序章 〜OITACHI〜
何処とも知れぬ世界における、何時とも知れぬ話である。
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「最近わかってきたんだがな。──どうやら剣とは。
剣とは己であり──己とは剣であるようだ──。」
声の漏れ出ずるは、陽光射込む山深き道場からであった。
──呟いたのは齢八十を数える、年経た老爺であった。
コシ無く細い白髪。水枯れた渓谷の如く深く刻まれた皺。
しかし背筋は屹立し、泰然たる様は大樹を思わせた。
またその眼差しは静謐ながら一分の隙も見当たらない。
老爺の名は「舵間 鶯伝」。
かつて「剣聖」と世にうたわれた達人であった。
──向かいに座して、呟きを聞くのは少年であった。
所々で跳ねる艶やかな黒髪は鶯伝と対を成してはいたが、
涼しげながら愛嬌のある目元は年の差なく瓜二つである。
鶯伝の言を受け、口を閉ざしたままであった少年は
遠くを見遣り目を細め、両手を床につき頭を垂れ、叫ぶ。
「ああージジィボケたーついにボケたーっ!金属とかー!己を無機物というぅー!そのうち街中徘徊してご近隣に迷惑をかけるーさらには俺を若かりしババァと勘違いしてジジィドゥザハッソゥ!ジジィ!ドゥザ!ハッソゥ!あーもー俺貞操の危機かー!ジジィ胡乱ぞー!うろんうろーん!おいらウロンさんせぶふぅ!」
──波濤の如き木剣の一撃が頭に炸裂するのであった。
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「おー痛え。前途洋々たる若人にボケという名の絶望と棒切れの一撃ぶちかますたぁどういう了見だジジィ?」
「うるせえボケてんのは手前ェだこのクソガキ。人が師匠らしい御高説垂れてりゃなんだドゥザハッソゥとか。」
「とぼけてんじゃねえよぅジジィ!里降りちゃあ若ぇ娘の尻っぺた追いかけ回してるじゃねえかジジィ!ボケはボケでも色惚けだこのジジィ!おうこらジジィ!ジジィ!」
「ジージー繰り返すんじゃねえよ馬鹿孫が。剣の極意だぞ?語ってやってんだからちったぁ神妙に聞けよ。」
「ぬ?あー極意かーじゃあしょうがねえなあ……。……折角なあ……。」
「なんじゃい?」
「桶屋の娘のクソエロい噂聞きつけたんだけどよ。」
「マジで!?」
「これから確かめに行こうと思ったんだんだが極意じゃしょうがねえ。後回しだ。」
「バッカモーン!機を逃して何の武人ぞ!器量良しの桶屋の娘情報とかマジ戦!~IKUSA~ぞ!」
「んじゃ行くか?」
「行く行くー!」
────割とフランクでお達者なお爺ちゃんであった。
†
「──要するにだ。『剣我一如』ってな。気剣体、修むれば修むる程、剣と体の境目があやふやになってくるんだ。」
「…………あやふやとかやっぱジジィボケたんじゃねえか。」
「だからそうじゃねえってんだよったく。いいか?まず剣てなぁ人ぶった切る為のモンだ。そりゃあわかるよな?」
「当たり前だろうがよ。高枝切るためのハサミ抱えて戦場行くかジジィ。」
「茶化すんじゃねえよ。けどよ。ただその辺に剣が転がってるだけで使わなかったら高枝切りとも変わらねえんじゃねえか?」
「ん?おお、まあなぁ。振り回してなんぼだろうな。」
「おうよ。振り回す俺たちがいなきゃあ切ることはできねえ。つう事はだ。大事なのは『切る』という意思と行為にある。」
「んー……わかるようなわかんねえような…………。」
「まあ最後まで聞けや。『切る』のは剣、『切る』とは行い、『切る』という意思をもって『切る』は己じゃ。
意志によりて繋がれし己と剣、境取り払ひて臨むれば人器分かつに及ばず、ただ只管に行ふは武なりと、まあそういう訳だ。」
「ああーん?…………あー……。あーダメだ。わかんなくなっちまった。」
「まあ、今はそれでいいよ。だが今の言葉、心に留めとけよ?──『剣と己はひとつ』。道は険しいぞヒヨっ子。」
「なめんじゃねえよ。そのケンガーイチニョとやらになりゃあいいんだろ?やってやるぜジジィ。」
「師匠と呼べってんだよ。洟っ垂れが。」
悪態はつきあえど互いに笑みが浮かんでいた。
──師と弟子、祖父と孫。心休まる一幕であった。
「っておっほーう!あの娘マジでこの時間に必ず行水するんじゃな!?ドゥザハッソゥ!ドゥザハッソゥ!」
「なー迂闊だよなあ。木塀に囲まれてるったって剣でほじくりゃあ文字通り筒抜けだぜ?戦場だったら命もアブねえよっほーう!?そんなとこまで洗っちゃうのかよぅ!?アプサイダン!アプサイダーぶふぅ!」
──塀をぶち抜いた桶屋の娘の一撃が炸裂するのであった。
この若干頭が緩めの少年、名を「舵間 路岐」という。
後に「剣鬼」「殲刃」「斬波」「裂空」「狂鳳」「瞋龍」「音抜」「麒麟児」「刀外道」「修羅薙」「断頭燕」「影不知」「霧切主」「陣中縛鎖」「迅雷夜叉」「血煙神楽」「千手不動」「首狩疾風」「突貫独漢」「蛮勇隠力」「無双猛道」「疫災天狗」「呑計金剛」「豪放無礼久」「侍衛台」「砕矢尽」「背牙得」「乱紅蓮」「着駒能吏守」「力也」「轟嵐俄」「月路盟多」「砲躯倒真剣」「無墓名」「猪鹿鷲馬舵間獣吼」「荒野の酔人暴」「なんとなくクリティカル」「悪魔が来たりてクリティカル」「戦場のベリークリティカル」「合戦場名物」「恋する停戦要求」「歩く終戦のお知らせ」「ブッツメ(武の頂昇り詰めし者の略)」「ヒルメシ(比類なき武の器修めし者の略)」「チーカマ(チート相手とかマジ聞いてないしの略)」「エロスの泉」「セクハランドエロクトリカルパレード」「アレの孫はアレ」「すごく強い」「他にも色々ある」「場合によっては増えるかもしれない」「順不同」──などと呼ばれ世の畏怖を浴び続けた────剣の申し子である。
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