少年Jの憧憬 (4)
翌日、ジャックは鞄を肩に引っ提げて、ハンナと約束したカフェへ向かった。
ハンナに依頼を引き受ける旨を伝えれば、彼女は「良かった...」とほっとしたように呟いた。
「早速だけど、いくつか案を持ってきたんだ」
ジャックはそう言いながら、数枚の紙を鞄から取り出し机の上に広げる。
紙にはサークレットのデザインがスケッチされていた。
ハンナから指定された宝石を額の真ん中に置き、金色の細工が編まれるようにしてぐるりと頭部を一周したもの。
銀色をベースに、いくつもの細かい鎖が中央の宝石から流れるようにして後頭部へと周り、ところどころに小さな玉の飾りが織り込まれているもの。
その他にも、紙ごとに色や形の異なるデザインが描かれている。
「どれか良いと思うものはありそうか?」
「うーん、そうね...」
ハンナは一枚一枚スケッチを手に取り、時折顎に片手を添えながら真剣に吟味する。
しばらくしたのち、ハンナは2枚のスケッチを一番上に置いた。
「色味やデザインが気に入ったのはこの2つね」
1つは、銀色を基調に暗めの紺と青色の細い線が蔓のようにゆるやかな曲線を描き頭部を飾ったもの。
もう1つは、いくつもの鎖が弧を描きながら頭部を一周し、そこからさらに先端に小さな雫をつけた鎖が何本も垂れ下がったもの。
色のイメージは1つ目が、雫などのモチーフは2つ目の方が良いとハンナは言う。
「でも正直に言うと、どれもこれだ!とは思えないのよね...」
微妙な表情をしているハンナに、ジャックは気になるのはどのあたりか問うと、そうね、とハンナはすっと2つ目のスケッチのある部分を指さす。
「例えば、装飾のこの部分」
顔周りに垂れ下がるように細い線で繋がれた小さな雫。
「この先端の雫の大きさやバランスは良いけれど、鎖がこの長さだと踊ったときに目に入りそうだわ。踊りに合わせて揺れ動くのは素敵だと思うけどね」
「確かにそうだな...」
指摘されてようやく、ジャックは踊るときの邪魔になってはいけないという当たり前の事に気が付いた。
今までジャックが作ってきた魔石細工は置物のような形態がほとんどであった。今回は人が身に着けるということを考慮しなくてはならない。
頭の形、顔のパーツの配置。それに踊るときの衣装やメイクとも調和しなくてはならない。
.......難易度高くないか?
なんだか考えることが多すぎて眩暈がしそうになってきたが、とりあえずジャックは今思いつく限り魔石細工作りに必要な情報をハンナから引き出し、彼女が気に入った部分と、気になった部分、当日着る予定の衣装の色やデザインなどを別の紙にメモしていく。
途中、ふとジャックは不思議な色合いの宝石を見て疑問に思ったことをハンナに尋ねた。
「...そういえば、どうしてハンナはこの宝石を使いたいんだ?」
小休憩とフルーツティーを飲んでいたハンナは目をパチパチと瞬かせると、例の宝石を手に取り眺めながら答えた。
「この宝石はね、私のひいおばあちゃんの物なの」
ハンナが宝石を徐に光にかざしながら揺らすように動かすと、宝石は緑と青を行ったり来たりするように色を変えながら輝く。
「その昔ね。まだひいおばあちゃんが私くらいの年で、この王都よりもずっと遠くの小さな村に住んでいた頃に精霊様からこの宝石をもらったんですって」
その年は作物が不作で、ハンナの曾祖母の村にとっては厳しい冬となった。
それでも精霊への信仰が深かった彼女は、精霊祭の夜にその年わずかに実ったドロップベリーを袋に詰めて家の屋根の下に吊るし、精霊への感謝を捧げた。
するとその翌日の朝、袋の中にはドロップベリーの代わりに緑色の宝石が数粒入っていたという。そして、その宝石を売り得たお金で村はなんとか厳しい冬を乗り越えることができたのだとか。
やがて結婚を機に村を離れたハンナの曾祖母は、この宝石が村の近くにある精霊の森の奥地でしか取れない貴重な石であることを知ったらしい。
「だからね、ひいおばあちゃんはこれを精霊様から頂いたんだって。精霊様に助けられたんだっていつも言ってるの」
今ハンナが手にしている、とりわけ大きく美しいこの一粒の宝石だけは、曾祖母がずっと大事に手元に残していたらしい。
「それで今回私が踊り子に選ばれたって言ったら、これを身に着けて踊ってきなさいって」
だから、ひいおばあちゃんの分も精霊様に感謝を捧げなくちゃなの。
「私、子供の頃は両親が仕事で忙しくて、ほとんどひいおばあちゃんに育てられたようなものだから。だから、私はひいおばあちゃんのために踊るつもり。この宝石を通してひいおばあちゃんの感謝を精霊様に捧げるの」
ハンナの思い、ハンナの曾祖母、ドロップベリー、精霊の贈り物。
ジャックは、作るべきものの形を掴んだ気がした。
***
その日、ジャックは家に帰るとひたすら自室に籠り続け、やがて一枚のスケッチを完成させた。
後日その一枚を目にしたハンナは目を輝かせながら言った。
「これが良いわ!」




