透明
少女はアイドルだった。
X年前X養成所を卒業した後、すぐに中堅のX事務所に拾われた。
少女は天性のアイドルであった。
入所後すぐにそこそこの数のファンがつき、グループ内でもそこそこの地位を持ち、人気が出始めていた。
少女は不幸なアイドルだった。
X月X日、Xで行われたライブ中、突然ステージに上がってきたXに突き飛ばされ、意識を失った。
少女はIだった。
すぐに病院に運び込まれた少女はXヶ月後、目を覚ました。少女は自分がなんなのか分からなくなった。知らない女性から、「あなたはグループXに所属しているIである。」と告げられた。
共に渡された写真に映る、笑顔で踊っている可憐な少女は間違いなく少女であった。
少女はIを演じた。
少女は知らぬ女性に連れられ舞台袖に立っていた。
身の丈に合わない可憐な衣装を見下ろし、畏怖を感じた。
幕が開き、歓声が響いた。少女は理解した。私はIだったのだ。目前に広がる人の海に少女は酷く動転した。
私はどうやって写真の少女のように、笑顔で踊っていたのか。
少女は写真の中の少女を演じた。酷くぎこち無い笑顔と絞り出す様な歌声であった。
少女は透明になってしまった。
舞台から降りた後少女は訳も分からず泣いた。
消えてなくなってしまいたいとすら思った。
少女は空っぽだった。透過された背景色のような、モノクロですらない虚が少女であった。
あの写真の中の、可憐なIの少女にはもう戻れないと悟った。
少女は色が欲しかった。
だがそれは無理であった。医者に「失った記憶は戻ってこない」と告げられた。
水に溶かされた絵の具の如く、それは色を戻さないのであった。
少女は透明であった。
季節は春だった。早咲の桜がコンクリートに暖かな絨毯を敷いていた。
少女は透明であった。桜を透かしながら少女は言い聞かせた。透明であるから少女はIだったのであろう。
透明だからこそ少女は特別なのだ。
少女は吹っ切れた。
少女は努力した。毎日足を痣だらけにしながら踊り、声が掠れるまで歌った。
グループは更に人気を伸ばし、今や知らない人の方が少なかった。
少女はまだIであった。
季節は一回りし、春であった。
少女はその日も変わらず舞台上にいた。
客が手にするペンライトはまるで徒桜で、
少女はしばらく目を奪われていた。
少女はそれに手の甲を重ねた。
透けた桜色が少女を染めた。
少女は何色にでも成れる。
瞬間少女は思い出した。
少女はアイドルだった。
舞台の上にいる間ならば少女は何色にだって成れる。
例え上手く踊れなくても、
笑えなくても、
歌えなくても、
少女はアイドルである。
それまで少女にとって苦痛であった
客の歓声も、
舞台の熱も、
透過された背景色も、
全てが背中を押してくれるように感じられた。
少女は心からの笑顔で客に歌った。
しばらくの後、割れんばかりの歓声を後に少女は舞台を降りる。
私は、天性のアイドルだ。