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北館5階がやって来る!  作者: 淀サンハロン
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ようこそ北館5階へ

冷水(れいすい)大学Fキャンパス北館は築50年、らしい。


見た目こそどこにでもある古ぼけた鉄筋コンクリート造の豆腐のようだが、角が取れすぎて八角形に近くなったコンクリート柱や改築跡か知らないが所々残っている木製構造を見るに、そう言われているだけなんじゃないかと思っている。

この感じだから、北館に研究室を構えたり講義室に指定したりする教授は10に満たない。居憑く輩ときたら、語らずとも察するところである。


5階建て全長40mの校舎、薄暗く、ホコリ臭く、ただ私が階段を上がる音だけがカツンカツンと響き渡る。最上階にもなればもはや魑魅魍魎が蠢くに近い様であり、踏み入ることすら躊躇うが、行かねばならない。そこに私の所属する、社会学部ネクストジェネレーションソーシャルサイエンス学科凸柳(とつやなぎ)ゼミの研究室があるからだ。


階段から左折し一番奥から2番目、502、安い鉄板でできたドアを力なくノックする。


ダンダンダン


「どうぞー」と内から言われ、入る。

頼りない蛍光灯の下、乱雑に散らかった本本雑誌、むせるほどのホコリ臭とタバコ臭てか禁煙なのに煙草吸うなよ、普通に危ない。

ため息は小さく小さく、でも大きくなっちゃう。


「ハァ、タバコ、危ないですよ」

「ヤニなかったらやってられんのだわ、大麻じゃないだけマシと思え」

「いや、そこ比べちゃだめでしょう」

「結構いるよ、冷大。ほら、件のテニスサークルとか皆でフライアウェイよ」

「えー...いや、そうじゃなくてですね、引火しますよ本に」


塔本(とうもと)さんは短くなったタバコをガラス製の灰皿に押し付けて、呆れるように辺りを見回した。天パに無精髭に高身長のこの男は、こういう行動がよく似合う。


「それがおかしいんだろう、電子本にしてしまえば半分は減らせる。今どき紙にこだわる理由が分からん、あの講師(せんせい)は」

「でもここ、wi-fi届かないし」

「やはり北五ってか」


北五とは北館5階の蔑称である。


「てか、皆遅いですね、まだ塔本さんと2人とは」

「焦るな、ゼミ開始まであと1分」


結局、ゼミが始まったのは定刻13:30を15分過ぎてからであった。出席数4名欠席4名。ゼミ長の高良(たから)さんが、声高らかに言う。


「今回も凸柳講師(とつやなぎせんせい)は来ません!」

今年度凸柳ゼミは今回で3回目、未だ凸柳先生は来たことがない!

「また、どこいんのあの人は!」

そう言う塔本さんは少し苛立っていた。

「遠野だってさ」

「なんで」

「今年から遠野物語の研究するらしいよ」

「はぁ、アイツはいつから文学部になったんだ、あ、民俗学者か。まぁどちらでも、てか、また武所(むぜ)連れてったろ!」


武所さんはこのゼミの4回生であり、百合のよく似合う美人である、らしい。こちらもまた今まで来ていない。それにしても、高良さん武所さん木之野(このや)さんに布施(ふせ)と、このゼミの女性陣はすれ違えば思わず振り返ってしまうような方しかいない。


「すっかり助手になってしまったね、あの容姿端麗から繰り出される凸柳狂はギャップと言っていいものか」

「なわけ。凸柳も凸柳でさ、なんの躊躇いもなく連れて行くから変な噂が立って仕方がない。この前も遊び同然の学内新聞の記者に追いかけ回されたんだから、いい迷惑だ」


塔本さんはそう吐き捨てるように言うと、トントンと煙草を箱から取りマッチで火をつけ喫い始めた。実に手際がいい。


「今の新聞なんて週刊誌と何が違うのか分からんないね。社説ならまだしも、形態は万朝報まで戻るべき...と、3回生が置き去りじゃないか。布施に、鹿斉(かさい)だね。よしよし憶えた」


鹿斉とは私のことである。布施はショートのフワフワ髪を触りながら問うた。


「あの、先生もいないのに何したらいいんですか?卒業論文に向けて活動していかないとって思うんですが」

「お、早々に卒業論文とはいい心構えだね。よし、何かやりたいことは?」

「いえ、まだ...」

「決まってない?いいよいいよ、寧ろこれからさ。このゼミは基本先生がいない。それでも学部内でも屈指の良作が毎年飛び出す。何故だと思う?」


布施は考え詰まるように黙り込む。よし、フォローに入ろう。


「本がたくさんあるから?」

「それもあるけど、惜しい。もうちょいマクロに捉えて。この北館は」


高良さんはそこまで言うと、怖いほどにニッタリと笑みを浮かべた。


「毎日、事件が起きるからだ」


途端に、下から悲鳴が聞こえる。ギョッとする私と布施。高良さんと塔本さんは動じない、寧ろ心高鳴るようであった。


「この刺激が、筆持つ手には堪らんのだよ」

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