第12回 伊弦さん、周りが美男美女ばかり
泰雅、泰時、南条清香と一緒に食事を取る事になった伊弦は、毎度の事ながら視線の多さに、気後れした。
北条兄弟の対面に清香と共に座る。
「ははは、やたらと注目を浴びているような」
「今日は南条さんもいて、珍しい組合わせだからね」
泰雅が笑う。
泰時は、少し照れたような表情で、清香を見つめている。
純朴そうな恋する少年といった感じだ。
「私、こちらへは初めてですからね」
清香はどうやらもう一つの学食か、お弁当組のようだ。
「どこか大衆食堂っていう感じで、面白いでしょう?」
「泰雅さん、泰時さんは、よく此方へ?」
「最近は、そうですね。あ、そうだ。紹介が遅れましたが、この子は杠伊弦。僕達の幼馴染で、兄弟みたいなものです。この子が給食好きで、それと似た雰囲気を好むから、最近はこちらをよく利用してるね」
伊弦はぺこりと頭を下げた。
「伊弦はまだ友達らしい友達が居ないから。俺達が昼付き合うようにしてる」
泰時が偉そうに答える。
「そうだったのか。一応気をつかわれてたのか。知らなかった」
別に一人でも問題ないのだが。
気にかけてくれてたのは嬉しい。
「まあ、給食がお好きとは、珍しいですね」
子供が嫌いな食材も入り、給食を苦手とする児童も多くいるのは知っている。
きっと清香の周りにもそんな給食嫌いな存在が複数いたのだろう。
清香が微笑む。
超絶美少女の微笑みに泰時が顔を赤らめてデレデレになっている。
雪絵ちゃんには悪いが、やはり清香さんの破壊力は凄いと思う。
笑っただけで、泰時の格好付け仮面が剥がされる。
彼女には、誰も勝てないだろう。
そんな彼女に、絶対布教しなければならない。
「南条先輩も給食の良さが分からないんですか?安い!美味しい!栄養バランスも考えられていて、大変素晴らしいものなんですよ。給食は」
伊弦が全力で給食の素晴らしさを力説する。
「伊弦の母が料理下手なんですよね」
身も蓋も無い事を泰雅が言う。
「母は、あれで頑張った結果なんだ。……偏ってるのは仕方ないじゃないか」
伊弦の力が抜ける。
「まぁ、百合さんの料理は俺から見てもかなり個性的……」
泰時が遠い目をした。
「ふふふ、そんなに?一度食べてみたいわ」
清香が笑って言うと、その味を知る三人が首を振った。
「「「辞めた方がいい」です」ね」
声が重なり、それが余計に面白く感じられたのか、清香がまた笑う。
人は見かけによらない。
清香は少々笑い上戸のようだ。
そのせいか、食堂では、チラチラとこちらに視線が投げられて、少し食べ難い。
「他の人の視線が飛んできてやっぱり食べ難いな……」
それでも、伊弦のペースは早いのだが。
「今更だろうに。すぐに慣れる」
泰雅が、伊弦に微笑む。
他意はないが、周りが騒ぎ立てる。
「今、泰雅様が微笑まれたわ」
「南条様とお似合いですわね」
「何か面白いお話しなのかしら」
「そんなまさか、きっと高尚な会話をしているに違いありませんわ」
「それにしても四家の方がこちらの食堂で取られるようになった噂は、本当でしたね」
「東条様なら、カレーを召し上がるのを偶にお見かけしてましたが」
なんだろうか。
人の視線が多くなっているような。
「最初の頃より人が増えてないか?」
四日前に、この学園に来た頃より学食にいる人数が増えた気がした。
「そうか?」
中等部以下の児童生徒は基本給食らしいので、スキップして上がったばかりの泰時はピンと来ないようだった。
よくこの食堂を見回すと、同じクラスの前田や小林、由美子や結花、沙織もいた。
女子三人はお弁当箱を手に持っていた。
三人とも学食利用ではないのに、席だけこちらに取って、食べているようだ。
そんな人達がチラホラと見られた。
学食利用でなくとも、学食で食べてるから、人数が増えてるのかと、納得した。
「北条さん達は、顔立ちが良いですからね。ファンが多いのでしょうね」
清香の喋り方はいささかゆっくりとして、上品な雰囲気が漂う。
「そういう南条さんも、男子生徒のファンが多いじゃないですか。伊弦が初めて南条さんを見た時は、芸能人かと誤解してましたよ」
「ふふふふふ、まさか」
清香は謙虚だ。
伊弦はブーたれた。
「さっきから、私が地味〜に、みんなから、公開処刑されてるんですよ。これが同じ高校生かと」
「そう言えば、杠さんは童顔ですよね。最初見た時は、泰時さんと同じ中等部の子かと思いましたわ」
「南条先輩、凹むからそれ言わないで下さい」
伊弦は先に食べ終えて、食器を返し、元のテーブルに着くとコテッと頬っぺたを食堂のテーブルに付けた。
「ここのテーブル、拭いてるとは思いますけど、あまり綺麗な状態とは言えないから、…頰が汚れるわよ?」
隣に座ってた清香はそう言って、テーブルに付けてない方の伊弦の頰をツンツンと優しく突っつく。
意外と気安い。
四家と呼ばれる人達は、フレンドリーなんだな、と伊弦は思った。
「ふふっ……可愛いだろ?」
泰雅が謎のコメントを出して、清香が同意する。
「……可愛いわね」
お前らの可愛いは信用出来ないと、喉まで出かかったが、食後のまったり感、満腹感に満たされて、突っかかる事が面倒に感じてやめた。
「こいつは緊張感なさすぎなんだよな〜(清香さんが横にいるのに……てか、このメンバーだと、萎縮する人間が一般的な反応だよな)」
食べ終えた泰時が、食器を返却に行く前に伊弦の頭をぐしゃぐしゃとする。
ムッとするが、怒るのも面倒だった。
「あ、伊弦は今、動物モードだ。胃が満たされて、怒らない」
「いや、そうだけどさー。それ以上言うと怒るよ」
泰時に牽制をかけるが、聞いてはいないような感じで食器を置いて戻ってきた。
調子に乗るなよと軽く睨む。
「北条兄弟で美男子を見慣れてるのね」
「俺達と言うより、コイツの周りが変わってるのかも。……伊弦の周りが美形ばかりだから、物怖じしないと言うか。ほぼ常に自然体」
明治の事を言っているのかと思い出す。
明治は確かに、北条兄弟とは別のタイプの美形だ。
しかし、周りと言っている以上、家族も含まれてるのだろうと想像する。
兄、結弦は地味な雰囲気を醸し出して、その実、西条と並んでも、引けを取らない美貌の持ち主だ。
母、百合は諜報活動の際には、化粧一つで地味なオバさんから、絶世の美女にまで化けたりする。
ノーメイクを見た事がないので、おそらく天然美女ではないが、何処に入るのにも適応出来る、化粧の技術が凄いのだ。
「伊弦さんのお父様は何を為されている方なの?」
「父は現在、無職です。そういえば前に、お弁当を持って公園デビューするとか言ってたかなぁ」
元の職業名さえ、言わなければ、極めて平凡なリストラサラリーマンのイメージだ。
柔らかな印象で暗殺者なんていう雰囲気は決してない。
「変わってるのね」
何故か北条兄弟が頷く。
「君達も私と人付き合いをしようとしている点で変わってると思うが」
家で暗殺業を営んでいた事も北条兄弟は知っているのだ。
いくら命を救ったとはいえ、普通なら距離を取ると思うのだが。
まぁ、それを言うならば明治もそうなのだが。
秘密保持の為、伊弦は直接命令を下す、上の人間に会った事はないが、もしかしたら、彼等にも関係があるのかもしれない。
そうでなければ父母が秘密漏洩を見過ごすような真似はしないだろう。おそらくどちらかの家、或いは両方の家が、暗殺に関与しているのだ。
若い彼等が暗殺の命令を出すことはないだろうが、一寸先は闇、この先どうなるかわからない。
「伊弦は四家以外の数少ない幼馴染だからな」
「ん?桂季先輩や、南条先輩とは昔からよく遊んでた仲とかなのか?」
「遊ぶって事はないが。四家の直系同士は、昔から交流があったりするからな。その傍流、分家とか、部下はあまり知らないが、見合いや婚約となると、四家の者やその分家などの中から選ばれる事が多い」
上流階級は上流階級同士で婚姻を結ぶ事が多いと言う事だろう。
「南条の分家なら、私の従姉妹が赤い制服を着用しているから、分かりやすいですわ。東条家もそうです。西条家も中等部にいるし。今、北条だけ分家の者で学生がいないのです」
「北条は一足先に少子高齢化が進んでるんですよ」
「この国を牛耳る政治家一族で、分家も桁違いに多いのに」
清香が笑う。
「牛耳るは酷いですねぇ。そこまでの力は無いですよ」
泰雅が微笑む。
二人は計ったように同時に立ち上がって、食器の返却をした。
泰時と伊弦の二人きりとなる。
「あ、そうだ。泰時。今日の放課後の部活見学なんだけど、もう一人、一緒に回りたい人がいるんだけど、いいかな?」
「別に構わないが。まさか、お前に友達が出来たのか」
「そのまさかだよ。クラスは違うけど、割と美人かな」
「ふぅん」
気を悪くした感じでもないので、とりあえず良しとした。