事故
ある夏の日のことだった。
老人が運転していた自転車と、若者が運転していたバイクが衝突事故を起こしたのだ。
さらに若者はその場から逃げ去った。逃亡したのだ。通行人が大勢いたにも関わらず。
さらなる問題は老人のほう。衝突によって腰を強打し、頭からも血が流れている。
緊急事態だ。すぐに救急車を呼ばなければ。
勇敢にも通行人の一人が応急措置を試みる。そして、叫び求める。
「誰か救急車を呼んでください!」
だが、予期しない問題が生じた。
通行人だった人々が野次馬となり、スマホをいじってSNSに投稿し始めたのだ。
誰一人、救急車を呼ばずに。
唐突に訪れた非日常に、助けを呼ぶことを忘れたように。
応急措置を試みていた通行人の一人は、自分のスマホから救急車を呼び求めた。
衝突事故から遅れて。
通報を受けた病院は、現場に駆けつけ老人を運んだ。
しかし、残念ながらも老人は搬送中に生命を喪った。
もう少し通報が早ければ助かった可能性がある生命だったはず……。
老人を運んだ救急隊員はそう言葉を漏らした。
応急措置を試みていた通行人の一人は、目撃証人として裁判所へ出頭した。事実を知る者として。
そして、裁判官の前でこう述べたのだ。
「私はすぐに応急措置を試みました。そして、周囲の人々に言いました。
『早く救急車を呼んでください!』と。
ですが、誰も呼ぼうとはしませんでした。
あの場で救急車を呼んだのは私だけです。
応急措置をしながら呼びました。
老人が亡くなってしまったのは悲しいです。
あの場から逃亡したバイクが憎いです。
ですが、何よりも憎いのは、あの場で救急車を呼ばなかった通行人たちが!
野次馬となってスマホをいじっていた人々が!
罵りを吐きたくなるほど……憎いです……!」
そう言って彼は裁判所から立ち去った。
しばらくして、老人と衝突したバイクの轢き逃げ犯は捕まり、刑務所に送られた。
どんな扱いを受けているかは知らない。
やがて、この衝突事故のことをツイッターのまとめから知った一人のツイッタラーは呟いた。
「……野次馬共のスマホが爆発して使いものにならなければいいのに。
老人が亡くなったのは、轢き逃げ犯だけじゃない。
スマホ依存症の野次馬にも責任を負うべきだ。
いや、負うべき義務がある。
自分とは無関係と決めつけるんじゃ無い。
誰の身にも起こり得ることだからーー」
そう呟かれてから、野次馬となっている人々のスマホが、爆発したようなウイルスに犯され始めたのは気のせいなのか。
事実は誰も知らないーー。
《終》




