第1回 伊弦さん、無職になりました。
完結目標です。見切り発射でおそらく更新遅めです。
暗殺を主な生業とする家系に生まれて、私、杠 伊弦は毒薬の製造を担当していた。
そう、していた(過去形)。
この度、父の杠 柚子葉が中年となり、
「身体のキレが悪くなった、逃げ帰りは出来たものの暗殺を失敗する事が起きた。もう歳だ、辞めよう」
という理由で、廃業を決意した。
そうして朝、リストラサラリーマンの如く
「公園デビューしてくる〜」と言ってハローワークにも行かず、お弁当を作って、出掛けてしまった。
何の公園デビューなのか。
母の杠 百合は、元呪術師で、呪術が使えなくなってからは、何処にいても周りと馴染む、影の薄さを利用した諜報活動担当だったので、どこぞかの止ん事無い貴族の元で、そのままお勤めをする事が出来た。
「あたし、有能だから、辞めさせてくれなくて〜」
翻訳すると、いきなり夫婦揃って二人が辞めたら、その止ん事無いお偉いさん家の反感を買ったり、反逆を疑われる可能性で、母は、辞める事が出来なかったということだ。強気なんだか、弱気なんだか、メイクによって人格が変わる気がする。
因みに兄の杠 結弦は武器製造担当で、隠しナイフや、小型銃の開発研究だった為、そのまま隠れ蓑である表の商売、鍛冶業(主に包丁製作、鋏、鍬、鋤の製作など)を続けるらしく、影響はないに等しかった。
みんなズルイ。
悲しいかな。当然の如く、毒薬担当の私は、もろにその波をモロに受けて家族従業員は不要となり、俗にいう解雇という次第だ。
しかーし、私にも特技はある。
毒のプロフェッショナルという事で、単純に影で毒薬の販売をすれば、良いのだ。
うむ、我ながら素晴らしい案であった……が、薬事法違反の毒薬を販売する……堂々と売れるわけがない。それなりの人脈が必要だった。
そう、人脈さえあれば……引き篭もりの私に、人脈などというチート技は持って無かった。
もう一つの特技は、毒薬の中和薬を作れるのだが需要は滅多にない。それを作るには、人の手を借りないと出来なかったり、命や体を張るのだ。
まぁ、即死系の毒でなければ、何とかはなる。
弱らせて病気にさせる系の毒なら、って、それは普通に誰でも毒を抜く事は出来るか……。
結論、特技があっても、就職の役には立ちそうにない。
「仕事が欲し〜、でも外に出たくな〜い。腹減った」
毒薬を管理している離れ(隔離棟)で、食パンを何も付けずに日々消費するだけの毎日。
そこへ、ドアが開き、聞き慣れた声が降ってくる。
「安心しろ。職を探せず餓死、衰弱死をする前に、いざとなったら、いつでも俺が殺ってやる」
そう言ったのは北条泰時、承久の乱で勝利し、御成敗式目を制定した三代目執権ではなく、どこぞかの金持ち兄弟の弟の方だ。たまにフラリとやって来て碌でもない事ばかりを吐く。因みに、兄は泰雅だ。
「泰時か、暇人だな。離れの毒コレクションの部屋まで来るとは。てか、人を勝手に殺さないでくれ」
そこへ今度は北条兄まで、離れにきた。
「ほら、また青い顔して、もう暗殺業を辞めたのなら、毒は、全て廃棄して、寝食きちんとしなさい。もう昼なんだし」
すっと寿司折を差し出されて、伊弦は飛び付いた。
「泰雅まで、居たのか」
「相変わらず、塩っぱい感じで、もう少し女の子らしくした方が、いいのでは?」
優しい口調に、優しい声で、優しい表情なのだが、言っている事は酷い。
兄の泰雅は丁寧毒吐きで、弟の泰時は言葉がストレート。どちらも毒々しい。
名前に関して言えば、彼等の名前は堅苦しく言い辛いから、愛称として、音読みで呼んでいる。きっかけは、漢字に音読み、訓読みってのがあるって学んでからだけど。
「伊弦、前髪も伸びて来たな、そろそろ切るか、ヘアスプレーかけて片側に纏めた方が良いんじゃないか?俺が適当にザク切りしてやろか?」
「いや泰時のガックンガックンのヘアカットならぬ、画用紙切りは遠慮しとく」
ファッションセンス抜群、顔良し、スタイル良し、そんな兄弟二人と、大昔はよく遊んだものだ。生活スタイルが違い過ぎて一時は疎遠になっていたのだが、彼等は人懐っこいのか、情に厚い部分があるのか、単に暇を持て余しただけなのか、伊弦と付かず離れずの微妙な距離感を未だに保っている。
よく馬鹿にされたし、今でも馬鹿にするし、でも何処か優しい。
金持ちなので、色々巻き込まれる事を思うと、私的には、あまり近付きたくない人種ではある。
いや、よくよく考えると、おかしい。
何故、アンタッチャブルな、アングラ職の私の方が巻き込まれる?普通逆だ。向こうが避けようとすべき。
職業を抜かして考えて、ブルジョワと貧乏人で、接点はない。
何故、彼等が何やかんやと差し入れしたり、私の生存確認で様子を見に来たりしているのかと言うと―――
それは過去に、幼少時に彼等の命を私が救ったから
しかし、私が、救った、やってやった感はないのだ。それは自分の意思とは関係無く、否応なしだったので。
幼心に多分彼等は、その時の、私を巻き込んでしまったという罪悪感みたいなものが残っていて、彼等なりの恩返しでもしているつもりなのだろう。
「なぁ、別に次の職、探さなくてもいいんじゃねーか?」
それは、まさに金持ち発言。
「何を言う泰時、働かざる者食うべからずと、言うではないか」
本音 : ニートしてみたいよ。金が有り余っているならな。
「例えば、学校行くとか〜、有りだろ? 伊弦、頭悪そうだからな」
「お嫁でもイイですよね〜。伊弦を貰ってくれる相手がいるならの話ですけど」
「あのさぁ、北条兄弟。頭がお花畑ですか?そもそも学校は金がかかるだろうが。常に母ちゃんは、“ウチはビンボーなのぉ〜”って言ってるし。お嫁なんて、例え相手が出来たとしても、持参金もなく行けるものか。先立つモノがねぇんだよ」
お前らの人生は、中等学校や高等学校に、大学だか、大学院?に、結婚と、薔薇色に光り輝いているのだろうが、私にあるのは灰色の人生なんだよ、と言いたい。
第一、初等教育しか受けてない私が、中等学校を抜かして、高等学校へなんて、行ける理由がない。
というか、よくよく思い出してみると、初等教育もまともには、行けていなかったのだ。
初等教育の記憶と言えば、その当時は、体が、一回りも二回りも顕著に小さく、力も弱かったので、同じ年の子供に思われず、よく、二学年下に思われた。泰時よりも年下に見られたのだ。それだけならまだしも、頭も良くなかったので、よく虐められた。そして、中等学校へ行く勇気がなくなって、引き篭もったのだ。
「あのなぁ、…言っていい?」
泰時がニヤつく。
「なによ?」
あまり良くない事位は察しがつく。
泰雅が微笑む。
「百合さん、ブランド新作デザインネックレス買ってましたよ〜。ティアラとピアスも揃った三点物だとか?高等学校に何回入れる金額でしょうかね〜」
「あー!俺が言いたかったのにー!」
百合はどうやら、自分の買い物を北条兄弟に自慢をしたようだった。
「あの糞女!なんて奴だ!偶には娘に食料の配布か何かしてくれてもバチは当たらんだろうに」
泰雅が、長い指で、伊弦の両方の頬を片手で挟む。
当然、唇が突き出た形となる。
「伊弦、口が悪いですよ」
「プハッ、伊弦アヒルだ」
泰時が腹を抱えて笑う。
そんなに笑う事ではなかろうが。
きっと、泰時は、箸が転がっても笑うという、謎の年齢層に突入している最中なのだろう。
泰雅はすぐに手を離した。
「フン。お前らは態度が悪いだろう〜が」
「もう少し、自分で家事、特に自炊が出来るように、女子力を高めて下さいね」
「喜べ!伊弦。高等学校に行けるようには、しといてやったからな!」
「ええぇぇ?勉強したくない、無理だ。中等学校、というか初等教育すらまともに行ってないのに?」
「中高一貫校なので、高等学校へ行ってても中等学校の基礎もやろうと思えば学べますよ?僕が教えても良いですしね」
「それに学校へ行くと、伊弦が好きな “ 給食 ” が食べられるんだぜぇ」
泰雅が泰時を軽く小突く。
「きゅ、給食!!」
伊弦の目がきらきらと輝いている。
給食、それは、栄養バランスの取れた伝説級の美食だった(伊弦の中ではの話)。
初等教育の頃に食べていたが、あれ程美味い物はこの世にないと思った。
悲しいかな、それだけが、学校へ行く楽しみだった。
「そういえば。百合さん、料理からっきしだもんな」
「柚子葉さんが、まだ食べられそうな物を作るから、無職となった今では、まだマシな食事が出来るのでは?……、まぁ、入学なら、いつでも入れるから、僕達と藤城学園に行きましょう」
「うん、うん、給食、給食」
高級寿司店の握り寿司を目の前にして、給食しか考えてない伊弦を見て、泰時と泰雅は軽く溜息を吐いた。
小声で泰雅が泰時に言う。
「給食……楽しみにしちゃってますよ?」
「はは、どうすっか」
小声で泰時も応える。
実は、泰時は中等学校に通っているのだが、給食は中等学校までで、高等学校は給食がない。学食と呼ばれる、二つある学生食堂を利用するか、自分でお弁当を作って持ってくるか、だったのだ。
この作品の更新は近日中ですが、ストックがあまりない為不定期となります。






