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死んだら所持金が半分になる勇者、魔王に五年間告白し続けた結果

作者: ワグ
掲載日:2026/10/28

何度燃やされても諦めない勇者と、素直になれない魔王のお話です。


気軽に楽しんでいただけたら嬉しいです。

 俺が勇者に選ばれた理由は、たった一つ。


 死んでも復活できるからだ。


 しかも、最後に眠った場所から何度でも復活できるという、とんでもないスキルを持っている。


 ただし、一つだけ欠点があった。


 死ぬたびに所持金が半分になるのだ。


 この世界では、自分の能力や所持金を半透明のウィンドウで確認できる。俺の場合、そこに表示されている特殊スキルは一つだけだった。


【特殊スキル:不屈の勇者】

 死亡時、最後に睡眠を取った場所で復活する。

 復活時、所持金が半分になる。

 発動回数に制限なし。


 ……いや、確かにすごい能力だとは思う。


 だが、それ以外の能力は一般人と変わらない。


 剣術も魔法も使えないし、腕力だって普通だ。近所の農家のおじさんと腕相撲をしたら、普通に負ける自信がある。


 そんな俺が、なぜか王城に呼び出された。


「勇者よ!そなたに魔王討伐を命ずる!」


 玉座に座った国王が、やたらと偉そうに宣言した。


「いや、無理ですよ。俺、戦闘能力は普通の人間と変わりませんし」


「案ずるな!そなたには何度死んでも蘇るという、素晴らしいスキルがあるではないか!」


「死なないんじゃなくて、死んだあとに復活するだけなんですけど」


「何度でも挑戦できるのだ!いずれ魔王も倒せよう!」


 とんでもない理屈だった。


 どうやらこの国王、俺の命を無限に使える消耗品か何かだと思っているらしい。


「それでは、旅の支度として勇者の剣、勇者の盾、そして五千ゴールドを授けよう!」


 五千ゴールドといえば、一か月は宿屋代に困らないくらいの金額だ。旅の支度金としては、なかなか太っ腹である。 


 そして国王が手を叩くと、兵士たちが立派な剣と盾、それから革袋を運んできた。


 剣には美しい装飾が施され、盾には王国の紋章が刻まれている。いかにも伝説の装備といった見た目だ。


「おお……!」


 思わず感心してしまった。


 俺が剣と盾を受け取ると、目の前に半透明のウィンドウが現れた。


【装備】

 武器:勇者の剣

 防具:勇者の盾


【所持金】

 5,000ゴールド


 どうやら、ちゃんと所持品として認識されたらしい。


「この装備と資金を使い、仲間を集め、魔王を討伐してまいれ!」


「はあ……」


 こうして俺は、半ば強制的に勇者として旅立つことになった。


 ちなみに、国王は最後まで俺の名前を聞かなかった。


 勇者って、そんな適当な扱いでいいのか?


 ☆☆


 王城を出た俺は、まず仲間を集めることにした。


 いくら死んでも復活できるとはいえ、俺自身はただの一般人だ。魔王どころか、その辺のスライムにすら勝てるか怪しい。


 となれば、頼れる仲間が必要になる。


 冒険者が集まるギルド酒場に行けば、腕の立つ戦士や魔法使いを雇えるはずだ。


 ところが。


「えっ?ギルド酒場がない?」


 通りすがりの商人に尋ねたところ、信じられない答えが返ってきた。


「ああ、半年前に最後の一軒が潰れたよ。この王国にはもう残ってないね」


「なんで!?」


「国王が税金を上げすぎたんだよ。酒税なんか去年だけで三回も上がったからね。酒一杯飲むだけで、ちょっとした宿屋に泊まれるくらいの金が飛ぶんだ」


「何やってんだ、あの王様!?」


「おまけに冒険者登録税、武器携帯税、魔法使用税まで作ったもんだから、冒険者たちはみんな他国へ逃げちまったよ」


 ……ひどい。


 魔王に滅ぼされる以前に、国が自滅しかけている。


「ちなみに、最近は呼吸税を導入しようとしているらしいぞ」


「呼吸!?」


「生きている以上、誰もが空気を使っているから公平に徴収できるんだとさ」


 もう滅んでもいいんじゃないか、この国。


 いや、国民に罪はない。悪いのは間違いなく国王だ。


 俺はため息をつきながら、商人に最寄りのギルド酒場がある街を尋ねた。


「ここから東へ馬車で三日ほど行ったところだね」


「三日かあ……」


「ちなみに魔王城なら、北へ歩いて二十分だよ」


「近っ!?」


 なんで魔王城のほうが近いんだよ!


 王都の防衛体制はどうなっている!?


 しかし、仲間を集めるためだけに三日もかけるのは面倒だった。


 俺には死んでも復活するスキルがある。最悪、魔王城の様子を見てから考えればいい。


「……ちょっと魔王城を見学してくるか」


 こうして俺は、旅立って早々、たった一人で魔王城へ向かうことにした。


 ☆☆


 魔王城は、想像以上に立派だった。


 天を突くような黒い塔、禍々しい彫刻が施された城門、そして周囲を漂う不気味な霧。


 いかにも最終決戦の舞台といった雰囲気である。


「うわあ……絶対、序盤に来る場所じゃないよな」


 恐る恐る城門をくぐると、そこには複雑な迷宮が広がっていた。


 無数の分かれ道、怪しげな扉、地下へ続く階段。


 こんなの、まともに攻略したら何日かかるかわからない。


 ところが、入口から少し進んだところで、俺は奇妙なものを発見した。


「……なんだ、これ?」


 床に青白く輝く魔法陣が描かれている。


 その横には、親切にも説明文が刻まれていた。


『魔王の間への転移装置。一度到達した者は、次回から使用可能』


 どうやら、一度魔王の間まで到達すれば、次からは迷宮を省略できる仕組みらしい。


 もっとも、俺には関係ない話だ。そもそも一度も到達していないのだから。


 そう思いながら魔法陣を覗き込んだ瞬間、足元が青白く輝き始めた。


「……え?」


 次の瞬間、俺は巨大な扉の前に立っていた。


 ……使えたんだけど。


 どうやら以前、誰かが魔王の間まで到達し、転移装置を解放したままにしていたらしい。


 つまり、一度誰かが攻略すれば、あとは誰でも使えるということか。


 魔王城のセキュリティ、大丈夫か?


 まあ、せっかくここまで来たのだ。


 俺は目の前の巨大な扉に手をかけ、ゆっくりと押し開いた。


 ☆☆


「よくぞここまで来たな、勇者よ!」


 広大な玉座の間に、凛とした女性の声が響き渡った。


 高い天井には巨大なシャンデリアが吊るされ、左右には青白い炎が揺らめいている。


 その最奥、黒い玉座に腰かけていたのは、一人の女性だった。


「幾多の試練を乗り越え、この我の前にたどり着いたこと、まずは褒めてやろう!」


 いや、旅を始めてまだ三十分なんだけど。


 しかも試練なんて一つも乗り越えてない。


 そんなツッコミを入れようとした俺は、玉座の女性を見た瞬間、言葉を失った。


 長く艶やかな銀色の髪。宝石のように輝く深紅の瞳。頭には小さな黒い角が二本生えており、背中には美しい漆黒の翼が広がっている。


 整った顔立ちは驚くほど可愛らしく、威厳たっぷりに足を組んでいる姿さえ、どこか愛嬌があった。


 ……なんだ、この美少女。


 いや、年齢はわからない。魔王なんだから何百歳という可能性もある。


 でも、そんなことはどうでもよかった。


 俺の心臓が、今まで経験したことのない勢いで跳ね上がったのだ。


「ふふふ……どうした、勇者よ。我の威圧に声も出ぬか?」


「……好きだ」


「……は?」


「一目惚れした!俺と付き合ってくれ!」


 玉座の間に沈黙が落ちた。


 魔王はしばらく目をぱちぱちさせていたが、やがて頬を引きつらせた。


「……貴様、何を言っている?」


「だから、俺と付き合ってくれ!」


「我は魔王だぞ!?」


「知ってる!」


「人間を滅ぼす存在なのだぞ!?」


「それでも好きだ!」


「…………」


 魔王のこめかみに青筋が浮かんだ。


「ふざけるなああああ!!」


 次の瞬間、巨大な火球が俺に向かって飛んできた。


 避ける暇なんてなかった。


 視界が真っ赤に染まり、俺の意識はあっさり途切れた。


 ☆☆


「……あれ?」


 目を覚ますと、俺は自宅のベッドに寝ていた。


 見慣れた天井、使い古した毛布、窓から差し込む朝の光。


 どうやら、例のスキルが発動したらしい。


「本当に復活するんだな……」


 自分にこのスキルがあることは昔から知っていたが、実際に死んだのは今回が初めてだ。正直、ちゃんと復活できるのか半信半疑だった。


 体を確認してみたが、傷一つない。


 勇者の剣と盾も、ちゃんと手元に戻っていた。


 ただし、目の前に現れたウィンドウには、残念な数字が表示されていた。


【所持金】

 2,500ゴールド


「……本当に半分になってる」


 五千ゴールドあった旅支度金が、一瞬で二千五百ゴールドになってしまった。


 死ぬたびに半分になるという説明は本当だったらしい。


「……まあ、いいか」


 俺はベッドから飛び起きた。


 頭の中には、あの銀髪の魔王の姿が焼きついていた。


 あんなに可愛い女性を見たのは、生まれて初めてだ。


「よし、もう一回行こう!」


 俺は再び魔王城へ向かった。


 ☆☆


「新たな勇者か……よくぞここまで来たな、」


「また来たぞ!」


「……は?」


「さっきは突然で悪かった!改めて、俺と付き合ってくれ!」


「貴様、なぜ生きている!?」


「そういうスキルなんだ!」


「意味がわからん!!」


 燃やされた。


【所持金】

 1,250ゴールド


 ☆☆


「また来たぞ!」


「また貴様か!?」


「俺と付き合ってくれ!」


「断る!!」


 燃やされた。


【所持金】

 625ゴールド


 ☆☆


「こんにちは!」


「もう来るなと言っただろう!?」


「でも、好きなんだ!」


「知るかあああ!!」


 燃やされた。


【所持金】

 312.5ゴールド


 ☆☆


 十回目。


「俺と付き合ってくれ!」


「断る!」


 燃やされた。


 二十回目。


「俺と付き合ってくれ!」


「貴様には学習能力がないのか!?」


 燃やされた。


 五十回目。


「俺と付き合ってくれ!」


「もう少し別のことを言え!!」


 燃やされた。


 百回目。


「俺と付き合ってくれ!」


「百回目だぞ!?いい加減にしろ!!」


 燃やされた。


 ちなみに、この頃には所持金がほぼゼロになっていた。


 正確には、五千ゴールドを百回以上半分にした結果、計算上は限りなくゼロに近い金額になっている。


 だが、俺のスキルは律儀にも小数点以下の金額まで管理しているらしく、復活するたびに残高が半分になっていく。


 ……こんなところだけ無駄に高性能なのは、どうなんだ?


 まあ、金なんてどうでもいい。


 俺にはもっと大切なものがある。


 魔王への恋心だ。


 ☆☆


 それから一年が過ぎた。


「魔王!今日も好きだ!」


「……また来たのか、貴様」


「もちろん!」


「暇なのか?」


「お前に会う時間なら、いくらでもある!」


「しつこい!」


 燃やされた。


 二年目になると、魔王の反応にも変化が現れた。


「魔王!結婚してくれ!」


「付き合ってもいないのに結婚を申し込むな!」


「じゃあ、まずはお付き合いから!」


「断る!」


「どうしてだよ!?」


「そもそも我は貴様のことをよく知らん!」


「えっ?」


 俺は思わず首をかしげた。


「もう二年以上、ほぼ毎日会ってるだろ?」


「…………」


「好きな食べ物は甘いもの、特に苺のケーキ。苦手なものは虫。朝は弱くて、寝起きは機嫌が悪い。趣味は読書で、最近は恋愛小説にはまってるよな?」


「……貴様、我のことを随分とよく覚えておるのだな」


「そりゃあ、好きな相手のことだからな」


「……っ!そ、そういうことを平然と口にするな!」


 ……いや、今まで何百回も告白してるんだけど。


 いまさら照れられても困るぞ。


 どうやら最近、俺が来ると普通に世間話をしてくれるようになっていた。


 もちろん、告白すれば最後には燃やされる。


 ただ、以前のように会った瞬間燃やされることは少なくなった。



 ☆☆


 三年目。


「魔王!今日はお土産を持ってきたぞ!」


「……何だ、それは?」


「王都で買った苺のケーキだ!」


「……待て」


 魔王はケーキを見るなり、怪訝そうに眉をひそめた。


「貴様、金はどうした?」


「え?」


「貴様は死ぬたびに所持金が半分になるのであろう?あれだけ我に燃やされておいて、まだ金が残っているはずがなかろう!」


「ああ、そのことか」


 俺は何でもないことのように答えた。


「勇者の剣と盾を売ったんだ」


「……は?」


「結構いい値段で売れたぞ。さすが国王からもらった装備だな!」


「ばかたれええええ!!」


 魔王の怒鳴り声が玉座の間に響き渡った。


「貴様!勇者の剣と盾といえば、人間の国に伝わる由緒正しき装備であろう!?それを売ったというのか!?」


「だって使わないし」


「使わない!?」


「俺、剣なんてまともに振れないからな。それに、盾で防いだところで、お前の魔法には勝てないだろ?」


「そ、それはそうだが……!」


「どうせまた燃やされて金が半分になるんだから、今のうちに何か買ったほうが得だと思ってさ」


 魔王は額を押さえた。


「……貴様という男は、本当に常識がないな」


「まあまあ。それより、せっかく買ってきたんだから、一緒に食べようぜ!」


 俺がケーキの箱を開けると、中には真っ赤な苺がたっぷり乗ったショートケーキが二つ並んでいた。


 その瞬間、魔王の目が輝いた。


「……なかなか見事なものだな」


「だろ?お前が好きそうだと思ってさ」


「べ、別に嬉しくなどないぞ。ただ、せっかく持ってきたものを無駄にするのも忍びないからな」


「はいはい。ほら、食べようぜ!」


「う、うむ」


 魔王はケーキを一口食べると、幸せそうに目を細めた。


 ……可愛い。


 やっぱり、この人が好きだ。


「あ、そうだ。もう一つ買ってきたものがあるんだ」


「……まだあるのか?」


 俺はポケットから、小さな箱を取り出した。


 中に入っていたのは、銀色の指輪だった。


「……なっ!?」


 魔王の動きが止まった。


「き、貴様!それは……!」


「指輪だよ。綺麗だったから買ってきたんだ」


「ゆ、指輪くらい見ればわかる!なぜ我にそんなものを……!」


「いつか結婚できたらいいなと思ってさ」


「けっ……!?」


 魔王の顔が、一瞬で真っ赤になった。


「ま、待て!貴様、まだ我と付き合ってすらおらぬだろう!?」


「だから、いつかって言っただろ?」


「そ、それに、指輪など……そんなものを贈られても困る!」


「そうか?じゃあ、いらない?」


「…………」


 魔王は指輪と俺の顔を交互に見つめた。


 そして、しばらく黙り込んだあと、小さな声で呟いた。


「……いらぬとは言っておらん」


「ん?」


「せ、せっかく買ってきたものを捨てるのも忍びないからな!我が預かってやろう!」


「そっか!じゃあ、受け取ってくれ!」


 俺が箱を差し出すと、魔王はおそるおそる指輪を手に取った。


 その表情は、今まで見たことがないほど柔らかかった。


「……綺麗だな」


 ぽつりと漏れた言葉に、俺の胸が温かくなる。


「お前に似合うと思ったんだ」


「……っ!」


 魔王は慌てて顔をそむけた。


「ま、まったく!貴様はいつもいつも……!」


 そう言いながらも、魔王は指輪を丁寧に箱へ戻し、大切そうに胸元へ抱えた。


 ……おっ?


 これは、ひょっとして脈ありなんじゃないか?


「魔王!やっぱり俺と付き合ってくれ!」


「調子に乗るなああああ!!」


 燃やされた。


 ……ちなみに、指輪はちゃんと受け取ってもらえたらしい。


 次に会いに行ったとき、玉座の横にある小さな棚の上に、あの箱が大切そうに置かれていた。


 それを見ただけで、俺はちょっと嬉しくなった。


 ☆☆


 四年目。


「魔王、今日は何してたんだ?」


「……別に。書類仕事だ」


「大変だな」


「まったくだ。最近、部下どもが我に仕事を押しつけてばかりでな」


「手伝おうか?」


「貴様に何ができる?」


「掃除とか、お茶を淹れるくらいなら」


「……ならば、茶を頼む」


「任せろ!」


 この頃には、魔王城の兵士たちも俺の顔を覚えていた。


 最初は転移装置を使って魔王の間へ直行していたのだが、最近では城内を歩いていると、兵士たちが親切に案内してくれるようになっていた。


「勇者殿、今日もお疲れさまです」


「どうも!」


「魔王様なら、今は執務室にいらっしゃいますよ。こちらへどうぞ」


「ありがとう!」


 ……もはや敵の本拠地というより、

毎日のように通っている馴染みの家である。


 ただし、告白すると相変わらず燃やされる。


 お茶を淹れても、部屋を掃除しても、書類仕事を手伝っても、最後に「付き合ってくれ」と言えば火球が飛んでくる。


 最近では、魔王の部下たちも慣れたものだった。


「勇者殿、本日もそろそろ燃やされるお時間ですか?」


「ああ、そろそろ告白してくる」


「では、明日もお待ちしております」


 ……帰るというより、復活地点に送り返されるだけなんだけどな。


 そんなある日のこと。


 いつものように執務室へ入った俺は、魔王の左手を見て思わず足を止めた。


「……あれ?」


「何だ、貴様?」


「その指輪……」


 魔王の左手の薬指には、見覚えのある銀色の指輪が輝いていた。


 三年目に俺が贈った、あの指輪だ。


「……っ!」


 魔王は慌てて左手を隠した。


「こ、これは違うぞ!」


「いや、まだ何も言ってないけど」


「べ、別に深い意味などない!ただ、箱に入れたままではもったいないと思っただけだ!」


「そっか」


「そ、それだけだからな!」


「……でも、嬉しいよ」


「……っ!」


 魔王は真っ赤になった顔をそむけた。


「ま、まったく……貴様は本当に……!」


 その日の告白も、もちろん断られた。


 そして、いつもどおり燃やされた。


 だが、俺は復活したあとも、しばらく嬉しくて仕方がなかった。


 あの指輪を、つけてくれていたのだから。


 ☆☆


 そして、五年目の春。


「魔王、俺と付き合ってくれ!」


 いつものように告白すると、魔王は深いため息をついた。


「……貴様、本当に諦めぬのだな」


「もちろん!」


「もう五年だぞ?」


「そうだな」


「五年もの間、何度も何度も我に告白し続けて……一体、何がそこまで貴様を駆り立てるのだ?」


 俺は少し考えてから、素直に答えた。


「最初は、一目惚れだったんだ」


「……うむ」


「でも、今は違う」


 魔王が不思議そうに首をかしげる。


「一緒に話して、笑って、たまに怒られて……そうやって過ごすうちに、お前のことをどんどん好きになったんだ」


「…………」


「強くて、綺麗で、ちょっと意地っ張りで。でも本当は優しくて、甘いものが大好きで……そんなお前と、これからもずっと一緒にいたいんだ」


 魔王は何も言わなかった。


 ただ、頬が少しずつ赤くなっていく。


「……馬鹿者」


 やがて、小さな声が聞こえた。


「貴様は、本当に大馬鹿者だ」


「よく言われる」


「褒めておらん!」


 魔王は顔をそむけた。


 そして、しばらく黙り込んだあと、ぽつりと呟いた。


「……一つ、聞きたいことがある」


「何だ?」


「貴様は……我に何度も燃やされて、怖くはなかったのか?」


「全然!」


「……即答か。少しくらい怖がってもよかろうに」


「だって、復活したらまた会いに行けばいいだけだろ?」


「……貴様、我に燃やされることを何だと思っておるのだ?」


「ちょっと帰りが早くなるくらい?」


「そんな軽いものではないわ!」


「でも、実際そうだったしな。目が覚めたら、またお前に会いに行くだけだったから」


「……まったく。貴様という男は、本当に理解できぬ」


 魔王は呆れたようにため息をついた。


「五年間だぞ?普通なら、とっくに諦めておる」


「まあ、普通の勇者なら一回目で終わってるだろうな」


「……それもそうだな」


 魔王は思わず小さく笑った。


 そして、しばらく俺を見つめたあと、少し恥ずかしそうに視線をそらした。


「……だが、我もいつの間にか、貴様が来るのを楽しみにしていたのだ」


「……本当か?」


「うむ。貴様が来ない日は、妙に落ち着かなくてな。気づけば、今日はまだ来ぬのかと考えるようになっていた」


「そっか。じゃあ、俺たち両思いだったんだな!」


「なっ!?まだそこまでは言っておらん!」


「えっ、違うのか?」


「……っ!まったく、貴様は……!」


 魔王は真っ赤になった顔を隠すように、片手で額を押さえた。


 その左手には、俺が贈った銀色の指輪が輝いている。


「……もうよい」


「ん?」


「貴様との交際を認めてやると言っているのだ!」


 俺は一瞬、言葉の意味を理解できなかった。


「……えっ?本当に?」


「何度も言わせるな!」


「やったあああああ!!」


 思わず飛び跳ねた俺を見て、魔王は呆れたように笑った。


「まったく……五年もかけて魔王を口説き落とす勇者など、聞いたことがないぞ」


「俺も聞いたことない!」


「そこは少しは格好をつけろ!」


 こうして俺は、ついに魔王の心を射止めた。


 魔王討伐のために旅立った勇者が、魔王と恋人同士になってしまったのである。



 ☆☆



 それから、さらに数年が過ぎた。


 俺と魔王は魔王城で一緒に暮らすようになり、やがて結婚した。


 結婚式には魔族の幹部たちが勢ぞろいし、なぜか人間の俺よりも魔王のほうが緊張していた。


 そして、翌年には可愛い娘も生まれた。


 銀色の髪と小さな黒い角を持つ、母親そっくりの女の子だ。


「ほら!見てみろ!この子がもう立てるようになったぞ!」


「おおっ!すごいな!」


「ふふっ、さすが我らの娘だな!」


 魔王は娘を抱き上げると、嬉しそうに頬を緩めた。


 かつては世界を滅ぼそうとしていた魔王が、今では娘の成長に一喜一憂している。


 人生、何が起こるかわからないものだ。


 そんな平和な日々を過ごしていた、ある日のこと。


 王国から一通の手紙が届いた。


『勇者よ。魔王討伐の進捗を報告せよ。至急、王城へ参上すること』


 ……あ。


 そういえば、俺って勇者だったな。


 完全に忘れていた。


 ☆☆


「勇者よ!ようやく戻ったか!」


 数年ぶりに訪れた王城で、国王は相変わらず偉そうにふんぞり返っていた。


 ただし、以前よりも随分と老け込んでいる。


 どうやら国の財政はさらに悪化しているらしく、以前は豪華な調度品で埋め尽くされていた玉座の間も、今では妙に殺風景になっていた。


 ……王城まで節約生活を始めたのか?


「して、魔王討伐の進捗はどうなっておる?」


「はい。無事、完了しました!」


「おおっ!そうか!ついに魔王を討ち取ったのだな!」


「いえ、討ち取ってはいません」


「……何?」


「心を射止めました!」


「…………は?」


 俺は後ろを振り返った。


「入ってきていいぞ!」


「うむ」


 扉が開き、銀髪の美しい女性が、小さな女の子の手を引いて入ってきた。


「初めまして、国王よ。我が魔王だ」


「こんにちはー!」


 娘が元気よく挨拶した。


 国王は口を開けたまま固まっている。


「……ま、魔王?」


「はい。こちらが俺の妻で、魔王です。こっちは娘です!」


「むす……め?」


「可愛いでしょう?」


「そ、そういう問題ではなあああい!!」


 国王の怒鳴り声が玉座の間に響き渡った。


「貴様!魔王を討伐しろと命じたはずだぞ!なぜ結婚しておるのだ!?」


「いやあ、ちょっと一目惚れしまして」


「一目惚れ!?」


「それで五年間告白し続けたら、付き合ってもらえたんです」


「五年間!?」


「はい。そのあと結婚して、子供も生まれました!」


 国王は頭を抱えた。


「そんな馬鹿な話があるか!!」


「でも、事実ですし」


「魔王は人間を滅ぼす存在なのだぞ!?」


 その言葉に、魔王が不思議そうに首をかしげた。


「……人間を滅ぼす?」


「そうだ!貴様は人類の敵であろう!」


「ふむ……確かに、昔はそのようなことを考えていた時期もあったがな」


 魔王は少し困ったように笑った。


「この男が毎日のように告白しに来るものだから、途中からそれどころではなくなってしまったのだ」


「……は?」


「最初の五年間は、こやつの相手をするだけで大変だったしな。そのあとは一緒に暮らし、結婚し、子供が生まれて……今は育児で毎日忙しいのだ」


「…………」


「正直、人間を滅ぼしている暇などなかったぞ」


 国王の顔が引きつった。


 俺も横から補足する。


「ちなみに、ここ数年は魔王軍による侵攻も一切ありませんよね?」


「そ、それは……確かに……」


「魔王城の魔族たちも、今では普通に畑を耕したり、商売したりしてますよ」


「な、なんだと!?」


「この前なんか、魔王軍の四天王が王都の市場で野菜を売ってました」


「四天王が!?」


「はい。トマトが安くて助かりました」


 魔王も満足そうに頷いた。


「うむ。あやつは最近、農業に夢中でな。今度、品評会にも出るそうだぞ」


 国王は完全に言葉を失っていた。


 まあ、無理もない。


 世界を滅ぼすはずの魔王軍が、今では農業に精を出しているのだから。


 ☆☆


「……だが、それでも魔王は危険な存在だ!」


 しばらくして、国王が再び声を張り上げた。


「今は大人しくしていても、いつ人間に牙をむくかわからぬ!勇者よ、今すぐ魔王を討伐せよ!」


「嫌です」


「なっ!?」


「だって、俺の妻ですし」


「国王の命令に逆らうつもりか!?」


「そもそも、討伐する必要あります?」


 俺は国王をまっすぐ見つめた。


「魔王軍は何年も人間を襲っていません。魔族たちは平和に暮らしているし、人間との商売だって始めています。それなのに、どうして討伐しなきゃいけないんですか?」


「そ、それは……魔王だからだ!」


「理由になってませんよ」


「黙れ!勇者の分際で!」


 国王が顔を真っ赤にして怒鳴った、そのときだった。


 城の外から、ものすごい歓声が聞こえてきた。


「……なんだ?」


 国王が怪訝そうに窓へ目を向ける。


 俺も外を覗いてみた。


 すると、王城の前には大勢の民衆が集まっていた。


『税金を下げろ!』


『もう生活できないぞ!』


『呼吸税なんてふざけるな!』


 ……ああ。


 ついに暴動が起きたらしい。


 しかも、よく見ると兵士たちまで民衆に混ざっている。


「へ、陛下!大変です!」


 慌てて駆け込んできた大臣が、青ざめた顔で叫んだ。


「国民が一斉に蜂起しました!各地の領主も王家への支持を撤回しております!」


「な、なんだと!?」


「さらに、近衛兵の半数が給料未払いを理由に職務を放棄しました!」


「なぜだ!?我は国のために税を集めていただけだぞ!?」


 いや、集めすぎなんだよ。


 魔王よりよっぽど国民を苦しめているじゃないか。


「陛下!このままでは王国は破綻します!」


 大臣は大量の書類を広げた。


「国庫はすでに底をつき、各国からの借入金も返済不能です!王家が抱える負債は、もはや国家予算の数十年分にも達しております!」


「な、なんとかならんのか!?」


「なりません!すでに債権者たちが王城に押しかけております!」


 ……うわあ。


 これはひどい。


 俺は呆れながら書類を眺めていたが、ふと、あることに気づいた。


 負債。


 借金。


 つまり、所持金がマイナスになるということだ。


 ……あれ?


 ちょっと待てよ。


 俺のスキルって、確か……。


 死んだら所持金が半分になるんだよな?


 俺は自分のウィンドウを開いた。


【特殊スキル:不屈の勇者】

 死亡時、最後に睡眠を取った場所で復活する。

 復活時、所持金が半分になる。

 発動回数に制限なし。


 ……やっぱり。


 ここには、所持金がプラスの場合に限るとは書かれていない。


 ということは……。


「……陛下、一つ提案があります」


「なんだ!?今はそれどころではないぞ!」


「その借金、全部俺にください」


「…………は?」


 国王が間の抜けた声を出した。


「だから、王国が抱えている借金を、全部俺の名義にしてください」


「貴様、何を言っておる!?」


「いいから。どうせ返せないんでしょう?」


「そ、それは……!」


 国王はしばらく考え込んだあと、突然、目を輝かせた。


「……そうか!貴様がすべての負債を肩代わりするというのだな!?」


「はい」


「よかろう!ならば、この国の借金はすべて貴様にくれてやる!」


「ありがとうございます」


「ついでに王位もくれてやるわ!こんな借金まみれの国など、もう知らん!」


「……え?」


 ちょっと待て。


 王位までくれるとは言ってないんだけど。


 しかし、国王はすでにやけくそになっていた。


「大臣!今すぐ書類を用意せよ!王国の全負債を勇者に移し、王位も譲渡するのだ!」


「は、はあ……!」


 大臣も混乱しながら、慌てて書類を用意し始めた。


 こうして俺は、なぜか王国の新しい国王になってしまった。


 しかも、莫大な借金つきで。


 手続きが完了した瞬間、目の前にウィンドウが現れた。


【所持金】

 -10,000,000,000ゴールド


 ……うわあ。


 百億ゴールドの借金かよ。


 とんでもない金額だな。


 だが、俺には一つだけ確かめたいことがあった。


「なあ、魔王」


「なんだ、勇者?」


「ちょっと頼みがあるんだけど」


「何だ?」


「久しぶりに、俺を燃やしてくれないか?」


「…………は?」


 魔王の表情が固まった。


「……貴様、何を言っている?」


「いや、ちょっと試したいことがあってさ」


「馬鹿者!せっかく結婚して、子供までいるというのに、なぜ今さらそんなことをせねばならんのだ!」


「頼む!一回だけ!」


「……まったく。貴様という男は……」


 魔王は困り果てたようにため息をついた。


 そして、何度も念を押したあと、渋々と魔法を構えた。


「……本当にいいのだな?」


「ああ!」


「……では、いくぞ」


 次の瞬間、懐かしい火球が飛んできた。


 ああ、この感じ。


 そういえば、昔は毎日のようにこれを食らってたんだよなあ……。


 そんなことを考えたところで、俺の意識は途切れた。


 ☆☆


「……おっ?」


 目を覚ますと、俺は魔王城の寝室にいた。


 結婚してからずっと使っている、広くて豪華なベッドだ。


 どうやら、最後に眠った場所から無事に復活したらしい。


「さて……」


 俺は期待を込めて、所持金のウィンドウを開いた。


【所持金】

 -5,000,000,000ゴールド


「……おおっ!」


 思わず声が出た。


 やっぱりだ!


 借金が半分になっている!


 百億ゴールドあった負債が、五十億ゴールドに減っていた。


 つまり、このスキルは所持金がマイナスの場合でも、問答無用で半分にしてくれるらしい。


「……これ、すごくないか?」


 俺は急いで寝室を飛び出した。


 王都までは走って二十分ほどだ。


 魔王城から王城へ全力疾走し、息を切らしながら玉座の間に戻ると、そこにはまだ元国王と大臣、そして魔王と娘がいた。


「おお、勇者……いや陛下!無事だったのですね!」


 大臣が驚いたように声を上げた。


「はい!それより、これを見てください!」


 俺は所持金のウィンドウを表示した。


【所持金】

 -5,000,000,000ゴールド


「……ん?」


 大臣が目を細めた。


「……ご、五十億ゴールド?」


「はい!」


「先ほどまで百億ゴールドの負債があったはずでは!?」


「死んだら半分になりました!」


「…………は?」


 元国王が口を開けたまま固まった。


「……貴様、何を言っておる?」


「だから、俺のスキルは死ぬと所持金が半分になるんです。借金も所持金として扱われるみたいで、ちゃんと半分になりました!」


「そ、そんな馬鹿な話があるかああああ!!」


 元国王の絶叫が玉座の間に響き渡った。


 ……いや、俺だってびっくりしてるよ。


 でも、実際に減ったんだから仕方ない。


「つまり、あと何回か死ねば、借金なんてほとんどなくなるってことですよね?」


「そ、そんなことが……!」


 大臣は震える手で計算を始めた。


「た、確かに……百億ゴールドの負債も、十回半減すれば一千万ゴールド以下……二十回なら一万ゴールド以下……!」


「ほら!」


「三十四回も半減すれば、一ゴールド未満になります!」


「おおっ!」


 俺は思わず拳を握った。


 なんだよ、このスキル!


 借金を返すために使ったほうが、よっぽど便利じゃないか!


 もっとも、魔王はまったく喜んでいなかった。


「……貴様」


「ん?」


「まさか、あと三十三回も我に燃やしてもらうつもりではあるまいな?」


「……え?」


 魔王はにっこりと微笑んでいた。


 だが、その背後には、なぜか黒い炎のようなものが揺らめいている。


「我はもう二度と貴様を燃やしたくないと言ったはずだぞ?」


「……あ、はい」


「それなのに、借金を減らすために何度も死のうなどと……」


「いや、でも、国のためだし……」


「駄目だ」


 即答だった。


「貴様は我と娘の大切な家族なのだ。いくら復活できるからといって、そのようなことを繰り返すのは許さん」


「……はい」


 ……昔はあんなに気軽に燃やしてきたくせに。


 いや、今は本当に心配してくれているんだろう。


 俺は素直に反省した。


「じゃあ、借金は普通に返すしかないか……」


「うむ。魔王城の財産もあるし、我も協力してやろう」


「……ありがとう」


 魔王が優しく微笑む。


 そのとき、大臣が恐る恐る口を開いた。


「あの……陛下」


「ん?」


「実は、先ほどの五十億ゴールドの減額について、債権者側から正式に確認が取れまして……」


「えっ?」


「陛下の特殊スキルによって、負債そのものが消滅しているようです。帳簿上も、契約上も、五十億ゴールド分の債務が存在しなくなっております」


「……マジで?」


「はい。ですから、残りの五十億ゴールドも……」


 大臣が期待に満ちた目で俺を見つめる。


 元国王も、同じような目をしていた。


 ……おい。


 お前ら、まさか。


「……もう一回だけ、燃やしてもらえないか?」


「駄目だ!」


 魔王に即答された。


 ……ですよね。


 ☆☆


 その後、王国では大規模な改革が行われた。


 まず、国民を苦しめていた理不尽な税金をすべて廃止した。


 呼吸税なんてものは、当然ながら導入前に白紙撤回である。


 酒税も適正な水準に戻し、冒険者登録税や武器携帯税も撤廃した。


 すると、他国へ逃げていた冒険者たちが次々と帰ってきた。


 王都には再びギルド酒場が建ち並び、街には活気が戻り始めた。


 さらに、魔王軍との和平交渉も驚くほどあっさり成立した。


「人間と魔族が仲良く暮らせるなら、それが一番であろう!」


 魔王がそう言っただけで、魔王軍の幹部たちが全員賛成したからだ。


 こうして、長年続いていた人間と魔族の対立は終わり、両者は正式に共存することになった。


 魔族が経営する飲食店も増え、今では魔王軍四天王が育てた野菜が王都の名物になっている。


 ちなみに、俺が引き受けた残り五十億ゴールドの借金については、魔王城の財産と王国の財政改革によって、少しずつ返済していくことになった。


 ……まあ、俺のスキルを使えば一瞬で減らせるんだけどな。


 そう思うたびに、魔王からものすごい目で睨まれるので、口には出さないことにしている。


 ☆☆


 それから数か月後。


 俺は魔王城の庭で、魔王と娘と一緒にのんびりお茶を飲んでいた。


「パパー!あそぼー!」


「おう、いいぞ!」


 娘を抱き上げると、魔王が穏やかに微笑んだ。


「ふふっ。本当に平和になったものだな」


「そうだな」


「そういえば、勇者よ」


「ん?」


「一つ、聞いてもよいか?」


 魔王は少し恥ずかしそうに頬を染めた。


「……どうして、あのとき我を好きになったのだ?」


「あのとき?」


「初めて魔王の間で会ったときだ。我は随分と怖い態度を取っていたであろう?」


「ああ……」


 俺は当時のことを思い出した。


 禍々しい玉座、青白い炎、威厳たっぷりに座っていた銀髪の美少女。


 そして、告白した瞬間に飛んできた巨大な火球。


 ……うん。


 普通に考えたら、絶対に好きになっちゃいけない相手だったな。


「まあ、単純に一目惚れだったよ」


「……それだけか?」


「うん。でも、五年間ずっと会いに行くうちに、見た目だけじゃなくて中身も大好きになったんだ」


「……まったく。貴様は本当に、恥ずかしいことを平気で言う男だな」


 魔王は頬を赤くしながら、嬉しそうに笑った。


 俺も笑い返す。


「でもさ、一つだけ気になってることがあるんだよな」


「何だ?」


「俺、昔は何百回も燃やされてたじゃん?」


「……そ、そうだな」


「今思えば、よくあれだけ燃やされても好きでいられたなって」


 魔王は一瞬、気まずそうに視線をそらした。


 そして、しばらく黙り込んだあと、小さな声で答えた。


「……あの頃は、我もどうしてよいかわからなかったのだ」


「そうなのか?」


「うむ。毎日のように告白してくる人間など、初めてだったからな。最初は本当に迷惑だったが……いつの間にか、貴様が来る時間を楽しみにしている自分がいたのだ」


 魔王は俺の手をそっと握った。


「それなのに、素直になれず……何度も燃やしてしまった」


「まあ、確かに何度も燃やされたな」


「……今では、あのようなことをしてしまったのを後悔しておる」


 魔王は少し寂しそうに微笑んだ。


「だから、もう二度と貴様を燃やしたくないのだ。いくら復活できるからといって、貴様がいなくなるのは嫌だからな」


「……そっか」


「うむ。我は、貴様と共に生きていきたいのだ」


 俺はその手を握り返した。


「俺もだよ」


 すると、娘が俺たちの間に割り込んできた。


「パパ!ママ!わたしもー!」


「はいはい、おいで!」


 三人で笑い合う。


 こんな何気ない日常が、今の俺にとって何より大切な宝物だった。


 かつて、俺は国王から魔王討伐を命じられた。


 与えられた旅支度金は五千ゴールド。そして、勇者の剣と盾。


 仲間を集めるはずのギルド酒場は潰れており、仕方なく一人で魔王城へ向かった。


 そこで出会った魔王に一目惚れし、何度も告白しては燃やされ、所持金を減らし続けた。


 百回を超えたあたりから数えるのもやめたが、結局何回復活したのか、自分でもわからない。


 それでも、五年かけて魔王の心を射止め、今では可愛い娘までいる。


 そして、人間と魔族は平和に暮らしている。


 ……つまり。


 魔王討伐という任務は、結果的に大成功だったわけだ。


「貴様、何を笑っておる?」


「いや、ちょっと昔のことを思い出してさ」


「まったく……変な男だな」


 魔王は呆れたように笑った。


 俺はそんな魔王と娘を眺めながら、心の中で呟いた。


 元国王様。


 あなたからいただいた五千ゴールドは、もう一ゴールドも残っていません。


 勇者の剣と盾も、とっくに売り払ってしまいました。


 おまけに、あなたが作った百億ゴールドの借金まで背負うことになりました。


 でも、おかげで俺は、お金では買えない幸せを手に入れることができました。


 だから、心から感謝しています。


 ……ただ、一つだけ言わせてください。


 最初からギルド酒場が営業していたら、俺は普通に仲間を集めて、魔王討伐の旅に出ていたはずです。


 そうなれば、きっと今の幸せはなかったでしょう。


 つまり、あなたが酒税を上げすぎてギルド酒場を全部潰したことが、結果的に世界平和につながったわけです。


 そう考えると、あなたにも少しは功績があったのかもしれませんね。


 ……まあ、だからといって許されるわけじゃありませんけど。


 ちなみに、退位した元国王は現在、王都の片隅で小さな酒場を経営しているらしい。


 ところが先日、売上が伸び悩んでいるという噂を聞いた。


 理由は簡単だ。


 酒一杯の値段が、ほかの店の十倍もするのだという。


 ……あの人、本当に何も学習してないな!


 そんなことを考えていると、娘が俺の袖を引っ張った。


「ねえ、パパ!」


「ん?どうした?」


「パパは、どうしてママとけっこんしたの?」


 突然の質問に、俺は思わず魔王と顔を見合わせた。


 魔王は少し驚いたあと、楽しそうに微笑んでいる。


「そうだなあ……パパがママのことを、世界で一番好きになったからかな」


「せかいでいちばん?」


「ああ。何があっても諦められないくらい、大好きだったんだ」


 娘はしばらく考え込んだあと、ぱっと顔を輝かせた。


「じゃあ、わたしもパパとけっこんする!」


「ははは!それは嬉しいな!」


「ちょ、ちょっと待て!」


 突然、魔王が慌てた声を上げた。


「貴様!娘に何を言っておるのだ!?」


「いや、別に何も……」


「駄目だ!貴様は我の夫なのだぞ!」


 魔王は頬を膨らませながら、俺の腕をぎゅっと掴んだ。


 ……おいおい。


 まさか、娘相手に嫉妬するとは思わなかったぞ。


「ママ、ずるーい!」


「ずるくなどない!パパは我の大切な夫なのだ!」


「わたしもパパだいすきだもん!」


「わ、我だって大好きだ!」


 ……なんだ、この幸せな争いは。


 俺は思わず笑ってしまった。


 すると、魔王がこちらを睨んできた。


「貴様!笑ってないで、何とか言わぬか!」


「そうだなあ……」


 俺は少し考えてから、二人をまとめて抱き寄せた。


「じゃあ、三人でずっと一緒にいよう。それでいいだろ?」


 娘は嬉しそうに頷いた。


「うん!」


 魔王も一瞬驚いたあと、柔らかく微笑んだ。


「……まったく。貴様には、本当に敵わぬな」


 その左手には、今も銀色の指輪が輝いている。


 勇者の剣と盾を売り払って買った、あの指輪だ。


 あのときは、まさか本当に結婚できるなんて思ってもいなかった。


 ましてや、こんな幸せな家庭を築けるなんて。


 俺は魔王と娘を見つめながら、心の底から思った。


 何度死んでも復活できるなんて、とんでもないスキルを持って生まれたけれど。


 今の俺には、もう二度と使う必要のない能力だ。


 だって、これからは死んで復活することよりも、家族と一緒に生きていくことのほうが、ずっと大切なのだから。


 ……まあ、借金はまだ五十億ゴールド残ってるんだけどな。


 それでも、俺は幸せだった。


 世界で一番可愛い魔王と、世界で一番可愛い娘に囲まれているのだから。


 勇者としての俺の冒険は、これでおしまい。


 でも、夫として、父親としての人生は、まだまだこれからだ。



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