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赤字続きの魔石細工店  作者: 夜風
第九章
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家族写真 (2)

 




 ハイラムの立つ扉口から、廊下の明かりがそっと室内へと差し込む。

 その光に照らされて、外がすでに日没を迎えていたことに気づく。

 夕焼けに染まっていた窓の外の景色は、いつの間にか淡い群青へと移ろい、薄闇にその輪郭を溶かしていた。


 リオは手にしていた写真立てを、自分の体の影に紛れさせてそっと机の上に戻し、そのまま何気ないふうにハイラムに声をかけた。


「ハイラムさん、帰ってきたんですね。お帰りなさい。あの、もしかしてこの部屋って…」

「ああ、ここは俺の部屋だ」

 

 そう言うと、ハイラムは室内へと入り明かりを一段階明るくした。

 温かな光が四方に広がり、それまで曖昧だった家具の輪郭がはっきりと浮かび上がった。

 次いで、上等そうな上着を脱いでハンガーにかけながらリオに尋ねる。

 

「俺の部屋でどうしたんだ?リオ」

「使用人の方々の手伝いで、部屋の掃除をしていたんです」

「そうか。それはありがとう。……で?リオは何を見つけたのかな?」


 さり気なく写真から離れたものの、何を見ていたのか気付かれていたようで、ハイラムは優しく微笑みながらリオに問う。

 

 そんなハイラムの様子に、勝手に写真を眺めていたことを咎める気はなさそうであることを感じ取り、リオは写真立てを指で指し示す。

 

「これを、見つけまして」

「みんなで撮った写真か。懐かしいな」

 

 室内の照明に照らされたその写真を見て、ハイラムは懐かしそうに目を細めた。

 

「やっぱりこれはハイラムさんでしたか。それで、こっちはシルバーとカールですよね?」


 リオの問いに「ああ」と答えながらハイラムは写真立てに手を伸ばし、指でその縁を静かになぞる。


「まだみんな幼いな……これは、いつ撮ったものだったか」

 

 ハイラムの指の動きを目で追いながらリオは尋ねる。

 

 

「あの、この後ろにいる男性の方はハイラムさんのお父さんですか?」


 ハイラムはやや驚いたように目を見張り、しかしすぐに柔らかく目を細めリオの言葉を肯定した。


「よく分かったな。そうだ、これは俺の父だ」


「やっぱり。目元が似ていたのでそうではないかと思ったんです。それにしても、随分若い方ですね」

 

 若いという言葉に、ハイラムは苦笑いを混ぜながらゆるやかに首を横に振る。

 

「いや、そんなに特別若い方でもなかったぞ。ただかなりの童顔だったから、40近くなっても20代で言い通せていた」


 リオは思わずもう一度写真に写る男性に目をやる。

 随分と若見えするお父様である。


「…それは、すごいですね」

「俺としては、よく微妙な感情を抱いたものだがな」

「はは…」

 

 リオが引きつった笑みを浮かべると、ハイラムは夕食にしよう、と言って写真立てから手を離した。

 

 リオはそれに頷いて、歩き出したハイラムの後に続く。

 

 


 

 "今、お父様はどちらにいらっしゃるんですか?"

 


 そんなことは、聞かない。

 気にはなったが、それを聞くほどリオは野暮ではない。

 

 だってハイラムさんはこの家の主で。

 使用人たちとよく話す中でも、お手伝いをしながら家の中を動き回っている時でも。

 ハイラムの父親のことは耳にしたことも、見たこともなかったのだから。


 もしかしたら別の所に住んでいるだけなのかもしれないが、何故だか不思議とリオはそんな気はしなかった。




 おそらく、きっとーーーーーー

 




 バタン、と後ろ手にドアの閉まる音。


 明かりが落とされ薄暗くなった室内は、扉が閉められると廊下から差し込んでいた僅かな光も消え去り静かな闇に包まれる。


 リオはハイラムの背を追いながら、扉が閉まる最後に見えた写真の中の彼の温かい笑顔を意い目を伏せる。










 ーーーーーーーきっと、その人はもういない。

 

 




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