ぐだぐだ電車
今日は珍しく外でデート。
行きたいところがあると彼が笑っていた。つられて私も笑った。
なんてほのぼのした話はどうでもよくて。
今はただ、快諾したことを少しだけ後悔している。
なんでかと言えば、簡単だ。満員電車の所為だ。
休日だからか、ゴールデンウィークだからか知らないけれど。
ここまで酷いと何ともならない。隣の人の息遣いや身動きがとても気になる。
「大丈夫?」
「べつに、平気だけど」
気遣う言葉を掛けてくる彼。
しかし彼は嬉しそう。破顔一笑と言っても過言じゃない。
なんでそんなに嬉しそうなのかを訊きたいけれど、今の状態で会話なんてできる雰囲気ではない。
後で問い詰めておこう。こっちは辛くて仕方がないのだから。
周りには家族連れが多く目につく。
最近はベビーカーを畳む、畳まないの話があったが今日は誰も彼もベビーカーを畳んで乗車している。
過酷すぎる状況に子供はギャーギャー喚いている。
頼むから静かにしていてよ。頭に響くしストレスで舌打ちしそうだから。
せめて彼の目の前くらいはかわいらしい女の子でいたいから。ってああ。頭が混乱してきているな。
落ち着いて素数を数えよう。えっと、1、ってもう間違えた。
「(2、3、5、7、11、13、17、19、・・・・)」
素数を数えなおす。
目的の場所まであと五駅。
長い道のりだけれど仕方がない。彼のためだし。
いやいや、部屋の中に籠りっぱなしなんて人としてダメになりそうだから。
そうだよ、彼のためなんかじゃない。私の人間性を保つためだ。そうだ、そうだ。
「~~駅~~駅、○○線にご利用のお客様はお乗り換えです」
ぷしゅー、と音を立てて開いた扉。それに次々と向かっていく人々。
駅名にピンと来なかったが、よく考えてみればみんなの大好きなJ○線に乗り換えの駅だった。
気付かなかった。だって電車はあんまり乗らないから。この線は特に乗らないし。
人の流れに呑まれて外に押し出されそうになった。
そんな状態の私を吊革のところまで手を引いてくれた彼。
こういうときは男の人の力の凄さを知る。
同じ年でも、やはり背丈は違うし、筋肉の付き方だって違う。
基礎体力なんてわからないけれど、持久走は私の何倍も走れる。そういうのがとても悔しい。
「ありがとう」
「どういたしまして。ちゃんとつかまっててね。こっから揺れるから」
「転びやしないって。こう見えて体幹ちゃんとしているんだから」
確かにここからはカーブが多い。
グニャグニャと嫌がらせのごとく揺れ、乗客全員が転ぶんじゃないかってくらいだ。
だがしかし。私はまだ十代。まだまだ若い。
そんな私がこんな程度の揺れで転ぶわけにはいかない。これくらいは彼に自慢したい。
私は物心つくころから転んだことがない。だから絶対大丈夫。
「・・・・っあ」
ダメでしたー。よろけましたー。
あっさり彼の方向に倒れ掛かりましたー。ここまで来ると私バカみたいだ。
「ほら、言ったでしょ?俺にちゃんとつかまってないと転ぶって」
「・・・・言ってない」
「じゃぁ、もう一回言おうか?」
「ノーセンキュー」
「えへへへ」
へらへら、と笑いが変わってきた彼。さりげなく私の肩を抱きしめてくる。
その手がとても温かいのがなんだか嬉しくて、悔しくて。
どうやっても私は彼に敵わないような気がまたしてきてしまう。
いつだって私ばかりいっぱいいっぱいで。私ばかり道化で。
外だから恥ずかしいって言ってしまった所為で外された右手。
今の彼は私の左側。回り込もうとして転ぶと危ないから、いいや。このまま繋いじゃえ。
そっと手を彼の手に伸ばす。幸い彼は私の肩に意識が行っているようで、気づいていない。
今がチャンスだ。
っきゅ。
彼の手は大きい。私の手の二回りくらいは大きい。
だから包み込むことはできない。だから添えて握る程度。・・・そう、それだけだったのだけれど。
びくっと、彼の肩が大きく跳ねた。
まさか、と思ったけれど。目の錯覚とかではなかった。ガチで、現実で、リアルで。
彼は驚いていた。見開いたままの二つの目が私を射抜く。本気で怖い。なにこれホラー?
「どどっどどどどどど」
「ちょ、っちょ顔怖いって怖い!」
「って手々手手って」
「ごめんって、放すから」
そう言って手を離そうとしたら、逆に握られた。
強力過ぎる握力が私の左手を複雑骨折させようとする。
「やっばい。やっばい、かわいい」
「はぁ?」
「こんなに積極的なんて・・・今日はどうしたの?」
「はーなーせー」
「きゃわいい」
「うっさいよ、ば-か!」
電車内だとはお構いなしに私に抱き付いてくる彼。
これまた強い腕力によって一気に間合いは縮められる。
近距離、いや零距離にある彼の顔が綺麗に整っていてああ!違う。
決して惚れてなんかいない!これは不可抗力だ。
異性の顔なんてそんなに詳しく見ていないから、今更緊張しているんだ。
そうだ、きっと。
まるでキスでもされるんじゃないかってくらいの位置に口が・・じゃなくて!
うぅ、香水みたいに甘いにおいがするような・・・。
落ち付こう。
すーはー。
うん、大丈夫。
とりあえず、人は大幅に減った。
先ほどの乗り換えの駅が良かったのかもしれない。
がらがらになったので、二人そろって椅子に座れた。
横並びで座ることになったのだけれど。
次の駅で明らかに杖を突いて歩いているおばあさんが乗ってきた。
私が席を譲ろうと立ち上がるのを制して、彼が代わりに席を譲っていた。
(ちなみに優先席はバカっぽい大きな子供が座っていた)
「あらあら、どうもすみません」
「いえいえー」
当然の様に紳士的な流れで席を譲る。
その後私の前に立って吊革を握った。
それを顔がそこそこ良いから許される行動だと思いつつ眺める。
彼はいつだって、誰にだって優しい。
でもどこか私との対応と違う。ひいき目とかではなく、本気で。
私以外にはどこか余所余所しいとか。
心の全てを預けるようなことは絶対しないとか。
どこかに線を引いて、それ以上はいらせないとか。
兎にも角にも壁があるように感じる人が多い。
私のも含め、友人全員がいい印象を持っていない。
だからたまに言われる。
「どうして付き合っていられるのか」と。
最初はどうしてそんなことを言うのかわからなかった。
だっていつも私の前ではこんなふざけた感じで。
シリアスな雰囲気とか味わったことないから。
逆にどこが悪いのか聞くという尋問をしていた。
でも、最近は丸くなったとみんなが言う。
皆といっても周りにいる三人くらいの知り合いじゃなくて。
彼に対していい印象を持っていなかった人の、ほぼ全員だ。
皆が口をそろえて言う。私と付き合ってからだ。
私が彼を変えたんだ、そういって私をほめたたえる。
真実とは真逆だけれど。
彼らがそれでいいのだと思い込んでいるから放っておいている。
彼は変わったんじゃない。もともと人に頼れるほど弱くはないのだ。
強すぎるから人に頼りにくい。そんな感じだろう。
私と出会ってからはなんだかんだ言いつつも、わがままを聞いてもらえるから調子に乗っただけで。
本当は誰かに寄り掛かってみたくて仕方のない人なんだ。
甘えん坊、なんてちっぽけな言葉じゃ表せないだろう。
彼はまさしく、大型犬のような存在だ。
一度つかまってしまえば容易には逃れられない。
仕方ないとしか、言いようがない。
「ん~?」
「なに?」
「降りる駅、なんだっけ?」
「・・・・・・・え」
たまに大きすぎるミスもする。
そんな彼が、私の彼氏。