未来を憂いて
これからの未来はどうなっていくのだろうか。
私はふと、そう思った。
未来のことは誰も知らないし、分かるものじゃない。
未来が視えたとしても、交通事故にあって怪我をする――良くて重傷、悪くて死亡なんてのが視えたら、臆病になって引きこもりになってしまう可能性がある。
人間は死にたくないと願いながらも、死んでしまう生き物だからだ。
それに、視えた未来に従うべきだという考えも、納得しない。
未来は常に移ろうものだ。流水のように形がない。
それを無理矢理に当てはめて従わせるのは、比喩になるが「酔っ払っている」ように見える。
心の中で思うだけにするけどね。
そういえば、と思い出したことがある。
有名なショートショートの作家の話に、機械がもたらした平和があったな。
争いを無くすために全人類を機械にすることで統一するというオチだった。
過度な合理的だが、ある意味では境地だと言える。
争いというのは奪い合いであり、平等性に反することだからだ。
その点、全人類の機械化は、純正オイルだけあり、他のものはいらない。
さらには、一定量で十分なため奪い合いすらもなくなる。
失うのは、人としての尊厳を含めた個性などだ。
カビを削ぎ落とすのに、良い身をすべて削ぎ切ったら、本末転倒となってしまう。
考えただけで馬鹿馬鹿しいったらありゃしない。
だから、そんな未来にならないためにも、気をつけなければならいんだ。
その前に、寿命が尽きて死んでしまったほうが良いのかも知れないな。
その前に事故に巻き込まれてか?
どちらにしても、未来はどうなるのか分からない。
良くなるのか。悪化の末路をいくのか。
まぁ、誰にも分かりはしないがね。
《終》




