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森のカフェしっぽっぽ  作者: 此花サギリ


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第6話 魔市大混乱

 その日の地下は、最初から騒がしかった。


 サトルが階段を降りた瞬間、空気がびりっと震える。


 「……嫌な予感しかしない」


 案の定、倉庫兼店舗の向こう――異世界の市場区画が大混雑していた。


 色とりどりの旗。

 怒号。

 魔力のきらめき。

 そして、やたらと多い人影。


 蜥蜴人族(リザードマン)が三匹、同時に叫んでいる。


 鉱人族(ドワーフ)が木箱を山のように積み上げている。


 森人族(エルフ)が額を押さえている。


 「ガルド! 何だこれは!」


 サトルが叫ぶ。


 ガルド――蜥蜴人族(リザードマン)の商人が振り向く。


 「人間、祭りだ」


 「聞いてない!」


 「言ってない」


 胸を張るな。



魔導市の日


 森人族(エルフ)が静かに説明する。


 「本日は年に一度の“魔導市”」


 「それをなぜ今日言う」


 「今言った」


 理屈は正しいが遅い。


 魔導市とは、魔力を帯びた品を大量に売買する日らしい。


 市場全体の魔力濃度が上がり、価格も上がり、テンションも上がる。


 そしてトラブルも上がる。


 「今日は大量仕入れの予定だったんだが」


 サトルが頭を抱える。


 「価格三倍だ」


 ガルドが即答。


 「帰る」


 「待て」


 すでに囲まれている。



交渉開始


 鉱人族(ドワーフ)の親方が大声を上げる。


 「人間! この魔導カップはどうだ!」


 「昨日の三倍だろ!」


 「祭り価格だ!」


 「暴利だ!」


 周囲の蜥蜴人族(リザードマン)が笑う。


 「人間、値切れ」


 ガルドが言う。


 「値切る前提か」


 サトルは深呼吸する。


 ここで慌てると負ける。


 五十代後半、人生経験だけはある。


 「まとめ買いだ。数で勝負しよう」


 「ほう?」


 森人族(エルフ)が目を細める。


 「地上で安定的に売れる。長期契約だ」


 市場がざわつく。


 異世界の商人たちは“継続”に弱い。


 ガルドが腕を組む。


 「具体的には?」


 「毎月固定量。価格は祭り価格の一・五倍」


 「二倍だ」


 「一・七」


 「一・九」


 「一・八」


 沈黙。


 周囲の鉱人族(ドワーフ)がひそひそ話す。


 森人族(エルフ)が静かに言う。


 「一・八五」


 「細かい!」


 だが妥当だ。


 「……乗った」


 ガルドがうなずく。


 市場から歓声が上がる。


 なぜ歓声。



予想外の問題


 契約がまとまった瞬間。


 市場の中央で爆発音。


 どんっ。


 魔力の波が広がる。


 「今度は何だ!」


 サトルが叫ぶ。


 中央では、若い蜥蜴人族(リザードマン)が青ざめている。


 その前には、暴走する魔導ランタン。


 光がぐるぐる回り、火花を散らす。


 「試作品だ!」


 鉱人族(ドワーフ)が叫ぶ。


 「祭りで出すな!」


 サトルは反射的に距離を取る。


 魔力波が倉庫側まで届く。


 境界が揺らぐ。


 「やめろ、地上に影響出るぞ!」


 森人族(エルフ)が眉をひそめる。


 「均衡が乱れる」


 嫌なワードだ。



とばっちり


 その瞬間、サトルの脳裏に浮かぶ。


 棚の影で震えるジル。


 もし地下の魔力が乱れれば――


 「止めろ!」


 サトルは叫ぶ。


 だが若い蜥蜴人族(リザードマン)は固まっている。


 怖いのだ。


 暴走ランタンがさらに輝く。


 「……ちくしょう」


 サトルは走る。


 五十代後半、全力疾走。


 膝が抗議するが無視。


 ランタンをつかむ。


 熱い。


 「止まれえええ!」


 意味はないが叫ぶ。


 そのとき。


 森人族(エルフ)が呪文を唱える。


 鉱人族(ドワーフ)が魔力遮断布を投げる。


 ガルドが尾でランタンを叩く。


 連携。


 光が収束する。


 静寂。


 サトルはその場にへたり込む。


 「心臓に悪い……」



若い商人


 若い蜥蜴人族(リザードマン)が震えている。


 「あ、あの……すまない」


 サトルは息を整えながら見る。


 震えている。


 だが逃げなかった。


 「怖かったか」


 若い商人はうなずく。


 「でも、逃げたらもっと大変になると思って」


 サトルはふっと笑う。


 どこかで見た構図だ。


 「怖いまま立ってたな」


 「え?」


 「それで十分だ」


 ガルドが鼻を鳴らす。


 「人間のくせに偉そうだ」


 「くせには余計だ」



祭りの終わり


 騒ぎは収まり、市場は再び賑わう。


 契約は成立。


 仕入れも完了。


 サトルは荷をまとめる。


 森人族(エルフ)が静かに言う。


 「今日の行動、評価する」


 「値引きは?」


 「それは別だ」


 冷静すぎる。


 ガルドが肩を叩く。


 「人間、次の祭りも来い」


 「心臓が持てばな」



地上へ


 地下から戻る。


 階段を上がるたびに、空気が軽くなる。


 一階では、


 イチが王の顔で座り、

 きなが丸まり、

 トラが客に甘え、

 チビが通路を塞ぎ、

 ジルが棚の影で震えている。


 ロンは寝ている。


 平和だ。


 ジルがサトルを見る。


 震えている。


 「向こうも震えてたぞ」


 通じないが言う。


 怖いまま立っている存在は、世界を越えているらしい。


 サトルはカウンターに立つ。


 今日も地上は静かだ。


 だが地下では、魔導市の余韻が続いている。


 森のカフェしっぽっぽは、異世界とつながっている。


 騒ぎも、契約も、爆発も。


 全部抱えて、今日も営業する。


 ジルが物音にびくっと跳ねる。


 サトルもつられて跳ねる。


 ロンだけが、最後まで平常運転だった。

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