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第5回 伊弦さん、運動出来る?

 更衣室は、教室から廊下を歩き、少し離れた連絡通路を通った所にあった。暗証番号記録型のロッカーと、カード挿し込み型のロッカーなどがあり、シャワールームが隣接されていて、ドライヤーなども複数台置かれている。

 各スポーツ部の部室もこの並びにあって、清掃が行き届いている。

 伊弦(いづる)は着替えてると声を掛けられた。


「ねぇ、(ゆずりは)さんは、普段は何をしているの?」


 クラスメートの女子二人組みなのだが、名前がわからない。

 肩で内巻きにカールさせた髪に横髪だけを編み込んでリボンで結んだ可愛い感じの女の子と、ショートヘアでサイドにピンをクロスにさせたボーイッシュな感じの女の子だ。


「えっと、(モルモットの)採血したり、(毒の成分を)検査したり、(貧血の)薬を飲んだり?」

「何それ。なんか病人の生活じゃん?」


 ショートヘアの子に気の毒な目でというか、(おもむろ)に引かれた。

 失敗した。まぁ、採血も検査もされる側でもあるので、誤解とは言い切れないから、良しとする。

 半袖、短パンに着替え終える。


泰時(やすとき)くんとは、どんな関係なの?」


 編み込みの子は、優しく聞いてきた。

 あぁ、そういえば泰時の周りにこの子達も居たなぁ…と、どうでもいい事を思い出す。


「由美子ったら、朝から気になってしょうがないみたい」

 ショートヘアの子が笑う。


「ゆかりん、ばらさないでよ〜」


 サイド編み込みの子は由美子さん、ショートヘアの子は、ゆかりん?っと心の中でメモする。


「うーん、幼馴染になるのかな」

「かよわい幼馴染かぁ。それは放って置けないよね。泰時くんは、優しいなぁ」


 由美子が苦笑する。

 伊弦は、勘違いだと、それを否定する。


「かよわくはない。体力もある。それは勘違いだ」


「由美ー、結花(ゆか)ー、そろそろ行こう」


 ポンパドールのゆるふわロングヘアの女の子が、出入口で、呼ぶ。


「さおりん、今行く〜」

「沙織里、待たせてゴメン」


 三人仲良く並んで歩く。

 あのデコ出しロングヘアの子が沙織里と、心にメモする。

 これで学級委員長の仲谷華恋を含めて女子十六人中、四人を覚えた。四分の一を制覇だ。


 三人の後ろを伊弦は、追い越さないようにゆっくりと歩いた。


 まだ自分から声を掛ける程の勇気はない。


 どうしても話しかけないといけない理由はないから、こんなもんだよね。


 友人は欲しいが、昔、親しくなった子に虐められた事を思い出すと、どうしても積極的にはなれなかった。

 自分と友人関係を築く事なく、北条兄弟と親しくなる為の道具に見られた事があったからだ。




 初等教育の頃、お姉さん風を吹かせた同級生が、伊弦の面倒を見るような形で親しくなった。その後、一緒に遊ぶ事が多かった北条兄弟とその同級生が、ある程度仲良くなった後に、もう不要と云うばかりに伊弦に冷たくなった事があった。


 その後彼女と会う事はなかったが(不登校児となったから)、あの時はあれが限界だったのだ。


 不登校になってから、北条兄弟と会う事も減ったが、代わりにというのもおかしいが、当時遊びたい盛りであろう高校生だった明治(メイジ)が色々教えてくれたり、一緒に出かけたりしたのだ。


 ただ、明治は、伊弦の血に価値観(したごころ)を持っていただけの事なのかもしれないが、それでも家族でもないのに、色々と付き合ってくれたので嬉しかった。普通なら、文字もスラスラ読める年頃なのに、伊弦は読めずに明治や兄の結弦(ゆずる)に絵本などを読んで貰っていた。


 自分が同級生と比べて劣っているのに気が付いて、よく泣いたりもした。それをずっと支えてくれたのだ。




 些か物思いに耽ってしまった。


 校庭に出ると、男女で別れて準備運動をする。

 スポーツテストを行ってから、次回からは、体育祭の練習をするそうだ。


 中等教育までは5月中旬から下旬に行ってるそうなので、泰時は一年で二回目の体育祭に出る事になるようだ。

 50m走の測定が終わって、気が付いたのだが、男子の視線が女子に向けられているようで気になる。


 小学生の頃とは違い、そういうお年頃だから、好きな女の子を目で追っているだけなのかもしれない。


 一部の男子は伊弦の胸を見てニヤニヤとしているのだが、伊弦はそれには気がつかなかった。


 泰時がつかつかとやって来るとジャージの上を伊弦に向かって投げた。


 まだ9月の初めで 寒くはない、どちらかといえば、雷が鳴りそうな感じで曇っていて、丁度いい、というか暑いくらいだ。


「下僕、着てろ」


 謎に思いながらも、ジャージを着ると、意外と大きかった。

 女子の視線が痛い。


 駄目だったのだろうか。


 ダボっとした泰時のジャージに、下は短パンなので隠れてしまってまるで履いてないかのようだ。


「これはこれで失敗か…」


 何故か泰時が、男子生徒達を睨みつけている。睨まれた男子生徒達は視線を合わせないようにしている。


 何だというのか。


 持久走測定の番が回って来た。


 1キロ走るのだが、ジャージの上を脱がないといけないようだ。


 長距離は暫くぶりに走る。が、ここで自分の失敗がわかった。


 走ってみると胸が揺れて痛い。途中で、あまり目立たないように胸を押さえた。思いっきり走れない。スポーツブラの存在をすっかり忘れていて、今度買って置こうと心の中で記録した。


 男子達の好奇の視線が刺さる。


 きっと遅いとか、トロいとか、そんな話をしているのだろう。


 自分の順番が終わり元の場所に戻ろうとすると、姫カットのクラスメートから、小声で「ぶりっ子」と言われた。


 思いっきり走らなかったせいなのか。

 単に不快な気分を伊弦にさせたいだけなのか。


 ジャージの上をまた着て次の測定に入る。

 ボール投げや立ち幅跳びを終えると、今度は、体育館へ移動して、続きの種目を計測する事になった。

 男性教師が招集をかけた。


「ハイ、では皆さん、仲のいい者同士で二人一組になって、柔軟をもう一度軽く行ってから計測して下さい」


 ところが、女子は17人の奇数で、誰も伊弦と組んでくれずに、一人となった。こういう時は本当にどうして良いのか困る。大抵、余りそうな時は一組だけ、三人一組になるようだが。しかし、話しかけ難い。

 一人あぶれてしまうのは、いじめられっ子のあるあるで、本当に、学校(ここ)に居て良いのか、考えてしまう。

 初日なのだし、奇数だから仕方ない(私から声掛けしなければ)と自分に言い聞かせた。

 学校へ通うお金も人に出して貰っているし、就職先がすぐに見つかるようなら、早く学校から出たいものだ。

 求人では高卒以上が常なので、編入出来た事のメリットはかなり大きいが、精神衛生上は好ましくない事、この上ない。

 いっそのこと、気に入らない生徒を全員毒殺したら、スッキリするんだろうが、流石にしない。不自然過ぎる。

 初等部の頃は、ただ無為に過ごして、やり過ごしていたが。


「おや、君は編入生だね。早々、あぶれてしまったか」


 男性教師がいつまでも組めなかった伊弦の存在に気がついたようだ。


「すみません、先生」

「謝る必要は無いよ。女子は奇数だから。友人もこれから出来るだろうし。今日の所はオレで良ければだけど、一緒に組むか?」


 穏やかにそう言ってくれた。


「お願いします」


 先生の着ている服は、部活動用のTシャツなのか、特注品なのか、刺繍で苗字が施されていて『亀井』と入っていた。

 とりあえず、亀井先生が組んでくれたので助かった。保健指導は女性教師のようだが、体育は男性教師の担当らしく、少し抵抗はあったが、柔軟運動も手伝ってくれたし、測定時には応援してくれたりと、親切な先生だった。

 生徒に好き嫌いを起こすようにも見えなかったので、嫌悪感丸出しの女子生徒と組むよりは、安心して出来た。


 一足先に早く終えた泰時が苛々しながら、こちらをガン見していたのが、気になったが、多分イジメの心配をしているのだろう。


 ああ見えて泰時は心配性な点があるのだ。


 長座体前屈や上体起こしはかなり良い方だった。反復横跳びや、シャトルランは平均だろう。握力は同級生に比べたら強い方で(それでも全国平均より下回っていたが)、何というか、多分、女子達は本気を出していない。


 これは男子達の目を気にした、女子のか弱いアピールなのかもしれない。


 この年頃の男女は異性を気にして厄介だと本で読んだ事がある。体育では、それが顕著なのかもしれない。

 多くの人間はこの年に恋愛をするようだ。


 伊弦も全く関心が無いわけではないが、万年引きこもりには無縁のモノという認識もあり、今一、自分とは縁遠いモノに思えた。


 スポーツテストは、これで全て終了した。

 亀井先生に組んでくれたお礼を言って別れる。

 全体的に引きこもってた割には、伊弦の体力は、走りでは足を引っ張ったものの、ちょっとだけ平均を下回るくらいだった。


 柔軟以外、殆ど劣っていた初等部の頃に比べたら、だいぶ体力は改善されたようだ。


 とりあえず体育は問題なく、終わりそうなのでヨシとする事にした。


 本日の体育の時間が少し余ったので、運動会の行進の練習まで行い、明日以降は、体育祭や文化祭時に踊るダンスや、体育祭に振り分けられた種目の練習を行うそうだ。


 次の六時限目のロングホームルームでこれから決まる事になる。


 ジャージの上を泰時に返そうとするが、文句を言われた。


「洗って返すもんだろうが、次回からは、自分のジャージを必ず着て来い」

「ええ〜、面倒臭い」


 洗うのも面倒だが、ジャージの上下は寒くなってからでも、と思う。


 そんなやり取りを、聞いていた姫カットの女子が口を挟む。


「ならワタクシが洗って差し上げます」


 悪口めいた事を言った人だが、意外と良い人のようだ。


「ええ?いいの?ありがとう」


 すぐに彼女へ、泰時の上ジャージを渡す。


「ちょ…ソレある意味、又貸しじゃないか」


 泰時が怒る。


 ホント、この男は怒りっぽい。


(ゆずりは)さんは、母親に任せて、洗濯も出来ないんでしょ?」


 やっぱりこの人は、この人で、嫌味を言うのかと、がっかりする。


「じゃ、じゃあ、やっぱり自分で洗うよ…」

「一度他人(ひと)に任せたのでしょう?撤回なさらないでください」


 どうすればいいんだ、と言いたい。

 泰時はやれやれと言う位の顔をした。


「全く関係ない人に迷惑かけたくないから、返して」


 泰時が手を伸ばすと、姫カットの女子は強くは出ずに渡す。


「宜しいのですか?汚れてますわ」

「ありがと。大丈夫だから。えっと…」

 泰時は名前を覚えてないようだ。

相馬(そうま)姫乃(ひめの)ですわ」

「相馬さん、気持ちだけ受け取っておくよ。ありがとう」

 泰時が笑うと、相馬姫乃はほんの少しだけ顔を赤らめた。

 イケメンは何というか、得だなと伊弦は思った。


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