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赤字続きの魔石細工店  作者: 夜風
第二章
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ショーン・デリシューズ

 






 ショーン・デリシューズは、この大通りの商店街にある、テータムで一番の人気を誇る魔石細工店、デリシューズ工房の経営者であり、彼自身も立派な魔石細工職人である。


 当時、まだ20という若さでありながら、彼の立ち上げた工房は僅か一年足らずで街一番の人気店になった。

 もちろん、魔石細工職人としての腕も確かで、彼の工房には多くの魔石細工職人と、その見習いたちが働いている。

 

「まさに、今をときめくデリシューズ工房の才能溢れる若き魔石細工職人、といったところですか」

「それは褒めすぎだよ、リオ」


 リオが零した言葉に、ショーンは苦笑する。

 ショーンとは4ヶ月ほど前にひょんなことから知り合ったのだが、ショーンとリオは年が近いこともあってすぐに打ち解けた。

 ちなみに現在ショーンは21歳、リオは19歳である。

 今では仲の良い友人だ。

 ただし、ショーンはリオが女であることを知らない。

 なんだかんだ女であることを言い忘れていたリオは、今更言うのも面倒、ということで、ショーンには男装をしていることを特に打ち明けてはいないのである。

 騙しているという罪悪感が全くないわけでもないが、それ程気にしているわけでもないのが正直なところだ。

 まあ、機会があったら言うのもいいかもしれない。

 

 リオはショーンと大通りの脇に移動する。


「リオは買い物?」

「ええ、いろいろと買い出さなくてはならなくて」

「そっか」


 ショーンの顔が何処となく疲れているような気がして、リオは彼に尋ねてみる。


「ショーン、疲れてます?」


 それに対して「あー、分かっちゃう?」とショーンは苦笑した。


「ちょっとね」

「やっぱり、店が忙しいですか?」


 多くの客が訪れるデリシューズ工房では、職人たちが休む暇もなくせっせと動き回っていたのを思い出す。

 すると、ショーンはまた困ったように笑った。


「いや、違うんだ。お店が忙しいのも確かだけど…」

「え、違うんですか?」


 ショーンの回答に、思わずパチパチと目を瞬かせる。


「実は最近受けた注文でちょっといろいろあってね」


 余程疲れているのか、彼の緑色の瞳に翳りが見える。

 そしてショーンは話し始めた。


「前に、お店のカウンターから怒鳴り声が聞こえて。行ってみたら1人の高齢な男性が見習いの子に怒っていたんだ」

「…」

「話を聞いたら見習いの子がちょっとドジっちゃったみたいで…代わりに僕が直接注文を受けたんだけど、完成した魔石細工に納得してもらえなくてね。結局、魔石細工を受け取ってもらえずに終わってしまったんだよ」

「それは…大変でしたね」

「うん、本当に。でも一番堪えたのはお客様の必要とする魔石細工が作れなかったことだよね。『わしの望む魔石細工ではない!』って言われちゃったよ」


 ショーンの言葉に、リオはあれ?と、何処となく既視感を覚える。

 なんか、そのセリフ最近聞いた覚えが……あ。



「そのお客様って、もしかして…ガスパー・オーエンさんですか?」

「ーーよくわかったね」

 

 

 まさか、リオの口からガスパーの名が出るとは思わなかったのか、ショーンは大きく目を見開いた。

 

  「ええ。実は…」


 かくかくしかじかと、リオはガスパーがアルジェンテにやってきたこと、そしてシルバーがガスパーの注文を受けたことを話した。

 シルバーがまんまとガスパーの挑発に乗せられた下りでは、ショーンは苦笑いを浮かべていた。

 ちなみに、ショーンはシルバーとも面識がある。

 

「そうだったんだ。ついにシルバーさんの所にも注文が来たんだね」

「…どういうことですか?」

「ガスパーさんって、今、テータムの魔石細工職人たちの間ではちょっとした有名人なんだよ」

「へえ?」

「あちこちの店に注文をしては、結局どの店も魔石細工の出来映えに納得してもらえず、魔石細工を受け取らずに去ってしまう、ってね」


 まあ僕もその1人だけど、とショーンは肩をすくめる。


「まあ、もともと注文を受ける時に、納得のいかない出来だった場合は魔石細工を買い取ることはない、ってことでみんな彼の注文を受けるんだけど。流石にここまで多くの店が撃沈しているとなると、話題にはなるよね」

 

 あの爺さん、そんなにあちこちの店を荒らして回ってるのか。

 リオは思わぬ情報に少し思案する。


「そんなに多くの店を回っても納得のいくものがないなんて…。しかもショーンの作品でも駄目だというなら、一体どんな魔石細工を望んでいるんでしょうね?皆目検討もつきません」

「そうだね、僕も凄く気になるよ。彼が欲している魔石細工がどんなものなのか」


 ショーンも深く頷くと、真剣な表情とは打って変わって面白そうに笑った。


「まあ、僕はあのシルバーさんが彼の注文を引き受けたことにも驚いたけどね」

「……あの人、案外単純ですからね。魔石細工一筋ですから、そのことになると安い挑発にもすぐ乗ってしまうんですよ」


  ショーンもシルバーのあの性格を知っているため、徴発されたと聞くと納得したようだった。

 

 

「……多分、シルバーさんは作っちゃうんじゃないかなぁ」

 

 

 ショーンは、頭上に広がる青空を見上げながらのんびりと言い放った。


「どうでしょうね」


 それに倣って、リオも空を見上げる。

 真っ白な雲が形を変えながらゆったりと泳いでいる。

 

「シルバーさんは、本当に凄い魔石細工職人なんだよ。僕が尊敬している魔石細工職人の一人でもあるんだ」

「え、」

「何その意外っていう反応。あのね、魔石細工の世界でシルバーさんは結構有名な人だからね」

「へぇ、それは初耳です。あれですか、口の悪さと客足の少なさは天下一品ってやつですか」

「…いや、まあ…うん。僕が言ったのはそういう意味ではなくて…」

「…」

 

 もちろん、そういう意味で言ったのではないと分かっているのだが、歯切れの悪いショーンに、リオは、あながち自分が言ったことも間違ってはいないのだと悟る。

 

 

「…とりあえず、シルバーさんで駄目だったら、もうこの街にはガスパーさんの望みを叶えられる職人はいないんじゃないかな」

 


 ショーンの話が本当ならば、こうしてアルジェンテが赤字に苦しむこともないのでは?

 しかし残念ながら、日頃のアルジェンテの様子からして、どうひっくり返しても、アルジェンテの財政が黒に変わることはないだろう。

 リオは小さく笑いながらショーンの言葉を半信半疑で受け取ると、「そうですかね」と短い言葉を返すのだった。

 

 





 ***






 

  その日の夕食で。

 

 

「…」

 

 

 リオは自分の手を止め、無言で夕食を食べ続ける向かいの男に目をやった。

 まさか、こちらも疲弊しているのか。


「…どうしたんです。うまくいってないんですか」


 シルバーは食べ進める手を休めることなく、それに答える。

 

「…まだ、構想がはっきりとしねぇんだよ」


 無言だったのは疲れていたからではなく、ただ単に魔石細工のことだけを考えていたためであったようだ。


「輝鳥って、作るのが難しいんですか?」

「いや…形自体はそれほど難しくはねえ。だからこそ、悩んでんだよ。あのじじい、街中の職人達を蹴って回ってるみてぇだしな」


 どうやら、彼の噂はシルバーの耳にも入ったらしい。


「たいして難しくもない形だ、職人達が作った魔石細工も、そう出来は悪くねぇはずだ」

「そういえば今日、ショーンに会ったんですけど、彼もガスパーさんの納得する魔石細工を作ることが出来なかったようですよ」

「…あのもやしでもダメか」


 シルバーが僅かに顔を顰める。

 もやしなどと言っているが、一応シルバーはショーンの腕を認めているのだ。

 

「…ということはやっぱり、魔石細工の完成度が問題、という訳じゃねえな。これは」

「と、言いますと?」

「完成度だけでみて、あのもやしの作品でも納得できないなら、初めから王都にでも行って、もっと腕のいい職人に頼めばいい。しかしそうはせずに、あのじじいは街中の店をあたってる」

「…確かに」

「おそらく根本的な、構想や何を表現するのかが、問題だな。街の職人どもはじじいが必要とする魔石細工の本当の形を、掴みきれなかったんだろ」



 いくら美しい作品だろうと、その人が欲しているものを表現できていなければ、それはただ美しいだけで終わってしまう。

 だからこそ、まずはその人物をよく知ることで、その人が欲している本当の形が見えてくるのだ、とシルバーは言う。

 

 彼曰く、最近出かけていたのは、少しでも多くガスパー・オーエンという人物を知るためであったらしい。

 本人に直接話をしに行くのはなんとなく気に食わなかったそうで、彼を知る人物に話を聞いてまわっていたそうだ。


  「へえ。意外ですね。シルバーはもっと…こう、『あのじじい!絶対に驚かせてやる!』と言って、あとは持てる全ての技術を使って、ひたすら納得のいくまで魔石細工を作るのかと思いました」


 その言葉に、シルバーはてめえは馬鹿か、とでも言うようにリオを見た。

 

「俺だけが納得したんじゃ、意味ねえだろ。それはただの自己満足だ。いくらあのじじいがムカつくからって、注文した奴が最も望む形を作るのが、魔石細工職人だ」


 成る程、シルバーはリオが思っていたよりもずっとちゃんとした魔石細工職人だったらしい。

 ただ技術を見せびらかすのは、本当の職人とはいえない、と言っているのだろう。

 

「で、集めた情報だと、輝鳥はあのじじいとその奥さんとの思い出の一つらしい」


 輝鳥とは渡り鳥の一種で、季節が移り変わると共に、大規模な群れで大陸を移動する。

 その数の多さと見た目の美しさから、輝鳥の訪れる地は観光名所にもなっているのだとか。

 かつて、ガスパーさんも今は亡き奥さんとともに、輝鳥の群れを見に行ったことがあるそうだ。


「…とりあえず、その時のじじいのことをもう少し聞きに行かねえとな。ついでにあのもやしの所にも行ってみるか」

「じゃあ私も一緒に行きましょう。どうせお店にいても暇ですし」

「…」

 

 暇ですし、の所で動かす手を一度止めたシルバーだったが、「好きにしろ」とのお言葉をいただいた。

 

 

 

 

 

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