死んだら所持金が半分になる勇者、魔王に五年間告白し続けた結果
何度燃やされても諦めない勇者と、素直になれない魔王のお話です。
気軽に楽しんでいただけたら嬉しいです。
俺が勇者に選ばれた理由は、たった一つ。
死んでも復活できるからだ。
しかも、最後に眠った場所から何度でも復活できるという、とんでもないスキルを持っている。
ただし、一つだけ欠点があった。
死ぬたびに所持金が半分になるのだ。
この世界では、自分の能力や所持金を半透明のウィンドウで確認できる。俺の場合、そこに表示されている特殊スキルは一つだけだった。
【特殊スキル:不屈の勇者】
死亡時、最後に睡眠を取った場所で復活する。
復活時、所持金が半分になる。
発動回数に制限なし。
……いや、確かにすごい能力だとは思う。
だが、それ以外の能力は一般人と変わらない。
剣術も魔法も使えないし、腕力だって普通だ。近所の農家のおじさんと腕相撲をしたら、普通に負ける自信がある。
そんな俺が、なぜか王城に呼び出された。
「勇者よ!そなたに魔王討伐を命ずる!」
玉座に座った国王が、やたらと偉そうに宣言した。
「いや、無理ですよ。俺、戦闘能力は普通の人間と変わりませんし」
「案ずるな!そなたには何度死んでも蘇るという、素晴らしいスキルがあるではないか!」
「死なないんじゃなくて、死んだあとに復活するだけなんですけど」
「何度でも挑戦できるのだ!いずれ魔王も倒せよう!」
とんでもない理屈だった。
どうやらこの国王、俺の命を無限に使える消耗品か何かだと思っているらしい。
「それでは、旅の支度として勇者の剣、勇者の盾、そして五千ゴールドを授けよう!」
五千ゴールドといえば、一か月は宿屋代に困らないくらいの金額だ。旅の支度金としては、なかなか太っ腹である。
そして国王が手を叩くと、兵士たちが立派な剣と盾、それから革袋を運んできた。
剣には美しい装飾が施され、盾には王国の紋章が刻まれている。いかにも伝説の装備といった見た目だ。
「おお……!」
思わず感心してしまった。
俺が剣と盾を受け取ると、目の前に半透明のウィンドウが現れた。
【装備】
武器:勇者の剣
防具:勇者の盾
【所持金】
5,000ゴールド
どうやら、ちゃんと所持品として認識されたらしい。
「この装備と資金を使い、仲間を集め、魔王を討伐してまいれ!」
「はあ……」
こうして俺は、半ば強制的に勇者として旅立つことになった。
ちなみに、国王は最後まで俺の名前を聞かなかった。
勇者って、そんな適当な扱いでいいのか?
☆☆
王城を出た俺は、まず仲間を集めることにした。
いくら死んでも復活できるとはいえ、俺自身はただの一般人だ。魔王どころか、その辺のスライムにすら勝てるか怪しい。
となれば、頼れる仲間が必要になる。
冒険者が集まるギルド酒場に行けば、腕の立つ戦士や魔法使いを雇えるはずだ。
ところが。
「えっ?ギルド酒場がない?」
通りすがりの商人に尋ねたところ、信じられない答えが返ってきた。
「ああ、半年前に最後の一軒が潰れたよ。この王国にはもう残ってないね」
「なんで!?」
「国王が税金を上げすぎたんだよ。酒税なんか去年だけで三回も上がったからね。酒一杯飲むだけで、ちょっとした宿屋に泊まれるくらいの金が飛ぶんだ」
「何やってんだ、あの王様!?」
「おまけに冒険者登録税、武器携帯税、魔法使用税まで作ったもんだから、冒険者たちはみんな他国へ逃げちまったよ」
……ひどい。
魔王に滅ぼされる以前に、国が自滅しかけている。
「ちなみに、最近は呼吸税を導入しようとしているらしいぞ」
「呼吸!?」
「生きている以上、誰もが空気を使っているから公平に徴収できるんだとさ」
もう滅んでもいいんじゃないか、この国。
いや、国民に罪はない。悪いのは間違いなく国王だ。
俺はため息をつきながら、商人に最寄りのギルド酒場がある街を尋ねた。
「ここから東へ馬車で三日ほど行ったところだね」
「三日かあ……」
「ちなみに魔王城なら、北へ歩いて二十分だよ」
「近っ!?」
なんで魔王城のほうが近いんだよ!
王都の防衛体制はどうなっている!?
しかし、仲間を集めるためだけに三日もかけるのは面倒だった。
俺には死んでも復活するスキルがある。最悪、魔王城の様子を見てから考えればいい。
「……ちょっと魔王城を見学してくるか」
こうして俺は、旅立って早々、たった一人で魔王城へ向かうことにした。
☆☆
魔王城は、想像以上に立派だった。
天を突くような黒い塔、禍々しい彫刻が施された城門、そして周囲を漂う不気味な霧。
いかにも最終決戦の舞台といった雰囲気である。
「うわあ……絶対、序盤に来る場所じゃないよな」
恐る恐る城門をくぐると、そこには複雑な迷宮が広がっていた。
無数の分かれ道、怪しげな扉、地下へ続く階段。
こんなの、まともに攻略したら何日かかるかわからない。
ところが、入口から少し進んだところで、俺は奇妙なものを発見した。
「……なんだ、これ?」
床に青白く輝く魔法陣が描かれている。
その横には、親切にも説明文が刻まれていた。
『魔王の間への転移装置。一度到達した者は、次回から使用可能』
どうやら、一度魔王の間まで到達すれば、次からは迷宮を省略できる仕組みらしい。
もっとも、俺には関係ない話だ。そもそも一度も到達していないのだから。
そう思いながら魔法陣を覗き込んだ瞬間、足元が青白く輝き始めた。
「……え?」
次の瞬間、俺は巨大な扉の前に立っていた。
……使えたんだけど。
どうやら以前、誰かが魔王の間まで到達し、転移装置を解放したままにしていたらしい。
つまり、一度誰かが攻略すれば、あとは誰でも使えるということか。
魔王城のセキュリティ、大丈夫か?
まあ、せっかくここまで来たのだ。
俺は目の前の巨大な扉に手をかけ、ゆっくりと押し開いた。
☆☆
「よくぞここまで来たな、勇者よ!」
広大な玉座の間に、凛とした女性の声が響き渡った。
高い天井には巨大なシャンデリアが吊るされ、左右には青白い炎が揺らめいている。
その最奥、黒い玉座に腰かけていたのは、一人の女性だった。
「幾多の試練を乗り越え、この我の前にたどり着いたこと、まずは褒めてやろう!」
いや、旅を始めてまだ三十分なんだけど。
しかも試練なんて一つも乗り越えてない。
そんなツッコミを入れようとした俺は、玉座の女性を見た瞬間、言葉を失った。
長く艶やかな銀色の髪。宝石のように輝く深紅の瞳。頭には小さな黒い角が二本生えており、背中には美しい漆黒の翼が広がっている。
整った顔立ちは驚くほど可愛らしく、威厳たっぷりに足を組んでいる姿さえ、どこか愛嬌があった。
……なんだ、この美少女。
いや、年齢はわからない。魔王なんだから何百歳という可能性もある。
でも、そんなことはどうでもよかった。
俺の心臓が、今まで経験したことのない勢いで跳ね上がったのだ。
「ふふふ……どうした、勇者よ。我の威圧に声も出ぬか?」
「……好きだ」
「……は?」
「一目惚れした!俺と付き合ってくれ!」
玉座の間に沈黙が落ちた。
魔王はしばらく目をぱちぱちさせていたが、やがて頬を引きつらせた。
「……貴様、何を言っている?」
「だから、俺と付き合ってくれ!」
「我は魔王だぞ!?」
「知ってる!」
「人間を滅ぼす存在なのだぞ!?」
「それでも好きだ!」
「…………」
魔王のこめかみに青筋が浮かんだ。
「ふざけるなああああ!!」
次の瞬間、巨大な火球が俺に向かって飛んできた。
避ける暇なんてなかった。
視界が真っ赤に染まり、俺の意識はあっさり途切れた。
☆☆
「……あれ?」
目を覚ますと、俺は自宅のベッドに寝ていた。
見慣れた天井、使い古した毛布、窓から差し込む朝の光。
どうやら、例のスキルが発動したらしい。
「本当に復活するんだな……」
自分にこのスキルがあることは昔から知っていたが、実際に死んだのは今回が初めてだ。正直、ちゃんと復活できるのか半信半疑だった。
体を確認してみたが、傷一つない。
勇者の剣と盾も、ちゃんと手元に戻っていた。
ただし、目の前に現れたウィンドウには、残念な数字が表示されていた。
【所持金】
2,500ゴールド
「……本当に半分になってる」
五千ゴールドあった旅支度金が、一瞬で二千五百ゴールドになってしまった。
死ぬたびに半分になるという説明は本当だったらしい。
「……まあ、いいか」
俺はベッドから飛び起きた。
頭の中には、あの銀髪の魔王の姿が焼きついていた。
あんなに可愛い女性を見たのは、生まれて初めてだ。
「よし、もう一回行こう!」
俺は再び魔王城へ向かった。
☆☆
「新たな勇者か……よくぞここまで来たな、」
「また来たぞ!」
「……は?」
「さっきは突然で悪かった!改めて、俺と付き合ってくれ!」
「貴様、なぜ生きている!?」
「そういうスキルなんだ!」
「意味がわからん!!」
燃やされた。
【所持金】
1,250ゴールド
☆☆
「また来たぞ!」
「また貴様か!?」
「俺と付き合ってくれ!」
「断る!!」
燃やされた。
【所持金】
625ゴールド
☆☆
「こんにちは!」
「もう来るなと言っただろう!?」
「でも、好きなんだ!」
「知るかあああ!!」
燃やされた。
【所持金】
312.5ゴールド
☆☆
十回目。
「俺と付き合ってくれ!」
「断る!」
燃やされた。
二十回目。
「俺と付き合ってくれ!」
「貴様には学習能力がないのか!?」
燃やされた。
五十回目。
「俺と付き合ってくれ!」
「もう少し別のことを言え!!」
燃やされた。
百回目。
「俺と付き合ってくれ!」
「百回目だぞ!?いい加減にしろ!!」
燃やされた。
ちなみに、この頃には所持金がほぼゼロになっていた。
正確には、五千ゴールドを百回以上半分にした結果、計算上は限りなくゼロに近い金額になっている。
だが、俺のスキルは律儀にも小数点以下の金額まで管理しているらしく、復活するたびに残高が半分になっていく。
……こんなところだけ無駄に高性能なのは、どうなんだ?
まあ、金なんてどうでもいい。
俺にはもっと大切なものがある。
魔王への恋心だ。
☆☆
それから一年が過ぎた。
「魔王!今日も好きだ!」
「……また来たのか、貴様」
「もちろん!」
「暇なのか?」
「お前に会う時間なら、いくらでもある!」
「しつこい!」
燃やされた。
二年目になると、魔王の反応にも変化が現れた。
「魔王!結婚してくれ!」
「付き合ってもいないのに結婚を申し込むな!」
「じゃあ、まずはお付き合いから!」
「断る!」
「どうしてだよ!?」
「そもそも我は貴様のことをよく知らん!」
「えっ?」
俺は思わず首をかしげた。
「もう二年以上、ほぼ毎日会ってるだろ?」
「…………」
「好きな食べ物は甘いもの、特に苺のケーキ。苦手なものは虫。朝は弱くて、寝起きは機嫌が悪い。趣味は読書で、最近は恋愛小説にはまってるよな?」
「……貴様、我のことを随分とよく覚えておるのだな」
「そりゃあ、好きな相手のことだからな」
「……っ!そ、そういうことを平然と口にするな!」
……いや、今まで何百回も告白してるんだけど。
いまさら照れられても困るぞ。
どうやら最近、俺が来ると普通に世間話をしてくれるようになっていた。
もちろん、告白すれば最後には燃やされる。
ただ、以前のように会った瞬間燃やされることは少なくなった。
☆☆
三年目。
「魔王!今日はお土産を持ってきたぞ!」
「……何だ、それは?」
「王都で買った苺のケーキだ!」
「……待て」
魔王はケーキを見るなり、怪訝そうに眉をひそめた。
「貴様、金はどうした?」
「え?」
「貴様は死ぬたびに所持金が半分になるのであろう?あれだけ我に燃やされておいて、まだ金が残っているはずがなかろう!」
「ああ、そのことか」
俺は何でもないことのように答えた。
「勇者の剣と盾を売ったんだ」
「……は?」
「結構いい値段で売れたぞ。さすが国王からもらった装備だな!」
「ばかたれええええ!!」
魔王の怒鳴り声が玉座の間に響き渡った。
「貴様!勇者の剣と盾といえば、人間の国に伝わる由緒正しき装備であろう!?それを売ったというのか!?」
「だって使わないし」
「使わない!?」
「俺、剣なんてまともに振れないからな。それに、盾で防いだところで、お前の魔法には勝てないだろ?」
「そ、それはそうだが……!」
「どうせまた燃やされて金が半分になるんだから、今のうちに何か買ったほうが得だと思ってさ」
魔王は額を押さえた。
「……貴様という男は、本当に常識がないな」
「まあまあ。それより、せっかく買ってきたんだから、一緒に食べようぜ!」
俺がケーキの箱を開けると、中には真っ赤な苺がたっぷり乗ったショートケーキが二つ並んでいた。
その瞬間、魔王の目が輝いた。
「……なかなか見事なものだな」
「だろ?お前が好きそうだと思ってさ」
「べ、別に嬉しくなどないぞ。ただ、せっかく持ってきたものを無駄にするのも忍びないからな」
「はいはい。ほら、食べようぜ!」
「う、うむ」
魔王はケーキを一口食べると、幸せそうに目を細めた。
……可愛い。
やっぱり、この人が好きだ。
「あ、そうだ。もう一つ買ってきたものがあるんだ」
「……まだあるのか?」
俺はポケットから、小さな箱を取り出した。
中に入っていたのは、銀色の指輪だった。
「……なっ!?」
魔王の動きが止まった。
「き、貴様!それは……!」
「指輪だよ。綺麗だったから買ってきたんだ」
「ゆ、指輪くらい見ればわかる!なぜ我にそんなものを……!」
「いつか結婚できたらいいなと思ってさ」
「けっ……!?」
魔王の顔が、一瞬で真っ赤になった。
「ま、待て!貴様、まだ我と付き合ってすらおらぬだろう!?」
「だから、いつかって言っただろ?」
「そ、それに、指輪など……そんなものを贈られても困る!」
「そうか?じゃあ、いらない?」
「…………」
魔王は指輪と俺の顔を交互に見つめた。
そして、しばらく黙り込んだあと、小さな声で呟いた。
「……いらぬとは言っておらん」
「ん?」
「せ、せっかく買ってきたものを捨てるのも忍びないからな!我が預かってやろう!」
「そっか!じゃあ、受け取ってくれ!」
俺が箱を差し出すと、魔王はおそるおそる指輪を手に取った。
その表情は、今まで見たことがないほど柔らかかった。
「……綺麗だな」
ぽつりと漏れた言葉に、俺の胸が温かくなる。
「お前に似合うと思ったんだ」
「……っ!」
魔王は慌てて顔をそむけた。
「ま、まったく!貴様はいつもいつも……!」
そう言いながらも、魔王は指輪を丁寧に箱へ戻し、大切そうに胸元へ抱えた。
……おっ?
これは、ひょっとして脈ありなんじゃないか?
「魔王!やっぱり俺と付き合ってくれ!」
「調子に乗るなああああ!!」
燃やされた。
……ちなみに、指輪はちゃんと受け取ってもらえたらしい。
次に会いに行ったとき、玉座の横にある小さな棚の上に、あの箱が大切そうに置かれていた。
それを見ただけで、俺はちょっと嬉しくなった。
☆☆
四年目。
「魔王、今日は何してたんだ?」
「……別に。書類仕事だ」
「大変だな」
「まったくだ。最近、部下どもが我に仕事を押しつけてばかりでな」
「手伝おうか?」
「貴様に何ができる?」
「掃除とか、お茶を淹れるくらいなら」
「……ならば、茶を頼む」
「任せろ!」
この頃には、魔王城の兵士たちも俺の顔を覚えていた。
最初は転移装置を使って魔王の間へ直行していたのだが、最近では城内を歩いていると、兵士たちが親切に案内してくれるようになっていた。
「勇者殿、今日もお疲れさまです」
「どうも!」
「魔王様なら、今は執務室にいらっしゃいますよ。こちらへどうぞ」
「ありがとう!」
……もはや敵の本拠地というより、
毎日のように通っている馴染みの家である。
ただし、告白すると相変わらず燃やされる。
お茶を淹れても、部屋を掃除しても、書類仕事を手伝っても、最後に「付き合ってくれ」と言えば火球が飛んでくる。
最近では、魔王の部下たちも慣れたものだった。
「勇者殿、本日もそろそろ燃やされるお時間ですか?」
「ああ、そろそろ告白してくる」
「では、明日もお待ちしております」
……帰るというより、復活地点に送り返されるだけなんだけどな。
そんなある日のこと。
いつものように執務室へ入った俺は、魔王の左手を見て思わず足を止めた。
「……あれ?」
「何だ、貴様?」
「その指輪……」
魔王の左手の薬指には、見覚えのある銀色の指輪が輝いていた。
三年目に俺が贈った、あの指輪だ。
「……っ!」
魔王は慌てて左手を隠した。
「こ、これは違うぞ!」
「いや、まだ何も言ってないけど」
「べ、別に深い意味などない!ただ、箱に入れたままではもったいないと思っただけだ!」
「そっか」
「そ、それだけだからな!」
「……でも、嬉しいよ」
「……っ!」
魔王は真っ赤になった顔をそむけた。
「ま、まったく……貴様は本当に……!」
その日の告白も、もちろん断られた。
そして、いつもどおり燃やされた。
だが、俺は復活したあとも、しばらく嬉しくて仕方がなかった。
あの指輪を、つけてくれていたのだから。
☆☆
そして、五年目の春。
「魔王、俺と付き合ってくれ!」
いつものように告白すると、魔王は深いため息をついた。
「……貴様、本当に諦めぬのだな」
「もちろん!」
「もう五年だぞ?」
「そうだな」
「五年もの間、何度も何度も我に告白し続けて……一体、何がそこまで貴様を駆り立てるのだ?」
俺は少し考えてから、素直に答えた。
「最初は、一目惚れだったんだ」
「……うむ」
「でも、今は違う」
魔王が不思議そうに首をかしげる。
「一緒に話して、笑って、たまに怒られて……そうやって過ごすうちに、お前のことをどんどん好きになったんだ」
「…………」
「強くて、綺麗で、ちょっと意地っ張りで。でも本当は優しくて、甘いものが大好きで……そんなお前と、これからもずっと一緒にいたいんだ」
魔王は何も言わなかった。
ただ、頬が少しずつ赤くなっていく。
「……馬鹿者」
やがて、小さな声が聞こえた。
「貴様は、本当に大馬鹿者だ」
「よく言われる」
「褒めておらん!」
魔王は顔をそむけた。
そして、しばらく黙り込んだあと、ぽつりと呟いた。
「……一つ、聞きたいことがある」
「何だ?」
「貴様は……我に何度も燃やされて、怖くはなかったのか?」
「全然!」
「……即答か。少しくらい怖がってもよかろうに」
「だって、復活したらまた会いに行けばいいだけだろ?」
「……貴様、我に燃やされることを何だと思っておるのだ?」
「ちょっと帰りが早くなるくらい?」
「そんな軽いものではないわ!」
「でも、実際そうだったしな。目が覚めたら、またお前に会いに行くだけだったから」
「……まったく。貴様という男は、本当に理解できぬ」
魔王は呆れたようにため息をついた。
「五年間だぞ?普通なら、とっくに諦めておる」
「まあ、普通の勇者なら一回目で終わってるだろうな」
「……それもそうだな」
魔王は思わず小さく笑った。
そして、しばらく俺を見つめたあと、少し恥ずかしそうに視線をそらした。
「……だが、我もいつの間にか、貴様が来るのを楽しみにしていたのだ」
「……本当か?」
「うむ。貴様が来ない日は、妙に落ち着かなくてな。気づけば、今日はまだ来ぬのかと考えるようになっていた」
「そっか。じゃあ、俺たち両思いだったんだな!」
「なっ!?まだそこまでは言っておらん!」
「えっ、違うのか?」
「……っ!まったく、貴様は……!」
魔王は真っ赤になった顔を隠すように、片手で額を押さえた。
その左手には、俺が贈った銀色の指輪が輝いている。
「……もうよい」
「ん?」
「貴様との交際を認めてやると言っているのだ!」
俺は一瞬、言葉の意味を理解できなかった。
「……えっ?本当に?」
「何度も言わせるな!」
「やったあああああ!!」
思わず飛び跳ねた俺を見て、魔王は呆れたように笑った。
「まったく……五年もかけて魔王を口説き落とす勇者など、聞いたことがないぞ」
「俺も聞いたことない!」
「そこは少しは格好をつけろ!」
こうして俺は、ついに魔王の心を射止めた。
魔王討伐のために旅立った勇者が、魔王と恋人同士になってしまったのである。
☆☆
それから、さらに数年が過ぎた。
俺と魔王は魔王城で一緒に暮らすようになり、やがて結婚した。
結婚式には魔族の幹部たちが勢ぞろいし、なぜか人間の俺よりも魔王のほうが緊張していた。
そして、翌年には可愛い娘も生まれた。
銀色の髪と小さな黒い角を持つ、母親そっくりの女の子だ。
「ほら!見てみろ!この子がもう立てるようになったぞ!」
「おおっ!すごいな!」
「ふふっ、さすが我らの娘だな!」
魔王は娘を抱き上げると、嬉しそうに頬を緩めた。
かつては世界を滅ぼそうとしていた魔王が、今では娘の成長に一喜一憂している。
人生、何が起こるかわからないものだ。
そんな平和な日々を過ごしていた、ある日のこと。
王国から一通の手紙が届いた。
『勇者よ。魔王討伐の進捗を報告せよ。至急、王城へ参上すること』
……あ。
そういえば、俺って勇者だったな。
完全に忘れていた。
☆☆
「勇者よ!ようやく戻ったか!」
数年ぶりに訪れた王城で、国王は相変わらず偉そうにふんぞり返っていた。
ただし、以前よりも随分と老け込んでいる。
どうやら国の財政はさらに悪化しているらしく、以前は豪華な調度品で埋め尽くされていた玉座の間も、今では妙に殺風景になっていた。
……王城まで節約生活を始めたのか?
「して、魔王討伐の進捗はどうなっておる?」
「はい。無事、完了しました!」
「おおっ!そうか!ついに魔王を討ち取ったのだな!」
「いえ、討ち取ってはいません」
「……何?」
「心を射止めました!」
「…………は?」
俺は後ろを振り返った。
「入ってきていいぞ!」
「うむ」
扉が開き、銀髪の美しい女性が、小さな女の子の手を引いて入ってきた。
「初めまして、国王よ。我が魔王だ」
「こんにちはー!」
娘が元気よく挨拶した。
国王は口を開けたまま固まっている。
「……ま、魔王?」
「はい。こちらが俺の妻で、魔王です。こっちは娘です!」
「むす……め?」
「可愛いでしょう?」
「そ、そういう問題ではなあああい!!」
国王の怒鳴り声が玉座の間に響き渡った。
「貴様!魔王を討伐しろと命じたはずだぞ!なぜ結婚しておるのだ!?」
「いやあ、ちょっと一目惚れしまして」
「一目惚れ!?」
「それで五年間告白し続けたら、付き合ってもらえたんです」
「五年間!?」
「はい。そのあと結婚して、子供も生まれました!」
国王は頭を抱えた。
「そんな馬鹿な話があるか!!」
「でも、事実ですし」
「魔王は人間を滅ぼす存在なのだぞ!?」
その言葉に、魔王が不思議そうに首をかしげた。
「……人間を滅ぼす?」
「そうだ!貴様は人類の敵であろう!」
「ふむ……確かに、昔はそのようなことを考えていた時期もあったがな」
魔王は少し困ったように笑った。
「この男が毎日のように告白しに来るものだから、途中からそれどころではなくなってしまったのだ」
「……は?」
「最初の五年間は、こやつの相手をするだけで大変だったしな。そのあとは一緒に暮らし、結婚し、子供が生まれて……今は育児で毎日忙しいのだ」
「…………」
「正直、人間を滅ぼしている暇などなかったぞ」
国王の顔が引きつった。
俺も横から補足する。
「ちなみに、ここ数年は魔王軍による侵攻も一切ありませんよね?」
「そ、それは……確かに……」
「魔王城の魔族たちも、今では普通に畑を耕したり、商売したりしてますよ」
「な、なんだと!?」
「この前なんか、魔王軍の四天王が王都の市場で野菜を売ってました」
「四天王が!?」
「はい。トマトが安くて助かりました」
魔王も満足そうに頷いた。
「うむ。あやつは最近、農業に夢中でな。今度、品評会にも出るそうだぞ」
国王は完全に言葉を失っていた。
まあ、無理もない。
世界を滅ぼすはずの魔王軍が、今では農業に精を出しているのだから。
☆☆
「……だが、それでも魔王は危険な存在だ!」
しばらくして、国王が再び声を張り上げた。
「今は大人しくしていても、いつ人間に牙をむくかわからぬ!勇者よ、今すぐ魔王を討伐せよ!」
「嫌です」
「なっ!?」
「だって、俺の妻ですし」
「国王の命令に逆らうつもりか!?」
「そもそも、討伐する必要あります?」
俺は国王をまっすぐ見つめた。
「魔王軍は何年も人間を襲っていません。魔族たちは平和に暮らしているし、人間との商売だって始めています。それなのに、どうして討伐しなきゃいけないんですか?」
「そ、それは……魔王だからだ!」
「理由になってませんよ」
「黙れ!勇者の分際で!」
国王が顔を真っ赤にして怒鳴った、そのときだった。
城の外から、ものすごい歓声が聞こえてきた。
「……なんだ?」
国王が怪訝そうに窓へ目を向ける。
俺も外を覗いてみた。
すると、王城の前には大勢の民衆が集まっていた。
『税金を下げろ!』
『もう生活できないぞ!』
『呼吸税なんてふざけるな!』
……ああ。
ついに暴動が起きたらしい。
しかも、よく見ると兵士たちまで民衆に混ざっている。
「へ、陛下!大変です!」
慌てて駆け込んできた大臣が、青ざめた顔で叫んだ。
「国民が一斉に蜂起しました!各地の領主も王家への支持を撤回しております!」
「な、なんだと!?」
「さらに、近衛兵の半数が給料未払いを理由に職務を放棄しました!」
「なぜだ!?我は国のために税を集めていただけだぞ!?」
いや、集めすぎなんだよ。
魔王よりよっぽど国民を苦しめているじゃないか。
「陛下!このままでは王国は破綻します!」
大臣は大量の書類を広げた。
「国庫はすでに底をつき、各国からの借入金も返済不能です!王家が抱える負債は、もはや国家予算の数十年分にも達しております!」
「な、なんとかならんのか!?」
「なりません!すでに債権者たちが王城に押しかけております!」
……うわあ。
これはひどい。
俺は呆れながら書類を眺めていたが、ふと、あることに気づいた。
負債。
借金。
つまり、所持金がマイナスになるということだ。
……あれ?
ちょっと待てよ。
俺のスキルって、確か……。
死んだら所持金が半分になるんだよな?
俺は自分のウィンドウを開いた。
【特殊スキル:不屈の勇者】
死亡時、最後に睡眠を取った場所で復活する。
復活時、所持金が半分になる。
発動回数に制限なし。
……やっぱり。
ここには、所持金がプラスの場合に限るとは書かれていない。
ということは……。
「……陛下、一つ提案があります」
「なんだ!?今はそれどころではないぞ!」
「その借金、全部俺にください」
「…………は?」
国王が間の抜けた声を出した。
「だから、王国が抱えている借金を、全部俺の名義にしてください」
「貴様、何を言っておる!?」
「いいから。どうせ返せないんでしょう?」
「そ、それは……!」
国王はしばらく考え込んだあと、突然、目を輝かせた。
「……そうか!貴様がすべての負債を肩代わりするというのだな!?」
「はい」
「よかろう!ならば、この国の借金はすべて貴様にくれてやる!」
「ありがとうございます」
「ついでに王位もくれてやるわ!こんな借金まみれの国など、もう知らん!」
「……え?」
ちょっと待て。
王位までくれるとは言ってないんだけど。
しかし、国王はすでにやけくそになっていた。
「大臣!今すぐ書類を用意せよ!王国の全負債を勇者に移し、王位も譲渡するのだ!」
「は、はあ……!」
大臣も混乱しながら、慌てて書類を用意し始めた。
こうして俺は、なぜか王国の新しい国王になってしまった。
しかも、莫大な借金つきで。
手続きが完了した瞬間、目の前にウィンドウが現れた。
【所持金】
-10,000,000,000ゴールド
……うわあ。
百億ゴールドの借金かよ。
とんでもない金額だな。
だが、俺には一つだけ確かめたいことがあった。
「なあ、魔王」
「なんだ、勇者?」
「ちょっと頼みがあるんだけど」
「何だ?」
「久しぶりに、俺を燃やしてくれないか?」
「…………は?」
魔王の表情が固まった。
「……貴様、何を言っている?」
「いや、ちょっと試したいことがあってさ」
「馬鹿者!せっかく結婚して、子供までいるというのに、なぜ今さらそんなことをせねばならんのだ!」
「頼む!一回だけ!」
「……まったく。貴様という男は……」
魔王は困り果てたようにため息をついた。
そして、何度も念を押したあと、渋々と魔法を構えた。
「……本当にいいのだな?」
「ああ!」
「……では、いくぞ」
次の瞬間、懐かしい火球が飛んできた。
ああ、この感じ。
そういえば、昔は毎日のようにこれを食らってたんだよなあ……。
そんなことを考えたところで、俺の意識は途切れた。
☆☆
「……おっ?」
目を覚ますと、俺は魔王城の寝室にいた。
結婚してからずっと使っている、広くて豪華なベッドだ。
どうやら、最後に眠った場所から無事に復活したらしい。
「さて……」
俺は期待を込めて、所持金のウィンドウを開いた。
【所持金】
-5,000,000,000ゴールド
「……おおっ!」
思わず声が出た。
やっぱりだ!
借金が半分になっている!
百億ゴールドあった負債が、五十億ゴールドに減っていた。
つまり、このスキルは所持金がマイナスの場合でも、問答無用で半分にしてくれるらしい。
「……これ、すごくないか?」
俺は急いで寝室を飛び出した。
王都までは走って二十分ほどだ。
魔王城から王城へ全力疾走し、息を切らしながら玉座の間に戻ると、そこにはまだ元国王と大臣、そして魔王と娘がいた。
「おお、勇者……いや陛下!無事だったのですね!」
大臣が驚いたように声を上げた。
「はい!それより、これを見てください!」
俺は所持金のウィンドウを表示した。
【所持金】
-5,000,000,000ゴールド
「……ん?」
大臣が目を細めた。
「……ご、五十億ゴールド?」
「はい!」
「先ほどまで百億ゴールドの負債があったはずでは!?」
「死んだら半分になりました!」
「…………は?」
元国王が口を開けたまま固まった。
「……貴様、何を言っておる?」
「だから、俺のスキルは死ぬと所持金が半分になるんです。借金も所持金として扱われるみたいで、ちゃんと半分になりました!」
「そ、そんな馬鹿な話があるかああああ!!」
元国王の絶叫が玉座の間に響き渡った。
……いや、俺だってびっくりしてるよ。
でも、実際に減ったんだから仕方ない。
「つまり、あと何回か死ねば、借金なんてほとんどなくなるってことですよね?」
「そ、そんなことが……!」
大臣は震える手で計算を始めた。
「た、確かに……百億ゴールドの負債も、十回半減すれば一千万ゴールド以下……二十回なら一万ゴールド以下……!」
「ほら!」
「三十四回も半減すれば、一ゴールド未満になります!」
「おおっ!」
俺は思わず拳を握った。
なんだよ、このスキル!
借金を返すために使ったほうが、よっぽど便利じゃないか!
もっとも、魔王はまったく喜んでいなかった。
「……貴様」
「ん?」
「まさか、あと三十三回も我に燃やしてもらうつもりではあるまいな?」
「……え?」
魔王はにっこりと微笑んでいた。
だが、その背後には、なぜか黒い炎のようなものが揺らめいている。
「我はもう二度と貴様を燃やしたくないと言ったはずだぞ?」
「……あ、はい」
「それなのに、借金を減らすために何度も死のうなどと……」
「いや、でも、国のためだし……」
「駄目だ」
即答だった。
「貴様は我と娘の大切な家族なのだ。いくら復活できるからといって、そのようなことを繰り返すのは許さん」
「……はい」
……昔はあんなに気軽に燃やしてきたくせに。
いや、今は本当に心配してくれているんだろう。
俺は素直に反省した。
「じゃあ、借金は普通に返すしかないか……」
「うむ。魔王城の財産もあるし、我も協力してやろう」
「……ありがとう」
魔王が優しく微笑む。
そのとき、大臣が恐る恐る口を開いた。
「あの……陛下」
「ん?」
「実は、先ほどの五十億ゴールドの減額について、債権者側から正式に確認が取れまして……」
「えっ?」
「陛下の特殊スキルによって、負債そのものが消滅しているようです。帳簿上も、契約上も、五十億ゴールド分の債務が存在しなくなっております」
「……マジで?」
「はい。ですから、残りの五十億ゴールドも……」
大臣が期待に満ちた目で俺を見つめる。
元国王も、同じような目をしていた。
……おい。
お前ら、まさか。
「……もう一回だけ、燃やしてもらえないか?」
「駄目だ!」
魔王に即答された。
……ですよね。
☆☆
その後、王国では大規模な改革が行われた。
まず、国民を苦しめていた理不尽な税金をすべて廃止した。
呼吸税なんてものは、当然ながら導入前に白紙撤回である。
酒税も適正な水準に戻し、冒険者登録税や武器携帯税も撤廃した。
すると、他国へ逃げていた冒険者たちが次々と帰ってきた。
王都には再びギルド酒場が建ち並び、街には活気が戻り始めた。
さらに、魔王軍との和平交渉も驚くほどあっさり成立した。
「人間と魔族が仲良く暮らせるなら、それが一番であろう!」
魔王がそう言っただけで、魔王軍の幹部たちが全員賛成したからだ。
こうして、長年続いていた人間と魔族の対立は終わり、両者は正式に共存することになった。
魔族が経営する飲食店も増え、今では魔王軍四天王が育てた野菜が王都の名物になっている。
ちなみに、俺が引き受けた残り五十億ゴールドの借金については、魔王城の財産と王国の財政改革によって、少しずつ返済していくことになった。
……まあ、俺のスキルを使えば一瞬で減らせるんだけどな。
そう思うたびに、魔王からものすごい目で睨まれるので、口には出さないことにしている。
☆☆
それから数か月後。
俺は魔王城の庭で、魔王と娘と一緒にのんびりお茶を飲んでいた。
「パパー!あそぼー!」
「おう、いいぞ!」
娘を抱き上げると、魔王が穏やかに微笑んだ。
「ふふっ。本当に平和になったものだな」
「そうだな」
「そういえば、勇者よ」
「ん?」
「一つ、聞いてもよいか?」
魔王は少し恥ずかしそうに頬を染めた。
「……どうして、あのとき我を好きになったのだ?」
「あのとき?」
「初めて魔王の間で会ったときだ。我は随分と怖い態度を取っていたであろう?」
「ああ……」
俺は当時のことを思い出した。
禍々しい玉座、青白い炎、威厳たっぷりに座っていた銀髪の美少女。
そして、告白した瞬間に飛んできた巨大な火球。
……うん。
普通に考えたら、絶対に好きになっちゃいけない相手だったな。
「まあ、単純に一目惚れだったよ」
「……それだけか?」
「うん。でも、五年間ずっと会いに行くうちに、見た目だけじゃなくて中身も大好きになったんだ」
「……まったく。貴様は本当に、恥ずかしいことを平気で言う男だな」
魔王は頬を赤くしながら、嬉しそうに笑った。
俺も笑い返す。
「でもさ、一つだけ気になってることがあるんだよな」
「何だ?」
「俺、昔は何百回も燃やされてたじゃん?」
「……そ、そうだな」
「今思えば、よくあれだけ燃やされても好きでいられたなって」
魔王は一瞬、気まずそうに視線をそらした。
そして、しばらく黙り込んだあと、小さな声で答えた。
「……あの頃は、我もどうしてよいかわからなかったのだ」
「そうなのか?」
「うむ。毎日のように告白してくる人間など、初めてだったからな。最初は本当に迷惑だったが……いつの間にか、貴様が来る時間を楽しみにしている自分がいたのだ」
魔王は俺の手をそっと握った。
「それなのに、素直になれず……何度も燃やしてしまった」
「まあ、確かに何度も燃やされたな」
「……今では、あのようなことをしてしまったのを後悔しておる」
魔王は少し寂しそうに微笑んだ。
「だから、もう二度と貴様を燃やしたくないのだ。いくら復活できるからといって、貴様がいなくなるのは嫌だからな」
「……そっか」
「うむ。我は、貴様と共に生きていきたいのだ」
俺はその手を握り返した。
「俺もだよ」
すると、娘が俺たちの間に割り込んできた。
「パパ!ママ!わたしもー!」
「はいはい、おいで!」
三人で笑い合う。
こんな何気ない日常が、今の俺にとって何より大切な宝物だった。
かつて、俺は国王から魔王討伐を命じられた。
与えられた旅支度金は五千ゴールド。そして、勇者の剣と盾。
仲間を集めるはずのギルド酒場は潰れており、仕方なく一人で魔王城へ向かった。
そこで出会った魔王に一目惚れし、何度も告白しては燃やされ、所持金を減らし続けた。
百回を超えたあたりから数えるのもやめたが、結局何回復活したのか、自分でもわからない。
それでも、五年かけて魔王の心を射止め、今では可愛い娘までいる。
そして、人間と魔族は平和に暮らしている。
……つまり。
魔王討伐という任務は、結果的に大成功だったわけだ。
「貴様、何を笑っておる?」
「いや、ちょっと昔のことを思い出してさ」
「まったく……変な男だな」
魔王は呆れたように笑った。
俺はそんな魔王と娘を眺めながら、心の中で呟いた。
元国王様。
あなたからいただいた五千ゴールドは、もう一ゴールドも残っていません。
勇者の剣と盾も、とっくに売り払ってしまいました。
おまけに、あなたが作った百億ゴールドの借金まで背負うことになりました。
でも、おかげで俺は、お金では買えない幸せを手に入れることができました。
だから、心から感謝しています。
……ただ、一つだけ言わせてください。
最初からギルド酒場が営業していたら、俺は普通に仲間を集めて、魔王討伐の旅に出ていたはずです。
そうなれば、きっと今の幸せはなかったでしょう。
つまり、あなたが酒税を上げすぎてギルド酒場を全部潰したことが、結果的に世界平和につながったわけです。
そう考えると、あなたにも少しは功績があったのかもしれませんね。
……まあ、だからといって許されるわけじゃありませんけど。
ちなみに、退位した元国王は現在、王都の片隅で小さな酒場を経営しているらしい。
ところが先日、売上が伸び悩んでいるという噂を聞いた。
理由は簡単だ。
酒一杯の値段が、ほかの店の十倍もするのだという。
……あの人、本当に何も学習してないな!
そんなことを考えていると、娘が俺の袖を引っ張った。
「ねえ、パパ!」
「ん?どうした?」
「パパは、どうしてママとけっこんしたの?」
突然の質問に、俺は思わず魔王と顔を見合わせた。
魔王は少し驚いたあと、楽しそうに微笑んでいる。
「そうだなあ……パパがママのことを、世界で一番好きになったからかな」
「せかいでいちばん?」
「ああ。何があっても諦められないくらい、大好きだったんだ」
娘はしばらく考え込んだあと、ぱっと顔を輝かせた。
「じゃあ、わたしもパパとけっこんする!」
「ははは!それは嬉しいな!」
「ちょ、ちょっと待て!」
突然、魔王が慌てた声を上げた。
「貴様!娘に何を言っておるのだ!?」
「いや、別に何も……」
「駄目だ!貴様は我の夫なのだぞ!」
魔王は頬を膨らませながら、俺の腕をぎゅっと掴んだ。
……おいおい。
まさか、娘相手に嫉妬するとは思わなかったぞ。
「ママ、ずるーい!」
「ずるくなどない!パパは我の大切な夫なのだ!」
「わたしもパパだいすきだもん!」
「わ、我だって大好きだ!」
……なんだ、この幸せな争いは。
俺は思わず笑ってしまった。
すると、魔王がこちらを睨んできた。
「貴様!笑ってないで、何とか言わぬか!」
「そうだなあ……」
俺は少し考えてから、二人をまとめて抱き寄せた。
「じゃあ、三人でずっと一緒にいよう。それでいいだろ?」
娘は嬉しそうに頷いた。
「うん!」
魔王も一瞬驚いたあと、柔らかく微笑んだ。
「……まったく。貴様には、本当に敵わぬな」
その左手には、今も銀色の指輪が輝いている。
勇者の剣と盾を売り払って買った、あの指輪だ。
あのときは、まさか本当に結婚できるなんて思ってもいなかった。
ましてや、こんな幸せな家庭を築けるなんて。
俺は魔王と娘を見つめながら、心の底から思った。
何度死んでも復活できるなんて、とんでもないスキルを持って生まれたけれど。
今の俺には、もう二度と使う必要のない能力だ。
だって、これからは死んで復活することよりも、家族と一緒に生きていくことのほうが、ずっと大切なのだから。
……まあ、借金はまだ五十億ゴールド残ってるんだけどな。
それでも、俺は幸せだった。
世界で一番可愛い魔王と、世界で一番可愛い娘に囲まれているのだから。
勇者としての俺の冒険は、これでおしまい。
でも、夫として、父親としての人生は、まだまだこれからだ。
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