表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
同じ月を見ていた  作者: 城☆陽人
1/1

同じ月を見ていた

「私は、悪く、無い」

これが、富山県高岡市に、娘を連れて戻って来てからの口癖になった。

地元で5店展開しているスーパーでレジ打ちのパートをしている。9:00~20:00。お昼休みが13:00~14:00、お昼休みの12:00~13:00は忙しいから一時間遅れで昼食を取る。お弁当は娘のお弁当を作った残りをちゃっちゃっと入れたもの。

主に青果コーナーで、商品の入れ替えも行っている。賞味期限切れの商品は、家に持ち帰って使う。鮮魚コーナーの若い男とも仲良しだから、魚も売れ残りを格安で譲ってくれる。

娘の為に、本当はお肉が欲しいのだけれど、お肉コーナーの未亡人は冷たくて、眼の前ですき焼き用の国産和牛肉をダストボックスに捨てる。


私は石倉雅美、43歳。バツイチで5歳の娘と同居中です。アパートですが、五段飾りの雛人形を飾るだけの、経済的にも、空間的のも余裕があります。

元夫と別れた時には示談金も頂きませんでした。娘だけ、高岡市の実家に連れて帰れば良かったのです。

実家では両親は健在ですが、母親が介護を必要としております。ただ、父が元気で、「介護は俺がやる!50年つくしてもらったからな」と、介護を拒み続けたので、丁度お味噌汁が冷めない距離のアパートがあったので、そこに娘と同居しています。

実は、息子がいます。もう20歳。東京で営業マンをしています。結婚して子供もいます。23歳、結婚してすぐに出来た子供でした。元夫と大切に育てました。

夫が大学時代にアウトドアサークルだったので、滋賀の湖西の比良山に家族で山登りに行きました。その頃のトレッキングシューズは今も持っています。息子との大事な思い出です。

息子は、大学に入って上京し、すぐに結婚しました。所謂、「出来婚」でした。大学の新歓コンパで出会った女の子とSEXし、8月には妊娠した事を知って、直ぐに中退して働き始めました。

ですから、結婚式も上げず、身内で披露宴をしたそうです。未だ夫だった方と共に呼ばれず、翌年の年賀状で、妻のお顔を拝見しました。奮発して、新婚旅行に行ったハワイの写真でした。ビキニのお嫁さんは、少しウェストは太っていました。


お昼ご飯を済ませて、青果コーナーの人参を入れ替えます。

「私は」で段ボール箱から人参を取って、

「悪く」でコーナーに並べる。

「ない」で、腰に手をやる。


レジに戻る。

「私は」で商品を取って、

「悪く」でピッとする。

「ない」で、かごに戻す。


何が悪くないのか。離婚の原因だ。娘だった・・・


3年前に閉経した筈だった。もう性にも興味もない、乳房も垂れたみっともない女だ。誰もSEXの興味の対象にしないと思っていたし、自分ももうSEX等したくもなかった。

SEXが嫌いな訳じゃない。耳を触れられるのは好きだ、キスも嫌いじゃない。

ただ、妊娠は嫌いだ。

子供は好き。

でもお腹の皮が弾ける程痛むし、つわりが酷い。後、出産の時、よく一般的に「西瓜が出てくる」苦痛だと言うが、カバが出て来た気がした。最初の息子がこの世に生まれて来た時は。

だから、妊娠だけはしたくなかった。でも、女の子は欲しかった。自分の好きなブランド、Pink Houseのお洋服を、お人形さんごっこみたく、着せ替えをしたかった。息子では無理だったから。


「奥様、ちょっといいですか?」

髭を3日間ほど剃っていない、丁度45歳程、旦那、いえ、元夫と同じ位の歳だと思った。ハンチング帽にバーバリーのコート。所謂探偵に見えたが、差し出された名刺を見ると、とある有名な週刊誌の雑誌記者だった。

探偵や警察と変わらない職業ともいえる。

街頭アンケートで、「女子高生レイプ事件。医大生3人が、地元有名女子高生を泥酔させてレイプ、妊娠させる」について主婦に意見を聞いてきた。

特に答える積りもなかったのだけど、話が上手かったので、つい答えて仕舞った。


そのまま、生まれて初めてバーに行った。元夫とは居酒屋がせいぜいだった。

「フィリップモリス スーパーライト 100‘s」を吸っていた。元夫も吸っていた銘柄だ。だから覚えている。

元夫は、大学時代のアウトドアサークルで、好きだった女の子に、泥酔の時に買ってきて貰ったのが切っ掛けで、この煙草を定番にした。


そんな話を、週刊誌の記者にした。


笑いながらキスをしてきた。最初のKISSは煙草のフレバーがした。


名刺代わりにSEXをした。たった一度きり。彼の車の中で。軽自動車は狭く、助手席のシートに馬乗りになって、バックでした。彼も一回が精一杯で、一万円を払おうとしたが、拒んだのだが「取材料だ」と言って押し付けた。

神奈川ナンバーを見送った。


そして半年、身体がおかしくなった。吐き気が酷い。産婦人科に行った。40過ぎた位で妊娠していた。

元夫には素直に伝えた。

ただ、SEXもしていないのに、怪訝な表情を浮かべたけれども、


「私は」で段ボール箱から白菜を取って、

「悪く」でコーナーに並べる。

「ない」で、目をつぶる。


レジに戻る。

「私は」で商品を取って、

「悪く」でピッとする。

「ない」で、かごに戻す。


女の子だった。欲しかった女の子。でも、もうPink Houseは好きなブランドじゃなくなっていた。

彼と同じ一重まぶた。・・・彼も、茶色っぽい髪の毛をしていた。


元夫は、それでも健気に子育てを手伝ってくれた。

そうとう、娘が嬉しかったらしい。お風呂にも率先して入れてくれたし、おむつも取り替えてくれた。まっさらなおまんこを誰よりも初めて見たのは、元夫だ。愛すべき杏奈のおまんこ。


3年が限界だった。

別れよう、と切り出したのは私だ。

元夫は何も言わず離婚届に印鑑を押した。それで終わりだった。


杏奈は元夫になついていたが、私が引き取る事にした。元夫も了解してくれた。


・・・


一ヶ月に一度、元夫は杏奈に会いに来る。私は一緒にはいない。

週に一度、杏奈がお父さんに「お疲れなさい」メールを動画で送る。

私は写りたくないのだが、手首の加減で、どうしても顔が見切れない。


「私は」で見切り品のラベルをプリントアウトして、

「悪く」で商品に貼る。

「ない」で、涙を拭う。


レジに戻る。

「私は」で商品を取って、

「悪く」でピッとする。

「ない」で、かごに戻す。


・・・


雑誌の記者だった男は、フリーになったらしく、別の会社の週刊誌で「伝説の泡姫『あさがお』の風俗遍歴。赤線から、トルコ風呂、ソープランドへの道のり」と言う記事を書いていた。娘の、本当の父親として、恥ずかしい。


スーパーの仕事を抜け出して、杏奈の夕食の為、自転車でアパート迄戻る。

お味噌汁を作っていると、杏奈が帰って来る。

「ただいま!」

「おかえり」

「ねぇねぇ、今日も健次君の所でお世話になってたんだよ。今日はふかし芋を出してくれたんだ!」


Pink Houseを着せようと思っていた娘はショートカット。春から初冬迄ホットパンツをはいている。


「もう、毎日毎日健次君の所に行って・・・お土産でも持って行かないと。御迷惑ばっかり」

「そんな事ないよ!今日、鯉のぼりを見せて貰ったんだ!子供の日に、七五三の着物着て行っていい?」

「あれは3歳の時のでしょう?・・・まぁ、仕立て直せば、着れない事はないでしょうけど・・・」

お味噌汁が湯だってきた、お味噌の香りが飛んでしまう。

「わかりました。明日リフォーム店に持って行きます。それでいい」

「うん!」

「なら、向こうでTVでも見てらっしゃい」

「はーい」

Pink Houseより、着物だ、って、おませさんだわ。現在いまの流行に敏感だわ。


夕食後、今日は週に一度の、元夫への「お疲れ様」動画メールの日。杏奈がめかしこんでスマホを覗き込む。


「あー、あー。おとうさんげんきですか。あんなはげんきにようちえんにかよっていますよ。けんじくんといっしょにあそんでいるよ。ひなまつりのときの551のホーライのぶたまんおいしかったです」

「これ、杏奈、30秒しかないんだから」

「わかったおかあさん。だからこどものひの二日まえのおとうさんがくる日には551のホーライのぶたまんかってきてね。それじゃあ、おしごとがんばってください」

画面をオフにする。

私が見切れているか確認してメールする。1/3が見切れていたからいい。


「私は」で画面を再生する。

「悪く」で元夫の電話番号を選択する。

「ない」で、送信する。


・・・

「私は」で元夫の事を思い、

「悪く」であのフリーランスのジャーナリストの事を思い、

「ない」で、杏奈を抱きしめる。


あぁ、この娘も、いつか処女を破られるんだ。でも、どうか、妊娠はさせないで下さい。

あんな苦痛を女に与えた神を恨みます。

男は好き勝手精子をまき散らすだけの生き物。


ああ、健次君は健やかなる人で、杏奈を守ってくれますように。

五月の鯉のぼりは子孫繁栄の願い。でも、杏奈にはあんな苦痛は与えたくない。


中学生になったら、セーラー服が綺麗でしょうね。

「お母さん、痛いよ」

力強く抱きしめていたらしい。涙が杏奈の頬を濡らしたらしい。


中学生になったら、せめて髪は肩まで伸ばしてね。


髪を撫でる。柔らかい、キューティクル一杯の髪。これなら伸ばしても大丈夫ね。


男の人の前ではね、小首を傾げるの。そして、垂れた髪を濡れた唇で咥えるの。それでもう、イチコロよ。健次君だってね。きっと真っ赤になるわ。


そして、おちんちんを痛くするの・・・


淡い思い出。元夫との・・・


そう、彼が東レの三島工場から大阪本社に転勤になって、私が勤めていた部署に配属された日、新入社員の歓迎会があった。

私が一番幼い女の子だったから、隣に座ってお酌をした。

小首を傾げながら、枝垂れた髪を、その日だけ真っ赤に染めたルージュで咥えながら。


終電が無くなり、ホテルを取るお金も二人とも無く、堂島の会社に戻ったわ。

接客用のソファーに二人で寝て、SEXをした。


私は処女だった。


息子が生まれて、私は退職した。専業主婦になった。


会社の同期で3番目に早い結婚。ブーケを受け取った娘は、未だ独身。


・・・


どうして涙が止まらないのだろう。


「お母さん、大丈夫?泣いてるよ」

「・・・人ってね、嬉しい時にも泣くものなの・・・覚えておいて・・・『いい人って冷たい』んだから・・・」


「私は」で涙を拭いて、

「悪く」でティッシュを取って、

「ない」で、鼻をかむ。


杏奈を抱きしめて、

「私は」で髪を撫で、

「悪く」で頬をさわり、

「ない」で、その頬にキスをする。


「私」が「悪く」「ない」んじゃない。誰も悪くないんだ。


そうやって地球は回っている。太陽もフレアを噴出しているし、土星の台風の目も大きいままだ。


寝入った娘を布団に入れて、鏡を見る。

「元気ですかー!」と声を張り上げてみる。


・・・笑ってみる。


そんなに悪くない、まだ30代後半に見えるし、子供二人いるとも思えない。閉経したと思っていた月の周期も戻っている。まだまだ女だ。


・・・月を見る。丁度、満月。


子宮が疼く気がする。


そういえば、元夫は、30歳で東京に単身赴任になり、ナプキンや紙おむつに使う、ポリプロピレンの不織布の営業をやって鬱になった。

その時、私は大阪の茨木の社宅で、息子を育てながら電話をした。

電話の向こうで泣いていた。


中島みゆきの、甲斐バンドのヴォーカルが書いた「仮面」の歌詞を、電話越しに歌ってあげた。


♪ねぇ 覚えてやしないでしょ 

 私 あんたが 文無しだった

 頃から 近くにいたのにさ

 近くで見とれていたのにさ・・・♪


貴方、電話の向こうで号泣していたね。私も深沢に行って、抱きしめてあげたかった。


・・・どうして、女に生まれたんだろう。


・・・どうして、女を生んだんだろう。


「私は」で帝王切開だった二回目の出産を思い出し、

「悪く」で、目を閉じる。

「ない」で、涙を拭う。


「私は」で杏奈を見に行き、

「悪く」で布団を直す。

「ない」で、乱れた髪を直してあげる。


・・・。


今日は、オールナイトニッポンでも聞こうかしら。


谷山浩子が好きだった、中島みゆきが好きだった、サンプラザ中野が好きだった、大槻ケンヂが好きだった、中村あゆみが好きだった。

でも、とんねるずは嫌いだった、松任谷由実も嫌いだった・・・


寝よう。


・・・元夫が横にいる気がする。抱いてきそうな、満月の夜。でも朧月夜。それ程性欲は子宮を襲って来ない・・・


明日、杏奈の着物をリフォームに持って行かなくっちゃ、後、燃えるゴミを出さなきゃいけないから、8時には起きなきゃいけない・・・瞼が重くなっていく・・・。


杏奈のセーラー服姿を見るまでは、レジ打ちのパートを続けていよう。


・・・小学校は給食だけど、中学校に入ったらお弁当を作ってあげなきゃいけないし・・・

何気なく、スマホを手にして、ピースサインで写真を撮り、何のメッセージも付けずに、元夫に送った。


もうすぐ、黒部立山アルペンルートの道開きだ。

あの、巨大な雪の壁の間を、バスが通っていく。

室堂では、高山植物の蕾が育っている頃。


・・・寝返り・・・


杏奈を連れて行ってあげようかしら・・・?


元夫は、槍ヶ岳が大好きで、大学時代、登る度に、「アルプス一万尺」をラインダンスで踊っていたそうだ。


寝よう。


布団をかぶった。


一人じゃない、杏奈がいる。そして、元夫と、杏奈の実の親であるフリーランスのジャーナリストも。


・・・抱きしめて欲しい。精子が欲しい。


甲斐バンドの「杏奈」のメロディを思い出した。


♪杏奈 クリスマスキャンドルの灯ま未だ

 燃えているか

 お前の愛の灯は未だ

 燃えているか・・・♫


そうだ、今年の杏奈のクリスマスプレゼントは、Pink Houseのスカートにしよう。テディベア柄の真っ赤な。杏奈は着ないだろうけど、母親として、それ位の我儘はいいだろう。



・・・



フリーランスのジャーナリスト、中原靖男は困っていた。

あさがおに貢ぎ過ぎて金に窮していた。

あさがおの風俗遍歴の記事は話題で、50万円は貰えるらしいが、3か月後で、印税をひかれたら、手元に幾ら残るか分からない。


マグロで評判のじゅんなにも入ったから大赤字だ。


岐阜駅のベンチで寝ている。煙草の吸殻をそこいた辺中にまき散らして。

そして、ある切っ掛けで出会った女の事を思い出してる。

40を過ぎた年頃。SEXをした。女の子が産まれたらしい。

離婚した旦那とは長年性交は無く、どうやら自分が父親らしい。


だが、法廷論争も、賠償金もなかった。

一年に一度、その女の子、「杏奈」の写真を送って来る、押しつけがましく。


・・・次は、、じゅんなの記事にしようか、煙草を燻らせながら思った。


キャバクラで働いていた、榮倉奈々似といっておきながら、実際はブス。

ウェストは70もあろうか。


自分から何も出来ずに、足の指を舐めてと言ったら泣き出して、付け睫毛もとれてしまった。

鬱で病院に通っているとの事。

自分も鬱で、去年、宇治の精神病院、黄檗病院に1ヶ月入院していた話をすると、その話の詳細ばかりを聞いてきた。

結局、口にもオマンコにも一発も発射出来なかった、2時間で八万円。時間も金も無駄だった。


でも、先日取材したあさがお姫の話からすれば、次の記事のネタに打って付けだ。


4月の中旬が過ぎたとはいえ、屋外で寝るのは寒い。


バーバリーのコートのインナーを外していたのが良くなかった。


ハンチングを目深にかぶって、JR東海の退職者であろう人が、花壇を梅雨に向けて紫陽花に変えているのを見ない様にして、眠る事にする・・・



♪ァイト 戦う君の唄を


戦わない奴らが笑うだろう


ファイト冷たい水の中を


震えながら登っていけ♬



杏奈の母親、石倉雅美も、カーテンを開けて、月を見ていた。


同じ月を見ていた。


完)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ