「静かなる狼・令和へ現る」
夜の東京・上野。
美術館の閉館後、人気が消えた公園に、ひとつの影がゆっくりと立ち上がった。
薄紫の羽織。
背中に一本の刀。
まるで夜自身が形を取ったような静けさ。
男は周囲を見渡し、低く呟いた。
「……ここは、どこだ?」
光、車、ビル、見知らぬ人々。
だが彼の目は、ただ静かに、冷徹に現実を受け止めていく。
斎藤一。
新撰組三番隊組長。
“犬”とも“狼”とも呼ばれた、孤高の剣士。
彼が最初に気づいたのは――
この時代の空気に漂う「戦の匂いの無さ」だった。
「……平和、か。
まったく、俺には似合わん時代だ」
彼は歩き出す。
しかし、すぐに異変に気づいた。
遠くでサイレン。
破壊された街灯。
警察の慌ただしい無線の声。
斎藤は眉をひそめた。
「……誰か暴れているな。
腕は立つ。斬り口が生きている」
その判断は瞬時だった。
そして斎藤は呟く。
「……半次郎か。
あの狂犬め、時代が変わっても牙はそのままか」
僅かに笑う。
だがその笑みは、哀しみにも似ていた。
⸻
斎藤が歩き出そうとした瞬間。
胸の奥が妙に疼いた。
ふと、風に乗って届くような、懐かしい気配。
斎藤:「……これは。まさか……」
斎藤は目を細める。
「総司……か?」
名前をつぶやいただけで、胸に鈍い痛みが走った。
あれほどの天才剣士が、自分より先に逝った――
その悔恨と敬意が、一気に蘇る。
「ふん……。お前が生きているのなら……
この時代も、退屈ではなさそうだ」
だが同時に、半次郎が暴れている状況を察し、歯を食いしばる。
「総司が止めに行く……
だがあいつは、病で満身創痍のまま散ったはず」
斎藤は刀の柄にゆっくり手を添える。
「今度は俺が守る番か」
⸻
斎藤は夜の街に背を向け、
まるで風そのものになったような静かな足取りで歩き出す。
「半次郎。総司。以蔵。
……お前らがこの時代にいるのなら、俺も動こう。
悪につく者がいれば斬り捨てる。
それだけだ。」
令和の灯りに照らされ、
斎藤一の影だけが、異様なほど鋭く伸びていた。




