ロビン・グッドフェローと金貨の袋
ある冬の朝のことでした。
何もすることがなかったロスコーの森のロビン・グッドフェローは、ふと、友達の様子でも見に行こう、と思い立ちました。
扉を開けると、昨夜まで降り続いていた激しい雪はやんでいました。森は、どこもかしこもすっかり雪におおわれ、久しぶりの陽射しをうけて、真っ白にかがやいていました。
ロビンが、雪の降りつもった小径をキュッ、キュッ、キュッと踏んでいくにつれて、彼の着ている枯れ葉と枯れ枝でできたコートがカサ、カサ、カサと音をたてました。
すこし歩いたところで、ロビンは、ふと立ち止まりました。かれは細い黒い小枝を編んでつくった大きな帽子をちょっと上げ、ほうきのような木々のむこうの澄みきった青空をちらっと見て、白い息を吐きながらひとりごとをいいました。
「さて、誰のところに行こうかな?」
かれはちょっとのあいだ考えて、またいいました。
「まあ、そんなに急いで考えることもないな。このまま歩いていけば、ぼくの足は自然に、ぼくがいちばん行きたいと思ってるところにぼくをつれてってくれるだろうから。」
そこで、ロビンは、また歩き始めました。
しばらくして、ロビンは、大熊のボロンの穴に向かう林のなかの小径を、キュッ、キュッ、キュッと雪を踏んで歩いていました。
「どうやら、ぼくの足は、ぼくをボロンのところにつれていく気らしいな。」
ロビンはいいました。
「うん、それは、なかなかいい考えだね。ぼく、今ちょうど、ボロンはどうしてるかなと思ってたところだから。」
雪はだんだん深くなり、ロビンがボロンの穴のすぐそばまでやってくるころには、ほとんど小高い丘のようになってかれのゆく道をふさいでいましたので、ロビンの足だけでは前進するのに追いつかなくなり、手まで応援にくわわって、冷たい雪をかきわけかきわけ、すこしずつ進まなければなりませんでした。
「こんな大雪じゃ、ボロンの穴は、すっかり埋まっちゃってるだろうな。」
いいながら、ロビンは、大きな雪のかたまりをわきへどけました。
「となると、ぼくは、ボロンの穴の入り口にたどりつくまでに、ずいぶん雪掘りをしなくちゃならない。」
いいながら、かれは、ふたつめの大きな雪のかたまりをわきへどけました。
「右手も左手も――足だって、なまけてはいられないよ。何にしたって、大仕事になる――」
いいながら、みっつめの大きな雪のかたまりをわきへどけたとき、
「おや。何だ、こりゃ?」
ロビンは、妙なものを発見しました。
真っ白な雪の上に、何か、茶色いものが落ちていたのです。ロビンは、手を伸ばしてそれを取り上げました。
それは、袋でした。なかに何かが入っていて、手にのせると、ずっしりと重い感じがしました。
ロビンは、袋のなかに何が入っているのか、知りたくなりました。かれは寒さでこわばった指で、袋の口をかたくしばってあったひもをほどきました。
すると、袋のなかからは、金色や銀色に光る、小さくて平らな、まるいものがたくさん出てきました。
ロビンは、そのうちのひとつ、一番大きくて一番きれいに光っている金色のやつを取り上げて、じっくりとながめました。かれには、それがいったいなんなのかわかりませんでした。その表面には、文字と数字が刻んでありましたが、かれはどちらも読めませんでした。
「きれいだな。」
ロビンはそれを陽射しにかざしてみながら、いいました。
「だけど、こりゃ、いったい何だい?」
そこへ、誰かの声がきこえました。
「あれ! ロビンじゃないか。」
ロビンがふりむくと、そこには、小さなきつねのバレリーがいました。
バレリーは、赤や橙の糸で編んだ、すてきな小さな手袋とマフラーをしていました。かれは、このすてきな手袋とマフラーを誰かにみせたくて、森のなかをうろうろしていたのですが、なにぶん寒さが厳しく、たいていの動物たちは自分の家に閉じこもっていましたので、誰にも会えずに、がっかりしていたところでした。しかし、もう帰ろうかと思ったそのとき、かれはロビンが立っているのをみつけ、嬉しくなって走ってきたのでした。
あんまり嬉しくなりすぎたので、慌てて、途中で転んでしまい、ふかふかした黄色の毛皮が、真っ白な雪まみれになってしまったくらいです。
「やあ、バレリー。」
ロビンは、思いがけず親友のひとりに出会えたので、嬉しそうにいいました。
「きみ、何してるんだい? それに、どうしてそんな真っ白になっているんだい?」
「いや、なに、ちょっとね、ただの散歩さ。歩いていたら、木の枝から、雪が落ちてきてね。まったく、まいったよ。」
バレリーはいいながら、わざとらしく顔をしかめて、ふさふさのしっぽで、頭や肩や背中の雪を払い落としました。
それから、かれはちらちらとロビンのほうをみながら、エヘンと咳払いをし、手袋をはめ直し、マフラーをまき直しました。
ロビンが、バレリーにききました。
「その手袋とマフラー、どうしたんだい?」
バレリーは、そうきかれて、心のなかではとても嬉しかったのですが、できるだけ何でもなさそうな顔で、
「ああ、これね。」
といいました。
「川向こうの森のはずれのさ、崖の上の小屋にすんでる、人間の女の子がいるだろ。あの、ええと、何て名前だったっけね。ええと――」
「オニユリ?」
「ああ、そうそう。その子に、赤と橙の糸をもらってね、自分で編んだんだ。」
「とても似合ってるよ。色もとてもきれいだ。」
ロビンが、バレリーがそうしてくれればいいと思っていたとおり、とても感心してほめてくれたので、バレリーはすっかり嬉しくなってしまいました。
「そうだろ? 傑作なんだ。ま、もともと、手先は器用なほうだからね。ところでロビン、きみの持ってるそれは、いったい何だい?」
「ああ、これ。」
ロビンは、自分がまだ、あの袋を持ったままだったことを思い出しました。
「ついさっき、ここで拾ったんだ。なかに、こんなものがいっぱい入ってるんだ。きみ、これ、何だと思う?」
ロビンは、あの小さくて平らで、まるくて光っているものをバレリーに手渡しました。
バレリーは、すいぶん長いこと、黙ったまま、それを見つめていました。
それから、何度もそれをひっくり返し、用心深く噛みついてみて、それからまたじっとにらみ――やがてかれは、重々しくいいました。
「わかったぞ。ロビン、こいつは、おかねというものだよ。」
「おかね? そりゃ、何だい?」
「うん、おかねというものは――」
得意げに説明しかけて、バレリーは、自分も実は、おかねについてあまりよく知らないのだということを思い出しました。しかし、知らない、とはいいたくなかったので、かれは前にどこかできいた言葉を、そのままロビンにいいました。
「つまりだね、ロビン。これさえあれば、何でもできるのさ。」
「何でも?」
ロビンは、驚いていいました。
「じゃあ、ボロンの穴の入り口をふさいじゃってる、この雪の山をどかすこともできるのかな。」
「さあ――」
バレリーは、あまり自信なさそうにいいました。かれには、そのおかねをどうやってつかえば、大きな雪の山をどかすことができるのか、まったくわからなかったのです。
「そりゃ、もちろん、やろうと思えば――もし、やろうと思えば、だが――できるだろ。でも、ボロンの穴の入り口を掘り出すくらいのことなら、ぼくときみの二人でも何とかなる。さあ、掘ろう。」
そこで、ふたりは掘りました。
そして、ふたりの手がすっかり冷たくなったころ――バレリーは、せっかくの傑作が濡れるのがいやで、手袋を外していたのです――、ふたりの前に、ようやく、ボロンの穴の入り口があらわれました。
入り口には、頑丈そうな黒い木の扉が立てかけてあって、上のほうには熊語で《ボロンの穴》とひっかいた表札が打ちつけてあり、横のほうには、来客用の呼び鈴のひもがさがっていました。
ふたりはかわるがわるひもを引っ張って、呼び鈴を鳴らしました。
しかし、いつまでたっても、返事はきこえてきませんでした。
そこで、ふたりはもう一度、呼び鈴を鳴らしました。
「こんにちは! ボロン、いますか?」
すると、扉のむこうから、なんだかノソノソいう音がきこえ、それから大きなあくびの音がきこえ、
「うう、ねむい。この騒ぎは、こりゃ、いったい、何事だ?」
といううめき声がきこえ、それから、
「どなたかな?」
という返事がきこえました。
「ぼくたちです。」
と、バレリーがいいました。
「ロビンとバレリーです。」
と、ロビンはいいました。
「おお、そうか。まあ、お入り。」
と、ボロンが、扉の向こうからいいました。
そこでふたりは、扉を開けて、ボロンの家に入りました。
ボロンは、暗くて暖かい部屋のいっとう奥の、特別居心地のいい隅っこにうずくまっていました。かれは、ひとが良さそうな顔にいっぱいに笑いを浮かべて、お客さんにあいさつしようと口を開けました。
しかし、そこから飛び出したのは、特大のあくびでした。
「ふわあああああああ。――やあ、失礼。ロビン、それに、バレリー。久しぶりに、きみたちの顔をみられて、嬉しいよ。わたしが冬眠に入って、もう、ふた月にもなるかねえ。」
ふわふわした声でそういって、ボロンは、また大きなあくびをしました。
ロビンとバレリーは、顔をみあわせました。ロビンは、申しわけなさそうにいいました。
「ええと――ぼくたち、ちょっと、きみがどうしてるかなと思って、寄ってみたんだけど、どうやら、きみの冬眠をじゃましちゃったみたいだね。ごめんなさい。」
「いやあ、じゃまだなんて。そんなことはないよ。」
ボロンは、とろんとした目をしていいました。
「わたしは、ちょうど、夢のなかで、誰かと、ちょっとおしゃべりでもしたいなあ、なんて、思っていたところだったんだ。外のようすは、どうだい。まだ、雪が、ずんずん、ずんずん、降っているかい?」
「ああ、そりゃもう、ずんずん、ずんずん降っているよ。昨日なんか、特にひどかった。まあ、今のところは、ちょうど降りやんでいるんだけどね。どこもかしこも、真っ白だ。」
と、バレリーが答えました。
「そうかい。そうかい。」
ボロンは、ゆっくりとうなずいて、いいました。
「きみたちは、いいねえ。冬でも元気に、走り回っていられるんだから。わたしは、冬になると、どうもいけなくてねえ。自然と、ひどく眠くなってしまうんだよ。ほんとは、表に出て、みんなと遊びたいんだがねえ、まぶたが、こう、どうにもこうにも、重くなって……」
いっているうちに、ボロンのまぶたは、すうっと下がってきました。
「ああ……いけない……また寝てしまいそうだ……きみたちと、もっと、話がしたいのにねえ……うう……この眠気さえ、なんとかできたらなあ……」
ボロンの言葉をきいているうちに、ロビンは、
「あっ。」
と、いいことを思いつきました。
かれは、持っていた袋をいそいで開けて、ボロンに、おかねを差し出しました。
「ボロン、これ、きみにあげるよ。外に落ちてたんだ。これをつかえば、何でもできるんだって。きっと、眠気を追い払うこともできるよ。」
「おーお……」
ボロンは、もう半分以上閉じてしまった目で、いっしょうけんめい、おかねを見つめました。
「そりゃあ……すごいなあ……でも……それ……どうやって……つかえば……眠くなくなるんだい……?」
きかれたロビンは、困って、バレリーをみました。バレリーは、あわてて、首を傾げました。
そして、しばらく顔をみあわせていたふたりが、もう一度、ボロンのほうをみたとき、ボロンは、もう、目をつぶって、ぐっすりと眠り込んでしまっていたのです。
ロビンとバレリーは、小さな声でボロンにさよならをいうと、そうっと扉を開けて外に出て、そうっと扉を閉めました。
ふたりは、雪の小径を、ならんでキュッ、キュッ、キュッと歩いていきました。
しばらくして、ロビンが、歩きながらいいました。
「ねえ、バレリー。この、おかねってやつがあれば、何でもできるんだよね。たとえば、ぼくが何かしたいと思ったら、その望みが、全部かなうのかな。」
「うん、まあ、たぶん。つかいかたさえわかればね。」
と、バレリーは答えました。
ロビンはいいました。
「そこなんだ。ぼくには、これのつかいかたがわからない。それにぼく、考えてみたけど、別に、今してることのほかに、したいことなんてないや。だから、これ、ぼくが持っててもしかたがない。バレリー、これ、いるかい?」
「――いいや。」
バレリーは、少し考えてから、首を振りました。
実のところ、かれには、したいことがいくつもあったのです。たとえば、かれは、きれいで優しい、しっかりもののきつねのおじょうさんと結婚したいなあと、いつも思っているのでした。ほんとに、そんなおじょうさんが自分を好きになってくれたら、どんなに嬉しいでしょう。
しかし、この、おかねというやつを、いったいどのようにつかったら、きれいで優しい、しっかりもののきつねのおじょうさんが自分を好きになってくれるのか、かれには、見当もつきませんでした。つかいかたのわからないものを持っていても、じゃまになるばかりです。
ロビンとバレリーは、あれこれ相談したすえに、こうすることに決めました。
「ぼくたち、どっちも、これがいらないんだから、これ、ぼくたちが持っていてもしかたがない。だから、ぼくたち、誰か、これがいるってひとを探して、そのひとに、これ、あげることにしよう。」
こうして、ロビンとバレリーは、雪深い森のなかをつれだって歩きはじめました。
ロビンもバレリーも、別段、心当たりがあるわけではないので、道を選ぶのは足まかせです。ときにはまっすぐ、ときには曲がり、ときには、わざわざ特別に雪深いところを通ってみたり、岸に氷の張った小さな川を飛び越えてみたり……
こうして、気がつくと、ふたりは、灰色オオカミのサナおばさんが住んでいる洞穴の近くまでやってきていました。
灰色オオカミのサナおばさんは、五つ子の赤ん坊と暮らしている、とても気難しいおばさんです。いつでも何かに文句をいっていますが、悪いひとではありません。
ロビンとバレリーは、洞穴に向かって歩いてゆきました。
洞穴のなかからは、赤ん坊たちのむずかる声と、おばさんの怒った声とが一緒になって、ここまで聞こえてきていました。
「また、五つ子たちが、ご機嫌ななめなんだな。」
バレリーが呟きました。
「だから、サナおばさんも、ご機嫌ななめなんだ。今たずねるのは、あまりうまくないかもしれないぞ。」
でも、バレリーがそういったときには、ロビンは、もう洞穴の入り口に立って、こう声をかけていたのです。
「こんにちは、サナおばさん。ロビンとバレリーですけど。」
洞穴のなかから、ごそごそと音がしたと思うと、サナおばさんが、ぬっと顔を出しました。ふたりは、声をそろえていいました。
「こんにちは。」
「はい、こんにちは。」
サナおばさんは、あいそよく笑っていいましたが、その声は、顔ほどには笑っていないようでした。
そのとき、むずかっていた赤ん坊のひとりが、とうとう、声をあげて泣きだしました。すると、たちまち他の子も、同じように泣きわめきはじめ、せまい洞穴は、わあん! わあん! わあん! という泣き声であふれ返りました。
「ああ、まただ! せっかく泣きやんだと思ったのに。」
サナおばさんは、ロビンとバレリーを放ったらかして、子どもたちのほうに駆け戻りました。そして、こわい顔をして、子どもたちをしかりつけました。
「こらっ、泣くんじゃない! あんたたちは、強い灰色オオカミの子どもなんだよ。灰色オオカミってものはねえ、どんなときも、泣いたりしちゃいけないんだ。泣くな! あんまりぴいぴいうるさいと、雪のなかに放り出すよ。」
でも、ききめはありません。子どもたちの泣きかたは、ますますひどくなるばかりです。
「ああ、もう! ああ、もう! この子たちときたら、毎日、毎日、この調子だ。まったく、あたしゃ、神経の休まるひまがないよ!」
ロビンとバレリーは、顔をみあわせました。
「あの、おばさん。これ……」
ロビンは、おずおずと、おかねを差し出しました。
「何だい、そりゃ。」
おばさんは、とげとげした声でいいました。
「ええと、これ、あなたの役に立つんじゃないかと思って……これがあれば、なんでもできるんだって……」
「へえ。」
おばさんは、ばかにしたように鼻を鳴らしました。
「じゃあ、今、それをつかってみせとくれ。この子たちを、今すぐに、泣きやませておくれよ。」
ロビンは、困って、バレリーをみました。バレリーはあわてて、ぶるぶると首を振りました。
ふたりが困っているうちに、子どもたちは、ひときわ大きな声をあわせて、わあん! わあん! わあん! とやりはじめました。
わあん! わあん! わあん!
泣き声は、どんどん、どんどん大きくなって、ついに、洞穴全体が、びりびりと揺れはじめました。とうとうおばさんが、ロビンとバレリーにむかって怒鳴りました。
「さあ、帰っておくれ! その役に立たないぴかぴかも一緒に、今すぐ! あんたたちの相手をしているひまはないんだ。出てっておくれ。さあ、出てっておくれよ!」
おばさんは、ふたりを洞穴の外に押し出すと、大あわてで、子どもたちのほうへ駆け戻っていきました。おばさんの怒った声と、子どもたちの泣き声の大合唱に送られて、ふたりは洞穴をあとにしました。
ロビンは、てのひらにのせたおかねを見つめながら、途方にくれていいました。
「困ったなあ。これ、だれにあげたらいいだろう?」
そうして、ふたりが、ちょっとしたがけのそばを通りかかったとき、突然、横手から、しゅっしゅっという声がかかりました。
「よう。おふたりさん。この寒いのに、そろって、どこへ行くんだい。」
ロビンとバレリーは、びっくりして、そっちを見ました。
ふたりのすぐそばのがけの斜面に、ちょうど木の枝が屋根がわりになって、雪が積もっていないところがありました。そして、黒い土に開いた穴から顔を出して、ふたりを眺めていたのは、ヘビのラームーンでした。
かれは、ロビンを縦に三人ならべたよりもからだが長い大ヘビで、ロスコーの森のヘビたちをおさめる王でした。
がけの穴が、かれの宮殿で、うわさによれば、もっとも奥まった部屋には、たくさんの小さな生き物たちの骨でできた王座がすえつけられているということでした。かれは冬がくると、いつも、この穴で眠りにつくのです。今日はめずらしく、目を覚まして、姿をあらわしたのでした。
「こんにちは、ラームーン。今日は雪がやんで、よかったですね。」
ロビンは、礼儀正しく帽子をとってあいさつしてから、ところで、と前置きをして、両手でおかねを差し出しました。
「あなた、これ、いりませんか?」
「何だ、そりゃ。」
「これは、おかねというものなんです。これがあれば、なんでもできるんですって。」
ロビンがいうと、ラームーンは、
「ほーう、そりゃ、すばらしい。」
と、大きな口を開けて笑いました。
「それなら、おれは、この寒さを追い払うぞ。春をつれてくるぞ。おれは、こんな冷たい湿ったところで眠るのはもうあきた。おれは、金色の光の射す暖かい地面の上をにょろにょろ這い回りたい。それから、草深いしげみにのんびりと横たわり、まるまるふとったノネズミやノウサギをぺろりとやりたいんだ。さあ、どうやったら、春をつれてこられる? それのつかいかたを教えてくれ。」
ロビンは、すっかり困ってしまって、小さな声でいいました。
「ごめんなさい。どうやったらそうできるのか、ぼくたち、わからないんです。」
ラームーンは、しゅっしゅっしゅっと音をたてて、首を左右に揺らしました。
「じゃあ、おれの役には立たんな。まあ、みろよ、そんなものより、おれの金色の目玉のほうがずっと美しいぞ。なあ?」
ラームーンは、するっするっと舌を出し入れしながら、虎目石のようなつややかな目を、ぱちっぱちっとまたたかせました。
「うん、そうですね。」
「実にね、うん。」
ロビンとバレリーは、用心深くあとずさり、ラームーンの目をまっすぐに見ないように気をつけながらいいました。巨大なヘビが、その目で相手をかなしばりにして飲みこんでしまうという話は有名ですからね。
こうして、ロビンとバレリーは、ラームーンとわかれました。
ロビンは、きらきら光るおかねを袋にもどしながら、いよいよ途方にくれていいました。
「困ったなあ。誰か、ぜひともこれがいるってひとが、出てきてくれないかなあ。」
進むうちに、ふたりは、針葉樹の林の近くまできました。ロスコーの森の木々のうち、ここのものだけは、冬の今でも、緑の葉を残していました。
「おや、あそこに、誰かいるぞ。」
と、バレリーがいいました。
ほんとうです。針葉樹の林のふちに、ひとりの人間の男が立っていました。帽子をかぶり、コートを着こんだ、ずいぶん大きな男でした。かれは、ロビンたちに気がついていました。
「やあ、こんにちは。」
ロビンとバレリーがそちらに近づいていくと、男は、帽子をちょっと取ってあいさつしました。ロビンも、枯れ枝でつくった大きな帽子を持ち上げて、礼儀正しく会釈をしました。
ちょっとのあいだ、しんとなりました。
「きみ、ひとりかい? こんなところで、何をしてるんだい?」
しばらくして、男は、ロビンにむかってあいそうよくいいましたが、その声には、どこか妙な調子がありました。
ロビンがだまっていると、男は、ロビンが手に持っている袋に目をやって、いいました。
「それは、財布だね。きみのかな。」
ロビンは、だまったまま、首を横に振りました。
「じゃあ、拾ったのかな?」
ロビンは、うなずきました。
すると、男は、大げさに両腕を広げていいました。
「そうか。じゃあ、落としたひとは、きっと困っているだろう。財布みたいな大事なものを拾ったときは、ちゃんとしたところに、届け出ないとね。でも、きみみたいな小さい子には、そういうことは、むずかしいだろう。だから、おじさんが、かわりに届けてあげるよ。さあ。」
男は、大きな手を、ロビンのほうに差し出しました。でも、目は、ロビンを見ていません。ロビンの手のなかの袋ばかりを、じっと見つめています。
男の目つきには、声と同じで、どこか、おかしなところがありました。ロビンは、袋をにぎって、だまったまま、男をじっと見つめました。
男は、いらいらしたように、少し早口になっていいました。
「おじさんが、きみのかわりに届けてあげるというんだ。さあ、それを渡しなさい。」
ずいっと男の手が突き出されたので、ロビンは、思わず飛び下がりました。
すると、男の態度がてのひらを返したように変わりました。男は、目をつりあげて、いきなりロビンをどなりつけました。
「そうか、わかったぞ。さては、おまえ、ねこばばする気だな。どろぼう小僧め。警察にいうぞ。」
どなられても、ロビンは、じっと突っ立っているだけでした。何を言われているのかさっぱりわからず、頭がすっかり混乱してしまったのです。ロビンは、ぎらぎら光っている男の目を、ただ見返していました。
男は、これにカッとなって、
「この小僧。さっさと、金を渡せっ。」
と叫びながら、ロビンにとびかかりました。
あやういところで、ロビンは我に返り、さっと身をかわしました。男は、腕を空振りして、雪の積もった地面に、頭から突っ込みました。
「ロビン! 走れ、走れ!」
ロビンのコートの肩に、ぱっとバレリーがとびのり、キイキイ声でわめきました。
ロビンは、慌てて走りだしました。男は、すぐに起きあがって、ものもいわずに追いかけてきました。
ロビンは、針葉樹の林のなかに飛びこみ、むちゃくちゃに走りました。重なり合った葉が屋根のかわりになって、林のなかは暗く、地面のところどころには黒い土がむき出しになっていました。
バレリーは、ロビンの肩にしっかりとしがみつき、ときどき振り返っては、男がしつこくついてきているのを見て、恐怖の叫びをあげました。
ロビンは、だんだん疲れてきましたが、追いつかれるのがこわくて必死に走り続けました。
突然、ぱっと明るいところに出ました。林のなかの、ひらけた場所に出たのです。
そのとたんに、ロビンは転びました。積もった雪に足をとられたのです。
倒れたひょうしに、ロビンの手から、袋がすっぽ抜けて飛び出しました。
握って走っているうちに、ひもがゆるんでいたのでしょう、袋の口から、ばらばらっとおかねがこぼれおちて、真っ白な雪の上に散らばりました。
男が、走って追いついてきました。男は、倒れているロビンとバレリーには目もくれずに、散らばったおかねに飛びつき、あたりの雪ごとかき集めて、自分のポケットに入れようとしました。
そのときでした。
遠くから、ざああああっという音、そして、甲高い無数の鳴き声がきこえてきたのです。
最初はごくかすかだったその音は、たちまち近づいてきて、耳がおかしくなるほどやかましくなり、ついにロビンたちの真上にさしかかりました。
それは、空を真っ黒にうずめつくすほど大勢のからすたちでした。
「なんだあっ?」
男が、仰天して叫びました。
からすたちは、歌をうたっていました。歌いかたはてんでばらばら、でたらめですが、歌詞はひとつでした。男の耳には、それはただの金切り声にしかきこえませんでしたが、ロビンには、なんと言っているのかがわかりました。
からすは、光るの、だあい好き。
ぴかぴか、きらきら、おれのもの。
からすたちは、いっせいに男にとびかかりました。男は、からすたちに蹴られ、つつかれて悲鳴をあげました。その手から、ばらばらとおかねが落ちて雪の上に散らばりました。
からすたちは、散らばったおかねを足で器用につかみとり、喜びの声をあげながら飛びあがりました。
「おれのもの。おれのもの。」
と歌いながら、からすたちは、ざあっと飛び去っていきました。あとには、一枚のおかねも残りませんでした。男は、こぶしを振りまわし、きたない言葉をわめきちらしながら、からすたちを追って、森の奥へ駆け込んでいきました。
そして、それ以来、誰も、その男の姿を見ることはなかったのです。
「驚いたなあ。」
辺りがすっかり静かになってから、ロビンの肩からそろそろとからだをはなして、バレリーがいいました。
「うん。」
ロビンは、しばらくたってから、やっとうなずきました。
かれは、ゆっくりとからだを起こしました。そうして立ちあがったとき、すこし離れた雪の上に何かが落ちているのに気がつきました。それは、さっきまでおかねが入っていた、今はもう空っぽになった袋でした。
ロビンは歩いていって、袋を拾い上げました。それから、辺りをみまわし、そばに生えている木の根元に、狭い裂け目があるのを見つけました。
かれはその木に近寄って、根元にひざをつきました。そして、袋を裂け目のなか深くに押しこんで、雪でふたをし、誰の目にも触れないようにしました。
ロビンが立ち上がると、バレリーがいいました。
「ねえ、どうだい、ロビン。ぼくのうちに寄って、熱いお茶でも飲んでいかないか。」
「うん。」
ロビンはうなずきました。
ふたりは、並んで歩き出しました。
「ねえ。」
と、しばらくしてから、ロビンがいいました。
「うん、なんだい?」
「ぼくたち、はじめに、からすたちのところに行けばよかったね。」
バレリーはうなずきました。
「そうだね。」
そして、ふたりは、丘のふもとのバレリーの家に行き、ふたりで、熱いお茶を飲みました。
【終】