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第五章 仮面の婚礼

 ——火が、また彼女を呑み込む。

 群衆の罵声。身を裂く松明の轟音。

 〈どうして〉と問いかける菫色の瞳。

 目覚めた瞬間、シグルドは荒い息と共に寝台から起き上がった。

 汗で貼り付いた前髪を払い、胸を押さえる。

 視界の隅で銀の指輪が月明かりを弾いた。

 ——救えなかったのではない。痛みに触れる勇気が足りず心が麻痺しただけ。

 それを悟るたび、眠りは再び炎へ落ちていく。



1 婚礼の鐘


 金の鐘が鳴る。

 白薔薇の香が王宮中を満たしていた。

 今日は王太子シグルドと辺境伯の娘、グズルーン・ギューキとの婚礼の日。

 婚礼の儀は終わり、今、王宮は華やかに彩られ、招待された貴族たちは皆、誇らしげに杯を交わしていた。

 その会場の隅にひときわ異彩を放つ女が佇んでいた。

 黒のドレス、深く顔を覆った黒いヴェール。

 誰もが訝しむその姿に、けれど誰も近づけない。

 その空気はあまりに冷たく威圧的だった。



2 沈黙の対面


 やがて新郎であるシグルドと新婦グズルーンが姿を現す。

 彼らは白金の刺繍を施された揃いの純白の衣装に身を包み、にこやかな表情で挨拶を交わしながら壇上に向かう。

 だが――彼のーシグルドの視線が黒いヴェールに吸い寄せられた瞬間、空気が変わった。

 彼女が一歩、ゆっくりと前へ出る。

 「……祝辞を述べても?」

 その声は甘く低く、どこか懐かしかった。

 シグルドは表情を変えないまま応じた。

 「名を伺っても?」

 女はヴェールの奥でかすかに微笑んだ。

 「“過去”とでも呼んでいただければ」



3 甘言と焦燥


 開宴の二刻前。

 王宮北翼の貴賓室には純白の婚礼衣装をまとった花嫁グズルーンがいた。

数ヶ月の前の宰相ロキとの会話が脳裏に蘇る。

 「――王太子殿下の心を射止めたいのなら、あの女をこの王都から消し去るしかありますまい」

 淡い香の蒸気をたてるハーブ茶に口をつけながら老宰相は低く囁く。

 グズルーンの頬が強張った。

 幼い頃に恋い慕った蒼き王子。その心がいつからか伯爵令嬢ブリュンヒルドに向いていることを彼女は痛いほど知っていた。

 「……本当に、殿下のお心は戻るのでしょうか」

 「グズルーン様、殿下は“王”になろうとしておられる。王には〈正しさ〉ではなく〈安定〉が要るのですよ」

ロキは懐から一本の銀鎖を取り出す。そこには王家の紋章が刻まれた小さな鍵――“王城の機密庫”を開く鍵だ。

「我が殿下がご即位になった暁には辺境伯領への関税を半減し、貴族評議会での投票権も倍加しましょう。殿下の寵愛に応える準備を、どうか」

 グズルーンは――愛ゆえに頷いた。

 彼の負担を軽くし、彼の玉座を磐石にするのだと自分に言い聞かせながら。

 それが後に“魔女断罪”の歯車を動かす最後のピースになるとは知らずに。



4 過去と現在


 人々がざわめく中、ふたりはーシグルドとブリュンヒルドは目と目を交わしていた。

 会話は交わされない。けれど互いの心の底では嵐が吹き荒れていた。

 ──本当に、生きていたのか?

 ──どうして、あのとき私を見殺しにしたの?

 やがて彼女は新婦新郎のために飾られた壇の前に立ち、言った。

 「王太子殿下。今日という日は人生の節目にございます。 けれど過去を葬り、未来を築くには……真実の清算が必要ではございませんか?」

 「……言いたいことがあるなら、はっきりと」

 その瞬間、彼女はヴェールをはね上げた。

 そして、居合わせた者たちは息を呑んだ。

 そこにいたのは地下墳墓で焼け爛れたまま死んだはずの――ブリュンヒルドだった。



5 裏切りの代償


 「生きて……いたのだな」

 その言葉に彼女は応えない。

 ただ静かに足を進め、壇の上に立つ彼を見上げる。

 「何もかも失って私は気づいたの。

 貴方にとって私が“愛”だったのか、“偽り”だったのか」

 「違う、ブリュンヒルド。あのとき俺は――」

 「……言い訳はいらないわ。知っているのよ、宰相の甘言に乗ったのよね」

 彼女の目に涙はなかった。

 けれどその声音には深い哀しみが滲んでいた。

 「貴方が選んだのは王位。そして私がいない未来」

 「……それが俺の後悔だ」

 その言葉に一瞬、彼女の瞳が揺れた。

 (後悔? 本当にそう思ってくれているの?)

 けれど彼女はその感情に蓋をする。

 「ならば、せめて見届けて?業火の炎に焼かれながら苦しみ、私がどれほどのものを失ったかを」



6 仮面の終わり


 「ロキはどこ? 父と義母、幼い弟妹、一族の仇を取らせてもらうわ」

ブリュンヒルドはそのまま会場の扉へと進む。

 扉を開け、振り返らないまま黒いヴェールを床に落とす。

 誰も彼女を止められなかった。

 ただ一人シグルドだけがその場に立ち尽くしていた。

 その掌にはかつてブリュンヒルドが贈った、銀の小さな指輪が握られていた。


"Ich liebe dich" (愛しています)と指輪には彫られていたりして。

ここまで書いたけど、読んでくれる人いるのかしらん。


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