思い出の中の輝鳥
翌日。
シルバーとリオは、デリシューズ工房を訪れていた。
店内は客でいっぱいで、相変わらず繁盛しているようである。
ずんずんと店の中にシルバーが入っていくと、丁度店のカウンターへと顔を出したショーンが驚いたようにシルバーを凝視した。
「シルバーさん?貴方がここに来るなんて珍しいですね」
「少しな。それと、さん付けすんじゃねえ。…今、時間あるか?」
ぶっきらぼうに言い放つシルバーに、「ええ、少し待っていてください」とショーンは一度店の奥に消えた。
そして数分と待たずに、別のドアから現れたショーンがリオ達の所へやってきた。
客の邪魔にならぬよう、三人は店の隅に寄る。
「で、どうしたんですか?」
シルバーは、ガスパーのことを話した。
「…でだ。てめえがあのじじいに作った魔石細工、まだ残ってるか」
「ええ、まだあります」
「悪いが見せて欲しい」
「構いませんよ」
そうして、ショーンは一つの魔石細工を持ってきた。
そんなに大きくはない、ワインの瓶程の大きさの魔石細工だった。
鳥の形をしたそれは、元の世界でいうところの鶴に似ていた。ただ、尾は地面を引きずるほど長い。
くちばしから尾の先まで全身が純白に輝き、羽を少し広げた状態で、今まさに地上に降り立ったかのようだ。
息を呑むほどに美しく、少し伏せられたその目は慈愛で満ち溢れていた。
まるで、眠りにつく子供をそっと見守る母のようなそれである。
シルバーは、その魔石細工をじっくりと見た後に言った。
「悪くねぇな」
その言葉に、ショーンは少しだけ目を輝かせた。
尊敬する人にそう言われ、純粋に嬉しかったのだろう。
結局ショーンの魔石細工を見るだけ見ると、シルバーは礼を言ってさっさとデリシューズ工房を後にした。
次に訪れたのは、何やら大きな邸だった。
いかにも貴族様のお邸といった雰囲気の荘厳な佇まいだ。
「これはまた立派なお邸ですね。大層お金持ちな方が住んでいらっしゃるんでしょうねぇ…」
脳内で、小さくてボロいアルジェンテと比べ、一人感心するように邸を見上げるリオ。
その傍、シルバーは入口で使用人らしき人とやりとりをしていたようで、いまだぼうっと邸を眺めていたリオの首元がぐいっと引っ張られた。
思わず「ぐえ」という声が漏れてしまった。何するんだ、この野郎。
「入るぞ」
「え、こんな所に入るんですか?」
それに答えず、邸の使用人に続き、さっさと中に入ってしまったシルバーの後を慌てて追う。
見た目だけでなく、お邸は中もとんでもなく広くて豪勢だった。
うわーあったよ、シャンデリア。
それに大きな肖像画まで飾ってあるし。
シルバーについて行きながらも、リオは邸の中をしっかりと鑑賞していた。
連れてこられたのは、客室のようであった。
案内をしてくれた執事はダンディなおじいさまだった。
「どうぞ、こちらにお掛けになってください」
そう言われ、なんの迷いもなく椅子に座ったシルバーに倣い、リオもひかれた椅子に恐る恐る腰を下ろした。
その後、リオは大人しくシルバーと執事らしき人のやりとりを見守った。
どうやらこのお邸はあのガスパーのお邸らしい…あのじいさん、金持ちだったのか。
本日、ガスパーは不在らしいが、シルバーはこの執事に、ガスパーが奥さんと輝鳥を見に行った時のことを聞きにきたようであった。
こんなにも煌びやかな場所に来たのは初めてで、どうにも落ち着かなかったリオは、せめて粗相をしでかしてしまわぬよう、静かに座っていることに決めた。
「そうか。じゃあ、あのじじいは隣の大陸に見に行ったのか」
「ええ。確か…季節は春でしたね」
こいつ、ガスパーさんを主人とする人の前でじじいと言いやがった…!
内心ヒヤヒヤとするリオであったが、会話は何事もなく進められ、無事、邸から出ることができたのであった。
執事に礼を言い、邸の敷地から出た後シルバーは「成る程な」と呟いた。
「何か分かったんですか?」
「一つな」
そうして、シルバーはゆっくりと説明する。
「まず、輝鳥の色が違ったんだ」
「色?」
「ああ。輝鳥は渡り鳥だが、季節によって、体の色が変化する」
冬にリオたちのいる大陸を訪れる彼らは白い色をしているため、この辺りでは雪鳥とも言うらしい。
「で、あのじじいが輝鳥を見に行ったのは、春だ。春だと確か輝鳥は海を渡って隣の大陸にいるはずだ」
「ふむふむ、それで?」
「春になると、輝鳥の体は陽の光に様々な色を反射して虹色に輝く」
それは一度見てみたい。
「要するに、あのじじいが言う輝鳥は虹色で間違いねえだろ。それを、この街の職人どもはきっと白い輝鳥を作ったんだろう」
まあ、この大陸で輝鳥といえば白だから仕方ないが、とシルバーは付け加える。
確かに、ショーンの輝鳥も白かった。
「なら、もう問題は解決しましたね」
「…」
「え、違うんですか?」
「…まだ、何かある気がするんだよな」
てっきり、これでもう問題は解決したと思ったリオは、シルバーの考え込む顔をまじまじと見つめる。
自分にはよく分からないな。
すっかりお手上げ状態のリオであった。