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第4回 伊弦さん、初学食

 

 眼鏡男子が座ってから、その隣に行く。


「さっきはありがと。お金、渡しそびれたんだけど。硬貨がなくて、お札なんだけど…」

「お釣りとなる現金持ってないし、面倒だから後でいいです」

「あっ、じゃあ、学年と名前教えて」

「……知らないのか?」


 伊弦は、知ってたかなぁ?と、これまでの情報を振り返る。

 一般的なのは灰色制服で、この眼鏡男子は青制服を着ているから、何家だったか、有力貴族の家の息子さんみたいな認識しか持ててない。


「ごめん。今日入ったばかりなんだ」

「2年5組の東条…」


 そこに天ぷらうどんを持った泰雅が入って来た。


「すまない、桂季(よしひで)伊弦(いづる)が、迷惑をかけたようですね」


 一先ず、東条の座るテーブルに天ぷらうどんを置いた。


「いや、大した事はしてないよ。泰雅(やすまさ)、この者は少し変わってる感じがするが、草の者ではないのか?」


 東条桂季が伊弦を見る。

 思わず伊弦も眼鏡男子、東条桂季を見返す。


「草の者?」


 伊弦は小首を傾げた。


「伊弦、何でもないですよ。こちらの話です。伊弦は、どこに席を取ったんです?泰時(やすとき)はどうしました?」

「席はとりあえず、そこに。泰時(たいじ)は囲まれてたから、放っておいた」

「折角だから一緒に食べましょう。桂季も伊弦が一緒で構わないですか?」

「どちらでも構わないよ」


 東条桂季は、泰雅と仲が良いようで、口調が砕けたものに変わる。

 その様子を見聞して、伊弦が置きっ放しにした日替わり定食を取りに行く。

 泰雅が、桂季の隣に座る。


「それにしても泰雅がこちらとは珍しいな」

「あぁ、あの子…伊弦がこちらへ来る事を予想しましたから。多分伊弦なら、こちらの学食を選ぶとヤマを張ったんですよ。桂季こそ、こちらに食べに来るのは珍しいかと思いますが?」

「偶にな。気分転換だ。彼女の事を随分と可愛がっているんだな」


 戻って来る伊弦を見て、泰雅は肩を竦めた。

 伊弦が二人の対面の席に座る。


「まさか泰雅の花なのか?」

「花ではないですね。伊弦は友人で、恩人といったところです」


 どうやら、草やら花は、わかる者だけの隠語らしい。


「桂季は学年が違うから、あまり関わる事はないと思うけど、彼女は、弟と共に1年4組に入った(ゆずりは)伊弦(いづる)


 伊弦はとりあえず頭を下げた。


(ゆずりは)伊弦(いづる)です。宜しくお願いします。東条さん、明日お金を返しに行きますね」

「4組って事は理数クラスか。あ、1年生だから、まだ決まってないか。2年生になると4組と5組は理数クラスで別れるんだ。お金は別に泰雅経由でも構わないから」


 そう言って東条は、カレーライスを食べ始めた。


「ありがとうございます」


 伊弦も、泰雅も、いただきますと其々言ってからを食べ出した。

 本日の日替わり定食は、唐揚げで、ご飯に味噌汁、サラダや漬物が付いている。

 味はお店と変わらない美味しさで、伊弦は舌鼓を打った。


「そういえば、学食二つあるけど、よく泰雅(たいが)は、こちらの学食に私がいるとわかったな」

「伊弦は安いのが重要ですからね」

「当たり前だ。高くて美味いのは当たり前だから、安さの中でいかに美味しさを追求するのかが重要なんだ!」


 伊弦が拳を作って力説した。

 そのせいなのか、眼鏡男子の東条さんと、泰雅と共に食べているせいなのか、視線が凄い。

 お昼の会話と言えば、それ以降、この学園のシステムなどを説明して貰ったが、やたらと他の人が聞き耳を立てている気がした。

 一通り食べ終えると、人心地ついた。


「なんだか、聞き耳を立てられてるのかな?やはり、制服の色が目立つからかな」


 伊弦はボソリと言い、自分の制服を見た。


「彼らは、特別って事が好きなんですよ」


 泰雅が苦笑いした。

 泰雅が笑った事で騒めきが拡がった。


「それだけではなさそうだよ。泰雅(やすまさ)が美形で温和だからだろう。私と杠さんだけなら、そうでもないだろうな」


 唇を拭いた東条桂季は、黒縁眼鏡をかけて地道な雰囲気を出しているものの、整った顔立ちをしている。決して泰雅のような派手さはないが、和服が似合いそうな美形である。しかし、自分ではそう思っていないようだ。


「東条さんも、美形に入るのでは?私と一緒にするのは、ちょっと無理がありそうだけど」

「ありがとう。でも、お世辞は要らないよ」


 東条の表情が強張る。

 あまり外見に触れて欲しくないようだ。


「伊弦は、基本お世辞は言わないですよ。猫が被れないと言うか…。だから、前に言った通り…桂季(よしひで)、あの女の言った事は、負け犬の遠吠えみたいなもんなんです」


 東条は眉間に皺を寄せた。

 あの女が誰だかはわからないし、何の話かもよくわからないが、どうやら、東条の外見を悪く言った者がいたのだろう。


「ん〜、ナンパと一緒なのかな?」


 伊弦が思い出すようにポツリと呟く。


「「何がです?」」


 いきなり話が変ったように思えたのだろう。


「『きみ、可愛いね〜』とナンパしてきて、断ると『ケッ、ブスがお高くとまってるんじゃねーよ!』って、よく入院中のテレビで見た」

「あぁ、そんな感じですね。僕の言いたい事は」


 泰雅が頷き、東条はそんな事があるのかと、少し唖然として聞いていた。


「狐が出て来る『酸っぱいブドウ』の話とか、知らない?手に入らなかったから、あれは価値がないとか、決めつける話なんだけど。明治(メイジ)によく色々と読んで貰ったなぁ」

「何だ、それは?酸っぱい葡萄?それよりメイジって?まさか西条明治(あきさだ)の事ではないよな?」


 東条は知らなかったようだが、泰雅は知っていたようだ。


「ああ、それはイソップ童話ですね。メイジは、そのまさかの西条の事です。伊弦に漢字を教える際に、そう読めると教えたようですから。それで、僕のことは、タイガ、弟の事はタイジと、それから音読みなんですよね。それからいくと、桂季(よしひで)はケイキになるかな」

「ケーキか、美味しそうな名前だな。うん、良いな」


 伊弦が食べる方のケーキを思い浮かべながら、そう言うと、東条がほんの僅かだが、表情が柔らかくなり口角が上がった。

 それは余りにも一瞬で、泰雅も伊弦も気付く事はなかった。


「そう呼びたければ、そう呼べばいい。それよりも、まさか、西条の花とかではないだろうな?」

「それも違いますから。泰時は、怪しんでますが、あの人に手に入らない物なんてないでしょう。態々、伊弦をという点で考えられない」


 即座に泰雅が否定する。

 泰雅にとって、身近な存在の伊弦が、天才的な頭脳を持つ明治を惹きつける印象は、持てなかった。

 せいぜい、仲の良い兄妹の延長線上といった所だろうと予想していた。


「だが、しかし、彼女が学校に入ると同時じゃないか?臨時教師なんかを引き受けたのは」


 そこで、ようやく伊弦が口を挟む。


「メイジはね、退屈してるんだよ。だから、学校に入ったのは純粋に暇潰しだと思う。ところで、さっきから草とか花とかって何?」

「伊弦は知らなくて良いんですよ」

「泰雅は面倒臭いだけなのでは?私が教えようか」


 正反対の事を二人が同時に話した。

 泰雅はやれやれと身を後ろに引いたが、東条は気にしてないようだった。


「草は、昔で言う所の忍者のような存在だ。それは家によりけりで、形が違うようだ。単純に言うと下僕で、言わば主従の関係だ。花は、愛人や恋人など愛でる対象を指している」

「なるほど」

「花は他の人間に手出し無用とばかりに、制服の色を変え、誰が所有かを分かりやすくするが、草は諜報活動などもするため、目立たないように、グレイの一般色を着る事が多いようだ。単に分家や派閥として、制服の色を変えさせる者もいるらしいが、そこら辺は親の考えや本人の考えなど、個人差があるな」

「西条家が、この学園を牛耳ったかのように、派閥として多数の白制服が闊歩してたりした時もあったな」

「もしかして…」

「そう。当時の生徒会長、西条明治だ」

「……」

「……」

「さて、そろそろ出ようか」


 そうして、三人は揃って学食を出た。

 気のせいかもしれないが、何故かその後ろを一定距離を置いて、他の女子達も付いてくる。

(まさか見張られてる?)

 二人と別れた所で、その者達とも別れたが、今度は偶然を装っている女子生徒達を後ろへ引き連れた泰時と会った。


「伊弦、おま…、何処行ってたんだよ」

「学食」

「もう一つの方か。お前なぁ、俺と一緒に行こうという気はないのか?まぁ、今日はもういい。結果的に騙したお詫びだ。今後はこれ使え」


 そう言って、泰時の名前が入った、学食用マネーカードを渡される。


「いや、これ私が貰っちゃって良い物なのか?泰時が使えなくなるんじゃない?」


 泰時の後ろが、騒めく。


「お前の学費は北条で持つって言ったよな?昼食は俺が持つから。安心しろ。ちなみに俺が使ってるのは学食カードじゃなく携帯アプリで引き落とすタイプだ。赤外線。それと失くしたら言えよ。停止しておくから」

「えっ、でも、選ぶ物によっても変わるだろうけど、一月で1万3千円前後するでしょ?」


 周りでクスクスと笑い声が漏れ聞こえる。


「……ランチ一回2、3千円だろ?それだと、計算違うだろ?5万プラスマイナス1、2万って感じじゃないか」

「ごめん。根本的に経済観念が違う事を失念してた。そっちの高そうな学食を利用する気はあまりないんだ」


 女子生徒のグループが、すれ違う。

 すれ違い様に小声で「貧乏人が…」という少女の声が耳に入る。


 泰時には聞こえない距離で嫌味を言ってきた。

 昔、虐められてたから、またかと思って少し凹んだ。


「伊弦が金の心配はしなくていいから。さぁ、教室に戻るぞ」


 泰時が手を引いていく。


 年下なのに、泰時の手はいつも伊弦より少し大きな手で、ここ数年でそれが益々顕著になってきている。成長期というやつなのだろう。

 周りから、凄い怨念めいた視線を感じる。

 これが、幼馴染の特権なのだろう。

 泰時の恋人でもなんでもないけど、私が羨ましいのか?

 羨め〜。


 しかし、私からすれば、彼氏でもないのに、手を繋いだだけで羨ましがられても、嬉しくない。

 なんで北条兄弟はアイドルではないのに、こうもちやほやされるのか、謎である。彼らの家がどの位のお金持ちなのかは知らないが、彼女達は玉の輿とか、狙っているのだろうか?


 藤城学園にいる位だから、比較的、私立に入れる位の富裕層で、尚かつ、頭の良い人達で、お金や将来に困ってる理由ではないだろう。そんな人達がまとまって同様に動くって事に驚きを感じた。


「なぁ、泰時(たいじ)。まさかと思うが、ここの生徒達を家の力で洗脳でもしたのか?」


 ひそひそと小声で疑問を伝えるが。


「アホか。今日進級したばかりで洗脳など出来るか」


 冷やかな目で見られた。

 確かに誰もが認める美形兄弟だろうが、北条兄弟は思った事を、私に対してだけかもしれないが、言いたい事を言いたいだけ、歯に衣着せず言ってくる。まぁ、ストレートな物言いが互いに楽と言えば楽なのだが。

 普通の人なら、敬遠してもおかしくないのでは?

 疑問が顔に出たのか、泰時が苦笑した。


「俺も家の事は、泰雅(やすまさ)程、詳しくは知らないが、この学園で、四家と呼ばれる位に、政治経済の中枢に影響のある家だからだろう。もう一つ特別な家があるらしいが、それについてはよく知らない」

「ふぅん?」


 教室に戻り、次の体育授業の準備をしようとするが、人が疎らである。

 どうやら、みんな更衣室で着替えるらしい。


「じゃあ、伊弦また後で」


 更衣室へ向かう。

 


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