少年Jの憧憬 (5)
「よし、作るぞ...!!」
ジャックは白爛石と魔石細工用の道具を並べた机を前に、気合を入れるようにして服の袖を捲った。
ハンナからも承諾を得たデザインのスケッチを目の前の壁に貼り付ける。
スケッチには、それぞれの細工の大きさや長さが事細かく書き加えられている。測らせてもらったハンナの頭部などのサイズを元に算出した数値だった。
「ジャック様、頼まれていたものをお持ちいたしました」
デザインを見ながらどの部分から作り始めるか思案していたところに、ヘイデンが現れる。
彼の手には小さな器があり、その中には雫の形をした小さなベリーが入っていた。ドロップベリーだ。
実だけではなく、蔓や葉もついている。
「ありがとう、ヘイデン」
「ドロップベリーをモチーフにされるので?」
「ああ」
ハンナが気に入っていた踊りに合わせて揺れる細工の先端はドロップベリーの実をかたどった雫を。
頭部を飾る部分には蔓や葉をモチーフにした細工を施す。
とはいえ踊るときに邪魔にならぬよう、雫の揺れる細工は長いものは頭の横から後ろにかけてだけにし、顔周りは目に入らない絶妙な長さに調整してデザインを描き起こしている。
まずは土台部分となる頭部を一周する飾りを作り、その後細部や揺れる部分を作り込むことにする。
全体のベースの色は銀色だ。
そこに、ところどころ紺や青を混ぜたり、細い絹糸のようにして差し込んでいく。
とはいえ、ジャックは銀色となる魔力を白爛石に込めることはできない。
シルバーは自分の魔力の色が銀だから可能だが、ジャック自身の魔力は紺色で、扱える基本属性の中にも銀色に色づくものはない。
ーーーだけど、やり方次第で近い色を作ることはできる。
ジャックは、白爛石に複数の属性の魔力を込めて練っていく。一つの属性の魔力を込めては捏ね、また別の属性を魔力を込めては捏ね。魔力は石を溶かすだけの最小限にとどめる。そうすると、魔石は透明度を残しながらうっすらと灰色に色付く。
そこからは白爛石を引っ張って伸ばし、たたんで揉んで、また引っ張ってをひたすら繰り返す。
そうすることで、輝くような艶が現れ、銀色に近い色味となる。
十分な艶が出たところで、ジャックは必要な分量に切り出し、素早く形を整えていく。
ジャックが頭部を模った球体に合わせてサークレットを作り上げていく様をヘイデンは感慨深げに眺める。
「...これは良い魔石細工が出来上がりますな」
そして、都度ハンナに試着してもらい微調整を重ねながらついにジャックはサークレットを完成させた。
精霊祭の前日のことだった。
***
精霊祭当日。
すでにサークレットをハンナへと渡していたジャックは、夜までを家族とともに祭を楽しみながら過ごした。
日が暮れ、ハンナの踊りを見ようと、今年の選ばれた乙女たちが踊る舞台へと足を運んだジャックは、会場のあまりの人の多さにあんぐりと口を開けた。
こ、こんなに大勢の前でハンナは踊るのか。
この前の自分の魔石細工の祭典よりもはるかに多い。
なぜか緊張してきたジャックは無意識におなかを摩る。
やがて、舞台上に楽器の演奏者たちが並び準備を始めた。
しばらくすると舞台の前に一人の男性が現れ一礼する。
「皆様、これより今年の乙女達による精霊への感謝と祈りの舞を執り行います。古よりーーーー」
男性が口上を述べ終わり姿を消すと、周囲の照明が落とされあたりは静寂と暗闇に包まれた。
そして、雲の切れ間から月明かりが差し込み舞台上を照らすーーーハンナがいた。
月明かりを合図に、舞台の後ろに座る演奏者たちが楽器を奏で始め、舞台上の照明が淡く灯る。
流れる音に合わせ、踊り子たちが伏せていた顔を上げ、優雅に舞い始める。
色とりどりの衣装が踊り子たちの動きのあとを追うように揺れ、幻想的だ。
ハンナは、踊り子たちの中でも美しく輝いていた。
くるりと身を翻す度にサークレットの装飾がしゃらりと揺れ、月明かりと照明に反射して細やかな光の粒子となってハンナの顔周りを彩る。
そして、何より目が行くのは中央で色を変えながら神秘的な光を放つ宝石と、静かに輝くハンナの赤い瞳だった。
踊りの中で、祈るように両手を組み月へと腕を伸ばすハンナを見ながらジャックは思う。
ハンナの思いが、彼女の曾祖母の思いが、精霊に届くと良い。
あの美しい宝石を与えてくれた精霊に。
***
乙女たちの舞が終わり、集っていた人々も徐々に減りまばらになった頃。
余韻に浸り会場に残っていたジャックの目の前に一人の女性が現れた。
「こんばんは。少しだけお隣よろしいかしら」
真っ白な髪をお団子にまとめ、微笑む顔が可愛らしいおばあちゃんだった。
「こんばんは。ええ、勿論です。近くから椅子を借りてきますね」
「あら、優しいのね。お言葉に甘えちゃおうかしら」
随分と高齢のようだが、その言動はしっかりとしたものだった。
ジャックが椅子を見つけて戻ってくると、ご老人はゆっくりと腰をかけてジャックに話しかける。
「今日はね、あなたにお礼を言いにきたの。ハンナにサークレットを作ってくださった職人さんでしょう?」
その言葉にジャックは目を見開く。
目の前で優しく微笑む彼女の瞳は、ハンナと同じ輝くような赤色をしていた。
「もしかしてハンナのひいおばあちゃん...」
「はい。ハンナの曾祖母のジェシカです」
ジェシカはすでに人のいなくなった舞台の上を眺めながら言う。
「今日、あの子の舞を見て本当に感動したの。ハンナも、あの宝石も、サークレットも。衣装と踊りが一体となってとても美しかった」
「...そうですね」
「それに、あのデザインはドロップベリーでしょう?」
「はい。ハンナからあの宝石について、ジェシカさんのお話を聞いたので」
「そこまで考えて作ってくださったの。ーーーだから、こんなにも心を打たれたのね」
その言葉に、え?とジャックが小さく聞き返すと、ジェシカはふふ、と上品に微笑む。
「綺麗なものは見る人を惹きつけるけれど、形が綺麗なだけでは人の心を打つことは、人の心に残り続けることは難しいと私は思うの」
「...」
見かけばかりの美しさだけじゃ、人の心は打てないとジェシカは言う。
「形に意味や思いを込めて、そしてそれを見る人が感じ取った時。きっと人はその美しさに心打たれるのだわ」
ジェシカの言葉に、ジャックは遠い日の銀の花を思い出す。
ーーーーー彼はあの美しい花に、何を込めたのだろう。
いつか、聞いたら教えてもらえるだろうか。
「だから、美しい魔石細工を作ってくれてありがとう。小さな魔石細工職人さん」
ジェシカはそっと両手でジャックの手を優しく包んで感謝を伝える。
そのぬくもりに、ジャックは思う。
まだあの銀の花には遠く及ばずとも。
少しは、近づくことができただろうか。
「ーーーもし。君が赤髪の踊り子が身に着けていた魔石細工を作った職人ですか」
ふいに、声がかけられた。
声の方へ振り返ると、ステッキを片手に男性のご老人がジャックの方へと歩いてきていた。
「ええと、緑の宝石が嵌められたサークレットを作ったのは俺です」
困惑しながらもジャックが言葉を返せば、男はさらに距離を詰めて言った。
「どうか教えてほしい。あの宝石はどこで手に入れたのか。そしてあの踊り子は誰なのか」
その勢いに若干顔をのけぞらしながら、ジャックはそのわけを問う。
「ああ、すまない。実はあの宝石は昔僕がある家に置いて行ったものなのではないかと思ってね」
「置いて行った...?」
「ああ」
曰く、彼は若い頃、鉱石の採取を生業としていたらしい。
依頼で特殊な石の採取に行った際、魔物に襲われ、あげく遭難し食べ物も尽き、もうだめかと思った際に、小さな村に行き着いた。
そして一番近くの家の外に吊るされたドロップベリーを見つけ、思わずすべて平らげたしまったらしい。
食べ終わってから人様のものを勝手に盗ってしまったと後悔したそうだが、食べてしまったものは戻しようがない。
そこで、代わりに精霊の森の奥地で見つけた宝石を置いていくことにした。
そう語る男の目は、よく見ると銀色の瞳をしていた。
「依頼のついでに見つけた宝石だが、精霊の森に入らなければ手に入れられない貴重な宝石だ。詫びとお礼のつもりで袋の中に入れたんだが、いつかあの家の者に会うことがあれば直接謝罪したいと思っていた」
そして、話し終えた男にジャックが声をかけようとした時。
ジャックの隣から震えるような呟きが聞こえた。
「ーーーーーあなただったのですね」
その声に、男はジャックの隣に座るジェシカに目を向け「あなたは?」と尋ねる。
ジェシカはゆっくりと立ち上がると男の前に進み出た。
「私はあの踊り子の曾祖母です。そしてーーー遠い昔、ドロップベリーの入った袋を家の屋根に吊るした者です」
男が、大きくその目を見開いた。
「あなたが、そんなまさか、こんなことって」
「ええ、本当に。こんなことがあるのですね。私は、あの宝石は精霊様が恵んでくださったものとばかり思っていましたが、あなたがくださったものだったのですね」
信じられないといった様子の男だったが、ジェシカの言葉についに本当に彼女が自分の探していた人物なのだと悟ったらしい。
彼はジェシカの手を取ると深く頭を下げた。
「勝手にあなたのものを盗み食べてしまい、大変申し訳ありませんでした。しかし、あのベリーのおかげで僕は飢えで倒れることを免れ、生きて家へと帰ることができました」
「いいえ、感謝をしなければならないのは私の方です。あの年は村全体が不作で厳しい冬となりましたが、あなたが下さった石を売ることで皆が冬を乗り越えることができました」
ジェシカが感謝を述べると、男は顔をあげ「あの宝石がお役に立てたのなら良かった」とくしゃりと笑った。ジェシカも、目に浮かんでいた雫をぬぐいながらつられて笑う。
「ーーーこんなことって、あるのね」
いつの間に戻ってきたのか、近くにハンナが立っていた。
踊り子としての衣装から着替え、すでにいつもの町娘の服装でジェシカたちを見守っていた。
そして、ジャックの方を振り向いて言う。
「ジャック、私からも感謝を。あなたの魔石細工がひいおばあちゃんの思いを届けてくれた」
ーーーーーあの美しい宝石を与えてくれたひとに。
長い時をこえて。
一人の女性が捧げてきた感謝はついにその相手に届いた。
ハンナの言葉に、思わずジャックは涙ぐみそうになる。
「俺も、ありがとう。あのサークレットを作ることができてよかった」
...この依頼を引き受けて良かった。
ハンナのおかげで、ジャックはようやく魔石細工職人として一歩を踏み出せた気がした。
いつか、人の心に残り続けるような、そんな魔石細工が作れたなら。
そう思いながら、ずっと憧れていた。
ハンナはジャックの言葉に笑う。
「ーーーきっとジャックはシルバーにも負けないすごい職人になるよ!」




