スカート▲スカート△(再編集版)
暗幕が風で揺れるたび、床に映る二つの影が滲み、輪郭を失う。
誰もいない教室は、朝霧に包まれた湖畔のように、すべてをぼんやりと溶かしていく。
乱雑に並ぶ机と椅子、黒板にこびりついたチョークの跡――日常の残滓でさえ、今は私たちを隔てる障害にはならない。
言の葉を失った私たちは、ただ唇を重ねる。
遠くで響く硬質な庭球の音が、拍節器のように規則正しく時を刻む。
世界は今日も変わらずに歩み続ける。
それなのに、この教室の中だけは、 木の葉が水中で揺蕩うように、白昼夢は影に沈んでゆく。
雨粒をまだ纏う紫陽花は、儚げな蒼白から鮮やかな紅紫へと遷ろう。
風は湿った土の匂いを運び、そっと髪をかすめる。
やがて指先にも触れ、あなたの白く長い指が微かに揺れる。
月明かりに染まる湖面のように、静かで、研ぎ澄まされていく。
眩しいその肌にそっと指を重ねる。
色彩のない熱が私たちを焦がす。 けれど、すぐに静寂へと溶けていく。
それでも、息は震え、私の鼓動はこの教室の境界を打ち破るほどに強くなる。
しかし、それはただの刹那―― 幼さの抜けない箱庭の夢に過ぎない。
「これ以上は駄目だよ。」あなたが囁く。
淡い唇はゆっくりと離れ、琥珀色の瞳がわずかに揺れる。 だけど、その奥に光はない。
私は知らないふりをする。
まるで無邪気な子供のように、「どうして駄目なの?」と問いかける。
本当はわかっている。
願ってはならないと、わかっているから、私はあなたに焦がれていく。
目頭が熱を帯び、あなたが滲む。 あなたは私の髪をそっと撫で、風と共にこう告げる。 「ごめんね。」
――それは終幕の旋律だった。
窓の外、紫陽花の花びらが散る。
鮮やかだった色彩は穏やかに崩れ、二人の境界線は曖昧になっていく。
だから、最後の旋律を奏で続ける—— 五線譜も鍵盤もないこの空間で、恋の音だけをただひたすらに紡ぐ。
出会った頃は練習曲だった私たちの旋律は、 今ではまるで狂詩曲。
静寂と激情が交差し、甘美な熱を孕みながら、指先は迷い、旋律を掬うように駆ける。
昨日までの二人にはもう戻れない。 だから、今はもう一度唇を重ねる。
刹那も永遠も祈りさえいらない。
欲しいのは、ただ――
静寂に包まれた教室に、重なり合う一つの甘くない蒼き林檎。
私たちをずっと見ていた知らない誰かの足音が遠ざかる。
箱庭だったこの教室は間もなく世界に取り込まれるだろう。
窓から吹き込む風は、初夏の匂いとともに私たちを優しく包み、互いのスカートを揺らす。
ただの少女でしかない私はまだ何も知らない。
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