孤児院を飛び出してきた少年 (3)
それから意外なほどに早く、リオは犯人との再会を果たす。
チョコを盗まれた翌日から、空は雨が降っていたことが嘘のように綺麗に晴れ渡っていた。
盗まれた日の翌日は再び犯人が店に入ってくるのではないか、と目をギラギラさせながらドアを見張っていた。
けれども結局人一人現れず無駄に疲れてしまっただけだったので、二日目にはカウンターで読書をしていた。
ドアが開けば、ベルも鳴る。
だから誰かが来たらすぐに分かる。
そう、思っていた。
カタン
「……ん?」
何か、物音がしなかったか…?
そう思い本から顔をあげると。
「ああっ!!」
「!?」
リオは反射的に驚きの声をあげた。
明るい茶色の髪に、黄色の瞳を持つまだ10歳くらいの小さな少年。
忘れるはずもない、ドゥースのチョコを盗んだ犯人だ。
少年はリオに見つかったことで、慌ててドアへと駆け出す。
「逃がしませんよ!!」
しかし食い物の恨みが勝ったのか、リオの方が速かった。
店を出て数歩のところでリオは少年に抱きつくように突進する。
どさ、とその勢いのまま少年と共に地面に倒れこむと声高らかに叫んだ。
「確保ぉぉおおお!!!」
リオはジタバタと暴れる少年を押さえ込むと、笑いながら確認する。
「ふふ…貴方、昨日チョコを盗みましたよね?」
「知るか!んなことより、どけよ!!重いんだよっ、このデブ!!」
「知らないとは言わせませんよ?私はちゃあんと貴方の顔を覚えていますからねぇ」
「ひっ…!」
リオが優しく、優しく微笑むと、目の前の少年は小さな悲鳴をあげた。
「さあ、チョコを何処にやったんです?返してもらいましょうか」
にっこり。
すると、少年は開き直ったかのように叫ぶ。
「はっ!あのチョコならもうどこにもねぇよ!!俺が全部食ってやった!!」
な、何だって…?
少年のあまりにも衝撃的な一言に、リオは思わず拘束を緩めてしまいそうになる。
ざまあみろ!と喚く声も耳に入らず、しばらく硬直は解けなかったが、リオは少年の右手が握り締められていることに気づく。
一昨日はチョコ。
なら、今日は何をしに店に来た?
急に頭が冷静になったリオは、少年の右手を無理やり開かせる。
その手の中を確認したリオは、問答無用で少年を店の中へと引きずっていった。
***
「何だ?その餓鬼は」
シルバーが眉を顰めながらリオに言った。
シルバーの視線の先には、店にあった椅子に縛り付けられた少年が。
「まさか、てめぇ……攫ってきたんじゃねえだろうな」
「ふふっ。私がそんなことするわけないじゃありませんか」
「もしかしてロリコ、」
「黙れその銀髪毟るぞ」
若干引いた様子でじりじりとリオから距離を取るシルバーの言葉を、笑顔で遮る。
そこから先は、言わせねえよ?と無言の圧力と共に。
「おい!さっさとこれ解けよっ!!」
そんなやりとりをしていると、縛られた少年が騒ぎ出した。
シルバーもリオも、少年に目を向ける。
「…さあ、お遊びはここまでにして」
「聞いてんのか!おいっ!!」
「実はこの子、ドゥースのチョコを盗んだ犯人なんですよ」
「こいつが?」
「ええ。ついでに、現行犯逮捕です」
リオの言葉に、シルバーは僅かにその目を鋭くする。
「現行犯?ってことは、この餓鬼。また、何か盗みやがったのか」
「これですよ」
リオが手にしていたそれをシルバーに渡す。
淡い、サーモンピンクの可愛らしい魔石細工。
少年が、右手に握り締めていたものだった。
「まさか、俺の魔石細工を盗もうとしやがったのか…!」
ぎろり、と少年を睨むシルバー。
その目の鋭さに少年は一瞬怯んだ様子をみせるも、強気にシルバーを睨み返す。
「この餓鬼!てめぇ、睨み返すたぁいい度胸じゃねえか。おい、何で魔石細工を盗んだ」
「…」
「ちゃんと理由を言いな!場合によっちゃあ、餓鬼だろうがただじゃおかねえぞ!!」
怒り心頭のシルバーに、場合も何も関係ないのでは?と思うも、リオもチョコの恨みがあるため静観する。
しかしこの少年。
思った以上に、強者だった。
「だれが教えるかってーの!!いいから俺を放せーーーー!!!!」
ゴンッ!!
拳骨の音が響いた。
少年の頭とシルバーの拳からはシュゥゥーーと湯気がたっていた。
すご…シルバーにあそこまで言ってのけるなんて。
思わず心の中で少年に拍手を送りたくなってしまった。
「ぅ、ぅうぅ…いてぇ……」
「な、ん、で、盗んだ。えぇ?もう一発、くらいたいか?」
あまりにも痛かったのか、少年は若干涙目になりながらシルバーを睨んでいたが、流石にもう一発はくらいたくなかったらしい。
渋々、といった様子で理由を明かした。
「…ニーナに、あげるため」
「ニーナ?」
「同じ孤児院の、女の子」
その言葉に、シルバーは握り締めていた拳をおろす。
「お前、孤児院の餓鬼だったのか。この街の孤児院か」
「そう」
「で?孤児院の餓鬼が、何で、こんな所にいやがる。ここから孤児院までは、結構な距離だろう」
「…」
「だんまりか」
「じゃあ質問を変えましょうか。魔石細工を盗んだのはプレゼントのためだったとして、最初にチョコを盗んだのはどうしてですか?」
「…」
「話してくれるまで、ずっと貴方は椅子に縛りつけられたままですよ」
それからもしばらく黙っていた少年だったが、やがて大きなお腹の音を響かせると空腹に耐えられなかったのか全てを白状した。
少年はテータムの孤児院にいたが、五日前に孤児院を飛び出してきた。
理由は、同じ孤児院にいるニーナという少女。
少年はニーナと一緒に育ち、ずっとニーナを妹のように思って面倒をみてきたらしい。だがしかし。
「ニーナが、引き取られることになったんだ」
突然舞い込んできた話だったと言う。
すでに話は進んでいて、少年がそれを耳にした時にはもう三週間後に孤児院を出て行くことが決まっていたとのこと。
知ったその日に少年はその話をニーナに確かめに行った所、ニーナは笑いながら頷いたらしい。
「とっても優しそうな人たちだったよって嬉しそうに笑ってさ。それ見て、俺、ニーナは俺と離れ離れになっても寂しくもなんともねぇんだって思っちゃって…」
つい、喧嘩をしてしまったらしい。
そしてそのまま孤児院を飛び出し、道に迷った所お腹が減り、偶然見つけたアルジェンテでこれまた偶然チョコを見つけ盗んだ、とのこと。
「…でも、よく考えたらさ。妹の引き取り先が決まったんだから、それって、喜んでやるべきだったんじゃねえの?って思ってさ」
自分の行動を後悔しているのか少年は俯く。
「それに、孤児院を出ていく日があいつの誕生日でさ。ニーナに何かプレゼント渡そうって思って。それからひどいこと言ってごめんってのと、おめでとうこれから幸せにってさ」
そこでチョコを盗んだ店に、綺麗なものが置いてあったことを思い出し、再びアルジェンテに侵入し、今に至る。
そこまで聞いてシルバーは淡々と言う。
「ま、孤児院の餓鬼が金を持ってるわけねぇから、プレゼントなんて買えねえよな。欲しいなら、盗むしか、ねぇ」
「…」
「でも、これはやれないぜ」
ヒョイ、と盗まれた魔石細工を持ち、シルバーはそれを元の場所に戻す。
「…盗んで悪かった。チョコはもう、返せねぇけど」
項垂れたように謝る少年に、シルバーが問う。
「それで、プレゼントはどうするつもりだ?」
「買うのは、無理。だから何か作る」
「何か?」
「……孤児院に咲いてる花とかで」
でも、花だと枯れちゃうんだよな。とポツリと呟く。
「作る、か。なら、やってみるか?」
シルバーの言葉に、少年は首を傾ける。
リオも同じく首を傾けた。
「魔石細工」
「はあ?でも、俺は、」
「金はねえんだろ?でも、自分で作るんなら、買う必要はないよな」
「材料は買わないとだろ?それに俺は作り方なんて知らねえし…」
「材料ならここにいくらでもある。俺が使って余った分は、好きに使わせてやるよ。作り方は、俺が教えてやる」
じっ、と何かを探るようにシルバーを見つめる少年。
「……いいのか?」
「一度言ったことは、取り消さねぇよ」
シルバーの瞳は少しもぶれなかった。
少年は、縛られたまま、その小さな頭を下げた。
「よろしく、お願い、します」
噛み締めるように言ったその言葉に、シルバーは僅かに口角をあげるとその目を少年から外した。
「リオ、こいつの縄解いてやれ」
「はーい」
言われた通り少年を椅子から解放すると、少年はもう一度リオとシルバーに盗んだことを謝罪した。
「あ、そういえば自己紹介がまだでしたね。私はリオと言います。好きに呼んでくださいね。それからこっちはシルバー。シルバーはさんづけで呼ばれるのを嫌うので、シルバーでいいと思いますよ」
「俺は、ヴァル。シルバー、リオ。ありがとう」
ヴァルは、はにかんだように笑った。




