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第六章:西からの獅子

 初夏の風が吹き始めた五月。

 帝国電子部品の門前に、この辺りでは一生お目にかかれないような、黒塗りの最高級リムジンが停まった。


 車から降りてきたのは、まばゆいばかりのオーラを纏った長身の外国人、リアム・ハリソンだった。

 彼は埃っぽい事務所に入ってくるなり、迷うことなく健一のデスクへと突き進んだ。


「ケン! 探したぞ、この馬鹿野郎!」


 リアムの怒鳴り声に、事務所内が凍りつく。


「リアム……。どうしてここが分かったんだ」


「ハリソン・グループの衛星を使えば、君がどこの食堂でホッケを食べているかまで筒抜けだよ。……それよりケン、見せろ。君がここで動かした『化け物』を」


 リアムは岩田を突き飛ばすようにして、奥の実験室へと入っていった。

 そしてモニターに映るデータを見た瞬間、彼は声を上げて笑った。


「ハハハ! 素晴らしい! 期待以上だ! ケン、今すぐ荷物をまとめろ。プライベートジェットが千歳で待っている。こんな錆びついた鳥籠に、君を閉じ込めておくのは人類の損失だ。シリコンバレーに、君のための帝国を用意してある。年俸? 君が望むなら、一兆円でも、国の予算でも用意してやる」


 事務所中が、あまりのスケールの話に息を呑んだ。

 岩田も、遥も、顔を強張らせて健一を見つめる。

 だが、健一は静かに首を振った。


「悪いな、リアム。僕はここを動かない」


「……何だと? 狂ったか、ケン。ここにあるのは、ゴミと、貧乏な社長と、事務員一人だけだぞ」


「ああ。でも、ここには僕を『佐藤健一』という人間として見てくれる人がいる。本社の肩書きも、ハーバードの経歴も関係なく、僕を信じてくれた仲間がいるんだ。僕は、彼らと一緒に、ここから世界を変える」


 リアムは健一の瞳を凝視した。

 そこには、かつての「牙のない神童」の姿はなかった。

 大切なものを守るために、自らの知性を研ぎ澄ませた、真の王の姿があった。


「……いいだろう。なら、僕がここに投資しよう。ハリソン・グループの全資金を投入して、この北の地を世界の中心にしてやる。その代わり、ケン……。君を捨てた連中が、靴を舐めて許しを乞うような、残酷なまでの成功を掴んでみせろ」


リアムはそう言って、遥の方を一瞥した。


「事務員さん。彼を、よろしくお願いします。彼は……寂しがり屋の天才ですから」


遥は、戸惑いながらも、健一の隣で深くお辞儀をした。


「はい。責任を持って、支えさせていただきます」


 こうして、世界を変える歯車が、北の大地で力強く回り始めた。

 同時に、東京では「帝国電産」が崩壊の序曲を奏で、詐欺師に騙された美紀と娘たちが、地獄の淵へと足を踏み出そうとしていた。

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