第十二章 眠れる竜の目覚め
1 帰還の風
王都ミッドガルドに北の凍風を纏った騎馬列が戻る。
市民たちは歓声を上げて迎えたが、ブリュンヒルドは顔を向けぬまま馬を進めた。
「王の帰還だ」
誰かがそう言った。
だがその声は崇拝ではなく、戸惑いを帯びていた。
王都に戻っても剣を置ける日など来ない。
それを彼女は痛いほど知っていた。
2 黒薔薇の客間
王宮西の離宮、グズルーンの私室。
香に包まれた静寂のなか、グズルーンは絹扇で口元を隠したまま言う。
「剣を捨てる覚悟が王冠を戴くより難しいと知ったわ」
その声に、ブリュンヒルドはかすかに目を細める。
「あなたも変わった」
「いいえ。私はただ見ていたの。あなたが何を選ぶのか」
紅茶の揺れる磁器に、ふと火の粉のような影が映る。
グズルーンの笑みは鋭くも、どこか寂しげだった。
「ねえ、ブリュンヒルド。あなたはシグルドを信じられるの?」
その問いに答えは返せなかった。
3 夢の底で
夜。
ブリュンヒルドの寝所に冷気が忍び込む。
まどろみの底で、かつての火刑台が蘇る。
火に包まれる視界、焼け落ちる扉の向こうに彼がいた。
――何か叫んでいる。
彼の唇は動いてるけど、その声は届かない。
目が覚める。
彼女は無意識に喉元に手を当て、深く息を吐いた。
ファフニールの影が囁く。
《赦すな。忘れるな》
「忘れてなどいない」
絞り出す声に灯火が揺れた。
4 血塗られた印章
翌日、執務室に届けられた一通の密書。
「王宮書庫にて“亡王の記録”消失。遺言状の改ざんの可能性あり」
書面には王家の古印が押されていた――本来は存在しないはずのもの。
ブリュンヒルドは机を叩いた。
(遺詔は……仕組まれていた?)
そこに現れたのは、王宮筆頭文官の老爺。
「女王よ、王座は敵の遺志。そなた様の義、王命にあらず」
「ならば……誰の意志?」
答えはない。
彼の目は虚空の奥を見つめ、ただ静かに震えていた。
5 眠れる竜の目覚め
深夜。禁書庫。
ブリュンヒルドは一人、地下の階段を降りる。
ファフニールの封印が施された石扉の幻影。
彼女の掌にルーンが脈動し、幻影の扉がわずかに開いた。
“声”が流れ込む。
《目を開けろ。すべての偽りを見よ》
《お前の中に王は要らぬ。復讐があればいい》
「……いいえ」
彼女は目を閉じ、扉を再び押し戻した。
「私はこの炎で照らす。焼き尽くすためではなく、生きるために」
静寂が戻る。
けれど、幻の扉の向こうの“竜”は確かに目を開けかけていた。
ブリュは槍使いですが槍を置ける日だと、なんかちょっとなーなので、剣を置ける日で。
敵の遺志を敵の意志にすべきかも迷いましたが、遺志で!
日本語は難しい……。