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赤字続きの魔石細工店  作者: 夜風
第二章
7/111

厄介なお客様

 





 テータムという街の、多くの人で賑わう中心地から馬車で約一時間。

 街外れにある古びた外見の小さな店。

 そのドアを開ければ、暗い茶髪の青年が、退屈そうにカウンターの後ろに座っている。

 ーーーー魔石細工店アルジェンテは、本日も閑古鳥が鳴いていた。

 

 


 退屈そうな青年こと、男装中の元女子高生リオは、ぼんやりと店の入り口を眺めていた。

 もう無駄な期待はしないことに決めているので、そのドアが開かないかと眺めているわけではない。

 リオはシナモン色の小さな少女の姿を思い浮かべていた。


「セシリアちゃん、元気ですかね…」


 セシリアがこの店を去ってから早一ヶ月。

 僅かな時間しか一緒にはいなかったが、それでもリオには妹が出来たような気がしていたので、そんな彼女が店からいなくなってしまったのをどことなく寂しく感じていた。

 思わずはあ、と一人溜め息をつく。

 そうして、客は来ないだろうと決めつけて物思いにふけっていたのがいけなかった。

 


「なんじゃこの店は。いらっしゃいませの一言もないのか」

 


 僅かに苛立ちを含んだその声に、リオは急いで意識を現実に戻した。

 店のドアは開かれ、一人の老人が立っている。

 真っ白な髪と髭から、相当な年齢であると思われるが、品の良い服に身を包み、しっかりと伸びた背筋とその鋭い眼光が老いを感じさせない。

 老紳士の姿を認識したリオは、急いで姿勢を正す。

 

「いらっしゃいま」

「ふん。今更言わなくてもよいわ」

 

 せ、と言い終える前に遮られ、ハッ、と鼻で笑う老紳士の態度に、思わずピキ、と額に筋が浮かび上がるのを感じる。

 いや、抑えろ。

 いくら相手の態度が偉そうでむかつくからといって、来店に気づかなかったこちらが悪いのだから今は我慢だ。

 リオは無理やり笑顔をつくる。

 

「どのような魔石細工をご所望で?」

 

 それに答えず、老紳士は一度ぐるりと店内を見回すと、ふん、とまたもや鼻を鳴らした。


「街外れに魔石細工店があると耳にして来てみれば、なんじゃこの店は。小さくて外見はボロボロ、店員の対応は悪い。こんな店、客も来るはずがなかろうて」


 だったら来るんじゃねえよクソじじい。

 ついそう言ってしまいたくなったが、何やら奥からドタドタと聞こえてきた慌ただしい音に開きかけた口を閉じた。

 

 バンッと一際大きな音を立てて、店の奥に通じるドアが開かれる。

 

 

「おいっ!俺の店を貶す奴はどこのどいつだ!?」

 

 

 ドタドタとした音の主は、鋭く目を吊り上げたシルバーであった。

 自分の店が貶されたのを聞き、怒りのあまり店内のフロアへと突入してきたという所か。

 それにしてもまあ、よくこちらの会話が聞こえたものだ。

 

「なんじゃ、お主は」

「この店の、魔石細工職人だ!」


 眉を顰めて問う老紳士に、シルバーは怒鳴るように答える。

 そんなシルバーに、老紳士は不愉快とでも言うように眉間に皺を寄せた。


「そこの店員が店員なら、職人も職人じゃのう。まったく、客に対する礼儀がなっておらん」

「生憎、店を貶すようなジジイは客とは呼ばねぇんだよ!」


 そう言うシルバーからはグルルルル、という唸り声でも聞こえてきそうだ。


「で?何しに来やがった?ただ店を貶しに来た訳じゃねえだろうな」


 老紳士は再びふん、と鼻を鳴らす。



「魔石細工の注文じゃ」

 


 その一言に、ぶわっとシルバーの銀色の髪が逆立ったように見えた。


「誰が作るか!生意気なクソじじいに作ってやる魔石細工はねえよ!」


 すると、シルバーの言葉に老紳士はふむ、と片手で顎の髭を撫でる。


「そうか。では帰らせてもらうかの」

「おうおう、帰りやがれ!こっちもてめえみてぇなクソじじいはお断りだ!!」

「こちらとて、お主のような生意気な若僧に、わしの望む魔石細工を作る腕があるとは思えんからな」

「なんだって!?俺の腕がポンコツだって言いてぇのか!」

「ああその通りじゃが?それに弱い犬ほどよく吠えると言うからのう」

「この野郎…」

 

 リオが老紳士とシルバーのやりとりを黙って見守っていると、ついにシルバーは顎をくいっとしゃくり、低い声で言った。

 

 

「…上等だ。クソじじい、作ってやる」

 


 そんなシルバーを挑発するように、老紳士は口角を上げて言う。

 

「ほう?出来るのか、お主に。無理はしなくていいんじゃぞ?」

「うるせぇ。店だけじゃなく、俺の腕まで貶されたんだ。流石に、黙っていられねえからな」

 

 おそらく、本心では「こんなクソじじいに魔石細工を作るなんざ、死んでもごめんだ」と思っているに違いない。

 しかしそれ以上に、シルバーは自分の魔石細工職人としての腕が疑われることの方が、耐えられなかったようだ。


 ……結局作ることになってるし。

 リオは半ば呆れたようにシルバーを見る。

 リオには、シルバーがうまいこと老紳士に扇動されたようにしか見えなかった。


「覚悟しとけ、クソじじい」


 シルバーの挑戦的な一言に、老紳士はふん、と馬鹿にしたように、それでいてどこか面白そうに鼻を鳴らした。

 見た目だけは老紳士な、シルバー曰く傲慢クソじじいは、ガスパー・オーエンと名乗った。

 あの後、超不機嫌な顔でシルバーはガスパーの注文内容を聞いていた。



「…それにしても、魔石細工って棺に入れることもあるんですね」

 

 

 リオは、ガスパーの注文内容を思い出し、いまだ不機嫌そうなシルバーに言った。


「いや。それはそんなに珍しいことじゃ、ねえ」


 シルバー曰く、棺の中に魔石細工を入れるのはよくあることだと言う。

 棺の中に入れる魔石細工というのは、大抵、死者の生前の思い出を元に作られることが多いとのこと。


 その人が好きなものであったり、故郷を思い出させるものであったり。

 

 そういった魔石細工を共に棺の中に入れることで、死者がこの世から去る時に、生前を恋しく思って感じる寂しさを和らげるのだとか。

 ……あれか。

 引っ越す時に友人などが「辛いことがあったら、これを見ていつでも僕たちのことを思い出して!」と言って渡す思い出の品的な感じか。

 

「でもそれって、自分で注文するものなんですか?」

「死ぬ前にあらかじめ準備する奴は結構いる。…少なくとも、あのじじいはまだまだ長生きしそうだけどな」


 けっ、と吐き捨てるようなシルバーの最後のセリフに、リオも無言で頷く。


 ガスパーの注文内容を纏めると、こうだ。

 ・自分が死んだ時に棺に入れる魔石細工を作って欲しい

 ・輝鳥をモチーフにして作って欲しい

 ・報酬は魔石細工の出来によって決める

 ・魔石細工の出来栄えが気に入らなかった場合、注文は取り消しにさせてもらい、報酬も支払わない

 ・期限は2週間。2週間後、また店に来る


 


「……きちょう?」

「輝鳥は渡り鳥の一種だ」

「へえ…」


 もっと無理難題を言いつけられるのかと思っていたら、案外普通のオーダーであった。注文を伝え終えたガスパーは「期待はしないでおくがの」と言って店から出ていった。

 

「絶対、あのクソじじいにあっと言わせてやる」


 それからシルバーはごおぉ、と効果音がつきそうなほど闘志を剥き出しにしていた。


「というワケだ。しばらくは他のオーダーは受け付けねえ」


 そう言って、シルバーは自分の作業部屋へと姿を消した。

 




「…オーダーもなにも、この店は常に閑古鳥が鳴いてますよ」


 やれやれ、とリオは左右に首を振った。

 

 

 

 



 ***

 

 




 

 シルバーが依頼を引き受けてから5日経った。

 あれからシルバーは部屋に閉じこもったり、かと思えば上着を羽織って何処かへ出かけたりと、とにかくガスパーの魔石細工作りに励んでいるようだ。

 

 一方、リオは街の中心地へとやってきていた。

 純粋に買い出しのためである。

 食材関係だけであったのなら、近場のメリッサの八百屋で事足りるのだが、それ以外のものとなると、やはり街の大通りの店の方が品揃えがいいのだ。


「ええと。雑巾を何枚か買い足して…あ、ペンも少しダメになってきていましたからそれも買って…ついでにインクも買い足してしまいましょうか」


 賑やかな大通りの商店街を歩きながら、買い物リストを脳内に作り上げる。

 これは思った以上に出費が大きくなりそうだ、と若干ブルーになりかけた時。

 

 

「あれ?リオ?」

 

 

 がやがやとした人混みの中で、リオは自分の名前が呼ばれるのを聞いた。

 俯きがちになっていた顔を上げると、そこには見知った顔があった。

 リオは、笑顔でその人の名前を呼んだ。

 


「…ショーン!」

 


 ショーンと呼ばれたその人物は、人混みを縫ってリオの前までやってきた。

 背が高く、すらりとしていて、色素の薄い茶髪は柔らかく風になびいている。

 芽吹いたばかりの若葉のような色の瞳に、優しげな顔立ち。

 久しぶりに見た彼は、最後に見た時と全く変わっていなかった。



「やっぱりリオだ。久しぶり」



 そう言って、ショーンは柔らかく笑った。

 

 

 

 

 

 

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