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第16回 伊弦さん、噂を立てられる。

 灰色の制服を着て、いつも通りとなりつつある、麻理との電車通学。

 伊弦が黒制服ではなかったのに対して、麻理はいつも通りの挨拶で会話が始まり、制服に関しては一言だけのコメントだった。


「グレイの制服も似合ってるわ」


 他に何かを聞いてくる事なく、変わらぬ態度の麻理が伊弦を安心させた。


 教室では、ちょっとした騒ぎになった。


「杠さん、制服はどうしたの?」


 学級委員長の仲谷可憐は目を輝かせて聞いてきた。


「兄が買ってくれたので、着てみましたが、変でしょうか?」

「いいえ、少しもおかしくないわ。凄く似合っているわ」


 麻理と似たコメントだったにもかかわらず、可憐には何か優越感のようなものを感じている節があった。


「北条様…泰時さんと何かあったの?」


 泰時はまだ学校に着ていない。


「いえ、別に何も」

「そう」


 詳細が聞けず少しがっかりしたようだ。

 何が聞きたかったのか、伊弦には分からないが、何故か女の子達は浮かれている気がした。

 接近のチャンスが増えたとか?

 前田が側に寄って来た。


「黒制服じゃないって事は、もう北条の傘の下って訳ではないんだな」

「どう言う意味で言ってるのかわからないけど。元からそういった関係はないよ。どういった理由か、(学資金)資金援助はして貰ったらしいけどね」

「ふうん?虎の威を借る狐かと思ってた。北条のみならず、西条、東条、権力者の家の者に媚ばかり売って。嫌われて捨てられたとかじゃないのか」

「はあ。前田くんは、何でそんな発想なのかな。そういう事を、考えるのって疲れない?」


 面倒臭かったのもあり、呆れた口調を隠さずに伊弦がそう言うと、前田は顔を紅潮させた。


 おそらく、馬鹿にされたとか思っているのだろう。


 そこに泰時が教室に入って来て、盛大な勘違いする。


「おっ、伊弦。もしや告白されてるのか」

「な、何で告白」

「違う!」


 伊弦が泰時の発想に驚き、前田が即座に否定する。


「そうか。残念だったな、伊弦。男なんて沢山いるよ」


 さらに不可解な泰時の発言。


「何で私が告白してもないのに、フラれたような反応なのさ」


 そんなやり取りをしていたが、他の人からは、仲良く見えたようで、嫉視を浴びた。


「杠さんが黒制服じゃなくて、グレイの制服を着てたので、何かあったのかと、問いただしていただけですの」


 可憐が泰時から何かを聞き出そうとする。


「何も無いけど? 伊弦が黒でもグレイでも俺は構わないが。黒制服は泰雅が、手配した事だし」


 伊弦の姿を改めて泰時が見る。

 野暮ったい地味な女とでも見ているのだろうと伊弦は見当をつける。


「うーん、やっぱり黒の方が目立って分かりやすくていいな」

「私は四家の皆のようには、目立ちたくないんだけど」

「別に皆が制服の色という理由で目立っているわけではないと思うが、伊弦はチンチクリンで目立っていそうだな」

「泰時〜、チンチクリンっていつの時代の表現?」


 そんなやり取りを繰り広げていると、前田が少しがっかりとした表情をした。


「なんだ? 喧嘩した理由じゃなかったのか?」


 その隣で、可憐は訝しんで小声で呟いた。


「どうなのかしらね?」


 制服の色一つの違いで、何があった理由でもないのに、何故か喧嘩とか、不仲と疑われ、勘繰られる。

 完璧な仲良しでもないのだが、関心を引くような事ではない。

 どちらにしても、他の人には関係ない事だと思うが、学生達は暇を持て余し、話題に飢え、退屈なのだろう。


 そうして、当人達の知らないところで願望の入り混じった色々な噂が飛び交い、一番多かった噂は “ やっぱりただの一般庶民の下僕で、一時的な関係でしかない ” だった。

 それを特に否定するつもりはない。

 それで不利益を被るとは思えないし、何が変わるわけでもない。

 いつかは今後の付き合い方が変化する時が来るだろうし、それは仕方のない事なのだ。

 北条兄弟も伊弦といつも付き合う程暇人ではないし、家の柵も強い筈だ。


 薄らとした想像なのだが、父母の仕える家が、北条家か、西条家だと、伊弦は予想している。ー

 それが前提となって、今の付き合いがあるのだろうと、伊弦は考えていた。

 父が抜けて、母もいずれ抜ける日が来るだろう。

 その時はまた、違った関係になるのだろう。



 噂によって変化があったかというと、全く無かったわけでもない。

 皆が銘々に前よりも図々しく、何で黒制服を着用していたのか、誰が用意したのか、どんな関係なのか質問してきたり、あからさまな侮蔑や喧嘩を売るような事を言われたり、特に何か失敗とかした理由でも無いのに「ざまぁ」と言われたりした。

 伊弦にとってはどうでもいい事だが、その言葉の端々から、どこからか転落だか、挫折だかをしたと思われているようだ。


 悪い事ばかりでもなく、御園麻理との関係は相変わらずの関係で、彼女が他意の無い人だと知れた。

 それと噂とは関係無く、南条清香、田中優子などの女子の先輩からは、移動教室などの擦れ違いざまによく話しかけられるようになり、親しくなりつつある。

 彼女達は、別に北条に拘る事なく、伊弦が何者でも構わないのだろう。


 残念な事に、それと関連して一部のファンの生徒達から、嫉妬と羨望の眼差しを受けるが、同性の女子であって、別に恋愛とか、特別な友情関係でも無いのに、睨まれたりする事もあり、それだけは理不尽に思えた。


 LHR(ロングホームルーム)では、十月の体育祭も終えてないが、十一月の文化祭の実行委員を選出し、出し物を決めた。以降のLHRでは、体育祭と文化祭、その準備に時間を割り当てるとの事だ。

 体育祭の準備は、それ程無いようで、学校全体で用意する物として看板や垂れ幕は美術部や書道部が担当し、クラスでは応援団の練習をして、衣装などをクラスの家庭科部女子が中心となって作製している。


 ちなみに、女子の方が数が多い為、伊弦が衣装作製に加えられる事はなかった。

 そういった事が面倒臭い事に感じられ、難を逃れたようで良かったが、女子の大半が、泰時の衣装を作製したかったらしい。

 一才年下の男子を何故にそこまで追いかけるのか、伊弦からしたら謎のままだった。





 そうして、1ヶ月があっという間に過ぎ、体育祭を迎えた。


 十月四日土曜。

 雨天時でも決行可能な体育館で行われる。

 1階は可動席も展開されて生徒達が座り、2階の固定席が保護者席並びに来賓席となる。

 保護者の見物人が多く、皆どこも裕福な家庭に見えた。

 しかし、体育祭の見物というよりは華やかな社交クラブかのように、親同士の挨拶などで騒めきが酷い。

 整髪料の匂いや、香水の匂いも其処彼処に混ざり合っている。

 伊弦にとっては、数回しか参加した事がない運動会(・・・)となるので、母、百合が「腕に縒りを掛けてぇ…」との事を言っていた。

 どんなお弁当を作って来るのかと伊弦は気になるところだ。

 一応学食あるからとは、伝えたが、

「そうなの?ウフフ」だった。

 父の柚子葉や兄の結弦も来るとの事で、妙な緊張感があり、そのせいか頭痛があり、下腹部も痛い。

 念の為、半分が優しさで出来ていると謳われている鎮痛剤の市販薬を持って来ている。

 周りの生徒達を見ると、皆わいわいと何処か楽しげである。女子は普段よりも明るい表情で、ナチュラルメイクにも、髪形にもそれとなく気合いが入っている。


 近くでは、少しスッキリとした体型となった矢部さんがイキイキとしている。

 ダイエットは順調に進んでいるようだ。

 二年生に目を向けると東条桂季が頭を少し下げがちな状態で、気のせいか目が険しくなっている。

 恐らく、体調が悪いのだろうと、伊弦は思った。


 それは精神的な事か、肉体的な事かは不明だが、気になり、桂季がファンの目から外れる動きを待ち、死角となる場所でそっと「……桂季先輩」と声を掛けて、市販薬の一回分を渡した。

 渡された薬を見て、桂季は意外そうな、驚いた顔をした。


「どうして…」

「違ってた?」

「いや、ありがとう…」

「じゃあ」


 無駄な話はせずにすぐに離れて、自分の席へ向かう。

 桂季は、一度手の中の市販薬を見た後、伊弦が席へ戻る姿をじっと見ていた。


「……誰も気が付かなかったのに」



 開会式が始まり、泰雅が生徒代表の挨拶をした。

 そこで初めてまじまじとプログラムを見て、伊弦は泰雅が生徒会長だと初めて知った。

 副生徒会長の桂季が司会を務めている。


「泰雅って、二年生なのに生徒会長だったんだね」


 こっそりと泰時に言うと、泰時が呆れた声を出した。


「今更だな…東条先輩は副会長、清香さんは生徒会ではなく監査副委員長をやってる。二人共部長をやってるから、長は兼任出来ないんだ」

「監査?」

「各部活の会計から上がった金額の精査、例えば備品の購入で計上されてる数字と領収書の金額が合ってるかどうかとか、大会などへ行く交通費なども、使われた路線や駅間の金額を調べて、その数字で合ってるか、確認をする。生徒会で出した予算と実際に使われた金額などの決算報告書を生徒会会計が作成するんだが、それらの確認を全てクリアして問題が無ければ、適正だったと決算報告書に印を押す」

「うーん、面倒臭そう」

「一応、各月毎に〆切があって、その日までに提出する事になっているが、どうしても、遅延はあるから……2月、3月は、駆け込み提出もあって大変らしい。とは言っても、藤原学園の生徒はお嬢様、お坊っちゃまが多いから、備品の多くは生徒の家から寄付、交通費は自家用車からで計上しない事が多いようだから、 部活数が多い割には、他校と比べたら楽かもかな」

「泰時も高校に入ったばかりなのに、詳しいね」

「あぁ? 一応生徒会や監査委員会から、誘われてたりするからな。中等部でも次期生徒会長が決まるまで、生徒会長をやっていたし」


 能力があるからか、当然と答える。

 それは進学の時に有利な条件になるから、引き受けるわけではないようだ。

 押し付けられた理由でもなく、そういった役割を苦としない。

 何よりも彼等は社会に出たら、多少の学習期間は用意されているだろうが、この先のリーダーとして家や周りから期待され求められている。

 自然とそれなりにこなして出来るように、そういった役割を回避しないのは、それを潜在的に分かっているのだろう。


 開会式が終わり、クラス毎の座席へと戻る。




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