしてな。

 そんなことを教えてくれた、ある話について語ろうか?


 大昔から、この地球には隕石が降ってきていた、という説はよく耳にすることと思うし、研究も進んでいる。

 俺の親父の地元は、そのような隕石が衝突してできた、くぼ地に作り上げられたと伝わっている。三方を崖に囲まれた、自然の要害といっていい地形だから、そんな考えが出てくるのも無理はない。

 だが、ここで起こった奇妙な事件こそ、隕石衝突説を裏付けるものだと信じられているんだ。


 元寇が起こるより、数十年前の鎌倉時代。親父の地元に、ひとりの修行僧が訪れて、一晩の宿を求めた。長老宅である一番大きな家に泊まることになった彼のもとに、村の者はこぞって集まり話を求めた。

 諸国を巡る僧侶は、説法、占い、よそでの噂など、外部や将来に関する情報を提供してくれる、貴重な存在だったからだ。

 その僧侶も、火を囲みながら皆に、自分の廻った土地のことを語ったが、夜も更けた頃に自分が「夢見士」であることを告げ、その印も見せた。

 夢見士は眠りながら将来のことについて占い、寝言として話すことを神託として、皆に告げる者を指す。うわごとに思えるその言葉の、的中率が高い者しかなれない、特殊で位の高い仕事だったとか。


 村人も占ってもらうことは、大歓迎だった。すぐさま僧侶の指示通り、単の服の寝床を作る。僧侶は腰に提げていた袋から、黄色い丸薬を二、三粒取り出して口に含む。眠りを深くし、占いの精度を高める秘薬とのこと。

 それらを水で飲み下し、僧侶は皆が見守る前で布団の中へ。「占いの間、自分を起こそうとしたり、神託に返答したりしないこと。正確な結果が得られなくなるから」と釘を刺される。

 そして横になるや、すぐに寝息をたて始める僧侶。しばらく待つとその口が開き、言葉を紡ぎ出す。


「暗い、冷たい……向かわねば。どちらへ? 落としてしまったところへ。たどる、たどる……見つけた。下りよう」


 鳥の夢か? と隣とひそひそ話をする者が何名か。

 僧侶の言葉は続く。


「熱い、辛い……長くはいられない。急ぐのだ。探すのだ。何を潰し、ほふっても。探す、探す。でも……ああっ!」


 悲痛な叫びをあげつつ、横たわる僧侶の身体がはねあがった。

 皆はその様子を食い入るように見つめながら、続きを待つ。


「梅。青き実。毒さえ宿す酸ある薬。ようくようく神酒みきに溶かして、取り入れよ。これより七度、月が満ち欠けした後に、赤く輝く満ちた月。それがすっかり欠けるまで、毎晩毎晩絶やすなよ。男も女も爺も婆も幼子も。さもなく……ああっ、ああっ!」


 ベコリと何かがめり込む音と同時に、僧侶の声は一切途絶える。そして単の下からは、意思を持った髭のように、四方へ伸びゆく赤い筋。

 皆が慌ててめくったところ、僧侶の首より下は、半紙のごとき薄さまで潰れてしまっていたそうな。


 梅の果実酒を作れ、というお告げ。人々は戸惑いながらも、その作成に取り掛かった。しかし、経験や技術は何もない。

 当初は選んだ酒が悪かったのか、あっという間に酒が傷み、身体を壊す者が次々に現れた。どうにかそれを抑えた後も、酒本来の風味を残すか。それとも子らが飲みやすいよう、口当たりの良い甘いものにするか。アクは? ヘタは? 保存場所の環境は?

 作り手たちは、お告げにあった七回の月が巡る間、細かい調整を繰り返し、とうとう梅の酒を作り出すことに成功したんだ。


 そしてお告げがあった時から数えて、八回目の満月の時。

 天の中央に登った月の光は、じわじわとその色を赤く染めて、大地を照らした。お告げを聞いていた人々は、ケガや病気で動けないものを残し、事前に老若男女を問わず、広場へ集まっていた。異様な月の姿を確かめると、作り上げた梅の酒を一服ずつ飲み干していく。

 討議と調整を重ねた梅の酒は、もろもろの甘みを帯びた果実の汁を加えられ、甘さに重きが置かれた。酒だと知らされていない子供たちが、もう一杯、もう一杯とねだるほどに。

 この甘みを家にいる者にも運ばねばと、一部の者は酒を新しく分けてもらい始めた。

 だが、その賑わいも長くは続かない。


 ズズン、と何かが潰れる大きな音がした。

 その方へ目を向けた者が見たのは、家屋の一つがぺしゃんこに潰れてしまった姿だった。高さの概念を壊してしまったかのように、屋根や柱を始めとする構造物は粉みじんにされて、原形をとどめていない。もうもうと砂煙が立つが、そこには何物の姿もない。

 だが、集まった人々には聞こえる。風に乗って届く声。

 それは潰れた家の方からとは分かるが、距離が測れない。あえいでいるようにも思えるその声は、「グゥイロウ……グゥイロウ……」と聞こえたという。


 また一軒、家が潰された。最初に潰れた家から五軒離れたところ。だが、誰もいなかった先ほどの家とは違い、今度は集まったものの何人かが「あっ」と悲鳴を上げた。ずっと寝たきりになっていて起きる気配を見せなかった家族を、残してきた家だったんだ。

 一目散に、潰れた我が家めがけて走っていく家族。だが、家だったものの前まで来たとたん、その場で腰が砕けてしまう。

 そこには最初の家の屋根と柱と同じ末路をたどった、家族の姿。もしも、身体を金のように薄く引き伸ばすことができたら、こうなるだろうか。そう感じさせる「肌の原」が広がっていた。


 気配の主は一刻近く、この場にいたらしい。やがて「グゥイロウ、グゥイロウ」とうなる感覚が短くなっていき、またぐかのように向かい合っていた家二軒を同時に崩すと、それ以降、あえぎ声が聞こえなくなったという。

 去るまでの間、十軒を超える家が犠牲になった。中にあったものは、あるいは粉々に、あるいはこれ以上ないほど薄っぺらい状態にされて、その場所に転がることになった。それらにはもはや他者を拒む力はなく、原形を留めぬ者同士で無遠慮に触れあい、交わっていたんだ。

 家々だったものたちの間で響く押し殺すような嗚咽は、東の空が白み始めても、おさまることはなくこだまし続けたという。

 

 それから後、赤い月が輝くたび、人々は梅の酒を飲むことにしたんだ。天気が良くても悪くても、その赤い光は大地を照らした。その晩は、必ずどこかしらの家屋と、迷信と鼻で笑って酒を飲まない外から来た者が犠牲になったんだ。

 梅の酒を飲んだ者は、不思議と一切の被害に遭わなかった。しかし、連日崩れ去る建物の被害はいかんともしがたく、お告げにあった赤い月がすっかりかけるころには、彼らもすでに別の住処を探し、散り散りになってしまっていたらしい。

 それから久しく赤い月は現れず、梅の酒の製造法もじょじょに日陰へ追いやられるようになる。

 その作り方が掘り起こされ、書に記されるには実に五百年後の江戸時代まで待たねばならなかったらしいんだ。


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