第7話 魔法を使おう
地下の隔離実験室の修繕に思いのほか時間が掛かり、三ヶ月ほど経ってようやく完了した。時間の掛かった理由は、大穴開けた壁面だけでなく隔離実験室全体の修繕になった事と、地下三階であったため資材の搬入に手間取った事。それから上部の館に影響の出ないように慎重に作業していたためである。
まぁ、何にせよ隔離実験室が使えるようになったことで、俺の性能試験が再び始まる事になった。性能試験の間、家事はホムホムに任せっぱなしになるのが心苦しい。
それを本人に言うと…
「それは兄様にしか出来ないお仕事なのですから、お気になさる必要はありません。」
…と笑顔で言ってきた。何とも出来た妹である。
* * *
「今日から、魔術式の起動実験を行うわよ。」
いつもの如く、朝食の席でミリィは俺にそういった。
「それはどういう実験なんだ?」
「クルス。あなたに魔術式を起動してもらうのよ。」
「つまり、俺に魔法を使え…ってことか?」
「そうよ。何か疑問でも?」
…ここで、情報整理。
一応、自分の身体の事なので、一般的な魔動歩兵について調べておいた。
まず簡単な所で、魔動歩兵の身体は人工筋肉で構成されている。この人工筋肉は魔術回路が組み込まれていて、魔素と駆動信号により任意に収縮する。つまり魔法技術も組み込まれているのである。
そして魔法の方と言えば、魔術士が呪文と体動作で体内に魔術回路を作り、発動させるというプロセスで行う。
そしてここが重要。
魔動歩兵…というか人造人間全般であるが、人工筋肉が魔術回路で動いているので、魔法発動用の魔術回路を作る事が出来ない。仮に作れても元々ある回路に上書きされてしまい、行動不能となるため最終的な発動に至れないのである。
結論。魔動歩兵は魔法を使えない。
この結論が一般的な認識であるので、ミリィの発言は狂気の沙汰と思えてくるのだ。
「魔動歩兵の俺に魔法は無理だろ?理屈的に。」
「あ、調べていたんだ。」
「そりゃ、俺の身体の事だからな。」
そういう俺に、ミリィはニヤリを笑みを浮かべる。…なんか嫌な予感。
「ふっふっふっ…常識なんてポイッよ!私の発想が正しければ、人造人間でも特定の魔法は使えるはずよ!あなたはその実験体として設計してあるんだから。」
…なんと!俺、魔法使えるように設計されていたと?
<<肯定。定型魔術式の応用により、特定の魔法を発動可能。>>
定型魔術式…あぁ、機械に組み込み特定の動作をする魔術式だったか。つまり俺の身体の中には特定の魔術回路がすでに組み込まれている…と。
<<肯定。火属性・風属性・土属性・水属性・空属性・生属性・効果不明の七つの定型魔術式を搭載。>>
……なんか冷や汗が止まらない。「※※の魔法」と言わずに属性しか言っていない所が恐ろしい。緋色の破壊者の本領発揮しか想像できない。
「兄様?具合でもお悪いのですか?」
俺の様子を見て、ホムホムが心配そうに顔を覗き込んでくる。そんな妹の頭を撫でながら俺は大丈夫と答えた。
「…ケッ!」
…そんな俺達を見て、なぜかミリィがやさぐれた。
* * *
そして、地下三階の隔離実験室。
「さて、実験を始めるわよ。これに成功すれば、魔術発動型魔動歩兵の開発も進むわ。」
意気揚々とミリィが言った。そんなミリィを見ながら俺はある種の悪寒と戦っていた。もう三か月前の再現(爆破事故現場)が想像できている。
「さて、魔術式の起動方法だけど。知識にある?」
ミリィはそう言ってきたが、俺に魔術の知識はない。そのことを伝えると、彼女は説明してくれた。
俺の魔術式は、両手の人差し指と中指の爪の部分に格納されている。そして、親指の腹で爪をこする事で、手の甲に魔術回路が展開される。あとはここに魔術式の変数部を組み込んだ回路を合成して魔素を流し込むと発動するという仕組みだ。
なお、大量の魔素を扱うので、戦闘モードでないと扱えないらしい。
「変数部の回路展開はどうするんだ?」
「その為の補助頭脳なのよ。」
つまり、元々補助頭脳は魔術式演算用の装置だったのだ。必要な情報を補助頭脳に渡せば自動的に変数部の魔術回路を構築する仕組みというわけである。
…とはいえ、元々の仕様と変わっているのでまともに行けるかどうか不安があるのだが…。
やり方もわかったので、早速実験である。
まず、実験室の端にマトになる案山子を設置。計測器は前回同様右手の壁面に設置してある。そしてミリィは隣の制御室に移動済み。
『さぁ、始めてみて。』
計測器脇の箱…スピーカーからミリィの歪んだ声が響く。
さぁ、まずは一発目。発動するかどうかだ。
右手の親指で人差し指の爪をこする。と手の甲に円形の燐光が灯る。…これは火属性の魔術回路だ。
次に、発動する場所を自分からの相対位置で計測…前方約四メートル、地上一メートル。形状は球。威力は小。それらの情報を補助頭脳に流し込むと、円と三角形と楔文字で形作られた図形のイメージが返ってくる。
その図形をそのまま右手の甲に貼り付けるイメージ…先ほどの円形の燐光に図形が重なり、一つの魔法陣が出来上がる。
あとは発動のために胸のあたりの魔素庫から魔素を流し込む。
………ポシュー………
なんか気の抜けるような音がして、右手の魔法陣が消えた。
「…失敗?」
『どうしたの?』
「なんというか、流し込んだ魔素がそのまま抜け出たような感じだ。」
感じた事をそのまま報告する。
多分、魔術回路生成まではうまく行っていたのだが、発動のための何かが足りなかったのだと思う。それを伝えると、ミリィは少し考えた。
『じゃあ、魔術回路に魔素をため込んで打ち出すってイメージしてみてくれる?』
魔素の圧力を高めて打ち出すイメージ…か。早速やってみる。
属性選択。魔術回路生成と魔法陣合成。ここまでは先ほどもうまく行った。ここから魔素を魔法陣に注入して貯まっていく感覚をイメージ。
かすかな光で描かれていた魔法陣が明るく輝きだす。
そして打ち出すイメージ…右手を前に突き出して、引き金のイメージで指を鳴らす。
パチンッ
案山子は球状の青白い炎に包まれ、音もなく一瞬で消滅した。灰も残さず。
あれ?俺のイメージとちょっと違う様な?
俺のイメージでは、こう拳大の火の玉が飛んでいくようなイメージだったんだが、なんで唐突に対象の居るところに火球が出現するの?しかも想像していたよりも大きく直径二メートル近い大きさで。
さらに何あの威力。一瞬で影も形も残さず焼き尽くすって何?ドンダケー?
『今の魔法…なに?』
…あ、ミリィにも予想外だったっぽい。
解説できる?
<<解説。火魔法、火炎柱の変形。>>
一応、その旨を報告すると、ミリィからの声が途絶える。
…後で、どういう事か確認するとして、やり方は大体理解したので、ほかの魔法も試してみる。
まずは、最初のイメージ通りに火の球を飛ばそうと試みる。
発動座標を俺の前方一メートル。形状は球。大きさ極小。前方への移動量大。それらのパラメータを補助頭脳へ。回路イメージ生成。手の甲で合成。魔素流し込んで発動。
パチン。
イメージ通り、目の前にボール大の火の球が出現し、高速で飛んで行った。そして壁に当たって火の球は消えた。
ひとまずは安心。壁を破壊せずに済んだ。
わはー!なんかおもしれー!
なんとなく使い方の感覚がつかめてきたので、どんどん試してみる。
…でも、指を鳴らして炎を起こすって、やっぱりアレのやり方だよな。まあアレだと俺が焼かれる立場になるが。
* * *
散々試し、ミリィと話し合った結果、次の事が判った。
最初の設計に比べると、魔法の汎用度が異常に高くなっていた。ミリィの設計では元々低レベルの魔法。火球、氷槍、風壁、石壁の魔法が組み込まれ、大きさと威力のみ変数化されている筈だった。しかし、実際には定数化されているのは属性のみで、発動起点、大きさ、形状、威力などを変数値として組み込む事で、様々な攻撃魔法に変化することが判明したのだ。
俺の発想と投入できる魔素の量によってはとんでもない事に成りそうである。
また、ミリィは最初に四本の指に…と言っていたが、実際には右手は親指を除く四本に。左手は親指と小指以外の三本。合計七本の指に組み込まれていた。
試しに使ってみたら、右手の人差し指から順に、火、風、土、水属性となっており、左手は人差し指から、生、空、謎であった。
右手は単純に攻撃に使えるが左手は、生がどうやら生命力に関係する術…ようは治癒系魔法で、空属性で防御結界が作れた。
ただ左手薬指は属性事体が不明な上、魔素不足なのか、パラメーター不足なのか全く発動しなかった。
* * *
実験は終了し、俺とミリィは書斎に居た。
ミリィは書類をぐぬぬぬぬ…と睨みつけており、俺はソファーで脱力していた。単に魔素不足に陥ってるだけだ。しかしこの魔素不足。体感的に全身疲労と認識されるのは面白い。てっきり空腹と認識されるとばかり思っていたのだが。
暫くすると、ホムホムがカートを押してやってきた。
「ミリアエル様。兄様。お疲れ様でした。」
そういうと、ミリィのデスクに紅茶の入ったティーカップを置き、俺の前にパンの塊を置いた。
「こんな物でよかったのですか?」
「あぁ。食べ物でなくても良かったんだけどな。」
俺はパンを口に押し込み飲み込む。
腹の中で、魔素転換炉が動き、パンが魔素に変換されていくのが実感できる。大気から吸収するより効率がいい。普段なら必要ないが魔法使った後はこっちの手で魔素補給が手っ取り早い。
気付けば、一斤あったパンはすべて魔素に変換され、体内の魔素庫は八割チャージの状態になっていた。文字通り腹八分目ってヤツだ。
考えてみると、転換炉による魔素の吸収効率とか魔素庫の異常な容量とか、魔法を行使する事を前提とした仕組みだったんだなぁ…こうなってようやく実感できた。
ところでミリィはというと…
「う~…なんで…なんでなのぉ~…」
…頭を抱えて唸っていた。
ここまで特別バグ仕様なもの作るって、どこまでドジっこなんだよ。
クルスくんの特別仕様の話でした。




