表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/31

第6回 伊弦さん、帰宅

 LHRロングホームルームでは、体育祭の実行委員と選択種目を決めた。

 伊弦は、顔が粉だらけになるマシュマロ探しをするらしい障害物と、観衆のど真ん中で、着替えなくてはならない仮装と、借り物競争にジャンケンで負けて割り振られた。俗に言うイロモノだ。


 泰時は100m走、400mリレー、騎馬戦など、周りと比べてまだ小柄ながらも、応援団長をするとか、羨ましくないが花形が多い。


 綱引きや玉入れ、長縄、騎馬戦、その他色々あるようで、朝から夕方まで、長丁場となるようだ。




 放課後、明治(メイジ)から理科準備室へ呼び出された。

 明治は生物の先生なのか、机の上には、生物の指導資料のような物が置かれていた。


 明治の用事は、ちょっと嬉しい私用だった。


「ほら、入学祝いだ。おめでとう。また一歩、大人になったな」

「ありがとう。これは何だろう?」


 何だか、薄い物を貰った。


「交通系のICカードだ。まぁ、これも勉強だ。公共機関を利用できるから使ってご覧」

「わかった。今日は母ちゃんから貰ったスマホ?の地図を見ながら、歩いて来たんだ」

「おまっ、あの家から…だと歩いて50分以上かかるじゃないか。てっきり北条兄弟が迎えに来たのかと思ってたが…」

「断ったつもりだけど」

「そうか。自分の足が一番か」

「道だって覚えないとね。地震とか起きた時に帰宅出来ないと困るし」

「よし、良くやった」


 何が良くやったなのか、分からないが、明治はクククッと何だか(たの)しげに笑っていた。

 それが済むと、泰時が一緒に帰ろうと誘ってきた。

 とは、言っても車だ。

 伊弦は通学路を覚える為にも断った。

 泰時には悪いが、一緒の下校だとまた何か言われそうでもある。



 (いささ)か伊弦は、方向音痴気味で、外にもあまり出ない為、電車やバスは新鮮で、帰り道は色々と開拓しがいがありそうだった。

 しかし、この時間の電車はちょっと混んでいて、二本やり過ごしたが、三本目で諦めて、多少混んでいても乗る事を覚悟した。

 昔テレビで見たラッシュアワーよりは、マシだ。

 ただ、人が多いから怯んだだけで。

 何とか決意して足を乗せるが、ドアに挟まれそうになったらしく、ドア近くにいた青年が、助けてくれた。


「大丈夫ですか?」


 その青年は、高校生か大学生なのか、分からないが、北条兄弟並みに、顔が整っていて印象的だ。


「うぅ、ありがとう。電車は慣れないもので」


 都心では幼くも、一人で通学で使用している、小中学生がいるのに、高校生にもなった伊弦が、ドアに挟まれそうになった事を考えるとかなり恥ずかしい。思わず赤面すると、青年は目を逸らし、見て見ぬ振りをした。

 スマホを取り出して確認するが、何か家から遠ざかっている気がする。

 慌てて路線図が書かれた電光掲示板を見る。

 自然と顔が青褪めていたらしく、助けてくれた青年が、再度声を掛けてくれた。


「間違えた?とか?」


 青年を見て、無言でコクコクと頷く。


「次乗り換えるといいよ。最悪タクシーで帰るとか」

「乗り換え?改札口とか、一旦出て、再度電車に乗ればいいの?」

「本当に乗り慣れてないんだね。とりあえず次降りるよ。案内してあげる」

「ありがとうございます。でも、お兄さん、良いんですか?時間は?」

「中学生が遠慮しない」

「……」


 高校生です、と言っていいものか、目が泳ぐ。

 言わない方が楽ではある。


「あれ?違った?まさかの小学生とか?」


 まさかの小学生発言に、頭が痛くなった。

 全て成長期が、人より遅れているのが悪い。


「えっと、すみません。これでも高校一年生なんです」


 今度は青年の顔が赤らむ。


「ゴメン、ゴメン。俺、無神経だったね」

「いいですヨーだ。みんな似たような反応ですので」


 不貞腐れるのを見て、青年が苦笑する。

 そうこうする間にも、次の駅に着く。


「数分でしたね。これなら、前の駅まで歩いて行けるかも」


 前の駅まで歩く気満々な伊弦に対して、青年が首を振る。


「次にまた、同じことが起きた時に、同じく歩くつもり?いいから、一緒に行こう。改札口は出ないで戻れるから」

「それにしても可笑しいですよね。ナビ通りの時間に乗ったのに」

「遅延の影響とかで、ズレる事が良くあるから」


 青年に電車の説明をして貰いながら、乗り換えた。


「いいんですか?時間は?私に付き合っちゃって。」


 青年は首を振った。


「あぁ、元々乗り気じゃなかったし、いいんだ。 “トーク” で、断って置けばいい」

「トーク?」

「君は本当に高校生? “トーク” を知らないなんて。携帯貸して」


 渡して更に驚かれた。


「ほとんど初期みたいなもんじゃないか」

「母に買って貰ったばかりで、ダウンロードも母です。使ってるのは地図とか」

「ああ、成る程ね」


 そうして、アプリをダウンロードして、試しに使えるか、友達として登録して、テストメールのような物を送ったり受け取ったりした。

 青年の登録されている名前は変わっていた。


藤堂(とうどう)剣聖(けんせい)?」


 ハンドルネームのようで、本名ではなさそうだ。


「ゲームキャラの名前?」

「残念ながら、そのキラキラネームが本名だ。ちなみに剣道はした事がない」


 ぶっ、と思わず吹いた。


「あ〜、もぅ、笑うなよ。どうせなら、フェンシングでも、剣道でも、習わせてくれれば良かったのにな」

「それはそれで、上達しなかったら、どうするの?」

「考えてなかった。名前負けだ」

「とりあえず “トーク” ? 使えるようにはなったけど。お兄さんの連絡先消さなくていいの?」

「消しても、消さなくても、どっちでもいいよ。まぁ、これも何かの縁だ。何か分からない事があれば、教えるよ。電車の乗り方でも、スマホの使い方でもさ。あれ?でも、今、九月だよな。引っ越しでもしたとか?」


 流石に四月から電車を使ってて、乗り換えが出来ないとは、考えなかったようだ。


「九月から編入学したんです。今日初登校だったんですよ」

「そうか、友達沢山、出来るといいな」


 そう言って頭を撫でた。

 黙って撫でられながらも、またしても体が小さい為、お子様扱いをされてる事に気付くが、仕方ないと諦めた。


「ありがとう、とりあえずこれで、帰れそうだ」


 元の駅に戻り、次にどの路線の電車に乗ればいいのか、改めて教えて貰った。


「気をつけて行けよ。知らない人に付いて行くなよ」

「付いて行くわけないじゃないですか」


 というか、思いっきり貴方が知らない人なんですが、どの口が言うんだ!とツッコミを入れたかったが、もう電車に乗り込んだ後だった。


 結局高校生だと知っても、剣聖は伊弦を最後まで、小さい子扱いをしていた。


 まぁ、実の兄ですら、小さい子扱いをするのだから、慣れてると言えば慣れてるのだが。

 これではいつまで経っても恋愛とか出来ないよなぁ、と今更ながら溜め息を吐いた。親切で素敵な青年だっただけに、残念ではある。




 家から最寄りの駅に着くと、後は知っている道である。

 そして知っている黒い車が止まっていた。


「遅いぞ伊弦!何処で道草食ってたんだ?」

「いや、電車間違えちゃってって、何で泰時は待ってたの?」

「だから、電車なんて伊弦には後十年は早い。無理なんだから、大人しく一緒の車に乗って帰れば良かったものを。ほら、国語、英語、算数、社会、理科、選択肢をくれてやる」

「小学生の総まとめ?」

「中学生版もあるぞ」


 小中学生の問題集を持って来ていた。

 泰時が来たのは勉強を見る為だった。

 伊弦はげんなりとしたが、これも好意でしてくれていると思うと、無碍にも出来ず、伊弦の部屋でもある離れへと入れた。


「相変わらずの汚部屋で」

「自分の部屋の掃除を家政婦さんにやって貰ってる奴に言われたくないわ」


 とりあえず、制服のベストを脱ぎ出すと泰時がギョッとした。


「な、何を!?」

「母ちゃんが、制服は皺にならないように帰宅したら、ハンガーに掛けとけってサ」


 百合はそういう所は、母親らしく、口煩い。


 髪に関しては特に言わないのに。

 スカートの下はスパッツだし、ベストを脱いだ。

 本日は初日だから、念の為上着を持って行ったが、明日からは、ベストだけでいいだろうと、上着とは別のハンガーに掛ける。

 自分だけなら、ワイシャツとスパッツ姿でも良かったのだが、泰時が気にしているようだから、麻の茶系の半ズボンを履く。


「お前はホント成長してないな」

「そうかな?」


 スカートに入れていたスマホを取り出し、充電しようとするが、泰時がそれを取った。


「スマホ買って貰ったのか。早く言えよ」

「あー、使い方まだよく分かってないから」


 横から手を伸ばして、ロックを解除する。


「ほぼ初期だな。あっ、“トーク”入れたんだ…藤堂剣聖?」

「今日電車で会った人」

「ナンパか!?」


 胡散臭そうに見ている。


「ないない。ドアに挟まれそうになったり、間違った電車乗ってた所を、助けてくれたんだ」

「あり得ねぇ。そういえば、電車間違えたって、さっき言ってたなぁ。だから、車で帰れば良かったのに」


 泰時は自分のスマホを取り出して、指を軽く動かして、登録を済ます。


「何かあったら、電話でも、メールでもしていいから」

「ありがと」


 話題が移ったので、勉強の事はうやむやに出来るかと思いきや、そうはいかなかった。


「さて、やるぞ」

「忘れてなかったか」


 伊弦は項垂れた。


 ええ、勉強頑張りましたよ。ハイ。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ