不老不死の女と不死殺しの少年
昨夜書いたばっかの話です。
いつもに比べて長めです。……他の作者さんの平均よりは短いですけどね。
女は不死の存在だった。不老不死で永遠の美しさを持っていた。
それだけであったなら、非常に恵まれていたのだろう。
しかし、人間が得られる不老不死というのは不完全である。
外部から供給しなければ保てない不完全さ。
大抵は吸血鬼と呼ばれる類いに成り果ててしまう。
だが、その女はそこまで弱くなかった。
人間だった頃に鍛えられていた戦闘技能が、狩られる側に立つことを許さなかったのだ。
単なる吸血鬼として女を見ていた狩人たちは、返り討ちによって重傷を負った。
血を流した者もいる。
吸血鬼であるなら、負傷者の血を吸い、回復を図るだろう。
しかし、女はその場から逃げた。吸血行為をするのではなく、逃亡した。
女は優しかった。不老不死になる前から。
女が逃亡したのは、憐れみゆえの選択。
他人の生命を奪ってまで生きたくはなかった。
しかし、名誉のために殺されたくはない。残るのは何もないのだから。
女が逃亡して、一世紀を越えた時、女は出会った。
女を殺してくれる純粋な少年と出会ったのだ。
少年は生まれながらにして、不老不死を葬る力を持っていた。
しかし、力を持つがゆえに人々から退けられた。
ゆえに少年は孤独だった。愛に飢えていたと言っても過言ではないほどに。
少年がいた世界には不老不死の怪物が暗躍しつつ、支配権を有しようと争っていた。
それは皮肉にも、女が不完全な不老不死を得てしまったことをきっかけにしてだ。
一世紀かけて暗躍した不完全な不老不死は、戦禍を産み出した。
終わらない争いの果てに。血みどろになりながら。不死であるために死ねなくて。
ならば、と不老不死者は思った。
世界を手中に治めてやるという野心を抱いたのだ。
それを危惧した世界の観察者は、一人の天使を遣わした。
不老不死者を滅ぼす存在を。不死殺しの聖者を。
それが少年だった。覚醒前のが付くが。
孤独の中で出会ったのが殺めるべき不老不死者で、最初の不完全な不老不死の犠牲者。
運命は皮肉を食らって、愉悦に浸ることを望むらしい。
少年のことを知った女は、約束を交わした。
最後の不老不死者となるまで、少年の剣になると。
最後の不老不死者となったら、女を殺してくれることを。
約束は誓いとなり、誓いは勇気となった。
それからの二人は、不完全な不老不死者すべてと戦い、勝利を納めていった。
そして、最後の不老不死者を滅ぼしたとき、世界は戦禍から逃れ、平和へと導かれる軌道に乗り始めた。
せき止められ淀んでいた水が、再び流れ出し浄められるかのように。
人々の不安と恐怖が拭いさられていった。
だが、それを阻む要因が残っていた。
最初にして最後となった不完全な不老不死者である女。
女の存在を世界は平和を拒む要因と見たのだ。
野心を抱いた不老不死者すべてを滅ぼすことに尽力した女。
不老不死者を殺める力を持つ少年の孤独を癒した女。
死線を潜り抜けた戦友である女。
母のような慈しみを感じた女。
家族のような親愛を感じた女。
守りたい存在として感じた女。
何よりも離れがたい存在となっている女を、少年は殺めたくなかった。
しかし、少年の願いは虚しく、世界は女を除きにかかった。
人々を扇動し、少年が女を殺めるように仕向けたのだ。
平和という切り札をちらつかせるようにして。
そんななかで女は願った。
最初に出会ったあの場所で滅ぼしてほしい、と。
少年は躊躇いの末に決意した。
女の願いを叶えるために、女を殺めることを。
少年の決意の下に隠されたものは、誰も見抜けなかった。
長い時を過ごした女でさえも。いや、女は見抜いていたのかも知れない。
心の内に秘めた少年の真なる決意を。
二人にとって別れとなる最期の旅の果てに、少年と女は辿り着いた。
二人が初めて出会ったあの場所に。
女は軽くうなずくと両手を広げて待った。
少年が女を殺める時を。
少年は涙を流しながら力を奮った。すべての不老不死者たちを滅ぼした力を。
やがて、力の光は消え去るとそこには何も無かった。
女がいた痕跡が跡形も無かった。
愛した女の存在すべてを、少年は喪ったのだ。
少年の心には絶望が去来し根付いた。
女を喪った悲しみは一切の望みを退けたから。
少年は剣を手にした。腰に帯びていた一振りの短剣を。
少年は短剣を逆手に持った。胸当てすらも着けずに。
少年は一息に腕を引いた。短剣を自身の胸にめがけて。
少年は倒れた。胸から大量の――致命的な出血量の血を流して。
少年の秘めた決意は、自害して女の元にいくこと。
世界が女を拒むなら。
少年自身が世界から離れ、女と共にいればいい。
救世主の名誉などいらない。称号などもいらない。
ただ、愛した女とともになる未来だけが、少年の心の孤独を癒すのだから――。
《終》