10
訪れたのは静寂。
そして嗚咽の声。
「…うぅ、ううう! ばかぁ…ばかぁ! ししょぉの馬鹿ぁあああ!」
咲が泣きじゃくりながら叫び、山を駆け下りていく。
「さきー! 待てよぉお!」
慌てて、ひろしが咲を追う。
「ししょーのばーか!」
馬鹿か…。そうだな、何も言い返せん。
ただ一人残った優太は俺を静かに見据える。
「師匠にも色々な事情があるのでしょう。でも僕は…もっと早く…もっと早く言ってもらいたかったです!」
必死に声を押し殺そうとするが、抑えることのできない泣き声が耳に届く。
優太はゆっくりと踵を返し、山を下りて行った。
残されたのは茫然と佇む俺と、呆れたように髪を掻き上げる由佳子だけだ。
「子供は泣かすな、馬鹿」
そうだな、何も言い返せん。
1年前。
俺は人間に絶望した。
俺は秀才だった。勉強ができた、それだけだ。
友人らしい友人は由佳子くらいしかおらず、クラスでも孤立していた。
誰よりも勉強して、偏差値の高い大学に行って、大企業に行くことが幸せだと思い込んでいた。
確かにそういう幸せの形もあるかもしれない。この世の娯楽などほとんどのものが金で買える。
そして、金は大企業に入らねば手に入れられない。
つまり、幸せは金で買える――そう言えるのではないか?
あの時の俺は幸せではなかったが、将来幸せになる為には今の苦しみは我慢すべきだと自分に言い聞かせていた。
そうだ。幸せではなかった。
そして歪んでいた。
ある日、俺は試験中に斜め前の席の男がカンニングをしているのに気がついた。
そいつはいつもクラス第3位の順位をとっていた。
当然1位はこの俺。そして二位は由佳子。その次がつまりそいつだったというわけだ。
いつも俺に絡んできていたその男。
俺はいい加減うんざりしていた。そんな時にそいつのカンニング行為を俺は見たわけだ。
俺はその場で立ち上がり、そいつの罪を告発した――。
だが、どういうわけかその行為が俺をどん底まで突き落とすこととなった。
クラスの連中の信頼を勝ち取っていたそいつと孤立していた俺。教師やクラスメートがどちらの言葉に耳を傾けるか――それは火を見るよりも明らかだった。
俺は正しいはずなのに――
どいつもこいつも理解していない。
気がついた時にはクラスメートや教師、12名を殴り倒していた。
「あの時の太郎。見ていられなかったな」
子供たちが山を去って数分が過ぎた。
「そんな時にあんたはあの子達と出会った。救われたのはどっちだったのかな」
人間に絶望した俺。
何をしたのか。
逃げた逃げた逃げた逃げた逃げた逃げた逃げた逃げた逃げた逃げた逃げた逃げた逃げた逃げた逃げた逃げた逃げた逃げた逃げた逃げた逃げた逃げた逃げた逃げた逃げた逃げた逃げた逃げた逃げた逃げた逃げた逃げた逃げた逃げた逃げた逃げた逃げた逃げた逃げた逃げた
そう、逃げ出したのだ。
煩わしい人間関係から。
先の見えない将来から。
裏切られた絶望から。
山へ逃げた。
そこで何をしたかと言えば何もしていない。
何もせずにひたすら空を見上げ、星を数え、眠っていた。
そんな死んだような俺を動かしたのは――あいつらの泣き声だった。
「どこからのあいつらの声が聞こえてきたんだ。クラスメイトの悪ガキどもに泣かされていたのだ。
…いつものようにな。気が付いたら俺はあいつらの前に立っていた」
そのあと何故俺はあんなことを言ったのか。俺は覚えていない。
だが、あいつらの前に立った俺はニヤリと笑い、堂々とこう言い放った。
「俺の名前は天地覇王! この世を統べる仙人の神だ! お前たち、なかなか見込みがあるな…特別に弟子にしてやる!」
それから俺と弟子たちの奇妙な子弟関係が始まった。
滝行、瞑想など修行と言えるようなようなものからデマ講義やBBQ、ピクニックなど、およそ修行とは関係ことも無駄に真面目に取り組んでいた。
今なら言える。
それはくだらなくも最高に楽しい日々だった。
「あいつらは俺と一緒にいて…楽しかったのだろうか」
「馬鹿だね。
あんたといて楽しかったから、離れたくないって思うんでしょ。離れたくないって思ったから――あの子達は泣いていたんじゃないの?」




