第13回 伊弦さん、部活決まらず。
放課後になり、泰時と共に御園麻理を迎えに行く。
校舎は東西に長く、更衣室や部室は西側の渡り廊下の先に位置する。
昇降口の東側から、5組、4組という順に並び、一番西にある教室として、麻理のいる1組がある。
昨日行った弓道と馬術部は校舎裏側の北側、離れた位置にあり、本日は校舎内のPC、料理部などを見に行こうと思っている。
天文部は夜間活動が多くなる事が心配だと反対の声があり、活動を見る前に却下された。
1組のドア前で麻理を探す。
「いたいた。麻理ちゃん」
麻理の姿を見つけると、伊弦は手を振った。
それに気が付いて麻理が寄って来た。
「もう行く?」
「うん。あ、麻理ちゃん、知っていると思うけど、こちら、北条泰時、じゃなかったヤストキね。飛び級して中等部から高等部に入ったって事で、有名でしょ?」
泰時が白けた目で見ている。
「伊弦、お前、俺の本名一瞬忘れてただろう〜。まぁ、いい。宜しく」
泰時は麻理に対して軽く手を上げた。
「で、こちらが、御園麻理ちゃんね」
「御園麻理です。宜しくお願いします」
麻理はゆっくりと会釈した。
手の位置腰の角度など、所作が上品だ。
「朝も言ったかと思うけど、今日の部活見学は校舎内のPC部と料理部に行こうかと思ってるんだ」
「言っておくが伊弦、料理部は、味見だけじゃなく、作るんだからな?大丈夫か」
「何とかなるでしょ。泰時こそ、味見係オンリーになりそう。麻理ちゃんは、今は帰宅部なんだよね?」
「放課後、習い事が多いから、部活は偶にしか出れないと思うの。でも、伊弦ちゃんが一緒なら、ちょっと考えてみようと思って。とりあえず、PC部は三階のパソコンルーム、料理部は四階の中央エレベーターの脇の調理室だから、先にPC部に行きましょう」
「この学校、エレベーターあったのか」
「伊弦、昇降口にもあっただろう?基本的に体調不良の人や、足の怪我人などが使用するわけだが、花や、食材など、荷物が多い重い、嵩張るなどの理由があるなら、使用可能なんだ」
「へえ」
「あ、似たような部活で、家庭科部、こちらは主に裁縫だけど、偶に料理もする事もあるみたいだし。校舎外にだけど、茶道部とかもあるわよ。校舎内の部室では、紅茶なども楽しんでたりするみたいだけど。」
「何だか充実しているね」
「人数少なくても、学校への寄付金が潤沢だからかもしれないわね。それ以外にも、家から持ち寄ったりもする生徒もいるから、あまり困らないようね」
「麻理ちゃんは、何かやりたい部活とか、興味ある部活ある?」
「いいえ。特にないですわ」
「まぁ、無理して入るもんじゃないだろうし。一応は、宮前先生や亀井先生の言う事を聞いて部活見学はしたと報告しておけばいいかな」
「馬術部も弓道部も面白そうにしてたけどな」
「うん、面白かったと思うけど、私のお財布事情が問題なんだよ。各道具が高過ぎる。PC部なら、学校に既にあるパソコンを使ってだろうし、料理なら、食べられるしいいと思うんだけど」
パソコンルームにノックして見学の許可をもらい入ると、見通しが甘かった事に気が付いた。
数名の生徒がモニターに向かっているが、何をしているのか、わからなかった。
予想では、パソコンゲームとか、ブラインドタッチの練習みたいな物をイメージしていたのだが、なんだかよくわからない言語を使ったプログラミングを組んでいた。
泰時は面白そうに、眺めて、いつの間にか見学から、参加に変わっていた。
この調子だと、料理部へ行く時間が無くなりそうなので、泰時を置いて、麻理と共に伊弦は調理室へと向かった。
料理部には、何故か三角巾にエプロンやマスクを着けた眼鏡男子、東条桂季がいた。
「おや、伊弦さん見学ですか?」
「はい、先生の勧めで。あっ、こちらは、私の友達で、御園麻理です。麻理ちゃん、桂季先輩は……」
「はい、存じ上げております。2年の東条様ですよね。御園麻理です。宜しくお願いします」
「こちらこそ、宜しく。今日は実習で肉じゃがを作っていた所ですよ。部活見学は、ここが初めて?」
「いえ、いくつか見て回っているんですよ。東条先輩は料理部なんですか?」
「ご覧の通り、ここの部長ですよ」
伊弦は学食での会話を思い出した。
「そういえば、学食で、小麦粉カレーとか、言ってましたもんね。料理に興味があるからですね」
「よく覚えてましたね」
「ちょっと、そこの貴女達、見学は良いけれど、この料理部には入部試験があるからね。部長、そろそろお味噌汁に取り掛かった方が良いですよね?」
「そうだね。じゃあ、伊弦さんと御園さんはそこの椅子で、見てて。もう少しで出来上がるから、味見してくれるかい?」
伊弦は麻理と顔を見合わせるが、麻理が首を振った。
「あ、いえ、次の予定があるので、これで。お気遣い、ありがとうございます」
「そう。じゃあ、またね」
桂季が残念そうにそう言った。
調理室から出て、麻理と二人で溜息を吐いた。
「伊弦ちゃん、わかった?」
「うん、何となくだけど。あれは、桂季先輩のファンクラブだね。四家の人がいると、一気に入部希望者が増えるから、試験とか言って篩に掛けたりもするんだろうね。結局、帰宅部かな〜」
「もし、伊弦ちゃんにやりたい事があって、既存の部活で無いなら。部活は作る事も出来るわ。人数が少ないと同好会という形になるけど」
「そうなんだ?教えてくれてありがとう」
伊弦が微笑むと、麻理が嬉しそうに笑った。
それを見て、伊弦は少し安心した。
北条泰時や、東条桂季と接しても、麻理の様子は変わらなかった。
「見る部活も無くなった事だし、一緒に帰る?それとも、私の家に遊びに来る?」
「え、いいの?遊びには行きたいねぇ。友達の家に遊びに行くとか、ちょっと憧れてたんだぁ。でも、五時も過ぎちゃったし。これからだと微妙な時間帯だよね。う〜ん」
「門限は何時まで?私の家だと習い事の無い日で七時迄かな。私の習い事のない日だったら、いつでも大歓迎だよ。今日が無理なら、また後でも大丈夫だよ」
「門限とか、まだ決まってないから、父か母にメールすれば大丈夫だと思う」
「良かった」
一階まで降り、教室に戻る際に、部活指導へ向かう途中の体育教師亀井と廊下で会った。
麻理が伊弦の腕を掴む。
伊弦はその行為に何も思う所がなかった。
「どうだ?杠。良い部活はあったか?」
「あ〜、今のところまだ……」
「御園も、部活まだ入ってないよな?先生は新体操かテニス部が良いと思うぞ」
「それどちらも先生が顧問か、副顧問している部じゃないですか。宣伝お疲れ様です」
伊弦が笑っていう。
「いつでも歓迎するぞ。何ならこれから、見学するか?」
「いえいえ、もう帰りますから」
伊弦が苦笑いして、手を振り別れた。
姿が見えなくなると、麻理が伊弦の腕を放した。
「どしたの?麻理ちゃん。亀井先生苦手?」
「うん、ちょっとね。伊弦ちゃんも気をつけた方がいいと思う」
麻理が頰に手を当てて思案気だ。
「んー?」
「伊弦ちゃんは遠目だと、髪型とかで地味に見えるけど、きちんと顔を見たら可愛いし、何気に胸があってスタイル良いから」
「褒めても何も出せないよ〜。可愛いという言葉は麻理ちゃんの方が似合いますから」
「う〜ん、伊弦ちゃんはいまいち危機意識が低い気がするわ。何人か伊弦ちゃんを舐め回すような目で見ている人がいるようだから、気をつけないと」
私はブスなんだし、そんな事有るわけないじやんと、ネガティブな事を口に出しかけた。
しかし、麻理がそう言うのだから、一般的には、注意すべきことなのだろう。
明治や北条兄弟や兄の結弦などと、女性に困らない人達ばかりとずっと関わってて、少々そういった方面で麻痺しているようだ。
「わかった。忠告ありがとうね」
麻理が心配してくれた事が嬉しくて、伊弦はニコニコしてたら、麻理に溜息を吐かれた。
「伊弦ちゃんは、先に行って荷物纏めてね。昇降口で待ってて。私は帰り支度はしてあるから運転手に電話しておくから」
「はーい」
麻理の家は、思ってた通りの豪邸で、そのまま麻理の部屋にお邪魔した。
色調は女性らしいけど落ち着いた部屋で、麻理が部屋着に着替えている最中に、家政婦さんから飲み物やお菓子が運ばれて、至れり尽くせりだ。
麻理がくると、他愛もない話をして過ごした。
お互いの気になるものや、好きな物などの話で、友達居ない歴の長い伊弦にとっては、新鮮であり、嬉しく感じた。
麻理は北条兄弟や西条明治の事、今日会った東条桂季の事とか、自分からは決して話を振ってこない。
それが心地良かった。
男女問わず、伊弦に話し掛けてくるクラスメートなどは、伊弦に根掘り葉掘り彼等の事を聞いてくる。
それらは、伊弦ではなく、直接本人聞けば良い事ばかりだ。
その日は結局、麻理のまだ帰らなくても良いじゃない、という、足止めを何度も受け、豪華な夕飯まで御馳走になり、麻理の家の運転手さんに送ってもらう事になった。
帰宅すると家には、泰時から中学生の社会のまとめ問題集や、参考書が届けられていた。
やっとけという事らしい。パラパラと見て、明日にする事にした。
明日渡す予定のダイエット用の薬を先に作り、寝る前に少し “ トーク ” で麻理と今日のお礼などのやり取りしてその日を終えた。
盗撮の件は、自分には無関係だとすっかり忘れていた。