第十七章 焼かれた心
1 崩落の城
ミュルクヴィズ城の尖塔が轟音と共に崩れ落ちる。
空はまるで血に染まったように赤く、災厄の風が四方に吹き荒れていた。
「グズルーン!」
ブリュンヒルドの叫びが、崩れゆく儀式陣の中心へと響く。
その紅蓮の光のなかに、ひとつの影がなお立っていた。ーグズルーンー
だがその姿はもはや人の輪郭ではなく、漂う髪は炎のように揺らぎ、瞳は竜の如く黄金に灼けていた。
《……誰……? 私は……だれ……?》
震えるグズルーンの唇から瘴気が再び渦巻き始める。
2 燃え盛る想い
「完全な器ではない。まだ、彼女の心が残っている」
ブリュンヒルドは眉をひそめ、鋭く視線を注ぐ。
「だが、このままではファフニールと融合し、取り戻せなくなる」
「止められるのか……?」
シグルドの声は揺れていたが、彼の手は確かに剣の柄を握っている。
ブリュンヒルドは深く息を吸い、炎の中へ一歩踏み出した。
「私が行く。彼女を取り戻すために!」
3 最後の対話
結界を抜けたその先でブリュンヒルドはグズルーンの前に立つ。
「グズルーン、聞こえる?私はブリュンヒルド」《……ブリュ……ヒル……ド……?》
微かに反応した声に、ブリュンヒルドは強く告げる。
「奪えなかったのは私が勝ったからじゃない。あなたが最後まで誰も傷つけずにいたからよ。あなたの優しさが、彼の心の扉を閉ざしてしまったの」
グズルーンの竜の面影は一瞬だけ崩れ、その瞳に一縷の悲しみが宿った。
《私の愛は……無価値だったの?》
「違う。あなたの愛は深くて真っ直ぐだった。けれどそれは哀れみとして受け止められたの。私はあなたが哀れで愛しい」
彼女の身体から瘴気がゆっくりと引いていく。
4 赦しと決意
「お願い……ブリュンヒルド」
グズルーンはかすれた声で訴えた。
「あなたにだけは、私を見捨ててほしくない」
「私はあなたを見捨てたりしない。これが終わったら、必ず迎えに行く」
ブリュンヒルドは銀のルーンを取り出し、グズルーンの胸にそっと置いた。
儀式陣が眩く輝き、瘴気はゆっくりと剥がれていった。
シグルドがその隙を突き、剣を竜の核へと突き刺した。
5 消えゆく影
《ぶりゅ……んひる……ど》
「ファフニール……貴方の助けは感謝してる」
ファフニールの気まぐれがなければブリュンヒルドは今ここに居なかった。
《そう…か、それで……よい、われ…は…せかい…をほろ……ぼす…もの、きえ……ゆくもの》
轟音と共に災厄の竜ファフニールは、その形を失いながら消え去った。
光に包まれたグズルーンの身体がゆっくりと崩れ、静かに地に落ちる。
シグルドが駆け寄り、優しく彼女の頬に触れた。
「グズルーン……」
彼女の瞳がかすかに開き、最後の言葉が漏れた。
「あなたの心が、最初からブリュンヒルドのものだったこと私は知ってた……でも、その優しさを私も欲しかった」
そのまま穏やかな表情で瞳は閉じられた。
一滴の涙がブリュンヒルドの頬を伝い落ちる。
「赦されなくてもいい。私たちは前に進む」