恋人とのんびりしました。-2
「ただいま!!」
息を切らせながら、自宅のドアを吹っ飛ばす勢いで開ける。ご近所さん、すみません。
「待たせて悪い!途中で横断歩道渡れない婆さんとか、横断歩道渡れない猫とか、横断歩道渡れない鴨の親子がいて!!」
帰りが遅くなった理由を説明しながら、手洗いうがいをすませて恋人を抱き締める。小瓶だから少し抱きにくいが、まぁ気にするほどではない。
そんなことより、せっかくの休日に離れていたことがもったいねえ。
「あ、お前が好きなやつ、新作出てたからそっち借りてきた。あとはアクション映画とかそういうの」
離れていた時間を取り戻すように、つい早口で捲し立ててしまう。だって仕方ねえだろ、時間は戻ってこねえんだ。
恋人様と俺は、DVDの好みが異なる。
こいつはナントカっていう海外の劇団が好きで、有名な作品をアレンジして演じているものが好みらしい。この話をしているときの恋人様はきらきらしていて、途中から話そっちのけで楽しそうな様子や綺麗な声に夢中になった。
対して俺は、わかりやすいアクションやヒーローものが好きだ。見ていてワクワクするし、役者だけじゃなくて動きやBGMとかの演出が多様で面白い。
……とはいっても、こいつほどは好きではないし、DVD見てる恋人様を見てるほうが楽しいから結局はナントカっていう劇団のやつばっかり見てるけどな。
「じゃあ、かけるなー。あ、お前はここな」
DVDを機械にセットすると、俺は座布団を膝に乗せてその上に恋人の入った小瓶を置く。普段はこいつを後ろから抱き締める形をとるんだが、今の状態だとそれは難しい、重大な問題だ。あとで何か考えよう。
「お前、見えにくくないか?大丈夫?」
いつもより低い位置だから見えにくいかと思ったが、特に問題はないらしい。ちょっと返事が鈍かったから、多分もう見入る準備をしているんだな。
DVDが始まる前の、外の作品の告知を眺める。この段階で集中して見るとか、本当にこいつはナントカっていう劇団が好きでなんだな。
何かに集中してるこいつも可愛いな。
「ん?」
……と思っていたら、一瞬ビクッとした。恋人が。
「どうした?」
一端DVDを止めて、恋人を持ち上げて視線を合わせる。どこが目かよくわかんねえけど。
恋人様は、何かに怯えた様子で不安そうになっている。何があったかわからねえけど、落ち着いてほしいから抱き締めた。
「どうしたー?何かあったか?」
そう言うものの、今のこいつは話せないので原因を探す。DVDが原因なのは明らかだったから、止めた画面に視線を移した。
「あ?……人魚姫?」
その言葉に、恋人様が僅かに反応した。どうやら、これが原因らしい。
人魚姫って……人魚のお姫さんが王子を好きになって、人間になって、最後は確か……
「ああ」
そこまで考えて、合点がいった。
「大丈夫だって。お前はここにいるだろ?」
そう言いながら、抱き締める力を強くする。
人魚姫の最後って、確か人魚のお姫さんが泡になって海に帰る、だったはずだ。多分、そのことが今の自分と重なって不安を煽られたんだな。
……泡になって、不安になるな、っていうのは無理な話だと思う。でも、その不安は取り除いてやるから。安心してくれていい。
泡になっても、こいつは俺の隣にいてくれたんだ。何も心配することなんてない。
「俺の恋人だろ?俺の腕の中にいてくれたんだろ?……じゃあ、心配しなくていい。海になんて帰らねえよ。というか、帰すわけねえだろ?俺がどれだけ、お前のこと抱きしめていてえのか知ってんだろ?」
できるだけ優しい声で、言い聞かせるようにゆっくりと話す。
恋人様は、完全に不安が拭えたわけではないが、さっきよりは落ち着いたらしい。良かった。
……やっぱり、泡になったからか、些細なことに反応しちまうらしい。元々繊細なやつだから、仕方ねえけど。
だとすると、やっぱり四六時中俺の腕の中にいるのが一番だと思う。不安に思うなら、できるだけ側にいてやりたい。
俺の腕の中以上に安全なところなんてない、って思ってもらいたい。
「大丈夫か?DVD、見られる?」
否定を示されたらすぐに消そう。と思ったが、恋人様は肯定を示した。
俺は人魚姫の告知を飛ばして、DVDを再生した。
「ん、じゃあ再生するからな。……あ、あと見にくいかもしれねえけど、体勢変えるわ」
すぐに落ち着いてくれたあたり、ちょっと気になった、程度の不安だったみたいだ。
それでも、色んなことに過敏になっているこいつを腕の中から出すつもりはない。何とか恋人を抱きしめたままテレビを見られる体勢に移行する。というか、俺はこいつの反応ばっか見ててDVD見てねえから、こいつさえ見られればいいんじゃねえの?
「あ、この体勢なら見られるか?……わかった。じゃあ、これで」
恋人様の目の正確な位置がわからねえから、一々確認する。……俺の愛の力もまだまだか。
恋人様は無事DVDに集中し始めたらしく、俺はそんなこいつに集中する。
一時間くらいして、ちょっと集中力が切れてきたあたりで俺はふと気になることが浮かんだ。