第3ピリオド「誤算のお茶時間(ティータイム)」
自分達よりずっと前から雷香に仕えているらしい少年・黒金。それだけでも驚愕なのに、彼の正体はなんと神獣!同じ種族の塑々は興味深く耳を傾けるが、理解しがたい根っから人間の菫が勝手に注文を始めたようで……。
第3ピリオド「誤算のお茶時間」
塑「黒金…さん?」
黒「呼び捨てでいいよ」
塑「いいえ。敬意を払わせてください」
黒「恩着せがましく言うなよ」
塑「あっすみませ…って菫さん!? いつのまに何食べてるんですか!?」
菫「だって二人の言ってること、半分くらいしか分からないから聞いてられなくて…お腹すいちゃいました」
塑「だからって勝手に頼まないでください!」
菫「いいじゃないですか、せっかくカフェに来たんだから!」
頼んでやってきたストロベリーパンケーキにフォークを刺しながら、ちょっとした意地の張り合いを繰り広げる菫と塑々。その様子を黙って無愛想に見つめる黒金は、腕組みを解かずじっとしていた。
菫「というか二人とも何か頼みませんか?何か食べないとカフェさんに悪くないですか?」
菫はケーキを口に頬張りながら、レジの近くにいるウェイトレスの方を見た。ピンク色のエプロンを付けた彼女は菫の目配せに気づき、微笑んでくれる。
黒「確かにそうだな。注文」
黒金が右手を挙げて店員を呼ぶ。メニューもろくに見ずに、彼はブレンドを頼んだ。塑々の方に顔を向ける。
塑「ええっと…僕もブレンドをひとつ」
かしこまりました、と走っていくウェイトレスの背中。忙しそうに楽しそうに働くその姿は、雷香に似ていてBG全ての者にも似ている気がしたのは満場一致だった。
塑「黒金くんは、甘いものは?」
菫「好きくなさそうですね」
黒「そんなことないぜ。あまり頼まないだけで嫌いじゃない」
菫「私は好きですけどねっ」
塑「見れば分かります」
菫「主張してみただけですっ!」
塑「はいはい」
些細なことにも敏感な菫の堪忍袋に、半ば面倒くさそうに対応する塑々。その様子を黙って無愛想に見つめる黒金は、さっきよりは表情が穏和していた。
ブレンドが2つ届き、ウェイトレスはお辞儀を深くしてまた去っていく。現在3時、おやつの時間。そのためか、店内にだんだんお客が増えてきた。頼まれていくのはデザートが中心で、女子が多い。塑々や黒金は大分場違いな気がしていた。しかし菫は全く気にせず、追加でコーヒーゼリーを頼みだした。塑々がまた気づく。
塑「だから菫さん!今回の目的果たす前に、勝手に注文しないでください!さっきからパンケーキだのゼリーだの」
菫「だってコーヒーゼリーが美味しそうで…我慢できませんでした」
塑「誰が払うと思ってんですか!?」
菫「そりゃあ私が責任を持って払いますよ。そんな、カフェなんだから多額じゃありません、払えます」
今まで頼んだ注文履歴の紙を見て値段を確認し、バッグから財布を出して中身を探る。だが、がま口の金具をパチンと閉めたのはあっという間の瞬間だった。
黒「おい、どうした」
菫「いえ。塑々先輩」
黒金の問いに対応し、隣の塑々に何やら妙に丁寧に向き直る。まさか─。
塑「どうしました?」
菫「あのー、あとで払うんで、立て替えてくださいっ」
塑「…ええええっ!?多額にならないから払えますって、自分で言ったんじゃないですか!いくらあるんですか今」
菫「72円」
塑「何も払えないじゃないですか!!」
菫「ブレンドのひとつの半分はきっと払えますよ、一杯144円ですし」
塑「半分払ってもしょうがないですよ!ああ、もう…」
塑々もスーツの胸ポケットから銀色の小さな財布を出して中身を探る。小銭を数え、お札を確認したが─。
塑「…黒金くん」
黒「なんだ」
塑「…今日いくら持ってきてます?」
黒「は?」
塑「ちょっと僕も持ち合わせが」
黒「おいい!二人してなんでそんなに貧乏っちいんだよ!!」
塑「給料日、明日なんですよね」
黒「知ってる!そんなの俺たち全員一緒だろ!!」
塑「補充するの、忘れてました。っていうか会計の値が高いんですよ!ほぼ菫さんの注文が多いですし!」
黒「なに?」
塑々が渡そうとする会計のレシートをひったくって、衝撃の値段を表す文字を食い入るように眺める黒金。肩を震わせ、キッと菫の方を鋭く睨む。
黒「おい!お前、いくら頼んでるか分かってんのか!?」
菫「へ?うーん、500円くらいですか?」
黒「よく見ろ!ここ!」
菫が目の前にぐいっと出されたレシートの赤い傍線が引いてある要所を見る。誰が何を頼んだかはっきり分かるシステムのカフェな訳ではなく、混乱してきた塑々が引いたマーカーだ。赤い線が多い。
菫「パンケーキ150円、ブレンド144円、キリマンジャロ168円、キャラメルシロップ168円、バニラアイス170円、白玉ぜんざい170円、コーヒーゼリー170円、紅茶158円……ほほーう」
塑「ほほーう、じゃないですよ!」
暗算が早い菫はすぐに答えを出せるはずだが、この時ばかりは衝撃が強かったのか言葉が出てこない。鋭い目のまま黒金が言った。
黒「お前の分だけで1,130円だ。まさかお前一人分で札一枚消えるとはな」
塑「僕と黒金くんのブレンド2杯で288円ですから、合計 1,418円ですよ…」
黒金は苦い表情を、塑々は絶望的な表情をしているよそで、菫はコーヒーゼリーにぱくついている。
塑「って菫さん!! 食べないで返しましょうよ そのコーヒーゼリー!!」
菫「だって悪いし…」
塑「所持金72円の人が言わないでください!!」
菫「塑々先輩はいくら持ってるんですか!?」
塑「ぼ…ぼくは…」
財布の蓋を薄く開けて中身を確認する。深紅の瞳が闇に包まれた銭の世を手繰る。冷や汗が滴る。黒金が聞いた。
黒「いくらあるんだ?」
塑「1,235円です」
黒「微妙だな…いくら足りないんだ?」
気持ちが落ち着いた菫が答える。
菫「111円です」
黒「111円足りないのか!?」
菫「なんか今日のラッキーナンバーみたいですね」
黒「全然ラッキーじゃねぇ……」
黒金は嫌々自分の財布を見やる。足りないなら仕方がない。あとで返してもらうとして全額一気に払ってしまおう。
─とここで、誰かの携帯のブザーが鳴った。店内なので音が出せない。塑々たちのテーブル付近で鳴っている。
菫「あれ?先輩じゃないですか?」
塑「あ、僕ですね。─もしもし」
席を立たずに小声で話すことにしたのだが相手が悪い。電話先で待っていたのは、
雷『ごめんね~。今日お休みなのに』
喫茶店って多分これぐらいお金使いますよね。3人でこの値段は寧ろ安い?ですが塑々や菫は金欠らしく、嫌々ながらも黒金が一括で支払うことになる流れ。と思った矢先、やっと主人公が登場です(声だけですが)。
次回、Aqua Story~側近たちの茶話会~ 最終ピリオド!