第1話 現状
はじめまして。誠家と申します。
本日ようやくこの作品を投稿することが出来ました。
面白いと感じましたらお気に入り登録や感想(このサイトにあるかどうかは分かりませんが)をよろしくお願いします。
…それでは、どーぞ!
《あいつ》は、俺たちの国がある戦争で勝った時に、俺が見つけた。その時は戦争に巻き込まれたせいか髪の毛はぐしゃぐしゃで、肌は泥まみれ。服はボロボロの肌よりも泥まみれでまさに拾われっ子っていう感じだった。
…だけど、あの青い…サファイアみたいな目は、宝石顔負けの輝きを放っていた。
…その時に、俺は初めて人のことを《美しい》と感じたのかもしれない。その美しさに、俺は吸い込まれそうにもなった。
だが、彼女の目の輝きは…
どこか、悲しげでもあったのだ。
ウィグリド盆地・最前線
ダァンッ!チュインチュイン!
オオオオオオオオ!ワアアアアアアア!
ドガァン!ピシュッ!ピシュシュンッ!
俺の鼓膜に、そんな騒がしい戦場特有の音が聞こえてくる。昔はこの音をうるさいと認識していた覚えがあるが、初めての戦場からすでに6年が経過した今ではこの音ももはや慣れたものだ。
戦場の生温い熱波が急造の司令部にいる俺の前髪とコートを揺らす。最近では各国が《大砲》なるものを発明しているそうだ(ちなみに俺の国も持ってる)。今の熱波はそれを撃ったことによるものだろう。
そんなことを考えていると、横にある司令部の出入口から1人の兵士がものすごい勢いで入り込んでくる。肩の腕章から伝達兵であることが分かる。
「ご、ご報告します!中央と右翼は奮戦中も左翼はやや劣勢!増援を要請します!」
「…」
俺は頬を掻く。この司令部は周りよりも高い位置にあるので戦場全体を見回せるのだ。俺は首をねじったりしながら各地の戦況を確認した。
「あ、あの…」
「いらねえな。」
「…え?」
俺の一言に若い伝達兵が顔を上げる。少し幼さの残る顔を俺は横目で見つめる。
「聞こえなかったか?左翼には増援は出さん。必要ない。」
「で、ですが!少し押され気味でして…」
「押され気味も何も、あんなもんはすぐに押し返せる。ましてや、左翼の部隊長はロディ、兵士はロディ直々の部下達だ。あんな筋肉ゴリラの集団みたいな奴らが押されるわけねえだろ。」
「で、ですが…!」
伝達兵はすぐに反論しようとする。俺はため息をついて伝達兵に手で来るように促した。
「…?」
伝達兵は恐る恐る立ち上がると俺の横に駆け足で歩いてくる。
俺は左翼を指さしながら少しだけ解説する。
「近戦部隊の後ろに鉄砲隊がいるのは分かるか?」
「は、はい。」
伝達兵はこくりと頷く。俺は腕を組み直してなおも喋る。
「少し考えてみろ。確かにあいつらはかなり押され気味だ。だけど、あいつらは1合打ち合うとすぐに下がってちってるよな?」
「…あ!」
ここでようやく伝達兵はあることに気がついたようだ。
「そう、あいつらはわざと押されてるんだよ。近戦部隊があの1合打ち合ったら退却っていうのを何回も繰り返して敵を鉄砲隊の場所まで《誘い込む》。それで、最後にはがら空きになった敵を…バーン!っていうわけだ。」
「なるほど…」
納得したような様子の伝達兵に笑いかけながら背中を叩く。
「勉強になったか?分かったなら自分の持ち場に戻れ。」
「は、はい!失礼しました!」
伝達兵は敬礼をするとすぐに引き下がって下へと降りていった。
俺はそれを見送るともう一再度視線を戦場に戻す。すると、誰かが俺の横に歩いてきて笑いかける。
「アッハッハッハッハッ。相変わらず物知りだな、フレン!」
「…別に、こんなのは戦の基本ですよ《総軍長》。」
俺がそう言うと声の発生源である30代ほどの男性は馴れ馴れしく俺に肩を組んだ。
「おいおい、もうちょっと肩の力抜けよ。そうしなきゃ見えないもんも出てくるぞ?」
「脳は冷静ですので問題ありません。」
「あ、そう。…ならいいけど。」
そう言うと男性は肩を組むのをやめた。
はえぇな。
俺は密かに内心でそう呟く。
このいかにも軽そうな男性は、俺たちの国である《アロン王国》の国軍総軍長を務めるケリィ・ロムキス。
32歳妻子あり。齢27歳という若さで国軍総軍長にまで上り詰めたエリート中のエリート。勘が鋭く、戦闘も強く、起点がよく回る。俺が尊敬する者の1人だ。ちなみに、好きな物はトマト。嫌いなものは変に長く置かれた酒。…いや、どうでもよかったな。
ケリィはズボンのポケットに手を突っ込んで俺に話しかける。
「単刀直入に聞くぞ。…この戦い、勝てると思うか?」
「勝てますよ」
俺は即答した。ケリィが驚いたような顔をする。
「…なんですか?」
「あ、いや。…そこまで即答されるとは思わなくてな。」
俺はケリィの言葉にため息と苦笑をする。少しだけ横目で彼を見つめる。
「そんなもん、見りゃ分かりますよ。戦況は明らかにこちら側の有利です。それに、相手国軍はこの頃の戦いで消耗しきってます。これで押され返されたらこれからの戦いには勝っていけません。」
俺のその言葉にケリィは微笑を浮かべた。
「相変わらず、言うことがキツイよなお前は。」
「これはあくまで《鞭》です。鞭があるなら無論《飴》もありますよ。《飴》と《鞭》、この2つが揃ってようやく人は成長するんです。もちろん、軍隊もね。」
そんな俺の説明にケリィは呆れ笑いを浮かべる。そして、肩を竦めて一言。
「敵わねえなぁ…お前には。」
その言葉と共に左翼側から俺たちの勝利を決定付ける銃声が鳴り響いた。
アロン王国・国軍大会議室
ピリリッという張り詰めた空気が部屋中に漂う。中央壁際の暖炉では薪がパチパチパチと燃え、暖炉の上には馬の頭のオブジェとアロン帝国の国章が飾られている。ちなみに、アロン帝国の国章は盾の上に赤薔薇、2本の交錯された剣、最後に銃という順に重ねられている。
「…さて、今から《国軍隊長、副隊長会議》を始める。」
ケリィのよく通る声が部屋中に響き渡る。この会議は戦争終了後に、帰還した直後各隊長、副隊長のみで開かれるものだ。一般兵は参加することが許されていない。
ちなみに席の配置は一番後ろから二列ずつで伝達隊、医療隊、五番隊、四番隊、三番隊、二番隊、一番隊の順に並んでいる。そして、一番前には各隊長、副隊長とは違う向きに座った3人の男性がいた。この軍の総軍長、副軍長、作戦軍長だ。配置は真ん中に総軍長、副軍長と作戦軍長はその左右横に並ぶ配置だ。
「まずは、先の戦争での我が軍の勝利に《賞賛》を送ろう。皆、お疲れ様。そして、おめでとう。我々は着実に、少しずつだが前に進んでいる。」
ケリィのその声と拍手に、周りの隊長達も個々の音量で拍手を送る。
ケリィはしばらくしてから手でそれを制すと、話を戻した。
「さて、本会議で話し合うことだが…根本的にはいつもと何ら変わらない。いつも通りの順序で進めていこう。まずは、医療部隊から頼む。」
「はっ。」
そんな声と同時に白衣を着た中年の男性が立ち上がる。体型はごくごく標準的なウェスト。
医療部隊長を務めているシン・アンドリュー。
アンドリューは手に持った資料を次々と読み進めていく。
「本戦乱によって出た怪我人の状況をご報告します。まずは死者ですが…」
全員が固唾を飲んで聞き入る。残念ながら各隊長達も死者を1人1人確認する余裕はない。なので、自分の部隊の兵士が何人死去したかはこの瞬間にわかるのだ。自然と空気も張り詰めてしまう。
そして、次のシンの言葉で各隊長達の緊張が一気に抜ける。
「死者は、1人も出ておりません」
各隊長はふぅっと安堵のため息をつく。しかし、シンはなおも続ける。
「ですが、決して安心はできません。骨を折るなどの重傷者がおよそ3割。切り傷などの軽傷者がおよそ9割。…かなり医薬品等が不足がちになってきているので、補充をお願いします。」
「あいよ。こっちで何とかしとく。」
シンの言葉に総軍長の右横に座っている青年が返答する。
シンは「よろしくお願いします」と頭を下げてから席に座りなおす。
ケリィは椅子に座っている隊長、副隊長全員の顔を一通り見る。
「よし、怪我人の報告は終わったから…次は各隊長から今回の戦乱で分かった修正点を聞いていこう。じゃあ、まずは一番隊から…」
「はっ!」
ケリィの言葉に一番前に座っている男性と金髪碧眼の少女が立ち上がった。全員が一番隊隊長の男性と副隊長の少女に視線を向ける。
…しかし、例外が1人だけ。作戦軍長の席に座っている青年だけが、隊長の方ではなく、自分の前にある紙を持ち上げてそれに目を向けた。
それを見てケリィはため息混じりの苦笑を作る。
「フレン…少しはこいつらの話だけを真剣に聞いてやれよ。」
ケリィの言葉に青年はドライに答える。
「安心してください。話は聞いてます。ただ、俺のこの行為も軍を良くするためですので。」
彼の返答にケリィは苦笑しながら頭を掻く。
…紹介が遅れた。
先程ケリィに返答した青年こそ、アロン王国国軍作戦軍長である。名を《フレン・ウィリー》。齢わずか14歳で作戦軍長に駆け上がった…天才。
謎多き、本作の主人公である。
「よし、これで会議を終了する。各自、かいさーん!」
ケリィのそんな間の抜けた声と共に各部隊の隊長達が立ち上がる。そして、一糸乱れぬ動きで敬礼をすると会議室をあとにし始める。
最後の一番隊隊長のあとに続いて俺も会議に出ようとしたのだが…
「ああ、フレンはちょっと残っといてくれ。話がある。」
ケリィに止められて俺は足を止めた。
俺は少しめんどくさそうな顔をしながらもケリィの机の正面に自分が座っていた机と椅子を向かい合うように移動させるとドスンと座り込む。
俺はズボンのポケットに手を突っ込むと実に嬉しそうな顔のケリィと視線を交錯させる。
「いやぁ、お前とこうして面と向かって話し合うのはいつぶりかなぁ…」
「二日ぶりぐらいですね。」
俺は素っ気なく即答する。ケリィが話し始める前の決まり文句のようなものを一蹴した。
「それで、今日はなんの話し合いですか?」
俺はため息をつくとケリィに続きを促す。すると、ケリィは机の上で手を組むと笑顔でこう言った。
「別に今は会議中でも戦争中でもないんだからいつも通りしてくれてもいいんだぞ?そんな硬っ苦しい敬語はお前も喋りにくいだろ?」
「……」
俺は黙り込んだ。ニヤニヤ顔のケリィと視線を交錯し続ける。
やがて、俺はため息をつくと一番上の手前まで閉めていたコートのボタンをさらに2つほど開ける。
「…それなら、お言葉に甘えようか。」
俺もケリィのように机の上で手を組む。
「それじゃ、今日はなんの呼び出しだ?ケリィ。」
俺がそう言うとケリィは楽しそうに「アハハハ」と笑った。なにがそんなに楽しいんだか。
俺とケリィは作戦軍長と総軍長という立場なのでもちろんケリィの方が立場は上だ。なので軍事行動中は慣れない敬語を使用している。
だが、プライベートは別だ。俺はある理由からこいつにはいつもタメ口を聞いてきた。なので、正直言うとこちらの方が話しやすい。
「今日の要件は2つだな。まずはさっき出てた医療隊からの医療品補給の依頼だけど…」
ケリィがそう言うと俺は自身が机の上に置いていた書類の一番上に重ねてあった紙を取るとケリィの前に滑らせる。
「ほれ。」
ケリィはすぐにそれを受け止めるとそれに目を通し始めた。
あれは俺が会議中に書き上げた医療品の補充についての…まあ、いわゆる《企画書》みたいなものだ。
こういう補充とかそういうのについては一応作戦に支障が出る可能性も十分にありえるので、俺がメインで管理している。
ケリィは一通り目を通したのか「うん」と頷くと紙をこちらに投げ返してくる。俺は人差し指と中指でそれを挟み込んだ。
「流石、いい企画書だな。」
「そりゃどうも。それで、判定は?」
「OKだよ。もちろん。それでいこう。」
「はいよ。」
俺は企画書を再度紙束に重ねた。
自分の体重を椅子の背もたれに預ける。
「…で、残りの1つは?」
俺が質問するとケリィは表情を今までの間抜けなものから何やら厳しいものに変えた。俺の肌にも気迫がビリビリと伝わる。
そして、次の言葉は室中の空気を緊張感のあるものに変えた。
「…《ウィルス》と同盟を組んだ国が、さらに増えた。」
「…またか。」
俺は冷静に返したつもりだった。しかし、滲み出る殺意だけは隠しきれなかったのか周りにある柱や壁がビリビリと震える。
俺は卓上に視線を落とした…
《ウィルス》
これは決して、病原体などのことではない。ある国の…二つ名のようなものだった。
ここで少し説明しておくと、フレンやケリィの母国であるアロン王国は数々ある帝国・王国の中でも《大国》として名が知れ渡っている。そうなった要因は無数にあるが、何よりも重要な役割を果たしているのが《軍隊の強さ》だ。
全ての国が保有している軍隊。その強さは国の強さにほかならない。軍が強ければ国は強く、軍が弱ければその国は弱いというレッテルが貼られてしまう。今、世界は戦乱の世となっている。信じられるのは《武力》のみ。
だから、各国は強力な武器を作り上げたり軍を強化しようと日々試行錯誤を繰り返しているのだ。
そんな中で…ある時、誰も思いつかないような新しい兵器を発明したと言い出した国が存在した。
それが先程ケリィが出した《ウィルス》だ。なぜ1つの国にそのような名前が付けられたかというと…
まずはその国の正式名称からだ。
その国の名前は《ルスウィ帝国》。アロン王国と並ぶ程の大国の一つだ。
並び替えると《ウィルス》と読めないこともない。
そしてもう一つが…
新兵器の、製造方法からである。
ここで補足説明が入るが…ルスウィ帝国は医療技術の発達した国としても有名だった。新しい手術方法や新薬の発明など、数え出したらキリが無いほどの実績を持っている。
そして、ある日…医療大国が戦乱大国に変わり果てるターニングポイントとなる出来事が起きた。
…その日は、ある新薬の研究に没頭していたらしい。構想も計画も何もかもが決定し、あとは製造のみというところまできていた。
しかし…それで出来たのはまったく違う別物だった。病気を治すための薬ではなく…逆に、病気を発症させるためのウィルスが完成したのだ。
このウィルスは後に《AKウィルス》と名付けられ…その効果も発表された。それも2つ。
まず一つ目の効果は、大人は感染すると、必ず死に落ちるということ。理由は定かではないが、このウィルスは大人を死に追いやる。それも、100%の確率で。その確率がどのように求められたかは…恐らく…いや、確実に聞かない方がいいだろう。
そして、2つ目の効果は…この効果は先程の効果とかなり矛盾している。大人を殺すだけの殺傷能力のある《AKウィルス》。だが、このウィルスはある特定のものには殺傷能力が無かった。…これまでの説明で恐らく感づいている人もいるのではないだろうか。
…そう、このウィルスは《子供》(6〜19歳)にはまったくと言っていいほど持ち前の殺傷能力を発揮しなかった。…おかしくはないだろうか。大人という肉体的にはいわば人間の完全体に近い者には殺傷能力があるのに、子供というまだまだ完成には程遠い未熟者には殺傷能力がない。これは明らかに矛盾している。
しかもそれだけではない。まるで殺さなかった代わりとでもいうかのように子供たちにはもれなく特殊能力に近いものが発現した。と言ってもいきなり炎が出せるようになるとかそういう訳では無い。ただ、肉体…感覚能力が強化されるだけだ。視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚のいずれかが強化される。
しかし、その強化の幅がとてつもなく大きいのだ。例えば、視覚なら常人の10〜20倍程の距離まで見えるようになるし、聴覚なら10数キロ離れた場所の足音も感知することが出来る。嗅覚なら料理などに仕込まれた毒すらも嗅ぎ分けることができるのだ。
ルスウィ帝国はこの強化された子供たちを《エヴォーヴ・チャイルド》…進化の子供と名付け、どんどん戦場に投入していった。
今までの説明から理解しただろう。
ルスウィ帝国が言っていた言葉…《誰も思いつかないような新しい兵器》とは進化の子供達のこと…つまり、奴らは誰も思いつかないような手で最凶最悪の《生物兵器》を完成させたのだ。
…ただし、先程も説明した通り今は戦乱の世の中だ。味覚や触覚などの使えない感覚能力の強化は必要ない。だから、その2つが強化された場合は…
容赦なく、捨てられる。
しかも、適合者は強大な力を手に入れる代わりに、ある脳の一部分が狂う、もしくは削除されてしまう。理性や思考等々、それは人によって様々だった。
さらに、このウィルスには適合者と不適合者が出るようになっている。…その生物兵器の製造方法は簡単なものである。AKウィルスが含まれた液体を血管から体内に注入するだけ。適合者はその後、先程のような効果が出るようになっているが…不適合者は、その場で全身から血を吹き出して死に至る。不適合者だった場合、《死んでしまった人外生物》のような扱いを受け、埋葬もされずに…一緒くたに、骨まで燃やされるのだ。
以上のような行為、兵器の作成方法、国名も相まって…《ウィルス》と呼ばれるようになったのだ。
そして、このような人への扱いをすることもあって、ルスウィ帝国は一時期全世界を敵に回していた。どの国も《【ウィルス】は廃絶すべし》という誓いを立てて、ルスウィ帝国を絶対的な悪と決定付けていた。
ルスウィ帝国以外の5つの大国と無数の小国とでルスウィ帝国を陥落させるために数々の国が戦争を仕掛けた。
…しかし、奴らは陥落しなかった。
挑んできたものを全て返り討ちにして逆に敗戦国を支配下に置いた。そして、奴らがもっとも各国の注目を浴びたのが…
大国・ローゼ王国とその他10の小国の連合軍を破った戦いだ。
ローゼ王国は6つの大国の中でも最弱という位置に位置付けられていたが、それでも10の小国と連合軍を組んで挑んだのだ。その軍にはいくら最強の一角と恐れられているアロン王国ですら勝てるかわからない。
それを、ルスウィ帝国は破った。少し危なかったそうだが、どの大戦でも負けることなく。完全な完封勝ち。それほどまでに、進化の子供達の能力は圧倒的だった。
この戦いから、小国の中でもルスウィ帝国に降る国が圧倒的に増えた。全ての国が《進化の子供》の強さに恐れ、魅力された。最初は百もの国が参加していた《対ルスウィ帝国連合》も、今は六十あまりに減ってしまった。
大国の中では一国も降ってはいないが…時間の問題ではないかとの声が上がっている。
「…それで、今回降ったのは何国だ?」
「四国だ。…今日の戦争で一国は取り戻したけど、このままじゃ小国全部取られちまうな。」
ケリィのため息に俺は呼応する。
「ああ…そうなったらいくら俺達四大大国でも太刀打ち出来なくなっちまう。」
俺が卓上に視線を向けていると、そこに湯気を上げている黒い液体で満たされたマグカップが置かれた。俺は視線を上げる。そこには、先程の会議でも目にした金髪碧眼の少女が立っていた。手にはお盆を握っており、蒼い目がサファイアのような輝きを放っている。
だが、金髪の下にある顔には表情らしきものは見受けられない。そして、美しく光る青い目で俺を見てから、一言。
「コーヒーをお持ちしました。」
「ああ、いたのかアメリア。悪いな、気ぃ遣わせちまって。」
俺の言葉に、アメリアと呼ばれた少女は素っ気なく一言。
「いえ、礼を言われるほどのことはしていません。」
アメリアはそう言って会釈をすると一歩下がる。アメリアはまるで人形師が作ったマネキンのように素晴らしい姿勢で直立する。俺とケリィはその光景をみて、苦笑した。
彼女の名は《アメリア・ヴァルキリー》。アロン王国国軍現第一部隊副隊長を務める金髪碧眼の少女。俺の1つ下の17歳。その昔、俺がまだ駆け出しの軍人…12歳だった頃に、駆り出された戦場の中で、蹲っていたこいつを見つけた。その後、相手の弾丸の雨を掻い潜り司令部で待機していたケリィへと預けた。
戦争終了後、こいつは様々な議論の末ケリィ預りとなり、今もロムキス家で暮らしている。
そして、彼女は《ある理由》から…その戦争前の記憶と…感情を失っている。それらを戻す方法は、未だ見つかっていない。
そんな暗い回想でもやもやが広がる頭を俺は苦いブラックのコーヒーを啜ってリセットし、話を再開する。
「…次の四大大国会議はいつだ?」
俺の質問にケリィは肩を竦めながら答えた。
「明日、緊急会議を開くから各国の総軍長と作戦軍長、それから優秀なお付を連れてフェリード王国に集まれってよ。」
「明日…?また急だな。」
俺が頭の上に《?》マークを出現させているとケリィが苦笑しながら答えた。
「ま、三国のジジイ達もちょっと焦ってんだろ。あいつらは名誉と地位に依存してる節があるからな。」
「だよなあ…。もうちっとしっかりして欲しいたもんだぜ。」
そう言って、俺達は同時にコーヒーを啜った。そして、「フウッ…」と息を吐いてから、すっと横を見る。そこには、未だ直立姿勢のアメリアが無表情で立っていた。ケリィは呆れたようにため息をつき、俺は苦笑しながら一言。
「アメリア…別に座ってもいいんだぞ…?」
それに少女は、素っ気なく一言。
「いえ、座る必要はないと判断していますのでお構いなく。」
その返答に、ケリィは「ダメだこりゃ」と言いたげに両手を広げた。
基地を出た俺を肌寒い空気が襲う。
「…もう十一月だからなぁ。」
俺はせめてもの抵抗としてコートの襟を立てた。
アロン王国国軍では一般兵と幹部(この国では総軍長、副軍長、作戦軍長の事だが)を見分けやすくするため、一般兵は普通の軍服だが幹部はそれと少し違うデザイン…裾がかなり長い、コートに近いものとなっている。ちなみに、これはただのケリィの趣味だ。俺も嫌いではないが、どうも特別扱いされてるようで気に入らない。
俺は日が暮れかけた赤黒い空を少し見上げてから街道目掛けて歩き始める。
あの後、明日の緊急会議のお付はアメリアであることを俺とケリィで決めた。隊長達はいなくなられたらいざとなったら困るし、副隊長の中ではアメリアが一番実力が上だ。だから、明日のお付はアメリアに決定した。
俺は長く息を吐いてから視線をもう一度空に向ける。
ウィルス…ルスウィ帝国はAKウィルスを15年前に完成させた。その後…2年間ほどは効力の研究に費やし、さらに1年間を改良と実験に費やした。
そして、実験開始からおよそ半年…ようやく記念すべき(なのかは定かではない)適合者1号が完成した。その時、帝国中が歓喜に包まれたのだという。
奴らは更に改良と研究を重ねて…今では、60%の確率で《製造》は成功できるようになっている
これはもちろん高い数字だ。しかし…見てわかるように、40%の確率で死に落ちてしまう。だから、好き好んで生物兵器になろうと考えるやつはそうそういない。まあ、金のために自分の息子、娘を実験に無理矢理出す親もいるそうだが(失敗すればそれなりの額の金がその家庭に支払われるようになっている)。
しかも、この中で使える能力が発現する確率は60÷5×3=36%ときた。つまり実質、実験が成功しまともな扱いを受けることが出来るのは四捨五入してもおよそ4割だ。成功確率に対して、失敗確率が低すぎる。
そんな訳で、今のルスウィ帝国と同盟国の死亡者数、亡命者数はここ10年間で八割ほど増えたようだ。普通なら、ありえない数字である。そんなことは絶対にあってはならない。
これ以上犠牲が出る前に早く奴らの国を陥落させなければ…
「フレーン!」
そんなことを考えていると目の前から弾丸めいたなにかが俺の胸に飛び込んでくる。
「おふっ…」
俺はそれを危なげなく受け止めた。
それは、小さな少年だった。少年は顔を俺に向けるとニカッと歯を見せて無邪気に笑う。俺は頭を撫でながら微笑み返す。
「よお、ミカじゃねえか。相変わらず元気だな。親父はどうした?」
「父ちゃんはねー、あそこ!」
俺はそう言いながらミカが指さした方に振り向く。そこには、大きな酒場から出てきて、こちらに向かってくる筋肉ムキムキの大男3人が目に入る。
その3人でも真ん中…至高まで鍛え上げられた、褐色肌の中年男性は俺に数メートルの距離まで近づくと手を上げてニカッとミカとよく似た笑みを浮かべた。
「おう、フレン作戦軍長。今日の戦乱はご苦労様だったな。」
そう言う男に俺はいつも通りの笑みを浮かべた。
「それはお前もだろ、ロディ?そこの息子二人も大活躍だったみてえじゃねえか。」
俺がそう言うと左右の男性二人はバッと会釈をする。そして、真ん中の男は「ガッハッハッハッハッ!」と豪快に大声で笑った。
「作戦軍長様にそう言ってもらえるとは光栄だな!これからも精進あるのみだ!」
俺はそんな男の声に少し微笑を浮かべる。
真ん中の男の名前は《ロディ・シュレル》。そして、左の男が《リムシ・シュレル》。さらに右の男が《フュレート・シュレル》だ。この3人の関係性はロディが父親、リムシが長男、フュレートが次男だ。
我が軍の二番隊隊長と、主力を務める凄腕達だ。
そして、俺に抱きついているのが《ミカ・シュレル》。ロディの三男で、この子もも将来は凄腕の軍人になると期待されている。
ちなみに、歳はロディが41歳歳、リムシが21歳、フュレートが20歳、ミカがかなり離れて6歳だ。
すると、今度はこれも茶髪の、肌白い女性が酒場から俺の方に近づいてくる。
女性は俺の前でその美貌に柔らかい微笑みを浮かべると口を開いた。
「お久しぶりです、フレンさん。今日は戦争の作戦軍長という大役、お疲れ様でした。」
そう言って深々と腰を折る女性に俺は手を振った。
「い、いえ。俺はあくまで作戦を考えただけです。それを実行したのは兵士達の力の賜物ですよ。」
俺の言葉にまた微笑みを浮かべた
「あまり謙遜はいけませんよ、フレンさん。適度な自信を持つのも、大事なことなんですから。」
「アハハハハハ…」
俺は乾いた笑みを浮かべた。
彼女の名は《ミラ・シュレル》。ロディの嫁で、元軍医だった女性だ。
軍隊の中でも大人気だったミラ嬢を筋肉ゴリラのロディが射止めた話は、今も(何故か)伝説として残っている。
ただ、どうも俺はこの人とうまく接することが出来ない。俺はかなり社交的なはずだが…女性で、さらにとてつもない美貌の持ち主と来たらやはり無意識に緊張してしまう。
そして、ミラは「そうだ!」と言うと自分が抱えていた白い塊に俺に差し出した。ミラは優しく微笑む。
「ユウがもうこんなに大きくなったんですよ。フレンさん、春に会ったっきりでしたよね?抱いてあげてください。」
「え?で、でも…」
俺は少しだけ躊躇したが、ミラやロディに「いいからいいから」と押し切られ、恐る恐る抱き上げる。
上から見ると、安らかで可愛らしい寝顔が、とてもよく見えた。女の子特有の柔らかそうな髪がそよ風に揺れる。
「…大きく、なりましたね。」
俺の言葉にロディとミラがうんうんと頷いた。
この子の名前は《ユウリス・シュレル》。昨年産まれたばかりの赤ちゃんで、シュレルの長女だ。くるくると巻いた絹のような髪がとても愛らしい。
ロディがほっぺたをつつくと、ふやふやという声を上げる。
俺がそれを(自分の中では)温かい目で見ていると、ロディがニカッと笑いながらバンッと背中を叩いてくる。俺は衝撃で肺の空気が詰まって「ングッ!」という声を出した。
そして、ロディは頭一つ分ほど背の低い俺と肩を組んだ。正直に言うと、重いし暑苦しいからやめて欲しい。
「ま、立ち話もなんだし…」
ロディは先程まで自分達がいたレストランを笑いながら親指で指さした。
「飯でも食いながら話そうぜ、フレン。」
「あー…」
俺は考える。確かに魅力的な誘いだ。今日は戦いがあったので正直、家に帰ってから飯を作るのはめんどくさい。
…だが、明日はフェリード王国に行くため、早起きしなければならない。…念の為、早く寝たいのだ。
『…断るか。悪いけど。』
そう考え、口を開こうとした…
「いいね、父さんと作戦軍長の話も聞いてみたいですし!」
「ああ、今日の作戦での修正点も聞いておきたいしな。…という訳で、作戦軍長。お願いできますか?」
…が、シュレル兄弟の声に遮られた。
タイミングが良いのか悪いのか…
「…」
俺は、自分と丁度同じくらいの高さにあるリムシとフュレートの視線に俺の視線を交錯させる。
そして、少しの間の後に微笑を浮かべる。同時にため息をついて、片腕にユウリスを抱えながら後頭部を少しだけ掻く。
「…ったく、しょうがねえなあ。」
俺の言葉に二人は嬉しそうな笑顔を作ると、全くの同時に頭を下げる。
「「ありがとうございます!作戦軍長!」」
俺はそんな反応をする二人に向かって笑いかける。
「別に、礼を言われるほどのことはしてねえよ。軍の成長の為だ。作戦軍長としちゃ、断るわけにはいかねえだろ。」
俺はそう言って少しだけ歩いて、あることを思い出して二人に向き直る。
「そうだ。今は軍の行事ってわけでもねえから、タメ口とか呼び捨てでと大丈夫だぞ。」
俺の言葉に二人は少し戸惑っていたが、ロディが少しだけ囁きかけると、すぐに頷いた。
「分かった。」
「じゃあ、よろしく頼むぞ。フレン」
俺はそれにできる限りの笑みで答えた。
「おう、ビシバシいくからな。覚悟しとけよ?」
「ああ。」
「むしろ望むところだ。」
二人の怯えるどころか好奇心満々の笑みに俺は少しだけ笑いかけることで返した。
俺が一歩一歩踏み出すごとに、酒場の喧騒が俺の鼓膜を大きく揺らした。
「ふぅ…」
ボフンッという音を立てながら俺は自分の部屋のベッドに背中からダイブする。ベッドの脚がギシギシと軋む。
あの後、飯を食い、色々とシュレル兄弟と話し、酒場の連中とも乾杯をし、俺は一足先に酒場をあとにした。
「…」
俺は寝転がったまま右腕を上に突き出し、掌を天井に向ける。すると、手首まで覆っていた長袖がずり落ちて、手首にかかる輪っかだけが残る。少しだけ赤、青、緑色が入った、白色の装飾品。掌側の手首に面している部分には、神聖で魔除けに有効な十字架がぶら下がっている。
これは…昔、俺がまだ何も知らない少年だった頃、両親だった《はず》の人達から貰ったものだ。
「…」
俺はそれを一瞥した後、腕をベッドの上に下ろした。チャリンッという音が横から聞こえる。
「…明日は早起きしなくちゃな…」
俺はそう呟く。
直後、俺の脳を睡魔が襲う。どうやら、自分の予想よりも俺は疲れていたらしい。
俺は付けていたランタンの火を消して、掛け布団を掛けて枕に頭を乗せる。
『…冷てえな…』
そんな思考を最後に、俺の意識は深い眠りに落ちた。
読んでいただきありがとうございました。ちなみに、この世界は電気は一応ありますが、車はまだ存在していません。
かなり古い時代設定となっております。
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