「帰宅、そして現代という魔境へ」
数日後――。
「本日より入院治療は終了です。薬を飲み続けて、また検診に来てくださいね」
医師の穏やかな言葉に深く頭を下げ、沖田総司は晴れて退院した。
「……退院、できたか……。
未来とは……なんと慈悲深い場所なのだ」
「いや、まだ病み上がりだからね? 無茶しないでよ?」
美咲の忠告もそこそこに、沖田は病院を出た瞬間――
「うぉっ!? 空を鉄の大鳥が飛んでおる!?」
「いやそれ飛行機!」
「ひこう……き……? あれは鉄でできておるのではないのか!?
鉄が空を飛ぶとは……令和の術恐るべし……!」
「だから術じゃないってば!」
不安いっぱいの美咲をよそに、沖田は未来世界を前に興奮状態だった。
⸻
病院の横のショッピングビルへ寄ることになり、
入り口のエスカレーターを前にして――
「こ、この階段……動いておるぞ……!」
「そういうもんです」
「これは……足を乗せても呑まれぬのか……?
わしの足が板に噛み砕かれたりは……?」
「しません! 動く階段なだけ!」
恐る恐る板に足を置いた途端――
「ぬああああっ!? 動いた!? わしの意志とは無関係に!?
これはもはや“陣に流される”のと同じであろう!?」
「いや戦場のイメージで語らないで! 恥ずかしい!」
エスカレーターの最後で慌てて飛び降りる沖田。
通行人がクスクス笑っていた。
⸻
その後、美咲がスマホを取り出すと――
「おおっ……この“光る板”……!」
「スマホな!」
「先日も拝見したが……まさか指ひとつで絵図が変わるとは……。
しかも、声を出せば返事が返るとは……」
「Siriね」
「しり……? 尻……? おぬし、女性の身体の……」
「違う違う! 説明しづらいからやめて!」
さらに美咲が写真機能を向けると――
「ぬっ!? なぜわしの顔がそこに!?
ま、まさか魂を吸い取られるのでは……!?」
「だから吸わないって!」
連写音が鳴るたびに身構える姿は、完全に猫のようだった。
⸻
帰り道、飲み物を買おうと自動販売機に立ち寄る。
「ここに金を入れると……飲み物が……出てくるのか?」
「うん」
「…………」
沖田、明らかに怪しんでいる。
「お主……わしを試しておるのではあるまいな?」
「試してないよ!」
恐る恐るお金を入れると、ガコンッと音がして飲み物が落ちてくる。
「出たぁっ!? なにゆえ!?
中に人が入っておるのか!? 職人が!?」
「いないから! そんなブラック労働じゃないから!」
缶を手に取り、そっと耳を近づける。
「……中に……誰もおらぬ……。
ではこれは……自動で……?」
「うん」
「……令和の世……恐ろしい……」
⸻
美咲が夕飯の材料を買うためにスーパーへ寄った時――
「見よ、美咲殿……!
焼き魚が……すでに焼いて売られておる……!」
「まあね」
「まさか……米も炊いて売られておる……?
いや……そんな馬鹿な……」
「あるけど」
「ひえぇぇえっ!?
人は……食事を……買うのか……!? 作らずとも……!?」
「そういう時代だよ……?」
「これでは……わしの料理の腕前を披露する機会が……」
「そっち!?」
⸻
帰宅後、沖田は畳の代わりにフローリングを見て驚き、
風呂場のシャワーに驚き、
電子レンジが光るたびに一歩下がり、
テレビに至っては――
「ひっ!? この箱の中に……人が……!?
おぬし……何者を飼っておるのだ!?」
「飼ってない! テレビ!」
美咲は頭を抱えた。
しかし沖田は、未来の文明を見回して、嬉しそうに微笑んだ。
「美咲殿……未来の世は……なんと豊かなのであろうな。
民が、皆こうした恩恵を受けておるとは……
わしは……この世を守るために、生き直せるのだな……」
そう言うと、眩しいほどの笑顔を見せた。
「……だから、教えてくれぬか。美咲殿。
この“未来”のことを。
わしは、もっと知りたい」
その真剣な眼差しに、美咲の胸がふっと熱くなった。
「う、うん。ゆっくり覚えていこうね……!」
こうして――
未来に戸惑う侍と、女子高生の奇妙な共同生活が本格的に始まった。




