第11回 伊弦さん、公開処刑される
昨日は結局、周りきる事が出来ず、部活動見学は、今日も巡る事になる。
朝は、いつも通りに出て、電車に乗り、麻理と共に会話をしながら、学校前の駅で降りる。
電車に乗った初日に麻理は、痴漢にあったので、もう電車には乗らないかと思えば、何がどうしてなのか、わからないが、伊弦が電車に乗るならと、送りの車を断っているようだ。
今日は、帰りに何処か寄ろうという女子高生らしい話題も出たのだが、部活動見学の事を話すと、一緒に見学してくれるという流れになった。
放課後は、泰時も一緒に行く予定なので、高校になって始めて友達同士を合わせる事になる。
その緊張感から、朝から少し胃が重い。
麻理はあの時の彼女と違う。
自分に言い聞かせる。
昔、初等教育を受けてた頃、全てにおいて劣っていた伊弦を、同級生の少女が面倒を見るような形を取って親しくなった。
北条兄弟と仲良かった伊弦は、彼等に少女を紹介してから、暫くしたある日。彼女は、急に伊弦に冷たくなったのだ。
今思うと、北条兄弟との繋がりを求めて、伊弦に近付いたのかもしれない。
本当のところ、どうなのか分からないが、伊弦はそれから登校拒否をするようになったのだ。
麻理があんな風に変わるとしたら、と思うと、何かがまた揺らぐような気がした。
二学期始めという事で、本日は身体測定と健康診断が行われるそうだ。
それが終わるとお昼休みに入る事になっている。
授業が潰れるとあって、浮かれる生徒も多い。
その中で一人暗く落ち込む女子生徒に伊弦は気が付いた。
普段、デブキャラとして、愛嬌を振り撒く女子生徒なのだが、本当は体重を気にしているようだ。
体重を気にして、朝食を抜くスレンダーな女子生徒は沢山いたが、彼女程落ち込む様子を見せる生徒はいなかった。
「伊弦、身長伸びたか?俺なんか、172から、もう伸びないかと思ってたけど、一学期から2cm伸びたぜ」
上から目線の泰時が、踏ん反り返る。
「私だって去年から5cm成長した!」
拳を作って、ドヤ顔で返す。
片手には、まだ身体測定の用紙を持っている。
それを泰時が奪って見る。
「143から、148cmになったのか。まだまだ、ちっこいな」
泰時が小馬鹿にしたように、小動物の頭を撫でるかのように、ぐりぐりと伊弦の頭を撫でくり回す。
「ムカつく!」
顔を少し赤くして伊弦が怒るが、それを見て周りは二つの反応に別れた。
生徒の一部が、そんなやり取りに、
「地味で大人しいのかと思いきや、意外と喋るんだな」
「……ちょっと見慣れると可愛いかも」
「やっぱり北条様に惚れてるよな?」
「あの子ばっかりズルい」
「どうして杠ばっかり、贔屓されるんですの?」
嫉妬と羨望、それとは別に少しの気落ちや、何か別の感情など、様々だ。
泰時から、自分の身体測定の紙を奪い返そうと伊弦はしたが、その前に泰時が手を離したせいで、用紙は落ちてしまい、他の生徒に拾われた。
前田だ。
「体重は、41kg。胸は何カップだ?トップが80cmでアンダーが61cm」
無神経にも読み出すと、それを受けた他の男子生徒が答える。
「Dカップだ」
何故男子なのにカップ数がわかるのか、謎だ。
「小さいのに意外」
「あと1cmでEカップだな」
「身長より胸が成長してるんだな」
「クラスで一番背が低いのにね」
「その場合Eの60じゃない?」
「特注しないとサイズが無いよな」
と騒めく。
公開処刑だ。
「し、身長の事やサイズを言うな!! 好きでこのサイズじゃないんだからな」
顔を赤くして、吼えると、周りが笑い出した。
「杠ちゃんは成長期だから。大丈夫だよ」
小林が笑いながら応える。
由美子が伊弦の頭を撫でる。
「いづちんの身長、大きくなぁれ、大きくなぁれ。魔法をかけてあげたよ」
いづちん……高校入って初のニックネームだ。
伊弦は嬉しいような、嬉しくないような微妙な感じで聞いた。
「その魔法効くといいね」
結花が笑う。
「ありがとう」
顔を赤く染めたまま、そっぽを向いて伊弦が応えると、周りがまたニヤついていた。
編入して四日目。
少しだけ周りから受け入れられたような気がした。
次は健康診断だった。
騒ぎになったのは、このクラスだけ、西条が医師として診るという事だった。
「あり得ないだろ〜」
そう普通ならあり得ない。
誰も反対しなかったのか。
「えぇ!?西条先生に見て貰うならもっといい下着着けてくれば良かった」
それは診ると見るで違う気がする。
「医師免許まで持ってるんですね」
「天才なんだよ、あの人は。海外で大学院を卒業していた。だから本当はもう、学校に通わなく良かったんだ。ウチの学校の七不思議とまで言われたんだからな」
「というか何で学校の教師になったのか。不明だよ」
「一説によると、杠をまるで妹の様に可愛がっているとか、いないとか?」
「その成長を見たくてとか?」
伊弦は、その頭をゴンと壁にぶつけた。
何か、何処かで聞いた事がある台詞だった。
「まさか〜」
「流石に、それはないでしょ」
それに乗っかって伊弦もボソッと発言した。
「ナイナイ。暇つぶしなだけだよ」
「いづちんはさ。西条先生とも知り合いだよね?何で?」
「兄が友達なんだ」
「そうなんだ。お兄さんの友人なんだね。いいなぁ」
「ははは…」
どう反応していいか、分からず、取り敢えず苦笑いする。
男子が先で出席番号順に並ぶ。
男子はスムーズにあっという間に終えたが、女子は、なかなかゆっくりである。
ブラは外さなくていいと言う事で、体操服を捲り上げるだけなので、早く終わりそうなものだが、伊弦は名前の順で最後なので、待ち時間が長く感じられた。
「……次の人」
漸く伊弦の番が来た。
「さあ、伊弦。ブラを取って脱いでみようか?」
「先生ごっこの次は、お医者さんごっこですか。自分で、自分に聴診器当てた方が早い気がしてきた」
明治の正面に置かれている椅子に座ると、体操服をめくり上げた。
「おや、ごっことは酷いな。両方とも私は免許持ってるよ。伊弦の柔肌を他の男に見せたくないが為に交代して貰ったのに、酷いな〜」
そう言いつつも手慣れた感満載で、手早く、聴診器を当てていく。
「……もうそろそろ、か」
伊弦がそう呟くと、明治が頷いた。
「ああ、採血な。折角血色が良くなってきたのに。まぁ、仕方ないな」
上げてた肘を下げ、体操服を元の位置に戻してから、椅子から立つ。
「成長したな(胸が)」
「うん、5cm背が伸びた」
話題が噛み合っていない。
目が合うと、ふふふと、二人で笑いあった。
最後とあって更衣室は、空いていた。
着替えを済ませ辺りを見回すと、いつもはデブキャラとして振る舞う、あの明るい同級生が一人残って物思いにふけっていた。
「えっと、もうお昼休みだけど、食べないの?」
気になって思わず伊弦は声を掛けた。
「ありがとう…。いや〜、体重増えててさ。ちょっと落ち込んでた」
必死に笑顔を作って見せる。
「んー、やっぱり気にしてるんだ」
「そりゃ、一応私も女だし。一通りのダイエット方法試してみたんだけどダメだった」
「そうなんだ。民間療法ってわけでも無いんだけど、痩せやすくなる薬があるんだけど、試してみる?」
「えー、マジで?」
「ただ市販薬じゃないから、勝手に飲む量とか、増やさないで私の言うことを守れるならね。細かいけど、飲み合わせとかもあるから。他の人に譲ったりしないでね」
「わかった。騙されたと思って、試してみる」
そして、彼女 矢部さんと言う顧客を獲得した。
彼女を見送った後で、ふと、ロッカーの上にある荷物が気になった。
今残っているのは、伊弦だけである。
「誰かの忘れ物?」
手に取って調べると、そこには、腕時計に見える小型カメラが入っていた。
「!?」
どうすればいいのか、頭が真っ白になる。
自分のスマホを取り出すと泰時に電話をした。
取り敢えず誰かに話を聞いて欲しかった。
泰時の側には兄の泰雅と東条桂季も居たらしく、急いで来てくれる事になった。
女子更衣室という事もあって、伊弦以外にも誰か女子が居た方がいいと判断したのか、東条桂季が声を掛けて、南条清香とその友人の女子生徒も一緒に来てくれた。
「これ、腕時計にしか見えないけど、本当にカメラなの?」
二年の女子先輩がおずおずと、その腕時計型の小型カメラを見た。
南条清香の方は小型カメラと分かっているようだが、もう一人の女子の先輩には、ピンとこないようだった。
「そうですよ。田中さん、通販でも売られてるタイプですね。伊弦…ごほっ、伊弦さんもよくこれがカメラだと気が付きましたね」
東条桂季が、ハンカチでその小型カメラを包んで持ち上げる。
伊弦とそのまま呼び捨てにしようとして、少し恥ずかしく感じたのか、咳き込んだ振りも入れて、わざわざ桂季は言い直した。
二年の女子の先輩は田中さんと言うらしい。
清香がカメラを凝視する。
「まずは、無線で接続されてるかどうか調べないとでしょう?いつから有ったんだしょうか?」
「少なくとも、昨日の1年4組では体育無かったから、知らないけど。一昨日は無かった気がする。それと、そのタイプはワイファイ?とか繋がるタイプではないと思う」
伊弦が答える。
桂季がポケットから手袋を出すと徐に腕時計を弄り始め、器用にも中に入ってたメモリーカードの類を抜いた。
田中先輩が自分の記憶を探る。
「昨日は二年の身体測定と健康診断があったけど、そんな物は無かったわ。部活の時も無かったわ。…だから、おそらく今日設置された?」
清香も頷く。
「私の記憶にもないわ」
泰雅が桂季からメモリーカードを受け取る。
どうやらマイクロSDカードのようだ。
南条清香が首を傾げる。
「狙いは一年生って事かしら?それとも単に偶然設置したのが今日ってだけ……?」
普通なら、この超絶美少女の南条清香を狙って仕掛けるに違いない。
東条が腕時計を観察する。
「恐らく、このサイズに合ったバッテリーだと長くても2時間録画位じゃないか?」
「どうしようか?先生に一応報告しときますか?」
「ところでそれさあ、伊弦が写ってる可能性は?」
泰時が口を挟む。
「位置的に写ってるかも」
そう答えると、指で弄んでいたマイクロSDを泰雅が落とした。
それを泰時がタイミング計ったように踵で思いっきり踏みつけて、マイクロSDカードを割った。
アレって割れるもんなんだ、と伊弦はボンヤリと思った。
「済まない。うっかり落としてしまいましたね」
「ゴメン。足で踏んで割っちゃったようだ」
ふふふと泰雅が笑い。
はははと泰時も笑う。
桂季が溜め息を吐く。
「……撮影された証拠が消えてしまったが、この小型カメラだけでも、盗撮の物証となるか。割れたSDカードも持って行こう。先生には私と田中さんで話しておこう。発見者として、伊弦さんの名前出すけど、いいかい?」
伊弦は頷いた。
「それでは、伊弦は私達とランチにしましょうか」
泰雅がにっこりと微笑むと、伊弦の手を握った。
もう片方の伊弦の手を泰時が自然と取る。
昔ながらの仲良しこよしという感じだ。
「あ、体操服が…」
「持ってるよ」
いつの間にか、泰雅が左手に伊弦の荷物を持っていた。
清香と田中先輩が意外そうな顔をして、それを見ていた。
「泰雅さんが、女の子に親切……」
「へっ?」
泰雅は明治に憧れを持っていて、慇懃無礼だが、伊弦以外には人当たりが良く親切なのだ思っていたが、他の人からは、また違う印象があるようだ。
「僕は女性には紳士的に振る舞うようにしてますが、勘違いされる事も多々あり、控えているだけですよ」
泰雅が苦笑した。
泰雅なりの抑止といった所なのだろう。
「南条先輩はもうお昼は済まされたんですか?」
そう泰時が聞くと、清香は首を横に振った。
「これからです」
「では、ご一緒しませんか?」
泰時がそう言うと、彼女は頷いた。
「ええ、たまには、変わったメンバーで食事を取るのも面白いですね」
本日の学食の騒めきは、一段と酷いものとなった。
「とうとう北条兄弟が本気をだしたか」
「南条さんが一緒だなんてショック」
「杠が公開処刑されてるな」
「南条清香の隣は誰でもキツイだろ」
本日の公開処刑、第二弾って所だろう。
伊弦は、心の中で泣いた。
超絶美少女と私を、見比べるんじゃねーよ。