「沖田の葛藤その2」
退院してしばらく経った頃。
美咲の家のリビングのテーブルには、彼女が学校で使う歴史資料集が開かれていた。
「……沖田くん。今日の授業で出てさ……その、気になるだろうと思って」
美咲はおそるおそる、そのページを指で押さえた。
そこには――幕末、新撰組。そしてその結末。
沖田は静かにページを見つめた。
“池田屋事件”“大政奉還”“鳥羽伏見の戦い”“新撰組の瓦解”
そして――“沖田総司、療養の末に死去”。
彼の眼がゆっくりと細められた。
「私は……とうに死んでおったのだな」
声は落ち着いているが、わずかに震えている。
美咲は慌てて言った。
「で、でも! 未来の人はみんな尊敬してるよ! 沖田くんは剣の天才で、仲間思いで……すごく、かっこいいって!」
しかし沖田は静かに首を振った。
「私は……誇れるような最期ではなかった」
「病に伏し、戦にも戻れず、仲間の行く末をただ案じるだけ……」
「新撰組も、散っていった」
そこまで言うと、彼はふっと息を吐いた。
膝の上で握った拳が、ほんの少し白くなる。
「……もし、もう少し強ければ。もし、もっと賢ければ……」
押し殺した後悔と無力感が、その言葉の端々に滲む。
美咲はそっと彼の前に座り込んだ。
真正面から沖田を見上げるようにして、はっきりと言う。
「ねぇ、沖田くん。あなたの“答え”はもう過去じゃないよ」
「……?」
「その時代には戻れないけど――」
「でも、いま生きてる令和の世界には、あなたが守れる人がたくさんいる」
「だってあなたは、あの死ぬはずだった未来から、生きてここにいるんだよ」
沖田の呼吸が止まる。
美咲の言葉が、彼の胸にすっと落ちていく。
「ここでなら……あの頃できなかったこと、できるよ」
「後悔を抱えたままでいてもいい。でも、それを理由に止まらないでほしい」
沈黙の中、沖田はゆっくりと目を閉じた。
そして――息を吸い、静かに吐いた。
「……そうだな」
顔を上げた沖田の眼は、少し赤いのに、強い光を帯びていた。
「私があの時代で果たせなかった務め……」
「ここで果たすのも、悪くはない」
彼の声は決意に変わっていた。
「美咲……令和を生きる皆のため、私は再び剣を取ろう」
「この時代の人々を、守ると誓う」
美咲は思わず笑ってしまった。
「……ほんと、真面目なんだから」
だが胸の奥がじんわり熱くなった。
歴史では散ったはずの青年が、いま令和で新しい道を歩き出そうとしている。




