第一話 ドール
いつの頃からか生と死の狭間に迷い込んでしまったようです。
何かを訴えかける死者たち。
これも何かのご縁です。
一人でも多くの方に、その叫び声をお聞き願いたく、このような形で小説とさせていただきました。
ご覧くださいませ。
資材置場が並ぶ細い道を会社の軽自動車を運転しながらゆっくりと進む。冬休みだと言うのに家で暇しているのが私だけだという理由で休みを返上してやってきた。うちの会社で管理するアパートの住人の父親から暫く連絡が取れないので、様子を見てきて欲しいとの要請を受けたのだ。当の父親は地方暮らしなので仕方が無い。正直気乗りしないが断って、社長の機嫌を損ねるよりはましだ。住人は二十代の男性。一年前までは近くの建築会社で働いていたが、精神の病を患い、今は一人アパート暮らしをしている。時おり沈んだ様子で電話を掛けて来ては取り留めない話をする。邪険にするのも可哀相なので適当にあしらいながら、相手をするのだが十分も話すと気がすむらしく自分から電話を切る。そう言えばここ一ヶ月ほど電話が無いと社長が言っていたような気がする。
アパートに着くと扉の新聞受けを少し開け匂いを嗅ぐ。ホッと胸を撫で下ろす。最悪の事態は避けられたようだ。マスターキーで扉を開け一声かけると中に入った。2DKの部屋は以外と整理整頓されていて人の気配は無い。
台所を抜け洋室へ入る。奥の和室の襖は閉じられたままだ。心臓の鼓動が早くなる。ひとつ大きく深呼吸をすると一気に開いた。テーブルの上に小さな箱が置かれている。オルゴールの箱のようだ。開けてみると鍵が入っている。南京錠の鍵のようだ。
彼がこの部屋と一緒に近くのコンテナボックスを借りている事を思い出した。ここには居ないようなので一応ボックスも確認しておくことにした。
軽自動車に乗り込みすぐ近くのボックスへ向かう。思ったとおりコンテナの鍵だった。中に入り蛍光灯のスイッチを入れると、コタツや扇風機、雑誌が乱雑に置かれていて、中央に大き目の段ボール箱がぽつんと置かれていた。
突然入り口の扉が大きな音を立てて閉まり、蛍光灯が一瞬消えすぐに点いた。私はその変化を見逃さなかった。先程まで閉じていた箱の蓋が開いている。
蛍光灯が再び明滅する。点滅する明かりの中、箱の縁に白い手が掛かる。あまりの恐ろしさにその場を動く事が出来ず、ただ見つめていた。
明かりが点くたびにそれは姿を現す。頭、肩、胸、そして腹部。若い女性だった。長い髪。細く浮き出た鎖骨。丸みを帯びた乳房。くびれたウエスト。縦長の臍。うっすらと生えた恥毛。
怖いはずなのにその美しく妖しい色香を漂わせる女に心を奪われていた。俯いていた女がゆっくりと顔を上げる。再び蛍光灯が切れた。真っ暗な中、手探りで扉を開けると箱は元のまま蓋は閉じている。蓋を開けると中には、バラバラにされた精巧なシリコンドールが収められていた。他に彼の手がかりとなりそうな物は何も無い。
一週間後、田舎から父親が上京し解約の手続きをしていった。ただ、その小さく弱々しい老人の寂しそうな目が、今でも忘れられない。




