第十六章 竜の目覚め
1 黒き月の兆し
西の古城ミュルクヴィズへ向かう道は、かつて魔術師の一族が棲まっていたとされる霧深き峠を越えることから始まった。
ブリュンヒルドは鞍上で微かに瞼を伏せ、グズルーンの筆跡を思い返していた。
《西の古城にて真実を綴る。ブリュンヒルドへ。――グズルーン》
(なぜ私を名指ししたの……?)
思考を遮るように空に異変が走った。
月が……赤い。血のように深く、滲むような光。
「災厄の前兆か」シグルドが呟く。
「竜の目覚めと呼応している……」
それは、古より伝わる〈竜の眼光〉――
黒き月と呼ばれる現象だった。
2 ミュルクヴィズ城の遺響
城門は半ば崩れ、苔に覆われた扉は音もなく開いた。
中は静寂に包まれ、壁一面に描かれた魔術の残滓がうっすらと光を放っていた。
「これは……精神誘導の儀式陣」
ブリュンヒルドが呟くと城奥に微かな足音が響いた。
現れたのはやつれた表情のグズルーンだった。
「来たのね。……ブリュンヒルド」
「あなたは……何をしようとしているの?」
「すべてを終わらせるのよ。竜も、そして――わたし自身も」
グズルーンは一冊の古文書を差し出した。
それは〈封呪解放の儀〉――竜の力を肉体に収束し、自らを“器”とする儀式。
「私にしかできない役目。王太子妃という仮面でも、ブリュンヒルドの代わりにもなれなかったけど……せめて、最後くらい」
シグルドが口を開く。「そのために、君は……」
だが、グズルーンは静かに首を振った。
「あなたの哀れみは、もう要らない。
あなたが私を抱いた夜、心は欠片もなかった。
でも、あれは……私の最後の夢だったの」
ブリュンヒルドは言葉を失った。
(どうして……そんな顔で、言えるの)
グズルーンは微笑みを浮かべる。
「でも、あなたには勝てなかった。たとえ身体を重ねても、彼の心は最初からあなたのものだったものね」
3 血の儀
ミュルクヴィズ城の地下、魔術の祭壇に火が灯された。
「封印が崩れる前に、私が“鍵”になる」
グズルーンは淡々と言い、祭壇の中心に立った。
その瞬間――天が裂ける音と共に、瘴気が吹き上がる。
城の床が揺れ、外の空に巨大な竜の影が浮かんだ。
ファフニール――災厄の竜が本格的に目覚め始めていた。
「やめて! それではあなたが……!」
ブリュンヒルドが駆け寄ろうとするが、魔術陣が結界を張り、彼女を拒む。
「行きなさい、ブリュンヒルド」
「あなたが“王”であるためには、私が“災厄”を連れて消えるしかないの」
シグルドが剣を抜く。
「それでも、俺は君を見捨てない」
だが、グズルーンの視線はただ、ブリュンヒルドに向けられていた。
「――私のこと、忘れないで」
「そうすれば、私はずっと生きている気がするの」
赤い光が炸裂した。
城が崩れ始め、空に竜の咆哮が響く。
昨日の敵は今日の友、今日の友は明日の敵。無限ループ➰今日友明日敵!六文字熟語の完成やw