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変わらぬ想いは呪いのようで。

作者: 白春




柔らかな笑みを浮かべたあなたが、言い聞かせるように私に言う。


「シルヴィにはみんながいるだろう?でも、ルル、ルルリアはひとりぼっちだ」

「私はただ、彼女の助けになりたいだけなんだ。シルヴィ、分かってくれるだろう?」

「愛しているのは君だけだとも。信じて待っていてれるな?」

「シルヴィにはみんながついているから、大丈夫だよ」


私はそれを聞いて、そっと微笑むのだ。

その笑みを見てあなたは満足して頷いた。

そしてどこかに、いいえ、彼女のもとへと行ってしまうあなたは気づかなかった。

私の笑みが強張っていることにも。私の手がぎゅうっと握りしめられ震えていることにも。





何度、あと何度同じ言葉を聞けば許してくれるのだろう。

ねえ、あと何度私が捨てられれば終りにできるの?

もう嫌だ、嫌だと思うのに、どうして私はあなたを嫌いに慣れないの。






言われて嬉しかった言葉がすべて違った意味に聞こえるようになったのは一体いつからだったか。




*



一度目の私は、盲目的にあなたを信じていた。

愛してる、待っていてくれと言われれば、その通り信じて待てるくらい。


ルイは可哀想なルルリアさんを慰めているだけだわ。昔からとても優しいかったもの。

二人が一緒にランチを食べようと、放課後に出掛けようと疑ったことはない。

ルルリアさんはこの学園の中では居心地が悪いでしょうから。

彼女に関係がないとは言え、彼女の父が国王暗殺を謀り殺されたことは事実。赤ん坊だった彼女は陛下の恩情により助けられ、孤児院に預けられた。そのまま庶民として暮らしていれば平和に過ごせただろうに何の因果か彼女はこの学園に入学してきてしまった。貴族の子供が通う、この学園に。

ただの優秀な庶民が入学してくることはままあるが、ルルリアさんは反逆者の娘であり庶民に落とされた者だ。

普通の感覚を持つ貴族や庶民は彼女に関わろうとはしない。

少し選民意識が高くなれば、彼女は貴族の面汚しとしてひどく目につく存在になるだろう。

事実彼女はこの学園でひとりぼっちだ。迫害されていると言ってもいいかもしれない。

ルルリアさんを救うには、学園内で力を持つ方が彼女の味方になるしかなかった。

そして、それがルイだっただけのこと。

私ではルルリアさんを救えない。だって私のお父様とお母様がそれを許さない。

それに否を唱える権利が私には与えられていなかった。

密かにルルリアさんを心配していた私は、ルイが彼女の味方になったことに安堵していたのだ。


あの頃の私は純粋で、真っすぐで、ただただ愚かだった。

だから、ルイとルルリアさんがお互いを抱きしめ、そうして離れがたそうに腕をほどいていくのを見たときになって私はようやく悟ったのだ。

ルイは、彼女を愛していると。

私の知らない顔をした彼がそこにいた。そんな熱の籠った瞳を私に向けたことはあっただろうか。

一瞬、ルイによく似た違う人なんじゃないかと思ってしまうくらい、私の知らない彼だった。

そんな子供みたいに嬉しそうに笑う人だっただろうか。

そう考えて、気づく。

彼に最後に名前を呼ばれたのはいつだっただろう。

シルヴィ、と。落ち着いた低いその声で。


瞳が熱くなって、こらえきれない滴がこぼれた。

二人に気づかれないよう、こんな惨めな私に気づかれないよう必死で息を殺した。

のどの奥がきゅうきゅう絞まって、焼けるように熱い。

ドレスが汚れることも気にせずにうずくまって顔を両手で覆った。

嘘よ、嘘よ、嘘よ!

だって、だってルイは私の、私の!婚約者でしょう!

愛してるのに。こんなに愛してるのに。

ルイも私を愛してくれていると思っていた。そう信じていた。

だって、愛してるって!私を愛してるって言ってたじゃない!


今まで二人で想いを積み重ねてきたと思っていたのは、私だけ?

将来を夢見ていたのは、私だけ?

愛していたのは。



もし心に実態があったら、私の心はズタズタだっただろう。

私としての矜持が、ようやく心を心としての形に保たせていてくれるだけの。




すべてを知った私は、何も知らないふりをした。

今まで通り、彼を盲目的に信頼しているふり。

ルイは私の婚約者だ。よほどの理由がない限り、それを覆すことなど出来ないのだから。

たとえルイが彼女を囲ったとしても。彼の隣に立つのは私なのだから。


私は何もしなかった。

ルルリアさんを苛めることも、ルイを問い詰めることも。

そんなこと、出来なかった。

ただ笑って過ごした。


そうして私は予定通りルイの妻になって。

ルイはルルリアさんを愛した。

その事実を知った私のお父様とお母様は、ルイではなく私を許さなかった。

反逆者の娘に劣るなど、そんな存在は我が家にはいない。二度とシュリーヅルト家の領土に入ることは許さない。恥を知れ、と。

彼らにとって、私はただの駒でしかなかった。

学園で友達だった少女たちは、実権を持たない私を相手にしなくなった。

家での居場所などあるはずもなかった。

家に寄り付かない夫。それがすべてを語っていた。


私が悪かったのだろうか。私が事実を知らないふりをして、ルイの望まぬ結婚をしたから。

でも、それでもルイを愛しているから。愛しくてどうしようもないから。

家の中でルイと会った時に、笑いかけてくれるのが唯一の救いだった。

それがたとえ作り笑いだとしても。



いつものように家の中でじっとしていると、ルイが夕方前に帰ってきた。

そんなことはもうずっとなかったから、私はもしかしたらルイが私の方を見てくれるのではないかと愚かしくも期待した、してしまった。

笑顔で彼を迎えると、そこには怒りをたたえた彼がいて。そして衛兵の方たち。

「お前には失望した」

そう絞り出すように言い捨て、連れていけと衛兵に命じた。

私は何が何だか分からなくて、どうして衛兵に連行されるのか想像もつかなくて。

怖くて、でも泣いたらルイが私を軽蔑したような目で見ることはなぜか想像できたから、必死でこらえた。

涙をこらえることは得意だから。

牢屋に連れていかれ、告げられた罪状は王太子暗殺未遂。ルルリアさんと一緒にいた王太子を毒殺しようとした、と聞かされた。

身に覚えがないと言っても、誰も聞いてくれない。

ルイがいつか来てくれると思っても、彼は二度と私の前に姿を現さなかった。


一人だ。私は独りぼっちだ。

私の言うことなんて、もはや価値を持たないのだ。

私の存在に価値なんてない。

思えばきっと最初から、独りぼっちなのは私の方だった。




生まれてから、首を切られるこの瞬間まで。




*




その日から、私は同じ時間を繰り返す。

私がどう行動しようとも、彼は何度も同じ言葉をはいた。



ねえ、私のまわりのみんなって誰。

誰もいないわ、そんな人。


ねえ、愛してるっていうとき、シルヴィとは言ってくれなかったのね。


気づけば、そんな簡単なこと。

あなたは少しも私を愛してなんかいなかった。





それでもあなたを愛してる。

何度裏切られようと。



あなたが、お母様に叱られ泣き出した私の手を握りしめ、慰めてくれたその日。

私の冷え切った手は暖かくなって。

あなたが私を小さなレディとして扱ってくれたその日から。

私は私として呼吸できるようになった。


あなたを愛しているから。

幸せな思い出がある限り、あなたを嫌いになんてなれないの。


嫌いになれたら、きっと私の呼吸は楽になるのに。

分かっている。分かっているけど。






愛してる。愛してる。愛してる。愛してるから。

あなたの帰りを今日も待つわ。







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