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第八章:砂の城の崩壊

 一方、東京。美紀の高級マンション。

 リビングには、ブランド物のバッグや服が、所狭しと並べられていた。

 美紀は、グラスのシャンパンを飲み干し、不倫相手の佐藤さとうに、甘えるような声を上げた。


「ねえ佐藤さん。例の『未公開株投資』、もうすぐ倍になるのよね? そしたら、港区のあのマンション、本当に買えるのよね?」


「もちろんだよ、美紀さん。僕の言う通りにすれば、君は一生、世界中のセレブが羨む生活ができる」


 佐藤は、美紀の肩を抱きながら、余裕たっぷりの笑みを浮かべた。

 だが、その瞳の奥には、冷酷な詐欺師の光が宿っていた。

 彼はすでに、美紀が健一から勝ち取った(と思った)貯金と家の売却益、合わせて一億円近くを、佐藤の「未公開株投資」につぎ込ませていた。


「結衣と愛梨も、佐藤さんのこと、本当のパパみたいに慕ってるし。あんな無能な万年主任とは、大違い」


「ハハハ。子供は正直だからね。……美紀さん、例の投資だけど、あと五百万ほど追加できそうかな? 今が一番の買い時なんだ」


「ええ、もちろん! 健一の残した貯金の一部があるわ。……明日、振り込んでおくわね」


 美紀は、自分たちが「泥舟」から降りて「豪華客船」に乗ったと、信じて疑わなかった。

 その船が、佐藤という名の诈欺師が作った、砂の城であるとも知らずに。


 運命の日。

 

 美紀が佐藤の携帯に電話をかけた時、スピーカーから聞こえてきたのは、冷たい機械音声だった。


『おかけになった電話は、現在使われておりません……』


「……え?」


 美紀は、何度もかけ直した。だが、何度かけても、聞こえてくるのは同じ音声だった。

 胸が、騒ぎ出す。

 彼女は、佐藤の指定した投資会社へと向かった。

 だが、そこに佐藤の言う「エリート投資家たちのオフィス」はなかった。あるのは、埃を被った古い雑居ビルの一室と、ドアに貼られた「テナント募集」の紙だけだった。


「……嘘。嘘よ。そんなはずないわ!」


 美紀は、その場に泣き崩れた。

 一瞬にして、全財産を失った。健一という「安定した盾」を自ら捨て、詐欺師という名の「幻」を追い求めた結果が、これだった。


「ママ、どうしたの? 早く佐藤さんの別荘に行こうよ」


 帰宅した結衣が、ブランド物のバッグを傍らに置き、急かすように言った。

 美紀は、娘を見つめ、血の気の引いた顔で呟いた。


「……結衣。佐藤さんは、詐欺師だったの。私たちの金、全部持っていかれちゃったの」


「……はあ? 何言ってんの? ママ、馬鹿じゃないの!?」


 結衣の顔が、一瞬にして嫌悪感に染まった。


「パパと別れなきゃ、あんな広い家に住めてたのに! ママのせいだよ! パパなら、もっとマシな生活ができたのに!」


 隣で聞いていた愛梨も、同調するように美紀を罵倒した。


「本当。ママ、佐藤さんに騙されてたなんて、キモい。パパ、帰ってきてよ……」


 二人の娘の言葉は、美紀の心に最後の一撃を与えた。

 彼女は、自分が「本物のエリート」だと思っていた男が、ただの詐欺師だったことを知り、そして、自分がゴミのように捨てた夫が、実は自分たちを支えていた唯一の存在だったことを悟った。


 高級マンションから追い出され、狭く古いアパートへ転居した美紀たち。

 残ったのは、膨大な借金と、互いを罵り合う、冷え切った家庭だけだった。

 地獄の淵へ、彼女たちは足を踏み出したのだ。

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