ペットの神様
さあさ、おぐしを直しましょう。
さあさ、おべべを羽織りましょう。
さあさ、さっさとお上がりなさい。
そこに転がる骸の群れを。
夕暮れの放課後。
相変わらずカヤと教室でくつろいでいた。
喧騒が失せた放課後の教室が僕らの部室だ。
動かなくていいし、待っていれば勝手にやってくる。
こんなにも良い部室はどこを探しても無いだろう。
「寒くなってきたし、そろそろペットの神様が出てくる頃か」
そうか、もうそんな時期になっていたっけ。
どうりでこの頃寒いはずだ。
「でも、俺ペットなんて飼ってないしな。シュンの家の金魚もご健在で何よりだし」
妙な言い方だが、まあその通り。
我が家の金魚は三年前の縁日にやってきて、玄関を住処にすくすくと大きくなっている。
衰えることなく日々大きくなっている。
近所でも妖怪金魚と評判になってきていた。
──いつかオカルト化しそう。
僕とカヤはオカルトスポットめぐりを日課としたオカルト探索を趣味としている。
小学生の頃にあるオカルトスポットで出会ってからだから、もうずいぶんと経つ。
僕らは心霊とか怪奇現象とか怪異とか、そういった言葉は使わない。
使うと怖いからだ。
オカルトっていう響きがなんとも胡散臭いロマンに溢れていると僕らは思っている。
だから僕らはオカルトスポット部を自称している。
「まあ、とりあえず帰りに寄ってみるか。神様のところ」
カヤの意見に同意し僕らはペットの神様が現れる場所、里宮塚に寄って帰ることにした。
里宮塚は森林公園の中にある小さな祠だ。
元々は公園の土地を寄贈した稀有な方が作らせたものということだが、何のためのものかは良く解っていない。
昔お墓だったとか、出土した土器を祠に祀っているとか色々と噂はあるが真偽は定かではない。
そんな祠の前に小さな窪みがある。
窪みは小動物がちょうど収まるくらいの小さなものだ。
里宮塚にいるペットの神様の話はこんな話。
10年ほど前の初冬のこと。
死んでしまった兎を生前愛用していた首輪と一緒に窪みへ埋めた子供がいた。
子供はその場所で兎と良く遊んでおり、兎もとても気に入っていた場所だからとの事だった。
ペットと別れた翌日、その子は学校の帰り道に里宮塚へ寄って帰った。
もう一度お別れをしたかったからだ。
しかし、そこに埋められた兎の死体は無く、生前の姿そのままの兎がいた。
元気に駆け回り子供の足元に走って来る。
ただし首輪だけは無くなっていた。
その時、祠の後ろに何かがささっと隠れたように見えた。
子供は少し不安になり、兎を抱えてそのまま家に帰った。
本当ならすごい事だ。死んだペットが生き返ったのだから。
大人たちは死んだと勘違いしただけではないかと疑ったそう。
普通はそう考えると思う。
しかし、ペットとの別れは辛い。
それ以降ペットを窪みに埋める人が相次いだそうだ。
しかし、生き返ることはほとんどなかった。
ほとんど無かった、それはつまり少しは生き返ったということ。
生き返ったペットを見つけた人は全員声をそろえてこう言う。
──何かが祠の後ろに隠れるところを見た。
これはあくまで都市伝説。
地方テレビの企画で試してみても生き返らなかったという検証があったり、ちゃんと調べたら生き返ったという事実はなかったと地方のニュースで最近やっていた。
僕らとしても半信半疑、しかし、子供たちの間ではあそこにペットの神様がいて、良い子のペットは生き返らせてくれるという噂が根強い。
僕らも定期的に調べているが、生き返ったという話はまだ聞いたこともない。
ペットが埋められているところもあまり見たことが無かった。
初冬の時期に何回か見つけたことがある。
恐らく夏には衛生面であったり臭いとか、そういう理由で土に埋めるということが躊躇われるのだろう。
「やっぱり、祠に隠れた何かがペットを生き返らせた神様なのかな」
カヤは当然の疑問を口にしていたが、僕は答えを持っていなかった。
それを今から調べに行くんじゃないか。
「そうだったな。今日は居るかな神様」
里宮塚に着いた。
なんとなく窪みが膨らんでいる様に見える。
「お、これは当たりか!?」
走って祠の前まで行くと、やはり窪みがなくなり土が盛ってある。
──この中に、ペットの死体があるかもしれない。
さすがに掘り起こすようなマネは出来ないので、とりあえず神様が呼ばれる準備はできていると仮定した。
「よし、いつもの場所で待機だな」
僕達は神様を見つけるため、とっておきの場所を見つけておいてある。
祠正面にあるショッピングモールの屋上だ。
閉店時間まで祠をじっくりと離れた場所で観察できる最高のスポット。
僕らは早速移動してオペラグラスを構え待機した。
──これだけ離れていれば、さすがの神様も僕らを察知できないだろう。
わくわくした気持ちとは裏腹に何も起こらない。
辺りも真っ暗になり、祠も小さな街頭の灯りでしか照らされていない。
「やっぱり今日もハズレかな」
だんだんと寒くなってきたこともあり、今日は帰ったほうがいいという話になった。
帰り間際、祠の方を見てみると何か白い物が動いた様な気がした。
もう一度オペラグラスで見てみる。
……何もいない。
やっぱり気のせいだったのか。
「しょうがない、行こうぜ」
僕らはショッピングモールを後にした。
さあさ、おぐしを直しました。
さあさ、おべべを羽織りました。
さあさ、さらっとお上がりました。
ここに屍はございません。
次の日、学校に行くと教室に人だかりが出来ていた。
一人の席に大勢の生徒が押しかけている。
あの席は確か、田辺の席…。
「あ、シュン君、カヤ君、おはよう。聞いた?」
同級生の美智が話しかけてきた。
以前オカルトスポットを教えてから妙に話しかけてくるようになった。
彼女のとった行動を思い返せば仲良くしたくない子ではあるのだが、こちらの態度は気にせず話しかけてくる。
さすがに大人の世界で生きている彼女は、こちらの子供のような態度は意に介さないようだ。
たまにだが、まだ彼女の後ろに妙な影が見えることガある。
「おはよう。何を聞いたって?」
カヤが挨拶をしながら質問を返す。
田辺に関係がある事だろうか。
「そう。今日の朝、田辺さんペットの神様を見たんだって」
美智からの話を聞いて昨日の事を思い出した。
あれは田辺のペットだったのか。
「昨日の朝に亡くなったハムスターを埋めたようなんだけど、今日の朝に行ったら本当に生き返っていたんだって」
……ハムスター。
生き返った後に他の動物に襲われなくて本当に良かった。
しかし、まさか本当に生き返るなんて…。
しかも僕らが見張っていたあの後に生き返ったと考えると本当に悔やまれる。
なんであの時もうちょっと粘らなかったんだろう……。
「まじかよ。あれ田辺のハムスターだったのか。もうちょっと居れば神様見えたのかな」
「何? 昨日カヤ君、里宮塚に行ったの?」
「シュンと行ったよ。そろそろペットの神様に頼む人が増える時期だからな」
「本当に物好き。すごいと思うけどちょっと引く……」
異様なものを見る目を僕らに向ける。
身体もやや遠ざかる美智の態度に、僕は君も案外だよと少し思う。
「ほっとけよ。田辺に話を聞きたいけど、ちょっと今は聞けそうに無いな…」
「私聞いておいたから、詳しく話してあげる」
手際よく聞きだしておいてくれた美智に話を聞いた。
美智の話はこうだった。
ハムスターが亡くなったのは一昨日の夜。
そこそこ長く生きたみたいだから、寿命って事だったみたい。
家族も十分生きたと言っていたけど、田辺さんはどうしてもまた会いたがった。
昨日の朝、学校に来る前にハムスターを埋めたそう。
ハムスターが好きだったお手玉と一緒に。
それで噂の通り一日待って、今日の朝に塚に行ってみたら、今まさに窪みから顔を出して這い上がろうとしていたんだって。
別のハムスターかと思ったみたいだけど、お尻にあるホクロの位置まで一緒だったって言うんだから本物なんでしょうね。
ハムスターを土から出して喜んでいたら、白い何かが塚の後ろに動いたって言ってた。
お手玉は見つからなかったみたい。
白い何かか……。
僕が昨日見たあれも同じものかもしれないな。
生き返るペットと白い何か。
「白い何かなんだけど、田辺さんの親戚の家で飼ってるペットに動きが似てたから、どんな動物か想像はついているみたい」
「お、すごいな田辺。それって何?」
「たぶん、ヘビだって」
白いヘビがペットの神様?
さあさ、ねんねのお時間です。
さあさ、ねんねのお時間です。
さあさ、さっさとねんねなさい。
次の春までねんねなさい。
その日の放課後、僕たちはまたショッピングモールから里宮塚の祠を見ていた。
なぜか美智も一緒だ。
「窪みにペットは埋まってるみたいだけど、ここからだとあまり良く見えないよ」
「仕方ないだろ。近くで見てたら出るものも出ないかもしれない」
「そんな事情、神様には関係ないんじゃない? 現に昨日だって現れなかったんでしょ?」
美智が痛いところを突いていくる。
確かにこちらの道理が通じることも無いし、しかも昨日僕らは神様を見ることが出来なかった。
「でしょ? もう祠の前で見張ってましょうよ。暖かい物買ってから行きましょう」
「おい、買い物している暇なんてないだろ。その間に神様出てきたらどうするんだよ!」
「奇跡の瞬間は見逃すかもしれないけれど、時間的に確率は低いでしょ。それに、ペットが生き返っているなら神様が近くにいることは前例でわかっているんだし、今は寒さに耐えて長時間見張れる準備をして祠の前で張り込むべきよ」
美智の言うことは一々的を得ていた。
奇跡が起こるのは僕らが帰った後の時間だった訳だから、恐らくあと一時間後以降になるし、生き返ったペットを目撃できれば祠の後ろに隠れる神様を探すことができるはずだ。
「なんだよ、リロンブソウしてたのかよ…。俺たちより慣れてるんじゃないか」
「実はこういう非常識的な事に触れたり想像したりするの私好きなのよね、言ってなかったけど。
今度から仕事が無い時は私も呼んでよ。オカルトスポット巡り」
さらっと僕らの活動への参加を伝えられた!?
言いながらも美智は屋上から屋内へ歩いて行ってしまう。
「待てよ! 勝手に何言ってんだ! こら!」
カヤも美智を追いかけて走っていった。
少し祠のほうを見るが何も変化は無い。
僕は諦めて二人を追いかけた。
焼き芋とお茶とカイロを買って祠の前に来た。
家にも連絡したし張り込みの準備は万端だ。
「さて、ヘビが出るかジャが出るか」
「ジャもヘビだけど?」
「……」
カヤは素で間違えていたようだ。
きっと邪とでも思っていたのだろう。
僕達は今、祠の近くの藪の中に隠れている。
幸い買い物時間中に奇跡が起きているということは無かった。
まだペットが入っていると思われる窪みに変化は無い。
「しかし、蛇っていうんだったら、良くハムスターはそのまま生き返られたよね。
蛇だったら食べちゃいそうなもんだけど」
美智がもっともな疑問を口にした。
言われてみればその通りだった。
「まあ、まだヘビって決まったわけじゃないしな」
そう話していた時、背後の藪から妙な物音がした。
「我は肉を食べたりせんのでな。元々蛇でもないし」
聞いたことの無い妙な声に振り向くと、そこに白蛇がいた。
他に気配はない。
「ヘビだ、白いヘビが喋ったのか…?」
カヤが驚きながら誰にというわけでもなく問いかける。
美智は蛇を凝視しながら固まっている。
僕も驚きのあまり何も出来ない。
「美味そうな物が現れたと思ったが、人間の女子だったか。突然話しかけた無礼を許せよ」
美智の方を見ながら恐らく白蛇が話している。
美味そうな物? 人間の女子?
「わ、私を食べるの!?」
美智が固まったまま白蛇に話しかける。
先の話を聞くとそう思えるが……。
「食べんよ。お前の背中に憑いているその影を食わせてくれんか」
影……。
見えないがまだ居たのか。あの長く喉に穴が開いているあの影は。
「なんだ、まだ居たのねあいつ。やっぱり妙な存在だったのね」
「憧れや嫉妬、憎悪、様々な感情を持った状態で自害して別の存在に昇華した者じゃな。まあ一種の呪いじゃよ。それに加えて別の場所でお主からつけられた呪いも加わっておる。その妙なバランスによってお主には何もできなくなっておるようじゃ。面白いことをしたなお主」
「別に、そんなつもりでやった訳じゃないわよ。ただ普通に殺しても死ななそうだと思っただけよ」
「勘が良いな。場所で憑けた呪いも本来であればお主に害をなすはずなのじゃが、そいつが庇った形になっておる。もしかしたら分かって受けたのかも知れんぞ。まあそんな事はないと思うが」
「……馬鹿な奴。それに自害じゃないわよ、事故に巻き込まれて死んだの」
美智と白蛇が何か話している。
あの存在の元を美智は知っていたのか。
「お主本当に面白いな。まあ良い、食わしてくれ。もうすぐ冬眠に入るんじゃ」
冬眠……。
「ああ、ヘビだからか」
カヤが納得したようにつぶやいた。
「そうじゃよ。我の食い物は悪い因果でな。いつもはここの場所に湧いてくるものを食しておるんじゃが、冬眠前は入り用でな。祠の前にある屍が因果を背負っておればそれをいただいておる。冬眠前は死に至った因果も含めて食べてしまうので、少しの生が屍に戻ってしまう」
ペットの神様の理由をさらっと明かしてくれた。
この存在は本当に奇跡そのものの様だ。
僕達はこんな存在と対峙していて大丈夫なのか。
「大丈夫じゃよ少年。元々我も人間。生前の行いにより輪廻の間も記憶と能力が残っておるからこんな状態じゃが、人に害なす存在にはなろうはずも無い」
声に出してもいないことを読まれた。
表情にでていたのかあるいは心を読まれているのか。
オカルトスポット巡りがまさかこんな体験までしてしまうとは、有難いような怖いような……。
「ほどほどにしておけよ。本当に危ない場所や存在もあるんじゃからな。
それで女子よ、食べてもよいか?」
「食べられたやつはどうなるの? 消えるの?」
「簡単に言えば成仏することになる。因果が消えるので通常の輪廻に戻るだけじゃ」
「そう、それならどうぞ。胸焼けを起こさなければいいけど」
美智は少し安心したように言った。
後ろの影を美智は知っているのか。知り合いだったのか。
本当に美智の事は良く分からない。
「それでは、いただくぞ」
美智の後ろが淡く光出す。
眩い照らすような光ではない、蛍のような悲しい光。
黒い影が白い光の糸になって蛇の口に入っていく。
「す、すげぇ」
カヤがつぶやく。
その景色は本当にすごかった。荘厳で神秘的で何よりも見たことがない世界が僕らの現実で起こっている事に感動した。
美智のほうを見た。
黙って目を閉じているが、少し肩を震わせていた。
泣いている様だった。
全ての光が蛇の口に収まった。
蛇は少し膨れているように見える。
美智が膝をついて泣き声をあげはじめた。
人目をはばからず声をあげて泣いている。
カヤも僕も何も言えなかった。
美智がやった事と、今の美智が泣いていることがどうも上手く飲み込めなかった。
「十分じゃな、もうこれで冬眠に入ろう。女子よ礼を言うぞ」
美智は返事が出来ないほど泣いていた。
「この窪みのペットはどうするんだ? 埋めた子は生き返ることを願って埋めたんだろ?」
カヤは蛇に尋ねていた。
美智の事には触れないようにしているようだ。
「因果を食べて生を戻すことは本意ではない。あくまでも緊急事態だからやっていたこと。冬眠しない生き物の姿をしておれば起こらなかった奇跡じゃよ」
「そうか。何か悲しいけど仕方ないんだな」
「それに、生き返ってもまたすぐに死ぬかもしれんしな」
生き返ってもやはり少ししか生きられないのだろうか。
だから生き返ったという噂も広まらなかったのかな。
「人の姿の時はそのような事を率先してやっておったために神罰が下ってこのような事になっておる。普通の物は食べられない体にされ、骸たちから因果だけを食す化物。この地の弔いをしながら許されるまで輪廻を繰り返す事が我が宿命じゃ」
きっと不思議な力を持った優しい人だったんだろう。
悪くない気がするのに、罰を受けているのか。
「ひとつだけ質問していいか?」
「この際じゃ、言ってみろ」
「なんで兎の首輪やハムスターのお手玉がなくなっていたんだ?」
カヤの質問は僕も気になっていたことだった。
聞いてくれた勇気に敬意を表したい。
「ああ、それはカカ様へのお供え物にな。祠にはカカ様が祀られておるんじゃよ。兎の首輪は偽物じゃが花がついておったし、お手玉には小豆が入っておった。そのまま供えさせてもらった。物自体は供えた時点でここから消えておるから探しても見つからん」
なるほど。それであれば生前の物が残っている蘇生パターンもあったのだろう。
偶然消えていただけだったのか。
「あ、そうだ。それならこの焼き芋、お母さんに供えさせてくれよ」
「それは有難い申し出じゃ。祠の前に供えてやってくれ」
僕とカヤは焼き芋を祠の前に供えて目を閉じ手を合わせた。
美智は焼き芋をすでに食べていたからもう無い。
目を開けるとそこにはもう焼き芋が無かった。
不思議なことがどんどん起こる。
「あ、それと、昨日生き返らせた動物の飼い主、すごく喜んでたよ。ありがとうな」
カヤは少し田辺さんが気になっていたことがある。
代わりにお礼を言うあたりまだ好きなのかも…。
「礼を言われてもな。生き返ったと言ってもまたすぐ死ぬ。二度も愛しい者との別れを迎えさせることは大きな罪」
「ぬか喜びってこともないと思うぜ。あんなに嬉しそうにしている田辺見たの初めてだったし、先延ばしだったとしてもやっぱりすごいことだと思うけどな」
白蛇が少しカヤの方を向いた。
カヤの素直な物言いは白蛇に何か思わせることがあったようだ。
「長く生きてきたが、こんな救いの言葉を不意に投げかけられると、やはり嬉しくなるもんじゃな……」
少ししんみりした時間が流れる。
美智もある程度落ち着いてきたようだった。
美智が起き上がって白蛇に言う。
「ありがとう。大分すっきりした。あなた、もう冬眠前に動物を生き返らせたりしたくないんなら、私たちが来年までに食べ物用意しておいてあげるわよ」
白蛇と僕らは驚いた顔で美智のほうを向く。
蛇の驚いた顔、初めて見た。あんなに分かりやすく驚いた顔になるんだ……。
「何を言っておる。そんな事普通の人間に出来ることなかろう」
「大丈夫よ。この子達は心霊マニアでそういうところ詳しいし私は芸能の仕事をしているの。いろいろな感情を持った人が周りにいっぱいいるから食いっぱぐれは無いはずよ」
「オカルトマニアと言ってくれ。心霊って何か怖いだろ」
「何それ? 子供っぽい」
僕らは少し笑いあった。
蛇も少し和んだような表情をしていた。
「面白い。期待はせぬが楽しみにしておこう。そうじゃな、この中で誰かどちらかの手の小指に痣が出来てもいいものはおるか?」
「私はダメね。写真に写ったりすると修正が必要になるし」
まったく現実的な意見だった。
仕事柄仕方ない話ではあるけれども。
「俺は大丈夫だぜ」
「それじゃあ、お主じゃな。左手と右手どちらが利き手じゃ?」
「右だけど」
カヤがそういった瞬間、蛇はカヤの左手の小指に噛み付いた。
一瞬の出来事で僕らは何も出来なかった。
「痛て!! けっこう痛い!」
「徴をつけさせてもらった。すまんがしばらくは痺れが残るぞ。
冬眠の期間以外であれば、それでお前達のことが大体分かる。また何かあればここに来い。徴が近くに来れば寄って出てやるよ」
すごい話だ。
何か奇跡を起こす存在と行動を共にできる状態を得てしまった。
まったくオカルト冥利に尽きる!
「というか、家に来る? 私の家、一軒家で床暖房もあるから冬でもすごく暖かいわよ」
「……床暖房」
考え込んでいる。
意外に人間らしいところがまだ残っているようだった。
「非常に惹かれる提案じゃがそれは出来ん。我はこれでもこの地の墓守でな。カカ様の祠も守らなければならない」
墓守。
ここはやはり墓地だったのか。
「そう。それなら、冬の間は私達が祠の周り少し掃除しておくよ」
「至れり尽くせりで申し訳ないな」
勝手に掃除をすることにされてしまっているが、それくらいは僕もやってあげたい。
この蛇とは長い付き合いになると思うから。
「これでペットの神様はいなくなっちまうのか。なんか寂しいな」
「なんじゃペットの神様というのは?」
カヤが漏らしたため息と呟きに白蛇が問いかける。
「ああ、あんたの事だよ。ペットの事生き返らせてくれる神様って意味でね。なんか可愛いだろ?」
「可愛いのはいいが神様って言われるのは良くないな。神罰を受けている身で神と呼ばれたくもない」
悲しい事を言っているが、可愛いのがいいというのは聞き逃せない。
案外人間だった時は可愛らしい人だったのかもしれない。
「それではな。今から冬眠に入る。また春に会おう」
「うん、元気でね。良い夢見てね」
僕らは手を振って白蛇を見送った。
白蛇は祠の下に小さな穴をつたって潜って行った。
何となくその場に留まっていた僕達だったが、いっきに寒くなってきた事もあって早々に解散した。
家に帰って今日のことを思い出してみても、とても現実にあったこととは思えなかった。
ふわふわした気持ちが続いて上手く眠れなかったが、白蛇の生前の事を考えているといつの間にか意識がうっすらと無くなっていった。
夢を見た。
綺麗な着物を着て髪を変わった形で結っている小さな女の子がいた。
隣にはぼんやりとした輪郭の何かがいる。
なんとなくその女の子のお母さんな様な気がした。
「カカ様、わたしは今日良くない事をしてしまったかもしれません」
少女は叱られると思っているようだ。
悪いことをしたと思って母親に報告している。
「自分が嬉しかったから約束をしてしまいました」
少女は俯いている。母親と目も合わせられていない。
「これからも償いをしていかなければならないのに、自分が嬉しかったから生きたものと関わってしまった」
沈黙が続いている。
ひどく静かだ。
「いいのよ。あなたはどのような形であれ、今を生きている。今を生きるものたちと関わっていけないことなどない」
少女ははっとした顔で母親の方を向いた。
思っても見ないことが起こった様な顔だった。
とても優しい口調で母親が語りかける。
「あなたは罰を受けたと思っているかもしませんが、同時に希望も託されているということを忘れないで。
この地の悲しみを癒すことがあなたが負っている宿命。それが果たされていれば、あなたが罰せられることなど何一つないのです」
少女は泣き出した。
母親は優しく抱きしめているように見える。
「あなただけにこんな悲しい事を背負わせてしまって、本当にごめんなさい」
母親も少女と同じように泣いていた。
僕は少女と母親が幸せになって欲しいと心から思った。
翌日、学校に行くとまた田辺さんの席に人だかりが出来ていた。
ハムスターが今日の朝、いなくなっていたそうだ。
籠の扉は開いていなかったのに、ハムスターだけが消えていた。
田辺さんは少し悲しそうだったが、自分に別れを告げるために一日だけ戻ってきたのかもと少し救われたような表情をしてた。
カヤは田辺さんの席の近くで話を聞いていたが、美智はそこから一人抜け僕のほうにやって来た。
「白蛇は悪い因果を食べるって言っていたのよね」
予想外の話の切り出しに僕は驚いた。
「確か田辺さんのお姉さんってアレルギーがあるのよ。家のハムスターのせいでくしゃみが止まらないって友達に言ってたのを聞いたことがある」
田辺さんはお姉さんがいたのか。
アレルゲンが家にいるんじゃ辛かっただろう。
「ハムスターが死んでようやくアレルギーが無くなって、翌日生き返ったって言われたお姉さんの気持ち考えたら、まあ仕方ない事って思うわよね」
アレルゲンがようやく家からいなくなった。
その日はこれからの安心を胸に良く眠れただろう。
そして、いきなり常識では起こりえない理由でまたアレルゲンが家に戻ってきた。
喜びの反動で何かしらの行動を取っても仕方がない事と美智は言いたいのか。
「昨日の白蛇の話を聞いていて思ったけど、もっと生き返った動物はいたんだと思う。でも、埋めた飼い主は気づけなかった。
因果を取り除いても少しの間だけでまた死体に戻ってしまっり、穴が深すぎて出られなかったり、もしかしたら悪意をもった人たちの手で飼い主が確かめる前に命が奪われたパターンもあったんじゃない?」
美智は本当に怖い。
よくそんな事まで考えがつく。
良い話で終わらせておけばいいじゃないか。
「もちろん田辺さんには言わないわよ。また小動物を飼いたいなんて、田辺さんが言わないことを祈ってるわ」
美智はそういうと自分の席に戻っていった。
美智は本当に分からない。
前の事も含めて、ますます彼女の存在自体がオカルトに思えた。
オカルトスポットはあくまで場所である。
そこに意志を持った人間が関わることで、不可思議な事が起こっていくんだと、ようやくその時理解できた。