第17回 伊弦さん、体育祭です(前)。
高校初の体育祭。
初等部の時には低学年時に何度か、中等部には、学校そのものに通ってなかったので、運動会、体育祭に出るのは九年ぶりとか、十年ぶりになるだろう。
1学年に付き5組あるので、全クラス15組で得点を競い学年優勝と総合優勝を目指す。
伊弦は障害物と、仮装と、借り物競争に出る予定だ。
競技は50メートル走から、始まった。
分かりやすく学年別にクラスで一人、5人づつ走るが、学年関係なくタイム測定で、基本的にどの競技でも1位が15点、15位が1点という具合で得点が貰える。参加する者がいない、棄権した場合は0点となる。
陸上部が有利となるのだろうが、陸上部の部員数は少ないので他体育部が上位を占める事になる。
結果は電光掲示板に表示されて、総合では、2年生、3年生が優位だ。
100メートル走では、本来なら1学年下の泰時が走り、種目別で学年順位では2位。総合では5位となかなかの順位だ。
頭もスキップする程良くて、足も本来の学年差を物ともせず俊足だ。存在自体が嫌味に思える男である。
同時進行で、同じ体育館内にある、畳が敷かれた柔道室では、別の種目が開催されている。
そちらは普段男子体育で柔道を教える場所で、部活では柔道部と合気道部が共用で使用しているのだが、柔道が体育祭の種目として盛り込まれているのだ。
そちらはトーナメント戦になっていて、各クラス代表が競う。
優勝者から順に得点が高く貰え、準決勝に進出出来なかった者達は一律の参加得点となる。 有利なのは、やはり柔道部の生徒だろうが、そこで番狂わせが起きているようだ。
初戦で、柔道部部長を降した者が現れたのだ。
伊弦はトイレに向かう途中でそれを聞き、熱狂的な雰囲気に釣られて、覗いて見ると、そこには眼鏡をかけていない東条桂季が礼をしていた。
彼は試合終了後、即座に眼鏡を渡されて掛けた。
すると、偶々伊弦と視線が合った。
桂季が一瞬だが微笑む。
それを見て伊弦は軽く手を振るが、周りの女子の歓声で、その手を直ぐに引っ込めた。
「今、私に東条様が微笑まれましたわ」
「勘違いじゃ有りませんか? あの東条様が微笑む相手なんて北条様以外に居ませんわ」
「いえ、確かに微笑まれた気がしますわ。この私に」
もしかして、私は勘違いしたのか。
顔見知り程度の付き合いしかないのに図々しい。
伊弦は、自分が勘違いして手を振ったと思い、恥ずかしくなってその場を離れた。
次は伊弦が出る女子障害物走だが、母、百合は会場にはいるのかも知れないがまだ見当たらない。
他の保護者は、一見仲良く談笑しているが、何か見えない腹の探り合いをしていたり、他の生徒を値踏みするかのような視線が飛び交う。
生徒も生徒で、競技を観る者もいれば、あの婦人は誰の母君とか、誰の姉君などヒソヒソ話が出ている。
そんな中、どよめきと言うか、何かの衝撃が出入り口の方から波紋のように広がっていく。
皆の注目が集まる、四家の人間に対するのとは異なる反応で、伊弦は嫌な予感を覚えた。
百合は腕に縒りを掛けてと、言った。
百合は料理不得意だ。
腕に縒りを掛けるモノって何だ?
百合の得意な物、元呪術者っていうのは置いといて、残るのは、メイク技術と演技だった。
「誰の家族だ?!」
「すっげぇ、美男美女」
「あれは親?」
「いや、15、6の子供を持つ親にしては若すぎるだろう?」
「誰かの姉とか?」
「素敵なオジ様と美青年を背後に従えてるわ」
「どこかの社長と、愛人とか」
対象となる人物達とは、離れているので、周りの声や反応が漏れ聞こえてくる。
伊弦は察した。
そして頭を抱えて、思わずしゃがむ。
駄目だろう。
そんな派手なのは、反則だろう。
一応は子供が主役の運動会に、子供より目立つ親って、あって良いのか?
それにあれが伊弦の家族だと知れて、体育祭で目立つ予定は全く無いのだが。
チラリと椅子に隠れて様子を見る。
目立つのが嫌いな兄、結弦は、百合の暴走を止められなかったようだ。
父は昔から母に弱かった為、期待はしてなかったが。
あなた達、裏稼業の人達が、目立ってどうするよ?!
ああ、逃げたい。
会いたいが、家族だと知られたくない。
これも思春期ならではの 家族を知られたくない と言うことなのだろうかと、伊弦はぐるぐるとどうでもいい事を考えて、目の前の現実から、逃避した。
そうして結論を出した。
そうだ、見なかった事にしよう。
競技中には話しかけられないんだし。
幸いにもこの会場で大声で名前を上げて応援する保護者はいない。
さサッとその場を離れて、障害物の集合場所に黙って並ぶ。
女子が先で1年生の5人からスタートするので、それほど待つ事なく、スタートラインに立った。
走り出しは、みんな似たり寄ったりのスピードだった。
障害物は、足の速さよりも、如何に障害を速くクリアするかが勝敗の鍵だ。
これも5人づつのスタートだが、1年から3年の女子15人で、タイム測定して順位争いをする。
伊弦は所属クラスに負担をかけまいと脇目も振らずに障害を乗り越え、頑張ってゴールした。
息切れが酷い。
急いで、息を整える。
「……あれ?」
周りを見回すと、ゴールには伊弦しか居なかった。
振り返ると、他の女子は、かなり後方にいた。
顔に粉をかけたくないのか、遠慮がちにマシュマロを探す人、飲み物の一気飲みが出来ずに、ストローをさして普通に飲んでいる人、髪形の崩れを気にしながら、網を潜る人。
勝敗を気にするより、女の子らしく可愛く見えて、品良く振る舞うのが重視されていた。
「え……?」
私のさっきの頑張りは何だったんだろうか…と伊弦は茫然とした。
それは1年生女子だけではなかった。
2年女子、3年女子もそんな調子で走り、伊弦の順位は女子の障害物競争で1位を獲得した。
生徒席へ向かうと、前田が丁度近くに来ていた。
「あんた適当にやるのかと思えば、意外とこんな所で頑張るんだな」
心底意外そうな目で見られた。
「……よくわからないんだ。運動会は、これが三度目だから。どんな種目でも、みんなもっと真剣にやってた気がするんだけどなぁ」
本音だ。
「……三度目?どんだけ学校行事をサボってたんだ」
伊弦は何とも返せず苦笑いをした。
怪我でも移る病気でもなかった。
登校拒否は確かにサボりだろう。
だが、あの時は本当に行けなかったのだ。
行こうとすると、熱が出たり、吐いたりした。
でもって、登校時間を過ぎると、体調が良くなるのだ。
学校へ行かない自分は狡い人間なんだと、自分自身を攻めたりもした。
「…………」
上手く答えられなかった伊弦に対して、前田は言外で何かを察して微妙な表情になった。
そしてそれ以上、前田は突っかかて来なかった。
伊弦は自分の席へ戻ると、泰時が隣に座りニヤニヤと笑っていた。
一応、男女で別れた座席順なのだが、皆あまり気にしてないようで、開会式後はバラバラと好き勝手に座っている。
「障害物一位やったな!流石だ、伊弦。オットコ前」
リズムを付けて言われたが、なんだろう、何故か褒められた気がしない。
「いや、男じゃないし。生物学上、女だってば」
慌ててツッコミを入れる。
幼い頃、赤ちゃんの時に、付いてたモノをちょん切られたのかもしれないと半ば真剣に思っていた事もあり、生理もまだ来てない為か、自分があまり女の子だという意識が薄い。
北条兄弟も幼い頃は、伊弦の髪の毛が短かく、言葉も足りなかったので、男の子だと勘違いをして一緒に遊んでいたのだから、尚更だった。
最近、胸が少しずつ膨らんできた事から、本当に女だったのかと頭では理解はしたが、実感はないままであった。
一応は、女の子らしくしてみるかと髪の毛も伸ばしはしたものの、そうそう言動は切り替えて振る舞えはしなかった。
「あ、百合さん達来てるみたいだぞ」
二階席の方をチラリと見る。
煌くオーラのようなものを纏った家族、父、母、兄が最前列に来ていて、何故か他の保護者が遠慮をしたのか、圧迫されたかのように、彼らの横並びには、不自然に半人前分のスペースが出来ていた。
そして気になるのか、他の父兄の方々が、チラチラとそちらを見ているのが、生徒席からも伺えた。
目立ち過ぎだ。
伊弦は片手で半分の顔を覆う。
「……はぁ」
幸い、伊弦の家族とは誰も認識しないだろう。
「普段とのギャップが凄いな。美形家族」
「ありがとう。伝えとく」
家族が褒められるのは、自分が褒められた訳でもないのに、そこはかとなく嬉しいし自慢もしたい。
しかし……。
「…ねぇ、あそこにいる正面の保護者席に…」
「…何処の家の方々なのか、聞いて来いって母様から…」
ヒソヒソと洩れ聞こえる同級生の会話に、複雑な心境だ。
職業柄目立つのは避けるべきだろう。
暗殺業を辞めた父はまだしも、母は間諜の仕事を辞めてない筈だ。
種目が進行する間にも、学年男女混合の仮装競争で招集が掛かる。
伊弦が想像したものとは違い、会場の真ん中で着替えたりではなく、引いたカードから、体育館内に置かれた着替えの服、鬘や帽子、化粧など、完璧に着替えて、タイムリミットの十五分以内に戻って来るそうだ。
今年のテーマは “ シンデレラ ” 。
演劇部の衣装協力で行われる。
母役、姉役、王子役、シンデレラ変身前、変身後、などがあるようだ。
ドレス服はゴムか紐調節などで、例え男子が引いても、それに着替えて、化粧までするとの事。
到着順位点もあるが、先生方からの仮装評価点も加わるそうで、色物としては、得点が多く貰える(ちなみに男子の女装仮装が高得点になりやすいそうだ)。
その間、観る者を飽きさせる事なく、三分ずつ、各クラスの応援合戦が繰り広げられる。
仮装の待ち時間での応援合戦は1年生が当てられ、泰時の応援団長姿はほぼ見れないだろう。
ちなみに応援合戦も得点があり、該当種目に参加しない他学年の各クラスの学級委員長、副委員長が、各自、気に入った応援に得点を入れる形だ。
招集から、それほど時間が掛からず、競技は開催される。